執行者の邂逅-2
久しぶりに約2000文字です。
予告-次話から話が動きます。きっと……。
「イリス、シルクたちとは何を話していたんですか?」
しばらく体を揺られること一時間。
ちょっと眠くなってきたのでイリスに話し相手になってもらうことにした。
「えー……と、内緒です!」
予想通りの答えに若干苦笑する。
「なんで笑うんです?」
多少ムッとした様子でイリスがが聞き返してくる。
「いえ、すみません。まさか、私たちは恋敵じゃないから仲良くしましょうって言われたなんて、私に言えないよなと。そう思いましてね?」
「な、な、なんで……」
手綱を握っているので振りむくことは出来ないが、後ろであわあわと落ち着きをなくしたイリスの様子が容易に想像出来た。
「執行者をあまく見ないで下さいよ? 私たちの権限をお忘れですか?」
「権限……。あ、あれですか。なるほど。……いやいや、ちょっと待ってください! 危うく納得してしまいそうになりましたが、騙されません。職権乱用です!」
イリスはころころと感情を切り替える。本当に面白い子だ。
「乱用だなんて、人聞きが悪いですよ? 私はただ何を話しているのかなーと気になったので力を使っただけですから。ほら、寝首をかかれても困りますし」
「そんなことしませんので、そのお力を私欲のために使わないでくださいよ……。それとも、信用出来ませんか?」
イリスの声はちょっと声がうわずっていた。
振り向けないためそれが嘘泣きなのか、私には判断できない。
「その言い方は卑怯ですよ。イリスが私のこと思って頑張ってくれていたのは私が一番知っているつもりです。そう言われると何も言えなくなります」
これは私の本心だ。
私はイリスに執行者としてではなく、一人の人間として助けられた。私がどうしようもなく壊れる前に救い出してくれたのは、ここにいるイリスに他ならない。
「でもだからと言って、夜中に私の寝床に来るのは止めてくださいね?」
「うぐ……」
図星をつかれたのかイリスが小さく声をあげる。
冗談のつもりでかまをかけてみたら、本当にやるつもりだったらしい。油断も隙もない。
「……イリスの気持ちは分かっているつもりです。でも私はその気持ちに答えることはできない。執行者としても一人の女としも。それは分かりますね?」
私は丁度いい機会だからはっきりと言っておくことにした。
「…………はい」
私が真面目な話しをしたいことを感じ取ったのだろう。イリスの声にはいつもの力がなかった。
分かってはいたが、少し胸が痛んだ。
「イリス。私は感謝をしているのです。私という人間を救ってくれたことを。壊れる前に助け出してくれたことを。そして何より私を思ってくれていることを」
「アリス様……?」
イリスの動揺がその声から伝わる。話しの流れが想像していたものと違ったのだろう。困惑しているのが分かった。
「だから、イリスにチャンスをあげようと思うのです。私を落とすチャンスを。私は安い女じゃありませんからね。精々精進するのですよ?」
「…………う、うぅ。ぐず、アリス様ぁ」
「うわっ! ちょっと、危ないですよ! あと、鼻水は拭いてください! 汚れます」
イリスが飛びついてきた。体が揺れる、本当に危ない。仕方がなく手綱を放した。
私の愛馬は私と思念が交わせるので、実は手綱を握る必要がない。これまで握っていたのは周りへのカモフラージュ兼、愛馬を大切にしているからこそだった。
「スレイプ、すみませんがしばらく頼みます」
声をかけると、スレイプは任せてくれと言わんばかりに鼻を鳴らした。
イリスに向き直って荷台の方に誘導する。
「うぅー」
「もう、ちょっとだけですよ。」
私は仕方がないと、イリスが泣き止むまで優しく抱きしめ続けた。
「ぐすん、お手間をかけてしまい申し訳ありませんでじた。ありずざま。ぐず」
「もう、きちんと鼻をかんでください。はいどうぞ」
「すみません……ありがとうございます」
鼻をかんでようやく落ちついたのか、元気とはいかないがいつもの顔に戻ってきた。
「もう大丈夫です……私不安だったんです。昨日もですけど、アリス様時々迷惑そうな顔しますから。嫌われたんじゃないかって、私がちょっと変なのは自覚してますし」
それを聞いて合点がいった。今朝シルクに噛み付かなかったのはそういう理由だったのかと。
「そうですね、確かに女の子が女の子を好きになるというのは普通ではないですね」
「やっぱり……そうですよね」
「でもねイリス。さっき私は言いましたよね? チャンスをあげると。良く考えてください。私がイリスのことを本当に迷惑だと思っていたり、嫌ったりしていたらこんなことを言うと思いますか?」
「あ…………」
「心配ごとはそれだけですか? まだ恋愛感情にまではいきませんが、少なくともイリスのことは好意的に思ってますから。安心してくださいね。……こんな恥ずかしいこと滅多に言わないんですからね」
気恥ずかしさを誤魔化すために、思わずそっぽを向いてしまう。
「はい……はい! 私は大好きです!」
「お気持ちだけ頂きますね」
良かった。
どうなるか不安だったけれど、いつもの明るいイリスがそこにはいた。