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名残の街の相談屋  作者: みやしー


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7/7

猫の引っ越し


「だから言ったじゃない」


 新しい洗濯屋で、ユノさんの母親は腕を組んだ。


「お腹が大きいって」


「毛が膨らんでるのかと思って」


「もう、洗う前の毛布じゃないんだから」


 ユノさんは黙った。


 私は二人の間に立ったまま、店の奥を見た。


 新しい店は、古い方より明るかった。窓が大きく、床も乾いている。

 ただ、洗い場も、取り込み台も、物干し場への通路も、隙間なく使われていた。


 猫が三匹の子どもと落ち着けそうな場所は、すぐには見つからなかった。


「見つかったなら、連れてくればいいんじゃないの」


 ユノさんの母親が言う。


 名前はマキさんというらしい。


「近づかせてくれなくて」


 私は少し迷ってから言った。


「古いお店は、いつまで使えますか」


     *


 建物の持ち主は、隣に住んでいた。


 裏庭に枝を伸ばしていた枇杷も、その人のものだった。


 話を聞くと、次の借り手はまだ決まっていないという。


「掃除に入るつもりでいたんだけどね」


 女の人は薪小屋の方を見た。


「子猫がいるなら、あの辺は後にするよ」


 ユノさんが頭を下げた。


 私は、いつまでもいいという意味ではないですよと念を押した。

 女の人は頷き、来週また相談しようと言った。


 少なくとも、今日、慌てて運び出す必要はなくなった。


 裏口の鈴が、風に一度鳴った。


 ユノさんは、窓の下の皿を洗い始めた。


「私…新しいお店に来てほしかったんです」


「はい」


「毎朝、呼んでたんですよ。前の道まで戻ってきて」


 皿の縁を、何度も擦る。


「私から行けばよかった」


 私は薪小屋の隙間を見た。


 灰色の目が、こちらを見返していた。


「見つかったし、今度は相談できますね」


「誰とですか」


「お母さんと。それとここを貸してくれる人とも」


 猫本人とは、まだ難しそうだった。


     *


 結局、新しい洗濯屋の裏に、猫の居場所を作ることになった。


 そこにはマキさんが持ってきた古い戸棚があった。

 店に入らず、雨除けの下へ置いたままだったものだ。


 下段の扉を片方外すと、出入りのできる箱になった。


「これ、売るんじゃなかったの」


 ユノさんが聞いた。


「買い手がついたら、ほかのを探すわ」


 マキさんは答えながら、棚板の高さを変えた。


 中に敷く布を選ぶところで、二人はまた揉めた。


「これはだめ。まだ使うもの」


「じゃあ、どれならいいの」


「その青い方」


「薄いじゃない」


「二枚にすればいいでしょう」


 私は戸棚の下へ、そっと薄い木片を挟んだ。


 傾きが直ると、マキさんが上から押して確かめた。


「そこに置くなら、洗い桶は出せるわね」


 ユノさんは、戸棚の前にしゃがみ、中を見つめた。


 まだ誰もいない箱を見ながら、少し笑った。


     *


 サビたちが引っ越してきたのは、それから三日後だった。


 その間、ユノさんは古い店へ通った。


 私も一度、皿を洗うのを手伝ったが、サビには相変わらず警戒された。


 サビたちのお引越しには、猫を飼っている隣人が手を貸してくれたという。


 私はその場にはいかなかった。


 翌朝、開店の張り紙を確かめていると、ユノさんが通りを駆け上がってきた。


「やっと、、はぁ、、来てくれました」


 息を切らしながら、それだけ言った。


「新しい家に?」


「戸棚に。今、四匹ともいます」


 私は肩の力を抜いた。


「よかった」


「母が、店の人みんなに見せて回ってて。昨日まで、邪魔だ邪魔だって言ってたのに」


 ユノさんは笑い、鞄から包みを取り出した。


 洗って畳まれた布巾が三枚入っていた。


「お代なんですけど。これでもいいですか」


 私は、受け取る前に一度広げた。


 どれも、私の家にあるものよりずっと白かった。


「三枚も?」


「一枚だと少ないって、母が聞かなくって」


「じゃあ、一枚は次に来たときの分にしませんか」


 ユノさんが眉を上げた。


「どうしてですか?まだ何か…」


「んー、なんとなくです。猫は四匹になったわけですし」


 考えてから、ユノさんは一枚だけ包みに戻した。


     *


 帳簿へ、猫のことを書いた。


 行方不明。古い洗濯屋。親と子猫三匹。新しい店の裏へ。


 書き終えてから、祖母の三年前の帳簿を開く。


『猫。灰色。右耳に切れ込み。魚屋の猫ではない』


 その下は、空いていた。


 祖母はどこまで知っていたのだろうか。


 洗濯屋へ行く前に、帳簿をもっと探していけばよかったのかもしれない。


 そう思いかけ、閉じた。


 私が見つけたとき、猫は薪小屋にいた。


 今は、別の場所にいる。


 新しい帳簿には、そこまで書けている。


 棚へしまおうとしたところで、卓に茶の水滴がこぼれているのを見つけた。


 私はもらったばかりの布巾を一枚濡らした。


 よく水を含み、固く絞ると、手の中で柔らかくなった。


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