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S級探索者を死なせた男と呼ばれた俺だけが、彼女の生存ログを見つけてしまった  作者:


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第1話 公式発表は死亡、ログは未帰還

 白河レナの死亡確認は、二十一時九分三十四秒に出された。


 事故発生から、二十七分二十三秒後。


 公式発表は、こうだった。


 [画面]白河レナ、帰還事故により死亡。


 だが、削除される前のログには、別の言葉が残っていた。


 ――ログ――

 白河レナ:未帰還。

 生体反応:微弱継続。

 転送先:未定義。


 その夜から、久我蓮は「白河レナを殺した男」になった。


     *


「ボスを倒すことより、全員で帰ることの方が偉いんです」


 白河レナは、そう言って笑った。


 深層攻略配信の開始まで、あと十二分。


 控室には、探索者、スタッフ、機材係、スポンサー担当、何の担当か分からないがやたら姿勢のいい大人たちが入り混じっていた。


 床にはケーブルが這っている。

 壁にはスポンサー企業のロゴ。

 天井近くのモニターには、配信開始前の待機画面。


 同時接続者数は、配信前から三十一万人を超えていた。


 まだ誰もダンジョンに入っていない。

 白河レナが椅子に座り、水を飲んでいるだけだ。


 それで三十一万人。


 国民的人気S級探索者という肩書きは、数字の桁がおかしい。


「でも、白河さんなら、ボスを倒すのも帰るのも両方できますよね」


 新人探索者の青年が、硬い声で言った。


 今回の深層攻略には、若手探索者が二名同行する。

 実戦経験はある。

 ただし、深層の大型ボス戦は初めてだった。


 青年の笑顔は、笑顔というより顔面の努力だった。


 レナは水のペットボトルを閉めた。


「できます、じゃなくて、そうするんです」


「そうする?」


「はい。勝つことは目標です。でも、帰ることは前提です。そこを逆にすると危ないです」


 レナは自分の胸元を軽く叩いた。


 白い探索スーツ。

 肩には所属事務所オーロラゲートのロゴ。

 その下に、今日だけの配信用ワッペンが貼られている。


 深層攻略特別配信。

 白河レナ、未到達領域へ。


 たいそうな文字だった。


 たいそうすぎて、少しだけ嘘っぽい。


「私は、全員が帰れるところまでしか進みません。ボスが見えていても、誰かの帰還率が落ちたら戻ります」


「配信でそれやったら、荒れません?」


「荒れますね」


 レナはあっさり言った。


 周囲のスタッフが少し笑った。


「荒れたらどうするんですか?」


「久我さんに怒られます」


 安全管理室で、久我蓮はその通信を聞いていた。


 怒ったことはない。


 一度もない。


 ただ、帰還リスクが上がった時に「戻ってください」と言うだけだ。

 声は一定。

 言葉は短い。

 理由はログで示す。


 その結果、配信コメント欄ではたまにこう呼ばれる。


 レナ様のブレーキ係。

 冷蔵庫みたいな男。

 久我ストッパー。

 安全管理の妖怪。


 最後のひとつは、納得していない。


 控室の通信は、まだ続いていた。


 レナは新人二人を見た。


「今日、帰ったらご飯に行きましょう」


「え?」


「約束です。ボスを倒したら、じゃありません。帰ったら、です」


 新人の一人が、少しだけ笑った。


「白河さんのおごりですか?」


「もちろんです。S級探索者なので」


「言い方が強い」


「でも、私は辛いものが苦手なので、そこは配慮してください」


 もう一人の新人が、やっと肩の力を抜いた。


 レナはそれを見て、満足そうにうなずいた。


「だから、今日の目標は深層ボス討伐ではありません。全員で帰って、熱すぎないご飯を食べることです」


 控室に、小さな笑いが起きた。


 久我は安全管理室のモニターを見た。


 帰還ゲート認証。

 探索者生体値。

 装備同期率。

 経路マップ。

 通信遅延。

 魔力濃度。

 配信データの圧縮率。


 数字が並んでいる。


 その全部が、今日は白河レナを帰すためにある。


 控室から通信が入った。


「久我さん」


 白河レナの声だった。


「はい」


「今日も帰れますよね?」


 日常的な確認だった。


 縁起担ぎに近い。

 レナは大型配信の前に、必ず久我へそれを聞く。


 久我も、必ず同じ返事をする。


「帰すのが俺の仕事です」


「お願いします」


「無理をしたら止めます」


