第33話 助け舟
第33話 助け舟と
「だれか..........助けて」
身体が大きくては小さな穴を抜ける事ができない。プルエアの使い魔に柵の解除を任せ、自分が時間を稼ぐ。その作戦を自分の中で決めたのだが、それもできない。
自分の愚かさに嫌気がさす。
ただ、自分の思いを口で無力ながらも強く呟くことしかできなくなる。
「分かった。助ける」
自分以外に誰もいないはずの空間からそう声が聞こえてきた気がした。部屋の右上の方の壁の黒いシミ。先程までなかったシミがやけに目立つ。
龍が大きな口を開けてくる顎から横一文字に血が迸る。
「え....?」
顎が外れ、ユエルに食らいつく寸前で龍の動きが不自然に静止する。
「あ....あ...あ」
食べられる事がなくなった筈なのに、一時的に防いだ事に対する安心感など感じられない。龍の鼻息が肌に触れ、更に命の擦り減りを実感する。
先程まで刃向かおうとしていた相手の強大さを知らしめられ膝を折りその場に力なく崩れ去る。
「助かったのに、恐怖に身体が支配されてる。生きてるなんて言えないね」
空気に溶け込んだ姿がゆっくりと現れる。夜空と同じ色の外套に身を包みフードを深く被ったアサシンの女の子が姿を表す。右の手には白い刃の小刀が握られている。
「チビ助、きつく締めあげて。私がいなくなった分のスペースの魔力を使うの」
「ワン!」
壁の黒いシミが龍の腹の下へと入る。いくつもの黒く薄っぺらい手が腹の下から湧き出ると背の鱗を掴む。
そのまま地面に縫い付け身動きを封じる。ミシミシと音を立てながら身体中の鱗にヒビが入る。
「流石、貴族支給する使う獲物は最低限といえど鋭い切れ味」
「誰?」
急に部屋に現れた細身の女の子に声を掛ける。助かったのにも関わらず声は掠れ、恐怖の対象が映っただけでしかない。
パーティ単位でも敵わなかった魔物の動きを単騎で封じたのだから無理もない。
血塗られた獲物を持ちながらユエルの元にゆっくりと歩み寄る。
「あ...ああ...?」
腰を抜かしたまま這うように後退り、直ぐに壁に背中が当たる。
そんな事お構いなしに距離を詰める。
「これ、落ちてた。大事なものでしょ?もっと大切にしなきゃ」
外套の内側から一冊の古びた聖典を渡す。
何故自分の聖典を持っているのか頭が追いつかない。ただただ、恐怖心が体を支配していた。
「あれ?腰抜けてる?大丈夫?」
「ひゃい!!」
頭を撫でようとナイフを無造作に地面に転がし、頭を撫でようとするのだが、野生の猫のように怯える。
乾いた音を立てながら地面に転がるナイフ、何か分からない者に頭を撫でられようとしている今の状況。怯えるには十分すぎる条件が無意識のうちに揃っているのだ。
「キヒヒ、思いっきり怖がられてるじゃねーか。お前は仏頂面で怖いからなー」
耳からニュルっと外れ、触手のような生き物がユエルを見つめる。触手の先端が口のように開き、白い歯がしゃべる度に見え隠れする。
「はわーー!!」
「私じゃないみたいだけど?」
「あれ?おかしいな?まさか、俺を怖がってるのか?こんなに可愛いのに...?」
「どの辺が可愛いの?」
「全体的に可愛いだろ?」
「自分で自分の事は見えない。それがせめてもの救いか...」
「お前、鏡って知ってるか?自分の姿が見えるやつ。俺は自分の見てくれを知った上で口を開いてんだよ!!」
「じゃあ、余計にタチが悪いじゃん」
そんな血の通ったバカみたいなやりとりすらも恐ろしく感じてしまうのだ。
「まだ怯えられてる」
「うーん、何でだろうな?うさぎだってもっと人懐っこいだろ?それと、お前人と話す時くらいフードはちゃんと下せ?相手の人に失礼だろ?」
「分かった」
外套のフードをボスっと下ろし、白い肌を露出させる。
一度しか見たことない、人形のように整った中性的な顔立ちに安堵を覚える。
「キノさん!!!?」
「そうですよ?キノです?今更?」
急におかしなことを言われ、首を傾げる。
「フードを被っていたから分からなかったんだろうよ?なぁ、お嬢さん?」
「それだけで分からなくなる物?今ならさっきの聖典受け取って貰える?」
ハッと思い出したような表情で拾った聖典を渡そうとする。ユエルも障壁を完全に解く。
