7.レヴール
山を越えるとセデという町があるのだという。
ラグはまずそこで傭兵を雇いたいらしい。
彼曰く、
「お前の歌は危なっかしくて使えねぇし、いざってときにもう一人いた方が何かと助かる」
とのことだ。
あの後、また泣かれたらたまらないと思ったのかラグは私の質問に一応全部答えてくれるようになった。……相変わらず仏頂面ではあったけれど。
昨日私がいたお城はグラーヴェ城といい、この国を治めている王様の居城なのだそうだ。
この国の名はランフォルセ。
そしてこの世界は『レヴール』。――そう呼ばれているらしい。
日が高くなり、服の下が汗ばんで来た頃ラグが休憩時間を作ってくれた。
すでに足が棒のようになっていた私は、多少抵抗はあったもののそのまま地面にへたり込んでしまった。
ラグからもらった初めて見る木の実をおっかなびっくり口に含んだときだ。
「念のため言っとくけどな。お前、もう人前では歌うなよ」
唐突に言われ首を傾げると、ラグは続けた。
「お前がいた、その、『ニホン』じゃどうだか知らんが、このレヴールでは歌は不吉とされてる」
「……何それ?」
ピーナッツに似た味の木の実を飲み込んで、訊く。
歌が不吉?
どういうことだろうか。いまいちピンとこない。
「街中で昨日みたいに歌ってみろ。頭のおかしな奴だと思われて最悪街から追い出されるぞ」
「へ!?」
「あとお前が銀のセイレーンだってことも絶対に言うな。また昨日みたいなことになりたくなけりゃな」
放り投げた木の実を器用に口でキャッチしながらラグは言う。
「その、銀のセイレーンって何なの? 何で皆私の事……」
この世界に来て何度も聞いた『銀のセイレーン』。
今の時点でわかっているのは、私が使った魔法のような力。あれを持っているのがその『銀のセイレーン』だということ。
それとこの世界ではなぜか髪の毛が銀色に変わることくらいだ。
それを見て驚くのはわかる。でもなぜ皆あんなにも怖がるのか、それが不思議でならなかった。
「銀のセイレーンは異世界から現れてこのレヴールを破滅させる存在だと言われている。歌が不吉とされるのはその伝説があるからだ」
……破滅?
ぽかんと開いてしまった口に気付き慌てて閉じる。
いきなり話のスケールが大きくなりすぎて、頭がすんなりと受け入れない。
「以前実際に現れた銀のセイレーンによって、ひとつの国が滅びかけたらしい。そこの王子が犠牲になったって話だ」
「え!? じゃあ前にも私みたいな人がいたってこと?」
今の私にはどこかの王子様よりもその銀のセイレーンの方が気になった。
他人事には思えない。
「そ、その時の銀のセイレーンはどうなったの?」
嫌な予感を覚えながらも訊く。
「死んだ。処刑されたってことになってるが、どうだかな」
半ば予想できていた事とは言え、身体中の血の気が引いていくのを感じた。
昨夜自分がそうなっていたかもしれないと思うと震えとともに嫌な汗が出てきた。
その人も、私と同じ世界から来たのだろうか。
どうしてその国を滅ぼそうとなんてしたのだろうか。
答えの出ない疑問ばかりが浮かんでくる。
と、ラグが私に疑わしげな視線を向けているのに気が付いた。
「お前、本当に銀のセイレーンなのか?」
「私の方が訊きたいよ!」
思わず叫ぶと、真上でバササッと鳥が飛び立つ音が聞こえた。
「ま、一応歌が使えんだ。セイレーンに間違いはないようだけどな」
「セイレーン?」
「“歌”を使う術士のことだ」
歌を「使う」という言葉にはどうも抵抗がある。
でも確かに昨夜私は歌を歌い、宙を飛ぶ事が出来た。
「ラグは違うの? その、“魔導術”とかって」
「全然違う。術は万物の力を借りて使う。セイレーンは自分の力を歌にして使うんだからな」
わかったような、わからないような……。
そんな空気が伝わってしまったのか、ラグは呆れたように息を吐きながら立ち上がった。
「さて、そろそろ進むか。日が暮れないうちにセデに着きたいからな」
「うん。……あ、そうだ。ラグって何で私を助けてくれるの?」
素朴な疑問だった。
皆が銀のセイレーンを怖がる理由はわかった。
それなら、なぜラグは私と居て平気なのだろうか。
なぜ私を助けてくれるのだろうか。
と、歩き始めたラグが低い声で言った。
「オレのこの呪いを解くには、お前の歌が必要なんだ」
(あ……)
やっと納得がいった。
そして、その言葉に少し嬉しくなった。
(私にも助けてもらった恩返しが出来るんだ!)
「歌うよ! どんな歌を歌えばいいの?」
先を行くラグの背中に向かって訊く。
「知ってたらとっくに歌ってもらってる」
「だ、だよね……」
「それにまだ条件がそろってない」
「条件?」
「……追々話す」
こちらを振り向きもせずに答えるラグ。
やはり呪いのことになると途端に機嫌が悪くなるようだ。
(そりゃ、誰だって呪いなんて嫌だよね)
でも一度可愛い姿を見ている私には、それほど嫌な呪いには思えなかった。
むしろもう一度あの少年に会いたいくらいだ。……本人には絶対に言えないけれど。
――しかし、そんなふうに考えたことを、私はこのあとすこぶる後悔する事になる。




