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S級探索者を死なせた男と呼ばれた俺だけが、彼女の生存ログを見つけてしまった  作者:


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28/59

第28話 そこじゃない。下にいる

 風穴ランナーズの配信は、さらに不安定になった。


 画面は暗い。


 ライトが一つ消えた。

 青井の呼吸が荒い。

 ハヤテは冗談を言わなくなった。

 ユイは何度も「起きてます」と返事をしている。


 南雲の声だけが、まだ一定だった。


『水が増えてる。足元、上げろ』


『リーダー、これ、上じゃないですか』


『何が』


『音。上からじゃなくて、下から聞こえる』


 久我は音量を上げた。


 水音。

 風音。

 遠くの金属音。


 その奥に、別の音が混じっている。


 声ではない。

 だが、声のように聞こえる。


 久我の保存用端末が、突然ノイズを出した。


 配信ソフトではない。

 外部入力も切っている。

 それでも、波形が勝手に立ち上がった。


 久我は、過去ログのノイズパターンを開いた。


 白河レナ事故直後の音声断片。

 羽村サキの古い探索ログ。

 以前届いた、第零階層外縁の映像ファイル。


 三つに共通していた、〇・七秒の欠損。


 同じ欠損が、いまの波形にもあった。


 直後、短い音が入った。


『そこじゃない』


 久我は手を止めた。


 保存ボタンを押す前に、一度だけ再生バーを見失った。


 ナツも黙った。


 ノイズの奥から、もう一度、声がした。


『下にいる』


 白河レナの声だった。


 配信画面のコメント欄が、一瞬で流れる。


 今の何?

 レナ?

 白河レナの声?

 合成?

 怖い

 久我、反応しろ

 今の聞こえた人いる?

 聞こえた

 そこじゃない、下にいるって言った?


 ナツが小さな声で言った。


「久我さん」


「音声を保存しました」


「そうじゃなくて」


「合成音声の可能性があります。天城側の誘導、メイズリンク側の撹乱、愉快犯の注入、すべてあります」


「分かってる」


 久我は音声波形を切り出した。


 白河レナの既存音声。

 第零階層外縁の断片。

 今回の声。


 完全一致ではない。

 ノイズが多すぎる。


 ただし、声紋の一部が一致している。

 そして、欠損パターンが一致している。


 それだけでは信じない。


 久我は、言葉の内容を地図と照合した。


 そこじゃない。

 下にいる。


 公社は南坑道B-17本線を見ている。

 検証班は旧下層連絡路を有力候補にしている。

 装備ログの垂直誤差は、マイナス四十二メートル。

 音響班の反響は、縦穴下部を示している。

 水音は、地下水路が近いことを示している。

 旧地図では、旧下層連絡路のさらに下に排水管理路がある。


 公的な地図にはない。


 古い工事資料の端にだけ残っている。


【地図班】待って、旧下層連絡路の下に排水管理路ある

【旧図】公社公開版では削除済み。五年前の改修前図には残ってる

【音響班】水音二重の理由これかも。上の水路と下の排水路

【現地】排水管理路は立入禁止。入口は北側の点検坑

【危険】南坑道から掘るより、北点検坑から横に入る方が早い


 久我は地図を重ねた。


 公式地図。

 旧地図。

 工事資料。

 装備ログ。

 音響推定。

 レナの声。


 点が、一つに寄った。


 画面の簡易表示を更新する。


 公式:南坑道本線を探している。

 検証班:旧下層連絡路を疑っている。

 レナ音声+ログ:さらに下。

 結論:北側点検坑から入る。


 旧下層連絡路ではない。


 そのさらに下。


 北側排水管理路。


 久我は、レナの声を信じたのではない。


 声が示した方向を、ログが支持した。

 音が支持した。

 地形が支持した。


 最後の一押しだけが、白河レナだった。


 久我は配信で言った。


「有力候補を更新します。南坑道B-17本線ではありません。旧下層連絡路でもありません。その下の北側排水管理路です」


 コメント欄が揺れた。


 公式地図にないぞ

 公社は生存者なしって言ってる

 レナの声を信じるのか?

 危険すぎる

 でも音とログは合ってる

 下にいる

 下だ

 救助隊に届いてくれ


 ナツが叫ぶように言った。


「現場救助隊、この配信見てるなら、北側点検坑を確認してください! 一般人は行くな! 現地探索者も勝手に入るな! 救助隊だけ!」


 久我は、言葉を補った。


「北側点検坑から排水管理路へ入れば、閉じ込め位置まで最短二百十メートル。南坑道からの掘削より早い。崩落リスクも低い」


 現地報道の中継音声に、救助隊の無線らしき声が混じった。


『旧地図ルートは承認外です。安全確認が取れていません』


 別の声が返す。


『でも声がある。確認だけでも行く』


『二名で入る。後続は待機』


 ナツが息を止めた。


「動いた?」


「まだ未確認です」


 久我は言った。


 だが、画面の中で現場は確かに動き始めていた。


 数分後、現地視聴者が遠くから撮った、救助隊車両の映像が流れた。


 南坑道入口へ向かっていた一隊のうち、二名が北側へ走る。


 コメント欄が沸いた。


 動いた?

 北に行った

 久我配信見た?

