18.彼女のひみつ
その怒声に男たちは明らかに怯んだ素振りを見せた。
「セリーン、怪我したくなかったら後ろに回れ」
ラグに言われ、セリーンは怪訝な顔で私の傍らに下がった。
「な、なんだテメェ! もっと痛い目に遭いてぇのか!?」
男がまたしても両手を振り上げる。
同時にラグも右手を上げた。
「もう一度俺様に力を貸しやがれ!」
「すまない、少し力を貸してくれ……」
『風を此処に!!』
二人の声が見事にハモる。
次の瞬間、ゴォっという凄まじい風音が聞こえたかと思うと目の前から忽然と男たちの姿が消え失せた。
――え?
驚いて辺りを見回すと、草原のはるか彼方に点々と人間のようなものが飛んでいるのが見えた……ような気がした。
どうやらラグの起こした風によって野盗たちは揃って吹き飛ばされたらしい。
そして、私とセリーンの前にぽつりと残ったのは、一人の少年だった。
――傭兵を雇えた場合、オレが術士だってことは秘密にしろよ。
そう自分で言っていたラグ。
それなのにセリーンの前で魔導術を使ってしまった上、少年の姿に変わるところまで見られてしまった。
余程あの野盗の魔導術士に腹が立ったのだろうけど……。
やはり気まずいのかラグはなかなかこちらを振り向こうとはしない。
ちらっとセリーンの方を見ると、案の定彼女は呆けたように小さくなった彼の背中を見つめていた。
「あ、あの……セリーン? あのね、ラグは」
「カノン!」
遮るように名を呼ばれ私は口を噤む。
「オレが説明するから……」
諦めたように溜息ひとつ零して、ラグがゆっくりとこちらを振り返った。
羞恥のためか、その頬は少し赤い。
視線は上げずにラグは続けた。
「見たとおり、オレは術士だ。だが今はこういう厄介な体でな。こうなると、しばらく術が使えない。このままそいつの護衛をしてくれたら助かるが……嫌なら、今すぐ帰ってもらって構わ」
その時、私のすぐ横を突風のように何かが通り過ぎていった。
それがセリーンだとわかると同時。
「ぎゃああぁぁーー!!」
ラグの絶叫が辺りに響いた。
(へ?)
その光景を見て私は目を瞬く。
セリーンが、ラグの小さな身体を全身で強く抱き締めていた。
しかもそんな彼女の顔はまさに至福といった表情。
先ほどまでのクールでカッコいい彼女とはまるで別人で、私はただただ呆気にとられていた。
「可愛い! 可愛すぎるぞ!!」
「く、苦し……は、離せぇえええ~~っ!」
ラグの顔が面白いくらいに赤く染まっている。
それはきっと力を入れているせいだけではない。
……彼の顔は今、彼女の豊満な胸の間に見事に埋まっている状態だった。
「ぶはっ! ……な、なんなんだアンタは!?」
漸く彼女の腕(胸?)から脱出できたラグは、すぐさま彼女から距離を取り怒鳴った。
その顔はまだ真っ赤だ。
「あぁ……」
セリーンはさも残念そうに今まで彼を抱き締めていた腕をがっくりと落とした。
「あぁ、じゃねぇ! ふざけんな! へ、変態かアンタ!?」
「変態とは失礼な……」
言いながらスっと姿勢を正すセリーン。
「可愛いものを愛でて何が悪い」
「かわ……っ」
顔を引きつらせ絶句するラグ。
(確かに可愛いけど……)
私も心の中でこっそり同意する。声に出しては絶対に言えないけれど。
なんだか徐々に笑いが込み上げてきて、私は唇を引き締めるのに必死になっていた。
「か、解雇だ解雇! 即行セデに帰りやがれ!」
びしっとセデの方角を指さし怒鳴るラグ。
だがセリーンは何食わぬ顔で答える。
「嫌だ」
「な……っ」
「カノン!」
「は、はい!?」
急にこちらを振り向いたセリーンにびっくりして声がひっくり返ってしまった。
「お前はルバートまで護衛しろと言ったな。そこから海を渡るのか?」
「え、えと、そのつもりです、が……」
なんとなく尻すぼみになりながら答える。
「そうか、それは好都合だ。私もそろそろこの国を出ようと考えていた」
セリーンがふっと唇の端を上げ再びラグの方に向き直った。
「決めたぞ! ルバートまでとは言わず、どこまでもお前たちについて行ってやろう」
満面の笑みで宣言したセリーンに、ラグの身体がわなわなと震える。
「ふっ……ふざけんなーー!!」
少年の怒声が風に乗りどこまでも響き渡った。




