第34話 策士と人の域
第34話 策士と人の域
「どう言う事ですか!?ひょっとして、この部屋を作ったのもキノさんなんですか?」
「もし、そうだったら私の事嫌いになっちゃう?」
上目遣いで、ユエルのことを見つめ不覚にもそれにドキッとする。
「え!!いや、嫌いになるとかじゃなくてただ、単純に知りたいと言いますか...」
動揺を隠せないのかキョロキョロと挙動不審になる。
「一言で言うと一石二鳥だと思った」
「一石二鳥?」
「ここのダンジョンの近くに私が育った孤児院がある。だけど、このダンジョンが出現して辺りがゲルドに買い取られた。法外な土地代をふっかけて立ち退き同然の事をしにきたからこのダンジョンを攻略して私のものにし、撤退させようとした。他人の物になったダンジョンの周りにホテルとかを立てるなんてプライドのない事できないだろうし、役に立たない土地は手放すでしょ?」
「確かにそうですけど、勝手にこの土地に住み着くのもあまりいただけないと言うか....」
「確かに、あんまり褒められたことじゃない。だけど、こんな強制的な立ち退きに住民が耐えられるはずもない」
「確かに...でも、権利書は所有者が上書きするんじゃ....」
「それについてはこれからのお楽しみ。現に私が作った罠で上書きできてないし」
「な、なるほど。それで、このダンジョンに来たわけですね」
「そう。それで、どうせなら、ユエルにゲルドの本性を体感してもらおうと思って」
「本性って言いますけど、そこまで悪い環境ではありませんよ?」
「利用する価値があるうちはね...ユエルが使える『解析』は自分で作った魔法なんだよね?」
「はい。聖典や魔導書に書き込んで使うタイプの書式魔法です」
「他にその魔法を使える人、いる?」
「コツは必要ですが、私が相手の聖典とかに書き込めば使えるようになります。今使えるのは私だけです」
「なら、このパーティに居たいなら絶対に教えちゃダメ。その瞬間にお払い箱になる」
「だけど、私は回復の腕を見込まれてパーティに誘われました。それだけでお払い箱になるなんて考えられないです」
表面上のゲルドを信じ込み、キノを信用しようとしない。
「でも、私を見て?鍵開けがアドバンテージじゃなくなった瞬間にパーティから追い出されたよ?」
「それは...」
そこまで言って、胸の奥に突っ掛かった何かに気付く。
「ここでグタグタやっても仕方ない。取り敢えずは証拠を見に行こ。先ずはアイツをどうにかしないと...」
「アイツ?」
「そう。ユエルの首元にセクシーなワンポイントを植え付けたアイツ」
顎を切られ、影で縫い付けられた龍が身体を捩り動こうとする。
一本、また一本と影が弾け飛び自由を取り戻していく。
「龍が!?殺したんじゃないんですか!?」
「知ってる?龍にはランクがある。亜種であるほど醜い見た目になって、見た目の美しいに比例して知的で完璧に近い。この国の聖獣である翼竜は龍の完成体。あの龍はどう?」
「見た目から綺麗で美しい...まさか、あの龍は...」
「限りなく完璧に近い。元々、下位の龍から卵を取って産ませたやつなんだけど、このダンジョンと相性が良かったのか高位種族が生まれるなんてね」
「何、優雅に観察してるんですか!?動けない内に柵を解除すれば良かった!!このままじゃ...!」
「はい、ズドーン」
静かに呟き、焦るユエルの額に思い切り強烈なデコピンを喰らわせる。
「痛ったい!何するんですか.....?」
尻餅を着き、額をさすりながら目を開くと身体を起こした龍が二人を見つめていた。
「怖いの?」
「そりゃあ、怖いですよ!?できるなら今すぐにでも自分の首を掻っ切って逃げたい!!でも、そんなことしたら...」
「魔眼の効果で感じた恐怖が最大になったら、体の穴と言う穴から出血して戻る前に死ぬ」
そのキノの言葉が胸を突き刺す。首にリースを付けたようにフサフサと死を招く赤い花が生えていく。
「何で、来たんですか?」
「うん?」
「何でこの部屋に来たんですか!?どうせパーティを追放させた腹いせの復讐でこの部屋を作ったんでしょ?私だって、キノさんの追放を止められ無かったからその逆鱗に制裁されても文句は言えません!!けど....」
恐怖に支配された身体に力を入れて声を捻り出す。
「キノさんまで来る必要なんて無かったでしょ!?何で来たかは分かりませんけど、パーティを追放されたからって復讐と共に身を滅ぼす事なんて悲しすぎます!!」
「貴方の目にはそう映るのか」
力のこもった叫びに耳を傾ける事なくフードを被って敵に向かう。
「魔法は概念によって信仰され、魔力は宗教などの信じる力によって確立される。だから、私のことを信じて貰える?あの龍にも勝てるって」
少しだけ困ったように笑みを浮かべて地面に転がした先程の小刀を拾い上げる。
「私がこの部屋に来たのは、助けてって言われたからだよ」
クルクルと小刀を手で回し、それを構える。
絶対無理。
その一言が頭の中で浮かぶ。属性魔法を使えないと言う話の中で使える魔法は基本魔法と職業魔法に限られる。聖典のように物に封緘されている魔法を使う封緘魔法も存在するのだが、魔法が封じ込められている物を使う様子はない。
