執行者の邂逅-4
ほのぼのとシリアスの癒合。
「今日はここまで、ですね。スレイプ?」
返事をするのが面倒になったのか、何も答えないままスレイプは足を緩めた。
「あちらの方が開けているようですし、そこまでお願いできますか?」
体を揺られながら空を見上げれば、暗がりが広がっていた。まだ日が射してはいるが、完全に沈んでしまうのも時間の問題だろう。
「この辺でいいです。お疲れ様です。ありがとうスレイプ」
スレイプが足を折って地に伏せると、イリスが地面に向かって跳んだ。
いくらスレイプが寝そべっているといっても、普通の馬よりも巨体なことは変わらない。元々身長の小さいイリスにはまだまだ高かったようだ。
そういえば背に乗せる時も私が抱っこしなければ乗れない程だった。
苦労しているんだなと思うことしか私には出来ない。強く生きるのですイリス。
「それじゃあ私は、お夕飯の準備してきますね」
「はい、お願いします。お昼のシルクのお弁当も美味しかったですが、私はイリスの料理も好きですからね。期待していますよ?」
「好きだなんてアリス様大胆です……はっ。ま、任せてください!」
都合のいいように解釈してトリップしかけていたが、自力で戻って来れたようでは私はほっとした。
「んー…………ふぅ」
軽く伸びをして手綱を長時間握って固まってしまった筋肉をほぐす。
正確な時間を知ろうと聖時を確認すれば、時刻は夜六時を回っていた。
周囲を明るくすることも出来るには出来るが、急ぐ旅でもない。
私は万一に備えて、無駄な消耗は極力避けると決めていた。
「流石に疲れましたか? もうちょっとですから、頑張ってくださいね」
私はスレイプから降り、優しく頭を撫でた。感謝の気持ちを込めて労わるように。
始めは嫌がる素振りを見せたが、構わず撫でてていると大人しくなった。
素直じゃないなと苦笑してしまう。
間に小休憩は取っていたが、スレイプはかれこれ十時間以上走りっぱなしだった。
私の愛馬は元々運搬用に育てられた馬ではない。いつもとは違う走りに正直疲労が溜まっているはずだ。ただ意地でもあるのか、疲れている素振りは見せようとしてくれないが。
今夜はゆっくり休んでもらおう。
冷たい風が気持ちいい。
私は夕飯を待つ間、スレイプに身を預け夜風を浴びていた。
ある程度舗装されているとはいえ、森の中だから、だろうか。空気が澄んでいる気がした。時々聞こえる虫の羽音もとても心地良かった。
実は久しぶりの外出に、私は疲れていた。今目を瞑ってしまえば、このまま眠ってしまうかもしれない。
誘惑に負けちょっとだけならいいかなと、眼を閉じようしたところでイリスの声が聞こえた。
「アリス様ー。お夕飯の準備出来ましたよー」
イリスの声が場に木霊する。
確か馬車から離れて夕食の準備をしてくれていたが、私に知らせる為に戻ってきたようだ。
「もう少ししたら行きますから、ちょっと待ってくださいね」
ちょっと眠気を覚まそうと思い、私はそう返した。
イリスが小走りに駆けてくる。
「? どうかしましたか?」
「私も、撫でて下さい! お願いします!」
「あぁ、なるほど」
唐突過ぎて最初は理解出来なかったが、イリスは私がスレイプを撫でていたのを目敏く見ていたのだろう。
私とイリスには身長差が二十センチぐらいある。勿論私の方が背が高い。そのために自然とイリスが私を見る時は、見上げるような上目遣いの姿勢になる。
女の私から見ても、イリスは可愛らしい女の子だ。
そんな女の子に手を胸の前で組んで、上目遣いでお願いされたら男なんて断れる者はいないのではないのだろうか。
それにこちらの背が高いと、イリスの大きな胸の谷間まで目に入ってしまうので、目のやり場に困る。
「イリスはもう少しご自分の価値を理解した方が良いんではないでしょうか? ……全く、仕方がないですね。お腹も空いてますし、せっかくのイリスの料理を冷ましてはもったいないですから、ちょっとだけですよ。おいで」
両腕を広げてイリスを招く。
「いいんですか?」
イリスが様子を窺うように抱き着いてくる。少し強く抱きしめてあげると安心したのか、緊張していたイリスの体から力が抜けた。そのまま体を私に預けてくる。
左腕でイリスを支えながら、私はしばらくイリスを撫で続けた。
「えへへ……アリス様が優しくて嬉しいです」
「ふふ。さぁ、どうでしょうね?」
私はそんなことを言いながらも、イリスに対して甘くなっていることを自覚しているのだった。
「ご馳走様でした。ちょっと冷めちゃいましたけど、美味しかったですよ」
「うぅすみません。まさか眠ってしまうとは……」
あの後イリスは割と早い段階で眠ってしまった。起こすのも可哀想でそのままにしたのだが、結果せっかくのご飯は冷めてしまったのだ。
「充分美味しかったですよ。気にしないでください。それに、イリスの寝顔が見れたので私は満足です。可愛かったですよ」
「か、かわ、可愛い? 私が、可愛い……えへへ」
よし。イリスはしばらく大丈夫だろう。
「えーと、団長さんでしたっけ? 今から質問しますから、知っていることを話してくださいね」
「言ってみなぁ。答えられるかは分からんけどなぁ」
ロープでぐるぐる巻きにされた状態で、男は答える。
「ではまず……団長と呼ばれるぐらいなのですから、団名がありますよね?」
「あるなぁ。隼の獅子っつーんだ。結構有名なんだぜぇ」
確かに聞いたことはある名前だ。
国端にある原初の神殿には細かい情報は流れてこないので、名前しか知らないが。
気になっていたことも聞けたので、本題に入る。
「ふむ。次です。私がした攻撃を、貴方は理解していましたね?」
「あぁ? どういう意味だぁ? 速すぎて見えはしなかったけどよぉ、そりゃあんなもんぶつけられれば嫌でも分かるだろぉ。確か聖気つーんだっけかぁ」
「そうです。そして仮にも、加減したとはいえ聖気を用いた一撃に貴方は耐えた。……身体強化、していますよね?」
「さぁなぁ? 聖気の存在は知ってるけどよぉ、詳しいことは分からんなぁ。俺は気をこじ開けてもらっただけで、細かいことまで知ってる訳じゃ…………」
男の言葉が不自然に途切れたと思った瞬間に、私は嫌な気配を感じた。
「イリス! 全力で身体強化を!」
「!? はい!」
刹那――男が肉片を飛び散らせながら、内側から爆発した。




