猟犬と不死鳥《シームルグ》
「ほら、少尉、もっと急いで!」
「だから早く起きろって言ったろ!」
丘の上のエルフ居住区から、二人乗りの自転車が駆け下りる。アパートメントから近衛旅団の司令部まで自転車で十五分といったところだが、しょっぱなから遅刻というわけにはいかない。
晩夏の清々しい空気の中を、荷台に横座りになってはしゃぐラディアと、汗だくで自転車をこぐ文洋のなんともチグハグな二人が駆け抜けてゆく。
自転車を近衛旅団司令部の正門に乗り付け、守衛に無理やり預けるという離れ業まで使って、文洋たちは、何とか開始時間の十分前に旅団司令部の作戦室にたどり着いた。
すっ飛ばしてくる途中で、あまりの暑さに脱いだ上着をラディアから受け取り、なんとか見られるように服装を整える。
「あぶかなったねえ、ユウキ少尉、着任早々遅刻するところだった」
「だ・れ・の・せ・い・だ」
「あたしは知らないモン」
「准尉……可愛く言ってもだめだ」
「今のは自信あったのに」
ワザとらしい仕草でプイとすねてみせるラディアに、部下たちからヤジが飛ぶ。
「姐御が壊れた、整備中隊、修理を頼む!」
「馬鹿野郎、頭のネジなんかなおせねえよ」
バカバカしいやりとりに、声を上げて笑うダークエルフと整備士達を見回して、文洋は笑いながらも、身が引き締まる思いがした。できれば全員、無事に連れて帰りたい……そう思った。
十時ちょうど、市街の中央にある『銀の塔』が時を告げる鐘を鳴らす。ほぼ同時に、丈の長い、真っ白な軍服に身を包んだ女性士官が二人、入ってきた。
中佐の肩章を着けた女性は歳の頃なら四十半ば、少尉の階級章をつけている方は、階級の割にやけに幼く見える。
「気をつけ、敬礼」
文洋の号令に、談笑していた隊員たちが立ち上がり、かかとを鳴らして敬礼する。
「フミヒロ・ユウキ少尉、以下十五名、総司令部の命令により出頭いたしました」
答礼して、中佐がフミヒロを見つめる。優しげな風貌と優雅な身のこなしは、軍人というより神官と言ったほうがしっくりくるだろう。
「楽にしてよろしい。私は『シームルグ』船長アシュレイ・マイヤーズ中佐、そちらは秘書のアマンダ・グレンフェル少尉」
蜂蜜色の髪をショートカットにした、グレンフェル少尉がペコリとお辞儀する。
「最初に言っておきますが、『シームルグは軍船』ではありません、都合上、近衛旅団に属していますが、あくまでテルミア教団の持ち物です」
優しげなグレイの瞳でまっすぐに見つめる中佐を、文洋は見つめ返した。
「シルフを束ねる風の女王、ウェンサーラが初代の巫女様に授け、代々、テルミアの王女に受け継がれてきた、飛空船は、テルミアの教義を広めるための翼であり、本来、人を殺す道具ではありません」
ゆっくりと、諭すように言う中佐に、文洋は黙って頷く。
「先日、王都に空襲があった際、テルミア神との古の盟約によって『フルメン』が顕現したのは、皆さんの知ってのとおりです。これにより神殿は守られましたが、空中で爆散した敵艦の破片による市民の死者は八名、負傷者は四百三十二名、敵方の死者は二隻で推定九十名を超えると思われます」
あのデカイのが落ちて、それで済むってなら、そのドラゴンとやらは、ずいぶん人間に優しいさね……。隣で小さくつぶやいたラディアを文洋が小声でたしなめた。
「銀の塔の礼拝堂から、その光景をご覧になられていた、ラティーシャ・リア・ユーラス王女殿下は大変悲しんでおいでです。これ以上、殿下は無辜の市民の犠牲を望んでおられません」
……ならば、炭鉱など、くれてやれば良かろう……と、文洋は一瞬思ったが、そういう訳にもゆかないのが、工業化された世界だと思い直す。
『扶桑』が世界の裏側まで軍艦に乗ってやってきて、列強諸国に同盟を求めるように、工業化された社会を支えるのに、技術と鉄と石炭は今や水とパンと肉と同義で、それを持たぬ弱者は周囲の国から噛み付かれ、喰い殺される。
「現在、三都同盟で確認されている飛行船は四隻、二隻は先日、『フルメン』により屠られ、一隻は空軍の活躍により中破、現在我が国を脅かすのは、『九頭蛇』ただ一隻となりました」
そこで言葉を切って、中佐は一人ひとりの顔を順番に見つめた。
