16.セリーン
その迫力に男も一瞬怯んだように見えた。
しかしすぐに自分に向けられたいくつもの視線に気付いたようで。
「見てんじゃねぇ!」
八つ当たりとしか言いようがないセリフを吐いてから立ち上がった。
「いい気になってんじゃねーぞコラ! その綺麗な肌に傷つけられてーか!?」
そして、あろうことかその男は腰から剣を抜いて彼女にその切っ先を向けた。
(ちょっ……!)
思わず抗議の声を上げそうになる。
遠巻きに見ていた町の人々からも非難めいたざわめきが起こった。
だが剣を向けられた当の彼女は眉一つ動かさない。
その鋭い視線に、やはり男の方が迫力負けしているように見えた。――と。
「やめておけ。お前が敵う相手じゃねぇぞ」
彼女の後ろからのっそりと現れたのは昨夜の店主だ。
しかし額にびっしりと脂汗を浮かばせた男は顏を真っ赤にして叫んだ。
「こ、このまま引き下がれるかあぁっ!」
そのまま剣を振りかざし彼女に向かっていく。
周囲から上がるいくつもの悲鳴。
だが、勝負はあっさりと決まる。
「……っ」
――男の鼻面スレスレに剣先があった。
男は顔面蒼白、微動だに出来ずにいる。
すぐ真横で見ていた私でさえ彼女がいつ剣を抜いたのかわからなかった。
「だから言っただろ。この姉ちゃんは歴戦の1stだ。3rdになりたてのお前が敵うわけねぇだろうが」
呆れたようにため息をつく店主。
そして彼女が剣を引くと男は武器を落としヘナヘナと座り込んでしまった。
結局、男は彼女に傷一つどころか触れも出来なかったのだ。
ぱちぱち……と、どこからともなく上がる拍手。
「いいぞーネェちゃん!」
「ヒューっ!」
「かっこいい~!」
静かだった町が俄かに盛り上がりを見せた。
私も一緒になって拍手をしていると、剣を収めた彼女と目が合ってしまった。
思わずドキリとする。
すると彼女は少しだけ口の端を上げ踵を返した。
(今、笑ってくれたんだよね!)
店主の脇をすり抜け店内へと戻っていく彼女を見送りながら私は興奮を覚える。
「ラグ! 今の女の人に決定だね!」
「あ? あぁ……他にいなかったらな。ったく、余計な時間食っちまったな」
ラグは面白くなさそうに言って、改めて店の扉を押した。
「おう、昨日の」
私達を見てすぐに店主が声をかけてきた。
店内の椅子には昨日と同じように数人の男達が腰を下ろしていて、皆、私達の前を行く赤毛の彼女に注目していた。
その目は好奇に満ちている。
「運が良かったな。彼女が1stだ。実力は……まぁ今見たとおりだ」
と、椅子に座ろうとしていた彼女が気づいたようにこちらを振り向き、その視線が私からラグに移る。
だが、ラグはその視線をついとかわして店主に言った。
「他に1stは?」
その言葉に私は慌てる。
まさか本人を目の前にして本当に訊くとは思わなかった。
店主も怪訝そうに眉を寄せる。
「なんだ、不満なのか? 彼女はあの魔導大戦の最中生き残ったほどだぞ」
その瞬間、ラグの肩がぴくりと動いた気がした。
(魔導大戦……?)
はじめて聞く言葉にきょとんとしていると、椅子に腰を下ろしながら彼女が不機嫌そうに言った。
「こちらにも選ぶ権利がある」
ラグがそんな彼女を睨むように見下ろす。
一気に雲行きが怪しくなって私はハラハラした。
(ラグのバカー! 誰だって怒るって。折角いい人が見つかったと思ったのにぃ……)
彼と一緒にいると昨日からこんなことばっかりだ。
絶望的な想いですでに火花を散らす勢いの二人を見守っていると、彼女が腕を組み冷たく続けた。
「男のくせに恋人一人も守れないのか。情けない」
「あ?」
「へ?」
ラグと私の声がキレイにハモる。
「私は女子供以外護る気はないと伝えたはずだぞ、主人」
「ち、違います! 恋人とかじゃ全然なくって……!」
気付けば彼女に声を掛けてしまっていた。
その瞳がまっすぐに私を捕らえて一気に心拍数が上がる。
顔が真っ赤になっているのが自分でわかった。
(でも、ここのままじゃ……)
私はぎゅっと拳を握り、必死な思いで頭を下げた。
「お願いします! 私達をルバートまで護衛してください!」
静まり返った店内に私の声が反響する。
どうしようもなく恥ずかしくて顔を上げられないでいると、彼女の小さな溜息が聞こえた。
「わかった。引き受けよう」
「ホントですか!?」
「ただ、私は大の男を護る気はない。お前だけ護衛する。それでいいか?」
私は恐る恐るラグを見上げる。
目が合うとラグは瞬間顔を引きつらせてから諦めたように大きく溜息を吐いた。
「金を払うのはオレなんだが……まぁ、オレも女に護られる気はないしな」
どうにか承諾してくれたらしいラグにホっとする。
そして改めて私は彼女に頭を下げた。
「よろしくお願いします! えっと、私、華音と言います」
「私はセリーンだ。ルバートまで全力でカノンを護衛しよう」
こうして、私達は彼女……セリーンさんと共にセデの町を出発したのだった。




