第41話 本性と
第41話 本性と
「ええ、分かりました」
ポツリと蚊の鳴くように線の細い声。ダンジョンへと続く洞窟の中からユエルがゆっくりと現れた。
いつもキラキラと太陽のように輝いていた笑顔は見えず、口はへの字に曲がり、俯いた影が顔を隠す。
「お....おお!! ユエル無事だったか!? プルエアが帰ってきてこれでパーティメンバーが全員揃ったな!!」
白々しく腕を大きく開き歓喜の声をあげる。
(洞窟の中にいて先程までの会話は聞こえてないはずだ。再会の感動にうちひしがれているふりをしてプリーストを回収したらなりふり構わずにここから逃げる!!)
「キノさん、教えて下さい。ダンジョンの中でゲルドさんはガジンさんに対して何かをしてました。それはなんだったんですか?」
「人の身体の自由を奪うと私に信じ込まされた偽の血液の玉をガジンに付けてダンジョンで置いてきぼりにして、定員が一人減ったからそこに私を補充する算段。強いドラゴンに阻まれたみたいだけど」
「何故お前がダンジョンの中での出来事を知っている?あそこに居たのか? あの場に居てその綺麗な服装....あのドラゴンもお前の仕込みか!!? 卑怯者が!?」
ツカツカと前に歩き出したユエルが思いっきり平手打ちで殴り、ゲルドの身体が地面に吸い付く。
「何をする!?」
「何をするかですって? 決まってるじゃない!? この嘘つき!!卑怯者!!このパーティと縁を切るのよ!?」
叩いた手からはキノのイヤリングから外した赤い宝石がこぼれ落ちる。今まで見た事ないほどの剣幕で怒鳴り散らし、殴った掌はプルプルと震えていた。
「キノさんと貴方、どっちが卑怯者だと思う?」
「キノに決まっているだろう!? 俺に嘘を吐き、こんな惨めな屈辱を下民の生まれの者に味合わされたんだ!?」
「恥を知りなさい!!」
鼓膜が破れんばかりの声量で放たれたユエルの言葉に空気がビリビリと打ち震え、軽い言葉を並べていたゲルドさえもが黙る。
「あんたのは玩具が詰まらなくなったから切り捨てるだけの傲慢!! だけど、キノさんは違った!!? あんたが勝手にダンジョンを買い取って周りの人に立退を迫っている中、それを辞めさせるためにキノさんはここまで来た! ダンジョンで最後まで残るのが怖くて率先して死に戻ったあんたの代わりに最後まで気高く戦ったプルエアさんみたいにカッコいいのよ!! あんたと同じ卑怯者の訳ない!!」
拳を握りしめ、荒ぶらせながら言葉に熱が入る。
いつもお淑やかな姿からは想像もできない雄姿と形容するに相応しい。
「勝手に買い取ったとは心外な....。正式にこの土地を買い取って....」
「嘘つき!!それなら、周りの人には国が助成金が振り込まれて裕福な暮らしをしている筈!? 馬車で来た時そんなそぶりなかった!! 前に来た時よりも酷くなってる。どうせ、踏破したダンジョンの周りをリゾート地にでもして領地の所有権がある別の人に売り飛ばしてお金を稼ぐつもりだったんでしょ!?」
「そんなことは....」
ユエルから目を逸らし、俯く。
「最近、教会の炊き出しに来る人が増えた。みんな身体や心に傷を持って何があったのかも話してくれない....。あんたの領地斡旋の被害に遭った人達でしょ?」
「何を言ってる!? そんな証拠何処にも!?」
「ないよ? だからあんたの言葉を『分析』の魔法にかけて証拠にする。貴族の秘伝魔法とは違って私が勝手に作っただけの中途半端な魔法だけど、コロコロと仲間を捨てる半端者のあんたには丁度いいでしょ?」
イベントリから錫杖を取り出し、聖典に刻まれた分析のページを開く。
「その武器を下ろせ!!どうするつもりだ!?」
ガタガタと震え出し、血の気が完全に引いていた。全裸に等しいなんの耐性もない状況で魔法攻撃など喰らってしまえば命の保証はない、
「私の魔法が行使される前に真実を話せば、手荒な事はしないであげる....」
「悪かった!! 全部お前の予想通りだ!!」
ズリズリと尻を引きずり、後ずさりながらも震えながら口を動かす。
「一ついい事教えてあげようか?」
「な....なんだ?」
パタンと聖典を閉じ、入れ物へと戻すとゆっくりと前進し、獲物を振りかぶる。
「私が作った魔法に嘘の識別機能なんてないの....」
「騙したな!!?」
無情にも錫杖が振り下ろされる。
「やめてくれ!?」
そんな事を口にして誰が助けてくれる?