「王女殿下は、この戦を終わらせるために、テルミアの至宝『シームルグ』で刺し違えてでも、『九頭蛇』を仕留めよと仰っておいでです」
過激な言葉に、隊員たちからどよめきが起きる
「諸君らの活躍に期待します」
§
「もう一度だ、敵味方を入れ替えるぞ」
文洋が近衛連隊の設備部に掛け合い、練兵場の中に板を立てて作った、狭い船内を模して作られた施設で、ダークエルフの兵士達が突入訓練を繰り返す。
精霊を召喚できるダークエルフが十二人もいれば、前衛後衛にわかれて、小火器を無効化することはできる。そのため、文洋はもっぱら白兵戦に重点を置いて出撃までの三日間、訓練を行うことにした。
「そこ、曲がり角のカバーが甘い、横から撃たれるぞ」
実戦さながらに銃弾の盾となるサラマンダやシルフが飛び交い、双剣を手にしたダークエルフ達が廊下を駆け抜ける。
「せいっ!」
「うわ! 姐さん!」
半分ずつに別れての白兵戦、狭い廊下を模した場所で、胸に飛び蹴りを食らって飛んできた兵士を半身でかわすと、文洋は袖を掴んで後ろに放り投げた。
「ええっ? 少尉!」
後ろに投げ飛ばされた味方が、情けない悲鳴をあげて文洋の後ろに転がってゆく。
「やるじゃないか」
漆黒の刃に金象嵌、二〇インチほどのエルフ作りの双剣を構え、ラディアが文洋に飛びかかってくる。
一撃、二撃と、稲妻のような早さで打ち込んでくる双剣を、文洋は借り物のショートソードでしのぐ。
加減しているのかいないのか、ラディアが打ち込む剣戟が激しく火花を散らした。
「セイッ! ヤッ!」
舞いのように美しいニ連撃。
上から打ち下ろしてきた右の剣をショートソードで受け止める。
スキのできた文洋の右の脇腹を狙って、左の剣がバックハンドで打ち込まれる。
文洋は右肘をたたんで間合いを詰めると、左手でラディアの左手首をつかみ、変則的な四方投げで投げ伏せた。
頭を打ちそうになるラディアの襟を、剣を投げだして引いたところで、ラディアの後ろから来たフェデロ曹長に一本とられ、めでたく文洋も戦死判定をくらう。
「ユウキ少尉はあの剣術とも拳闘術ともつかない変な技、禁止」
「俺は魔法が使えないんだから、体術ぐらいハンデだ」
「でもずるい、あんなの防げない」
「クラウスはちゃんと防いでたぞ」
「そもそも、人狼と素手で戦える少尉がおかしい」
デブリーフィングでふて腐れるラディアに笑いが起こる。だが、全員、目は真剣だ。なにしろ命がかかっているのだ。
「よし、今日はここまで、整列」
午後の三時間を使っての訓練で身体のあちこちに、打ち身とアザを作った隊員たちが、クタクタになりながら整列する。
「手当の必要な人はいませんか」
お目付け役と言ったところか、テンプルナイトを一名つれて、練兵場の端で訓練を見ていたグレンフェル少尉が心配そうに文洋の元へ駆け寄るとそう行った。
「怪我人は誰かいるか?」
「大丈夫だよ、この程度で呼ばれちゃ治癒術師が可哀想さね」
「まったくだ、この程度の打ち身なら、姐さんに蹴られたほうが痛いってもんだ」
「そうかい、蹴飛ばしてやるからケツだしな」
ダークエルフ達のやりとりに、文洋は苦笑いする。どいつもこいつも強がりばかりだが、頼もしくはある。
「言葉遣いほどには、悪い者達ではないのですよ、グレンフェル少尉」
「それにしても厳し過ぎはしませんか?」
どこかに引っ掛けたのか、腕の所がかぎ裂きになり、血の滲んだ文洋のシャツを見ながら、少尉が言う。
「死なずに帰ってくるためです、生きるための努力に厳しすぎるということはないでしょう」
「ではなおの事、打ち身一つでもきちんと治すべきです」
なるほど、筋は通っている。
「私をはじめ、皆、異教徒かもしれませんよ?」
おそらく、彼女も神官かそれに属する身分であろうと見当をつけて、文洋はすこし意地悪を言ってみた。
「テルミアの光はあまねく生き物に注がれます。異教徒であろうと、たとえ人でなかろうと」
「わかりました、手当をお願いします」
強い調子できっぱりと言い放つグレンフェルに、文洋は両手を上げて降参する。
「さあ、まずはあなたからです」
そう言われて袖をまくった文洋の腕にグレンフェルが手をかざすと、ポワリと傷のあたりを光がつつむ。
先日撃墜された際に、ウォルズ村で経験していたが、彼女の治癒術はその比ではなかった。薄皮が貼るどころか跡形もなく傷口がふさがってしまった。
