第60話 死亡ではなく、未帰還
天城セイジは、最後まで崩れなかった。
彼は、別配信の画面で、白河レナの帰還を見ていた。
視聴者数は、まだ多い。
だがコメント欄はもう、彼の言葉を待ってはいない。
それでも、天城はカメラに向かって言った。
「君は彼女を帰した」
久我は、通話を切らなかった。
記録するために。
天城は続けた。
「だが、伝説を殺した」
白河レナ追悼ページが、未帰還者記録ページへ切り替わっていく。
AI音声メモリアルの販売ページには、停止表示が出ていた。
限定追悼グッズの画像は消えない。
だが、そこに訂正リンクがつく。
白河レナは死亡していません
本ページは死亡処理固定記録として再分類されました
天城は、それを見ても表情を変えなかった。
「人は、物語を必要とする」
久我は言った。
「人間は、伝説より帰宅が先です」
天城は、わずかに笑った。
「君らしい」
その後、天城の画面は切れた。
逮捕されたのか。
自分で切ったのか。
回線を止められたのか。
天城セイジの接続記録は、公開検証ログに保存された。
削除権限は、もう天城側には残っていなかった。
久我は追わなかった。
今、必要なログではない。
*
帰還した人々は、すぐに笑えなかった。
羽村サキは、医療ベッドの上で赤いマグカップの写真を見ていた。
画面越しに、母親がそれを持っている。
サキは声を出そうとして、出せなかった。
母親が言った。
「洗ってあるから」
サキの目から、涙だけが落ちた。
白河レナも、すぐには配信に出られなかった。
検査
治療
事情聴取
本人確認
死亡処理解除
だが、三日後。
白河レナの公式チャンネルに、新しい配信枠が立った。
タイトルは、攻略ではなかった。
帰れなかった人たちの名前を読む配信
待機画面に、派手な演出はない。
白い背景
黒い文字
未帰還者リスト監修:瀬戸内ハルカ
記録整理協力:猫田ナツ
訂正配信協力:黒峰ユウマ
事故ログ提供:久我蓮
久我は、その配信画面の外にいた。
自宅ではない。
仮設の事故調査室だった。
机の上には、書類と端末。
壁には、首都地下異常の収束報告。
まだ残る未帰還者リスト。
帰還不可者の記録回復状況。
完全な解決ではない。
戻れなかった人がいる。
制度も、企業も、公社も、政府も、これから調査される。
だが、死亡処理システムは、もう前と同じ形では動かない。
誰か一人の権限で、未帰還者を死亡済みにして消すことはできなくなった。
配信開始前、白河レナが部屋に来た。
歩き方は、まだ少し遅い。
頬の傷には小さな保護材が貼られている。
白い探索スーツではなく、灰色のパーカーを着ていた。
「久我さん」
「はい」
「私、帰ってきたんですよね?」
久我は、端末から目を上げた。
「はい。死亡処理は解除済みです」
レナは、二秒ほど黙った。
それから、眉を下げて笑った。
「そこは、もっと感動的に言ってください」
「次から検討します」
「次があったら困ります」
「同意します」
レナは、小さく笑った。
その笑い方は、追悼映像の中のものではなかった。
疲れていて。
傷があって。
少しだけ呆れていて。
生きている人間の笑い方だった。
レナは配信室へ向かった。
配信画面の向こうで、レナが最初の紙を手に取る。
『羽村サキさん』
少しだけ間を置く。
『死亡ではなく、未帰還。帰還確認』
コメント欄は流れていた。
だが、誰も急かさなかった。
レナは次の紙を見た。
『三枝トオルさん。死亡ではなく、未帰還。帰還確認』
さらに次。
『園田マコトさん。死亡ではなく、未帰還。記録復元』
レナは、次の紙で一度だけ息を整えた。
『馬場ケンジさん。死亡ではなく、未帰還。記録復元。安否確認、継続』
その名前を読んでも、帰還ゲートは開かなかった。
それでも、死亡済みの欄には戻らなかった。
戻れなかった名前も、同じ声で読んだ。
久我は、報告書に戻った。
タイトル欄
白河レナ死亡事故
久我は、少しだけ止まった。
その下に、結論を書く。
白河レナ死亡事故
死亡ではなく、未帰還
原因:装置欠陥、ログ改ざん、組織的隠蔽、および観測固定の悪用
対応結果
帰還確認
久我は、最後に一行を追加しなかった。
感想も。
怒りも。
祈りも。
報告書には不要だった。
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