第37話 白河レナ死亡後三年間の収益予測
資料は一つではなかった。
追悼配信の広告収益
限定アーカイブ販売の売上推定
AI音声ライセンスの権利契約
追悼グッズの製造発注書
未公開写真集の校正データ
探索者安全基金の寄付連動キャンペーン
どれも、事故後に動いたように見える。
だが、準備日付が合わない。
白河レナがまだ深層攻略配信の控室で水を飲んでいた時刻に、追悼アクリルスタンドの初回ロット数が更新されている。
事故発生より前に、AIボイスカードの収録候補が確定している。
白河レナの「帰る」発言だけを集めた音声セットのタグには、こう書かれていた。
帰還系ワード
涙誘導向け
短尺広告転用可
ナツの手が止まった。
「これ、あの言葉だ」
久我はうなずいた。
今日も、ちゃんと帰れましたね
以前、AIボイスカード第一弾として告知された言葉。
白河レナが言いそうな、白河レナではない声。
「レナの『帰る』だけ切って、死んだあとに売るつもりだったってこと?」
「はい」
「本人、まだ帰れてないのに」
「はい」
「それ、もう声じゃないじゃん」
ナツの声は震えていなかった。
怒りすぎて、硬くなっていた。
「帰れてない人の『帰れましたね』を売るって、何」
ハルカは、別の行を見ていた。
「低ランク探索者の扱いも出てる」
資料の下部に、比較表があった。
高ランク探索者死亡時
低ランク探索者死亡推定時
高ランク探索者は、追悼配信、記念商品、スポンサー対応、保険調整、メディア展開。
低ランク探索者は、死亡推定通知、保険最低額、装備回収不能処理、遺族説明、記録保管。
羽村サキの名前はない。
だが、同じ枠に入れられていた。
ナツが小さく言った。
「有名だと、死が商品になる」
ハルカが続けた。
「無名だと、死が処理になる」
久我は、画面を見た。
「どちらも、人間として扱っていません」
その時、久我の端末が短く鳴った。
差出人は、空欄。
添付ファイルが一つ。
ファイル名
白河レナ死亡後三年間の収益予測
ナツが画面をのぞき込んだ。
「何それ」
久我はすぐには開かなかった。
まず、回線を切った。
仮想環境を立てた。
ファイルのハッシュを取った。
メタデータを見た。
作成部署
オーロラゲート事業戦略室
監修
天城セイジ
関連フォルダパス
ML_RAS47X_crisis_response/shared/after_revenue/
ナツが、画面を見て固まった。
「メイズリンクの危機対応フォルダ?」
「馬場さんが残したデータにあった共有階層と一致します」
馬場ケンジ。
欠陥実験映像を渡した下請けエンジニア。
その後、行方不明になった男。
久我は、馬場の残した断片データと照合した。
同じ管理番号。
同じ共有先。
同じ暗号化形式。
都合よく届いた資料ではない。
馬場が残したのは、資料そのものではない。
資料が置かれていた共有階層への鍵だった。
同じ階層に、資料とは別のログが一つ残っていた。
通知ログ
今日、帰れる?
差出人名は、家族のものだった。
記録時刻は、馬場が姿を消した日の夕方。
久我が、あの日、見なかったことにして保存した通知だった。
ナツが、小さく言った。
「鍵じゃないじゃん」
久我は返事をしなかった。
その一行も保存した。
証拠番号は、まだ付けなかった。
その鍵の先に、誰かが置いた資料だった。
久我はファイルを開いた。
*
表紙には、白河レナの笑顔があった。
白い探索スーツ
柔らかい照明
汚れひとつない宣材写真
その右側に、折れ線グラフ。
タイトル
白河レナ死亡後三年間の収益予測
右上には、赤い文字で社外秘。
下には、項目が並ぶ。
追悼配信広告収益
限定アーカイブ販売
AI音声ライセンス
追悼グッズ
メモリアルブック
未公開写真集
追悼ライブ。
スポンサー契約整理益
死亡保険関連収入
探索者安全基金連動キャンペーン
数字があった。
一年目:二十六億円
二年目:十四億円
三年目:九億円
三年間累計:四十九億円
ナツは何も言わなかった。
ハルカも、画面から目を離さなかった。
久我はページを送った。
次のページには、販売シナリオがあった。
事故直後
追悼配信で感情ピーク形成
AI音声企画発表
限定グッズ初回ロット
スポンサー追悼文による企業イメージ維持
七日後
メモリアルブック予約開始
未公開写真集告知
探索者安全基金への寄付連動
三十日後
限定アーカイブ有料化
生前名言クリップ再編集
帰還系ワード訴求。
ナツが、やっと声を出した。
「帰還系ワード、訴求」
それだけだった。
久我は次のページを開いた。
白河レナの笑顔の横に、売上予測グラフ。
その下に、短い注記。
死亡直後一週間の購買転換率は、通常時の四・三倍を想定。
悲嘆感情が強い期間に、保存性の高い商品を提示すること。
本人の未完性を、継続購買動機へ転換する。
探索者安全基金との連動により、購買行動への罪悪感を軽減できる。
ナツの椅子が鳴った。
彼女は立ち上がっていた。
「これ、出そう」
「出します」
「今すぐ」
「順番を組みます」
「また順番?」
「はい」
「分かってる。分かってるけど、今すぐ燃やしたい」
久我は画面を閉じなかった。
「燃やします。ただし、逃げ道を残さない形で」
ハルカが言った。
「私の死亡確認書偽造の記録も入れて」
「はい」
「羽村サキの遺体データ流用は?」
「出します。ただし、遺体そのものとは断定しません。死亡確認に使われた身体情報として扱います。家族の許可済み範囲だけです」
「低ランクの比較表も」
「入れます」
ナツが深く息を吸った。
「じゃあ、私が画面作る。人間が一目で吐けるようにする」
「吐く必要はありません」
「ある。これは吐いた方がいい」