「おおっ」
「すごいな」
輪になってその様子を眺めていたダークエルフ達からどよめきがあがる。
「はい、おしまいです、他にもケガをした方は並んでください」
結局、隊員の半数が手当てを受け、その日の訓練を無事終えた。
文洋は、その様子を無表情に……というより、多少の敵意すら感じられる眼差しで見つめるテンプルナイトが気になったが、まあ、近衛旅団の中核をなすのは修道騎士の彼らだ、異国人にダークエルフが彼らの本拠地をウロウロするのは気に入らないという事だろう。
「よし、全員解散、明朝十時に練兵場に集合」
出航は三日後、個々人では間違いなく優秀な戦士の彼らがスムーズに連携することが出来れば、勝率はぐんと上がることだろう。
§
「間近でみると素晴らしいな」
ピッタリとした革鎧の上から、修道女たちの着る白いローブをまとったダークエルフの一団と、近衛の正装に身を包んだ文洋が格納庫の中で、ぷかりと浮かんだ『シームルグ』を見上げていた。
全長は一五〇フィート、高さは五〇フィートほどだろうか、かつてエルフたちが住んでいた深い森に生えるというアイアンウッドと、ドワーフ細工の精緻な彫刻が施されたミスリル板、材質の想像もつかない半透明の安定翼、息をのむような美しい船が目の前にあった。
「気を付け」
船腹の中ほどに取り付けられたハッチから船長が現れる。
「本船は一旦、南方の要塞都市レブログへ向かい、その後、東方都市へ向けて出港します、王女殿下はレブログまで本船に乗船いただきます」
おおっ、とその場にいる全員がどよめいた。釣りの餌を魅力的に見せるためとは言え、実際に王女殿下に同行出来るというのは、そうはない名誉である。
「なお、王女殿下が乗船前に皆にお言葉を下さる、全員、甲板へ注目」
ザッ、と音を立て、全員が甲板へ向き直立する。磨き上げられた真鍮の手すりの向こうに、金糸で刺繍された修道服と、緑の宝石のサークレット、同じく緑の大きな宝石のついた杖を持った、金髪の少女が現れた。
「おい、あれ……」
「いや、でもな」
その姿に、背後のダークエルフ達がざわめくのを感じて、文洋は声をあげる。
「王女殿下に敬礼」
反射的に敬礼した隊員たちに、この三日間で見慣れた顔となった少女が、手を上げて答礼すると、口を開いた。
「最初に、みなさんを騙していたことにお詫びを申し上げます」
『元グレンフェル少尉』が小さく頭を垂れる。
「ですが、この三日間、みなさんと一緒に過ごして、空軍がどうしてあなた達を派遣してきたのか、とてもよく理解できました」
「捨てやすいコマさね……。」隣でラディアがボヤく。
「兵士の皆さん、あなた方は生まれついての騎士ではないかもしれません、ですが、勇気に溢れ、機知に富み、それに奢らず修練を重ねる皆さんを見込んで、テルミア王女として、お願いがあります」
命令ではなく、お願いときたか……。文洋は彼女の言葉に、大した役者だと舌をまいた、文洋の隊には、自分と部族長の娘であるラディア以外、平民しかいない。
それにテルミアの巫女、ラティーシャ・リア・ユーラス王女。事実上の国家の最高権力者が『お願い』するというのだ。
「この国のために、九頭蛇を狩って下さい、そしてこの戦に終止符を」
そこで言葉を切って、ラティーシャ王女が隊員、一人ひとりの顔を覚えるかのように見つめる。
「勇敢な兵士に勝利を、皆にテルミアの加護があらんことを」
しばしの静寂と緊張感を、王女の凛とした声が打ち破り、格納庫に響いた。うおおお、と兵士たちが雄叫びを上げる。
「王女殿下に勝利を!」
文洋が、声を上げた。
「王女殿下に勝利を!」「王女殿下に勝利を」
隊員たちが唱和する。
「まったく、これだから男ってのは」
ボソリ、とつぶやくラディアに苦笑いして、文洋はその言葉を聞かなかったことにした。そうだな、まったく男ってのは単純な生き物だ。
「さて、一泡ふかせてやるとするか」
誰に言うでもなくひとりごちて、文洋はラッタルに足をかけた。できれば飛行機のほうが良かったが、まあそれでも今度はこちらが狩る番というわけだ。
大扉が開かれると、涼しい石造りの格納庫に、熱い風が吹き込み、陽光が磨き上げられた『シームルグ』を宝石のように煌めかせた。