軽蔑するようにこちらを見る冷ややかな眼の元パーティメンバーに、ゴミを見るような目で見つめる受付嬢。助けを求めた所で助けてくれる訳がない。
身体をこわばらせ、ただ蹂躙されるのを待つ。弱者には助けを求めることすら許されず、これが自分が弱き者にしてきた事なんだと理解する。
「なんで止めるんですか?」
振りかぶられた錫杖の先端を掴んだキノが力を込める。
「ユエルはこれをどうしたい?」
「決まってるじゃないですか!? 少しでも自分が何をしてきたのかをその身をもって分からせてやります!」
ギリギリと自分の手のひらに爪が食い込み血が滲み出る程の力を込める。
錫杖を伝って流れ落ち、キノの手にユエルの暖かさが伝わってきた。
「殴るの?」
「原型が分からなくなるほど殴ってやります! だから早くその手を離してください」
「分かった。別にそうしたいならそうすれば」
名残惜しそうにゆっくりと手を離す。
そして遂に、それを容赦なく振り下ろした。
「可哀想」
キノがポツリとと吐いた一言。それに反応したユエルがゲルドの頭の上で錫杖を止める。
「ひっ!」
「何がですか? 弱い人達の鬱憤を晴らすことができるなんてらこれ以上の幸せはありませんよ!」
「それが、ゲルドと同じ顔になってたとしても?」
「え?」
ギルド嬢が折り畳まれた鏡をユエルに向ける。錫杖を寸前のところで振り返りそれを覗き込むと人とは思えない我儘と強欲さをそのまま写しとった仮面が映り込む。
「何....これ?」
錫杖を地面に投げ出すと自分の顔を触り感触を確かめる。鏡のような顔にはなっている筈ないのだが、何度鏡を覗き込んでも写っているものは変わらない。
「どうしちゃったのこれ? どういう事?」
起きている現象に頭がついていかないのが恐ろしく声が細くなる。
「それがユエルの頭の中の姿」
後ろで見守っていたキノが気の毒そうに見つめゆっくりと呟いた。
「どういう事ですか? 私に一体何が....?」
「本当は気がついてるんじゃないの? ゲルドの悪事を知って、それを成敗するって正義を貫いて酔いしれてるフリをしてるけど本当はゲルドとやっている事が一緒だって....」
「黙っててよ!!」
本心を突くギルド嬢の言葉に動揺を露わにし、喉が張り裂けんばかりの甲高い声で叫び、本心を移す鏡を振り払う。手の甲が裂け、地面に鮮血が垂れる。
「私は全てを奪われて教会を頼ったあの人達の仇を....」
「それはその人達が声に出して望んでた? 勝手なエゴで人を殺そうとしてるんじゃないって私の目を見て言える?」
ユエルの目の前に顔を突き出し、目を見つめる。
「え...あ...あ」
ブツブツと意識が途切れ途切れになり、教会に助けを求めて駆け込んできた人々の姿が思い出される。
誰もが等しく助けを求めていたが、誰も仇を取って欲しいなど口にしない。
「あの人達は、暖かい食事を食べただけで心の底から笑っていた....」
「そう。なら、ゲルドを殺そうとしているのは....?」
「私のエゴです」
ブルブルと焦点が震え自分の中で本人にさえも隠された本音が出てきた。目を見つめるために突き出した顔をスッと後ろに引くとユエルが髪の毛を掻きむしる。
「わざと教会に魔物を放って助けた恩をチラつかせて私をパーティメンバーに迎え入れた! そんな奴の為にパーティに貢献する為に回復魔法を極めたんじゃない!! 私のこのもどかしさは何処にぶつければ良いの!」
掻きむしった指の爪の間には自分の髪の毛が絡み血でいっぱいになっていた。
「怖くないよ? 大丈夫」
キノが荒ぶったユエルを優しく抱きしめ、声を掛ける。
「パーティには騙されて入ったのかもしれない。だけど、今回の探索の経験や出会った人との縁は無駄にならない」
「本当に?」
「現に、騙されなかったら私はユエルに会えなかった。だから、無駄なんかじゃ無い」
「....はい」
声を振り絞ってだすと、安心したのか肩を震わせながら嗚咽を噛み殺しながら涙を流す。
「手を汚すのは私だけ」
そんな中で吐き出す小さな一言。
砕け散った鏡の破片に映る二人の姿。強欲の仮面は砕け散り、それを抱きしめているのは鬼のように禍々しく歪んだ姿の化け物だった。




