第46話 人柱で守る都市
天城セイジから連絡が来たのは、仮説を公開する直前だった。
映像通話だった。
久我は少し迷い、録画を開始してから接続した。
画面に天城が映る。
黒いスーツではない。
白いシャツ。
背景は暗い。
記者会見の照明ではなく、個人の部屋の明かりだった。
それでも、顔は整っていた。
「たどり着いたようだね」
天城は言った。
「配信観測の話ですか」
「君らしい言い方だ。私は、もっと人間的な言葉を使う」
「何ですか」
「記憶だよ」
天城は、穏やかに笑った。
「人は見たものを覚える。語られたものは残る。残ったものは、社会の中で場所を持つ。ダンジョンも同じだった。それだけのことだ」
「それだけではありません」
「もちろん。だから使い方がいる」
久我は画面を見た。
天城は逃げていない。
驚いてもいない。
初めから、この話を待っていたように見える。
「白河レナを、深層固定に使いましたね」
天城は否定しなかった。
「白河レナは、誰よりも見られていた」
声は静かだった。
「彼女が戦う場所は残る。彼女が帰還する道は固定される。彼女が笑えば、人は信じる。彼女が死ねば、人は忘れない」
ナツが、横で拳を握った。
久我は聞いた。
「死後伝説化は、収益のためだけではなかった」
「収益も大事だよ。収益がなければ仕組みは続かない」
「深層を固定するためですか」
「都市を守るためでもある」
天城の声に、初めて少しだけ熱が入った。
「首都ダンジョンは、地上に近すぎる。深層は揺れている。誰かが杭にならなければならなかった。けれど、人は杭を見たがらない。だから物語にした。みんなが知っている探索者。みんなが泣ける最後。みんなが棚に置ける形。スマホで鳴らせる声。眠る前に見返せる最後」
天城は、淡々と続けた。
「追悼グッズは商品だ。だが、商品は日常に置かれる。AI音声は商売だ。だが、声は毎日再生される。アーカイブ販売は商売だ。だが、彼女の最後は何度でも見返される。死を売ったのではない。社会の中に、彼女の死を置き続ける形を作ったんだ」
久我は、指を止めた。
死亡ビジネス。
追悼配信。
AI音声権。
アーカイブ権。
追悼グッズ。
それは金の流れだった。
同時に、観測の流れでもあった。
白河レナを、死んだまま見続ける仕組み。
ナツが、低く言った。
「最低」
天城は、ナツの声が聞こえていないように話した。
「誰もが彼女を見た。誰もが彼女の死を覚えた。だから彼女は、どんな柱より深く刺さった」
久我は言った。
「本人の意思は」
「彼女は探索者だ」
「答えになっていません」
「彼女は、人を帰すことを誇りにしていた。都市を守ることも、探索者の役割だ」
久我の手が、キーボードの上で止まった。
天城は、白河レナの言葉を知っている。
全員で帰る。
帰ることが前提。
勝つ役は私がやる。帰る役は全員でやる。
その価値観を、逆向きに使っている。
久我は言った。
「白河さんは、人を帰すために戦っていました。帰れない杭になるためではありません」
天城は、少しだけ首を傾げた。
「私は探索者を殺していない」
画面の向こうで、彼は美しい言葉を選ぶように言った。
「永遠にしたんだ」
ナツが息をのんだ。
黒峰の画面が揺れた。
ハルカの目が細くなる。
久我は、短く返した。
「それは保存じゃない」
天城は黙っている。
「帰還不能です」
天城の表情は崩れなかった。
「君は、白河レナを帰したいのだろう」
「はい」
「では、彼女が固定しているものも動く」
久我は視線を画面右の警告ログへ移した。
天城は続けた。
「深層の一部が地上へ漏れれば、何人死ぬと思う。百人か。千人か。それ以上か。君は、一人の少女と、死亡処理済みの未帰還者たちのために、都市を危険にさらすのか」
「一人ではありません」
「数の問題ではないよ」
「はい。数の問題ではありません」
久我は言った。
「だから、誰かを固定して維持する安全を認めません」
天城は、少しだけ笑った。
「正しいね。君はいつも正しい」
*
通話を切ったあと、久我はすぐには作業を再開しなかった。
首都ダンジョン管理局から流れてきた非公開ログが、画面の右側に積まれている。
地下通路の異常。
深層圧の上昇。
帰還座標の揺らぎ。
新宿地下三層の未登録通路。
どれも、まだ小さい。
だが、地上側に向いている。
ナツは何も言わなかった。
黒峰も黙っていた。
ハルカだけが、静かに口を開いた。
「止める選択もある」
久我は画面を見ていた。
「はい」
「白河レナは、止めてくれと言うかもしれない」
「はい」
「羽村サキたちも、都市を危険にしてまで帰したいと言うか分からない」
「はい」
「あなたが決めていいことじゃない」
「はい」
久我は、そこで初めて目を閉じた。
白河レナなら、残ると言う。
都市が危ないと知れば、自分を杭にしたままでいいと言う。
だからこそ、その選択肢を本人に押しつけてはいけなかった。
風穴ランナーズの第二事故で救った探索者たちの映像が残っている。
瓦礫の奥から出てきた顔。
救助隊に抱えられた腕。
カメラの前で泣いた家族。
新宿地下通路を歩く人々の監視映像もある。
終電へ急ぐ会社員。
ベビーカーを押す母親。
清掃員。
何も知らずにスマホを見る高校生。
白河レナを帰す道は、その人たちの足元を揺らすかもしれない。
久我は、羽村家の赤いマグカップを思い出した。
欠けた縁。
写真立て。
擦り切れた封筒。
死亡推定。
遺体回収不能。
そして、白河レナの声。
『久我さん。今日も帰れますよね?』
久我は、目を開けた。
「俺が決めていいことではありません」
ハルカは黙って聞いていた。
「でも、誰かを帰還不能のまま固定しておくことも、誰かが決めていいことではありません」
ナツが、ゆっくり顔を上げた。
久我は画面を切り替えた。
白河レナ。
羽村サキ。
氏名不明未帰還者複数。
死亡処理済み探索者群。
その下に、新しい作業名を入力する。
未帰還者生存観測計画。
「人柱で守っている都市なら、もう壊れています」
声は大きくなかった。
怒鳴ってもいない。
だが、部屋の中で、その言葉だけが残った。
天城との通話は切れている。
それでも、天城が聞いているような気がした。
「だから、帰還路を作ります」