 まだ分からん

 頼む

 頼む頼む頼む


 公社の第三報が出た。


 現場救助隊は複数ルートを確認中。

 公式地図上、生存者反応のない区域への無断立入は危険。

 引き続き、未確認情報に注意。


 久我は保存した。


 公社はまだ認めない。

 だが、現場は動いた。


     *


 救助映像が入ったのは、それから十八分後だった。


 北側点検坑。


 狭い入口。

 錆びた金属扉。

 救助隊員のヘッドライト。

 壁を流れる水。


 映像は公社公式ではない。

 現地救助隊の一人が、後方共有用に流した低画質映像だった。


 誰かが叫ぶ。


『排水管理路、開きます!』


 金属を切る音。

 扉が開く。

 冷たい水音が大きくなる。


 救助隊が中へ入る。


 コメント欄は、ほとんど祈りになっていた。


 頼む

 いてくれ

 生きてて

 ユイちゃん返事して

 味玉食べに帰れ

 ハヤテ起きろ

 南雲頼む

 青井、配信つなげ


 久我は、呼吸数を数えていた。


 自分のではない。

 配信断片から拾った青井の呼吸。

 ユイの応答間隔。

 南雲の声量。


 数字は悪化している。


 だが、ゼロではない。


 救助隊のカメラが進む。


 排水管理路は低い。

 天井が近い。

 足元には水が流れている。

 壁には古い赤い塗料。


 南坑道B-17の岩壁と同じ色だった。


 さらに進む。


 右手に、崩れた壁。


 その奥から、光が漏れていた。


 救助隊員が止まる。


『光、確認』


 コメント欄が止まったように見えた。


 次の瞬間、奥から咳が聞こえた。


 人の咳だった。


『誰かいる!』


 救助隊が壁を崩す。


 小さな穴が開く。

 ライトが差し込む。

 向こう側で、誰かが手を伸ばす。


 青井カズマだった。


 顔は泥で汚れている。

 額から血が流れている。

 それでも、カメラを抱えていた。


『配信、見えてますか』


 声はかすれていた。


 コメント欄が爆発した。


 見えてる

 見えてるぞ

 生きてる

 青井いいいい

 カメラ持ってる場合じゃない

 でもありがとう

 泣いた

 まだ全員確認して

 浮かれるな


 救助隊員が青井を引き出す。


 続いて、片瀬ユイ。


 震えているが、意識はある。


『味玉……』


 ユイがかすれた声で言った。


 救助隊員が聞き返す。


『何?』


『ラーメン、食べます』


 コメント欄に、泣き笑いが流れた。


 食べろ

 絶対食べろ

 味玉二個乗せろ

 助かってから言うことそれか

 いいんだよそれで


 森尾ハヤテは右足を固定されていた。

 救助隊に引かれながら、かすれた声で言った。


『俺、今日のサムネ、足折っても帰る男でいい?』


 コメント欄がまた跳ねる。


 黙って帰れ

 よかった

 ハヤテ生きてる

 軽口出たなら生きてる

 サムネは後で怒られろ


 最後に、南雲タクミが出てきた。


 彼は自分で歩こうとして、救助隊に止められた。


『四名、全員確認!』


 救助隊の声が響いた。


 ナツが、マイクの前で息を詰まらせた。


 久我は画面から目を離せなかった。


 四名。


 全員。


 死亡確認なし。

 未帰還解除。

 救助成功。


 久我は、その三行をメモした。


 手が、そこで一度止まった。


 深く息を吐く。


 それだけだった。


 泣かなかった。

 叫ばなかった。

 笑いもしなかった。


 ただ、画面を見続けた。


 コメント欄は、制御できない速度になっていた。


【朗報】久我配信、探索者を救う

【悲報】公式発表、また外れる

【検証】白河レナの声、第二事故現場を見ていた?

【疑問】死んだ人間がなぜ誘導できる?

【現実】もう久我いないと事故対応できなくない?

【手のひら】久我、冷蔵庫から救助本部へ昇格

【注意】まだ全員助かったわけじゃない。浮かれるな

【謝罪】久我を人殺しって言ってた

【保留】信用はしない。でも今回は救った

【怖】公式より早かったの、喜んでいいのか分からない


 久我は、コメント欄を見なかった。


 確認するべき数字がある。


 救助者数、四。

 負傷者数、四。

 重傷、一。

 意識あり、四。

 未確認者、ゼロ。


 ただし、二次被害が出ていた。


 野次馬探索者二名が、南坑道本線へ入ろうとして転倒。

 一名が軽傷。

 久我配信の切り抜きを信じ、旧連絡路へ向かった個人配信者が公社に制止される。

 現場誘導回線に、未確認情報が大量流入。


 久我は、その数字も保存した。


 自分の情報は人を救った。


 同時に、人を危険へ動かした。


 勝利だけを保存することはできない。


 ナツが、疲れた声で言った。


「久我さん」


「はい」


「助かった」


「はい」


「でも、これで終わりじゃないよね」


「はい」


「冷蔵庫、今だけもうちょっと喜んでいいよ」


 久我は画面を見た。


 青井カズマが担架に乗せられながら、まだカメラを離していない。

 片瀬ユイが泣いている。

 南雲タクミが、救助隊員に何度も頭を下げている。

 森尾ハヤテが、痛みで顔を歪めながら親指を立てている。


 生きている人間の映像だった。


「よかったです」


 その一言を言うまでに、久我は三秒かかった。


 ナツが黙った。


 それから、小さく笑った。


「たぶん、それで最大出力なんだろうね」


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