第26話 公式発表を待てば、安全とは限りません
公社の第一報は、事故発生から八分後に出た。
御岳沢ダンジョンにおける通信障害について。
現地救助隊が確認中。
白河レナ氏の事故との関連は確認されていない。
久我は文面を保存した。
関連は確認されていない。
間違いではない。
現時点で確認できていないなら、そう言うしかない。
だが、足りない。
白河レナ事故と同じ帰還ゲート前の違和感。
登録番号の不一致発言。
帰還補助装置。
音声ノイズ。
白飛び。
未定義転送に近い映像乱れ。
似ている。
似すぎている。
ナツが言った。
「関連なしって言い切ってない。でも、読んだ人は関連なしって受け取る」
「はい」
「ずるい」
「公社は未確認情報を出せません」
「分かる。分かるけど遅い」
久我は、風穴ランナーズの配信を見続けた。
断片的に映像が戻る。
誰かの手。
岩壁。
水音。
ライトの白い円。
割れた標識の一部。
南雲の声。
『全員、声を出せ』
ハヤテ。
『いる、右足やったけどいる』
ユイ。
『います。すみません、私が』
『謝るな。呼吸を整えろ』
青井。
『配信、落ちてない。たぶん、落ちてない。誰か見てるなら、ログ送る。座標が変だ。公式マップと合わない』
画面に装備ログが一瞬映った。
久我は保存した。
座標値が、公開マップの南坑道B-17と一致していない。
ただし、完全に外れてもいない。
上下方向の誤差が大きい。
縦にずれている。
その頃、天城セイジがニュース番組にコメントを出した。
生出演ではない。
短い文章だった。
久我蓮氏による一連の無責任な告発が、探索者社会に強い不安を与えていることは事実です。
未確認情報に基づく独自判断は、現場の混乱を招いています。
救助対象だけでなく、救助隊員の命まで、未確認情報で動かしてはならない。
今は公式発表を待つべきです。
ナツがそれを見て、声を荒げた。
「出た。公式発表を待て」
久我は何も言わなかった。
天城の言葉は、間違ってはいなかった。
だから厄介だった。
未確認情報は危険だ。
誤った避難情報を流せば、別の探索者が危険区域へ入る。
現場救助隊の通信を妨げる。
デマが広がれば、出口へ人が殺到する。
久我が動けば、また叩かれる。
今度は、自分の冤罪では済まない。
誤れば、人が死ぬ。
救助隊員も危険にさらす。
馬場ケンジの最後の位置情報が、頭に浮かんだ。
保育園の送りを尋ねる未読メッセージが、頭に残った。
証拠を出した。
馬場は消えた。
次に出すのは、証拠ではない。
救助情報だ。
間違えれば、直接人が死ぬ。
久我は配信ソフトを開いた。
アカウント名は、実名。
久我蓮。
配信開始ボタンの上で、指が止まった。
止めなければならない情報がある。
出さなければならない情報がある。
出したせいで消えた人間がいる。
画面の端には、馬場ケンジ失踪関連フォルダが開いたままだった。
正しさの代償。
久我は、ボタンを押せなかった。
ナツが通話越しに言った。
「久我さん」
「はい」
「押せないなら、私が押す?」
久我は、画面を見た。
配信断片の奥で、青井カズマが震える手でカメラを持ち上げている。
『誰か、見てるなら』
ノイズが声を削る。
『これ、保存して』
久我は息を吸った。
「俺が押します」
「うん」
「俺の名前でやります」
「画面、こっちで整える。コメント欄は私が拾う。罵倒は弾く。有用情報だけ投げる」
「お願いします」
「久我さん、説明冷たいから、救助地図じゃなくて冷凍庫の棚卸しに聞こえると思う」
「必要なら言い換えてください」
「必要しかない」
久我は配信開始ボタンを押した。
*
配信タイトルは、短くした。
御岳沢ダンジョン第二事故・映像検証救助用
同接は、開始三十秒で二万人を超えた。
コメント欄は最初から荒れている。
久我出てきた
人殺し
お前のせいで混乱してる
いや今は黙って見ろ
公式待て
風穴ランナーズ助けて
久我信用していいのか
信用じゃなくてログ見ろ
ナツいる?
ナツ姐、罵倒消して
ナツが管理画面でコメントを弾きながら言った。
「コメント欄、遊ぶな。今だけ人類になって」
その声も配信に乗った。
少しだけコメントが変わる。
ナツいる
人類になります
ごめん
今だけ協力する
罵倒は後でやる
後でもやるな
久我はカメラを見なかった。
画面共有に、風穴ランナーズの断片映像。
公式マップ。
旧地図。
装備ログの拡大。
時刻表。
それを並べた。
「久我蓮です」
声は、自分でも平坦に聞こえた。
「公式発表を待てば、安全とは限りません」
コメント欄の流れが、一瞬だけ遅くなる。
「今から、配信映像を救助地図に変えます」