「それで?どうするんだ?何かあいつに勝てるような算段はあるのか?」
「んー?別に何もない。何もなかったら勝てないの?」
「それはその時によるが、ここまで無策とは...まぁ、お前のそういうところ好きだぜ!」
ニュルニュルとフードの耳のあたりから伸びてきた一本の触手がキノの言葉に一喜一憂する様は蛇のようで面白い。
「別に私は好きじゃないけど....?」
「改めて言うなよ。虚しくなる....それで?俺は何をすればいい?」
「何もしなくていい。できるなら、身体を貸して」
「いやん。身体が目的なの?希望に添えるかしら....?」
身体をクネクネと捩り、普段の言動の気持ち悪さに加えて、更なる嫌悪感が身体を駆け巡る。
エナから貰った魔抗剤の入った注射器を首に少量打ち、性別を男に変える。
「強化」
低い声でそれを全て打ち消すように無視をして基本魔法を唱える。
キノの全身に魔力が流れ、身体中の魔力が流れる道が青く光りだす。血管のように身体を駆け巡り、それが暴れだす。全身が包まれると、外套にも似たような赤い光の筋が走る。
「おい!?ちょっと待て!?なんだか身体が熱いんだが?」
「さっき、あんたが使った魔術を見せて貰った時に外套中にある魔術回路は記憶したから、無理やり私の魔力を流し込んで性能を底上げしてみたんだけど....?」
「やるなら一言言ってからやってくれよ!?」
「今言った」
「おせーよ!!」
よっぽど急に魔力を注がれたのが不快だったのか抵抗の意思が色濃く見える。
「ブーツには魔力の流れ道ない」
「それは普通のブーツだからな!!魔物の魂がなければ俺みたいにはならない。当然魔力回路もない。足まで守るのは無理だぜ?」
「じゃあ、無理やり流そ」
ミチミチと不吉な音が聞こえる。下に目を落とすと、白い筋が不規則にブーツにも浮かんでいた。
「馬鹿な!!?」
「でーきた」
「知らなかった。こんな野蛮な方法があるのか....」
心底驚いたのか、空いた口が閉じていない。
「店主さんからは魔物をそのまま材料にしたから油断したら食べられちゃうよって言われた。なのに、私より人間臭いし物事をよく知っている魔物でも、『吸収』と『再構築』なんで魔法見たことない。貴方は一体なんなの?」
「さぁ?人が生まれてきた理由を知らないように分からん。ただ言えるのは、俺は俺に生まれて良かっ....」
「それ含めて聞きに行こ。私にこんな貴重な装備を渡した理由を...」
喋っている一瞬の隙を突き、龍が大きな口を開けてキノを正面から齧り付く。
バク!っと大きな衝撃波が口から打ち出され、ユエルの髪が揺れる。
「キノさん!?」
「私は大丈夫。柵を解除しといて」
思い切りジャンプし、お抱え冒険者から拾った2本のナイフを刃を持ち、赤い魔眼目掛けて投げつける。
深々と目に刺さり、体から鱗粉を出しながらのたうち回る。
「これでユエルに咲いた花もこれ以上増えない。私の口を塞いで」
「ホイホイ」
外套から布が伸び、口元を覆う。地面に着地するとマジックバックに手を伸ばし、中から真っ黒な2本のククリ刀を取り出す。
「そんなんで、戦うのか?」
「前に知り合いの鍛冶屋にお願いして作らせたククリ刀。サラマンダーの鱗を鍛えて作ったから硬度は負けない」
部屋の側面の壁に向かって走り出し、壁を蹴り上げる。身体が蝶のように部屋の中を舞い、すれ違い様に龍の体に等間隔での傷を刻む。
致命傷には程遠いが、細かな傷が刻み込まれ鱗粉が鱗から吐き出される。
しかし、口元を覆い隠し対策をしているせいかキノの動きは機敏なままだ。
部屋の中で壁から壁へ飛び回るキノを追い回し、捕食しようとするのだが、どでかい図体では捉えきれない。胴体で絞め殺そうにも傷を付けた部分から血が迸りキノが身体を捻るとツルッと抜け出てしまうのだ。
「何あの動き。機敏すぎる」
基本魔法での強化は元の身体能力に少し上乗せする程の物でしかないのだが、あそこまで熟練した基本魔法は見たことがない。
「なぁ?キノ、あのプリーストの小娘驚いてるぞ?」
「隠蔽魔法を使ってる時は喋らないのに、意外とお喋りだよね。属性魔法が使えない代わりに基本魔法の熟練度を上げたからこれぐらいはできる」
無駄口を叩いている間にも、身体を動かすスピードがどんどん上がっていき、残像しか捕らえられない。
「おい!加速し過ぎた!!獲物を見ろ!!」
「うん?」
ククリ刀が削り取られ次第に丸くなり、最早ベネディナイフ程の長さしかない。
「ああ。やばいね。でも、もう少しだから....」
鱗と鱗の間。針を刺すかのように龍の身に僅かな刃を立て、最大限の攻撃を生み出す様は最早芸術的と言える。
「さて、これでおしまい」
いつも通りの動作で小さな傷を付け、地面に優雅に着地した。
「どう?柵の解除は終わった?」
「もう終わります。キノさん!キノさん!後ろ後ろ!!龍が来てます!!」
「安心して。もう終わってる」
ふらふらとしながら傷ついた龍が遂に地面に倒れた。




