28 エピローグ 旅立ち
旅立つ前に寄りたいところがある。——そう言うエリュシオンがカリナたちを連れて向かったのは、屋敷近くの商家だった。
「ああ、ここ?」
ユークが、なるほど、という顔をして店の看板を見上げる。
エリュシオンが店に立っていた商家の主人に声をかけると、揃って店の裏に案内された。奥の倉庫から大振りな木箱が運ばれてくる。
「ああ……それ」
その箱に見覚えがあったカリナが、納得したように頷いた。
エリュシオンが木箱の蓋を開けると、そこには半分ほどの嵩まで書物が積み込まれている。
それはあの火災で焼けず、水浸しにもならず、無事に残ったエリュシオンの図書室の蔵書だった。
「ご主人。実は私、しばらく遠方に旅立つことになりましてね」
エリュシオンが切り出すと、主人は、はいはい、と頷いた。
「お預かり期間が延びるということですね。よろしいですよ。預り賃はいただきますが……」
「いえ」
しかしエリュシオンは首を振る。
「この本を、お宅の店で全て売っていただきたいのです」
「……売る?」
「売る——?」
「う、売っちゃうんですか!?」
主人の怪訝な声に、ユークとカリナの声が後ろからかぶさった。
しかしエリュシオンは動じた様子もなく、はい、とゆっくりと頷いた。
「旅はおそらく、何年も、もしかしたら、十年、二十年かかるかもしれませんので」
「そうですか。それは……そこまでお預かりするのは、こちらも難しいですね」
「ええ。私としても、それだけの長い間、ただこれらの本をこうして木箱に閉じ込めておくのは本意ではありません」
エリュシオンは、木箱の中の書物をじっと見つめた。片眼鏡の奥の瞳は柔らかい光を放っている。
「ですので、値段をつけて売っていただき、広く、世に出回らせてほしいのです」
そして一番上の一冊を手に取り、愛おしげに表紙を撫でた。
「ただし、本というものは全て価値のあるものです。買う方にも、それを分かっていただきたい。ですので安売りせず、出来る限りの高値で売ってくださいませんか」
はあ、と店の主人は頼りなく声をこぼす。だが、売れた代金は手間賃ということで、全部商家側で取っていいと言われ、それならばと頷いてくれた。
あのエリュシオンが、本を手放す——その驚きで言葉を失っていたユークだったが、やがてエリュシオンの顔を心配そうに覗き込んだ。
「いいの? ——いくら高値を付けても、価値が分かる人に渡るとは限らないよ?」
エリュシオンの父の例もある。購入した邸宅にあれほどの図書室と蔵書がついてきても、それらを紙の束としか見ずに、焚き付けにでも使おうかと公言していたのだ。
だがそれを言われても、エリュシオンは苦笑いをするだけだった。
「それでもいいと、今は思います。竈に火をつけようと、焚き付けにこの本を手に取った下女が、うっかりと表紙を開くかもしれない。内容に心を奪われ、熱心に読み始めるかもしれない。——そうして、もしかしたら、その人が次のカリナさんになるかもしれないじゃないですか」
ひっ、と思わずカリナの息がひっくり返った。
エリュシオンの微笑みに、胸の動悸を手で抑える。頬に血が上り自然と口角が上がるが、照れくささに言葉はどもった。
「ななななにを……」
その肩に、ローサが手を乗せる。
「そうね。それはなんて素敵な未来かしら……」
——陽は、すでに天頂近くに上っている。そろそろ街を出なければ、次の宿場街へ夜までの到達が見込めない。
エリュシオンは商家の主人にくれぐれも頼み込むと、一同は急げ急げと再び馬車に乗り込んだ。
かくして旅立つ四人の若者。
——カリナは得た知識をどう使うかを。
——エリュシオンは知識の人への伝え方を。
——ユークは学ぶ者を支える方法を。
——ローサは知識を後世に残していく制度を。
それぞれ学び、己の力にするために、四人を乗せた馬車は、今度こそ、一路エルダニアへと馬首を向けた。
ー 完 ー
これにて完結となります。
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宵川トリス