「はい」


「コメント欄が泣いても止めます」


「それはコメント欄がかわいそうです」


「コメント欄に生体反応はありません」


「ありますよ。たぶん心拍数は高いです」


 久我は返事をしなかった。


 隣の席の若いオペレーターが、肩を震わせている。

 笑うならログを見ながら笑え、と言いそうになってやめた。


 開始五分前。


 待機画面の数字が、四十九万人を超えた。


 コメント欄が流れ始める。


 ――コメント欄――

 《レナ様きたあああああ》

 《神回確定》

 《今日で深層攻略史変わる》

 《全員生還率100%の女》

 《帰宅までがレナ様》

 《久我ストッパー仕事しろよ》

 《いや今日は仕事するな》

 《仕事しろ、でも神回にしろ》

 《安全管理に無茶言うな》


 久我はコメント欄を見ないようにした。


 見る必要がない。

 コメント欄に、帰還ゲートの状態は表示されない。


 見るべきものはログだ。


 そのログの中に、一行だけ妙なものがあった。


 帰還ゲート予備認証回線。

 切替履歴、一回。


 久我はマウスを止めた。


 時刻は、配信開始の三十一分前。

 切替時間は、〇・八秒。

 自動復帰。

 異常コードなし。


 表面上は、問題なし。


 だが、本来なら切り替わらない。


 今日使うゲートは、白河レナの登録番号で固定されている。

 予備回線が動くのは、主回線に異常がある時だけだ。


 久我は詳細ログを開いた。


 切替元、正規。

 切替先、正規。

 認証者、システム。

 承認者、空欄。


 空欄。


 久我は椅子の背から体を起こした。


 承認者が空欄になることはない。


 人間が触れば、名前が残る。

 システムが動けば、自動承認コードが残る。

 外部点検なら、点検番号が残る。


 空欄は、通った人間がいないという意味ではない。


 通った痕跡だけが消えている、という意味に近い。


 久我は内線をつないだ。


「天城さん。ゲート認証に異常があります」


 通話先の天城セイジは、すぐに出た。


 背後からスタッフの声が聞こえる。

 カメラ位置。

 スポンサー確認。

 オープニング演出の秒数。

 翻訳班への合図。


 天城は、今日の配信全体を動かしているプロデューサーだった。


「どの程度?」


「予備認証回線が一度切り替わっています」


「復帰は?」


「自動復帰しています」


「現在値は?」


「正常です」


「なら、続行でいい」


「本来なら探索中止案件です」


 久我は言った。


 安全管理室の空気が、少し固くなった。


 隣のオペレーターが手を止める。

 遠くの席で、誰かが小さく咳をした。


 天城は怒らなかった。


 ため息もつかなかった。


 ただ、数字を読むような声で言った。


「久我くん。今、待機同接が五十万人を超えた。開始直後には八十万に届く。スポンサー枠は全枠完売。海外向け翻訳も走っている。白河レナが勝って、笑って、帰ってくる。そこまでが今日の商品だ」


「商品でも、帰還ゲートは安全確認が先です」


「分かっている。だから君がいる」


「なら中止判断を」


「現時点で異常は出ていないんだろう?」


「出ていません。ただ、出ていないことと、安全であることは違います」


「それも分かっている」


 天城の声は静かだった。


 静かすぎて、会話の中に感情が見えない。


「白河レナの現場判断は信頼できる。君の監視も信頼している。だから続行する」


「責任判断ですか」


「配信責任者としての判断だ」


 久我は中止申請を入力した。


 理由。

 帰還ゲート予備認証回線の不自然切替。

 探索中止または開始延期を推奨。


 送信。


 画面には、申請受付の表示が出た。


 承認待ち。


 久我は言った。


「記録には残します」


「残してくれ。記録は大事だ」


 天城は少しだけ笑ったように聞こえた。


「ただし、配信は始める」


 通話が切れた。


 開始三十秒前。


 コメント欄が滝になった。


 ――コメント欄――

 《レナ様最強》

 《うおおおおお》

 《今日は休み取った》

 《有給の使い方として正しい》

 《歴史の証人になるぞ》

 《全員生還率100%更新頼む》

 《白河レナが帰ってくるところまで見る》

 《久我ストッパー、最後頼むぞ》

 《いや本当に頼むぞ》


 久我は深く息を吸った。


 中止申請は、まだ承認待ちだった。


 配信が始まった。


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