「さっきプルエアを治療して投げた時に聖典を落としてた。中に刻まれてる障壁魔法で動きを封じようとしていたんでしょ?作戦は悪くないけど、大事な物落としちゃダメ」
「キノさん!?」
ユエルが背中に手を回しキノを思いっきり抱きしめる。
「凄い。さっきまで目も合わせてくれなかったのに、ハグしてくれた。意味わからないけど」
「俺が言った通り、アイコンタクトは大事だろ?」
「効果絶大」
「違います!!キノさんで安心したんです!」
涙を浮かべながら腕の中でキノを抱きしめる。視界が滲み今まで我慢していて体の内側に詰まっていたものが歯止めなく流れていく。
「やっぱり効果絶大」
「だよな?」
感動の波の最中にいるユエルとは対照的に冷める言葉を平気で口にする。
「でも、何で...何でキノさんがこんなダンジョンにいるんですか?パーティから追い出されて平民だと一人じゃダンジョンに入れないんじゃ?」
「うん。一般的にギルドが管理しているダンジョンには入れない。だけど、私有地ダンジョンなら参加費を払えば潜れるの」
「そうなんですね。知りませんでした。ひょっとして助けに来てくれたんですか?でも、何で私たちの場所が?同じパーティメンバーとしての紐付けをしないと同時に入り口を潜った時点で別の場所に飛ばされますよね?お抱え冒険者みたいに紐付けされた装備を付けていれば別ですけど、私達そんなの付けてないし...」
別々に入り後を追ってきたのかと言うことを考えたが、そうであれば探索系統の魔法を使った時点でプルエアの使い魔が気付いていただろう。別々に入ったとみなされるにはに一定時間を空けてダンジョンに入る必要があるが、そんな時間が空いていたら柵で封鎖された部屋の内側に一緒に居られるはずが無い。
柵が地中深くまで到達し、魔法的な方法で地中を潜ってこようとしてもその働きを阻害する事を解析で分かっている。
その性質のおかげで解除に苦悩して、身をもって経験しているのだから間違いない。
つまり、この部屋にいるという事は最初から最後まで近くにいたと言う事になる。
「何でだと思う?そのうるさい口をまた塞いであげようか?」
ユエルの頭に何かがフラッシュバックする。キノと初めて会った時、去り際に無理やり唇を奪われその日の夜色々考えてしまって結局朝まで一睡もできなかった思い出がフラッシュバックする。
「フーーー!!」
キノから離れ、口を両手で覆い耳から湯を沸かしたヤカンのように顔が赤くなり、終いには白い湯気が溢れ出す。
「おいおい、この反応一体何をやったんだお前?」
『ん?別に特別なことはしてない。会った時少しだけ煩かったからちょっと私の口でユエルの口を塞いだだけ。その反応思い出した?』
「特別なことをしてないって...!!あの時...その...舌まで入れてきたじゃないですか!!」
真っ赤に赤面しながら口を開く。
「お前、初対面でそんなことしたのか?痴女じゃねーか」
「心外。入れなきゃ黙らせられない。必要な事」
「ディープキスが必要な事って、どれだけ大人の階段の高みにいるんですか!?」
夜間のように真っ赤のユエルと自然体のキノが再び対照的に見える。
「あのキスどう?何か気付いた?」
「とんでもなく気持ちよかったことしか...って、何言わせるんですか!」
「あのキスの時に私の魔力をユエルの体内に受け渡したの。それで紐付けしたからダンジョンに入る時も大体同じ位置に出現することができた」
「なるほど、それは理解できました。でも、何で私に魔力の受け渡しを?そもそも何でこんな所にいるんですか?」
「ユエルの体内に魔力を渡したのは助けに行く為」
「私を?」
「そう、ゲルドは人を使い捨てるように使う。ユエルはいい人っぽいから見捨てられたりしたら助けに行ってあげようかな?って思って一応渡した」
「でも、皆さんいい人でしたよ?それを言うならこのダンジョンを踏破した人の方が性格が悪い気がします。多分、この部屋に罠を仕掛けたのもその人でしょうし」
「なるほど。私の事はどう思ってる?」
「良い人です!」
「そっか。このダンジョンを最初に踏破したのが私だとしても?」
その言葉を聞いた途端にユエルの表情が複雑になる。




