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第64話 わからない気持ち

 ソラさんについて歩く廊下はいつもよりとても静かに感じた。


 レイーネ様から託されたメモには上質な紙やインク、ろうそくや筆、薬に使う薬草の数々に日用品がいくつか書かれていた。


 きっとこのお使いはしなくてよかったことだ。


 レイーネ様が機会を与えてくださったのだ。


 私にもっと勇気があれば……。


 けど、この一歩が踏み出せない。


 もし……もしも断られてしまったら。


 もし、ソラさんが私を見捨ててしまったとしたら。


 私はどうしたらいいのかわからなくなってしまうだろう。


 今まで私に騎士になると申し出をしてくださった方はいた。


 中には王都内の貴族からお声がかかることもあった。


 でも、その時はまだ聖女ですらなく僧侶の時だった。


 どことなく透けて見える貴族との関わりを作るための下心と政略。


 そんな言いえない何かが嫌で断り続けてしまった。


 断って立場が危うくなったとしても聖女であればいろいろと都合がいいこともある。


 それで冒険者に流れていく人も多い。


 なぜなら回復魔法や支援魔法をより高めた祈りを使えて重宝されるから。


 私は心の底でなんとかなるかな? なんて甘い考えもあったんだと思う。


 そんな甘い考えの私にとって男の人は、とても怖く感じることもあった。


 でもソラさんは違った。


 あの依頼した日。


 二人だけの道。


 本当はとても緊張していた。


 すべての人がそういうわけではないのはわかっている。


 ヒナへの心配の片隅に、この人は私を襲おうとするだろうかなんてずっと身構えていた。


 けれど彼は新しく見るような世界に心を躍らせて私を一人の仲間として見てくれていたのだった。


 そんな今のソラさんなら二つ返事で、この話を了承してくれると……思う。


 けれど、でも……。


 こんなことを考えている自分が情けない。


 聖女となって騎士を従える事。


 ルクサーラ神を信仰するアーグレンではただの文化だとわかっている。


 聖典に記された一説。


 信じた者と結ばれ互いの真の愛が芽吹く頃。


 聖天の杖に宿る加護は、より燦燦と煌めき愛の加護を授かるだろう。


 とてもロマンチックで素敵な教えだと思う。

 

 国が傾いている今、私のような聖女はとても貴重であることはわかっている。


 この思いは国のため、領のため、家族のため、師のため、ヒナのため……それとも私のためなのでしょうか。


 わからない。


 私は、この気持ちが一体なんなのかわからない。


 はじめてなんだもん。


 誰にも話せない。


 だって恥ずかしいから……。


 ソラさんは私のことをどう思っているの。


 すると私が黙っているのを見かねてソラさん。


「なぁ、買い物だろ? 付き合うよ」


「え……あの、悪い……ですよ」


「ん……? 今更何を言ってるんだ? 事情は分からないがレイーネ聖母様からリィナのことをよろしくって言われてるんだけどさ……気にするなよ。困ったときは頼ってくれって」


 ああ、この背中。


 振り向いて微笑んだ彼の顔。


 葉っぱ一枚の変な姿でいながら戦場を駆けていた人とは思えない。


 最初こそ、とても頭のおかしい人なのかな? なんて思っていた。


 屈強な兵士は皆、鎧を着ている。


 命は皆、等しく一つしかないし身を護る術は絶対に必要なはず。


 それらをないがしろにして全てを、誰かのためだけに命を懸ける。


 そんな無謀な勇気しかないような彼は葉っぱ一枚と細い剣だけで私達を守り抜く奇跡を起こしたのだ。


 なおしてほしいところだけど……。


 ソラさんは気にしていたけど私は別にソラさんが勇者じゃなくたっていいと思っている。


 なぜなら彼の心は勇者の偽物と呼ぶには足りずより本物に近いと感じている。


 いえ、それ以上の勇者だと思っている。


 私にとっての英雄様。


 だから私は、そんな彼を信じることにしたのかもしれない。


「ありがとう……ございます……では、まずは買い出しをさっさと終わらせちゃいましょう!」


「そうだな」


「レイーネ様ったら、あっちこっちのお店を回らせるつもりですよ?」


「結構大変か?」


「はい。歩いて回っても早くて……夕方を過ぎた頃に終わると思います」


「とんでもない師匠だな……」


「そうですね……でも弟子思いの優しいお師匠様です」


「……そうだな。さっさと終わらせちまおうぜ」 


 こうして私とソラさんは商業区に向かった。


 商業区へとたどり着いて目当ての品を探しにお店や屋台を見て回る私とソラさん。


「あれが異国の武器ですよ」


「へぇ、いろいろあるんだな?」


 彼はまるで全てを初めて見る子供のように興味深々だった。


「詳しくはわかりませんが王都内で種類だけで言えば、ここが一番よくそろうんだそうですよ?」


「シミターにハルバード、クロスボウ、ナタにチャクラム……それとあれは十手か……?」


 聞いたことのない言葉。


「じって……ですか?」


「あぁ、いや……俺の故郷のさ。昔の武器? というより取り押さえるための武器? みたいなのがあってびっくりしたんだ」


 ソラさんの故郷。


「そうなんですね……」


 どうしてでしょうか。


 以前聞いたニホンという国の話を、よりあなたの身近に起きたことや慣習、文化、育った所を聞きたい。


 この思いがルクサーラ神の言う思いであるのなら私は、どうしたらいいのでしょうか。


 でも、この思いを知られてしまうのはとても恥ずかしい。


 でも私は知りたい。


 あなたのことを────




 朝には戻っていたリィナだったがどうしてか、さっきから様子がおかしい。


 俺は何かやらかしただろうか。


 そんなことよりもレイーネの言っていることはなんだかつかめないし、リィナを頼むみたいなことを言われたところでどうしたらいいのかわからない。


 今パーティを組んでいる以上、回復を使えるリィナは生命線に等しい。


 リィナを守らずして俺の役目はないように思う。


 気を付けてたような気はあんまりしないけれども……。


 でも、リィナを守るためなら……そのためであれば冒険者だろうが騎士にだろうが、なんだってなってやろうとは思う。


 あの聖母様は、これ以上に何を俺に期待しているのかがわからない。


 リィナも変な様子だし、とりあえず頼まれた物を買い集めるとしよう。


 それから着々とリィナに先導されレイーネから頼まれた品々を買い集めてお昼を過ぎた頃。


「あの……あそこのお店、美味しいお菓子とお茶を出してくれるところなのですが……寄りませんか?」


「へぇ……喫茶店みたいなものだろうか」


「きっさてん……ですか?」


「ああ、あんな感じにお茶を飲みながら休憩する場所みたいなところだよ」


「それはニホン……のお話ですか?」


「ああ、そうだな」


「そう……ですか」


 なにか地雷でも踏んだだろうか。


 なぜ言い淀むのか理解ができない。


「寄ろう。歩き疲れただろ?」


「そうですね。寄りましょう!」


 考えるように俯いていたが、なぜか表情は一転して笑顔になるリィナ。


 女性って本当にわからない。


 看板にはクロラックのフワフワ店というよくわからない名前のお店。


 レンガのように敷き詰められた石造りの住居に反して中へ入ると床は木材、柱も木材でできており、とてもつつましやかな雰囲気のある落ち着いたお店だった。


 お茶のいい匂いと出されているお菓子の甘い匂いが店内を包んでいる。


 それに結構お客がいるのだ。


 それも若い男女のカップルが。


 リア充というやつだ。


「いらっしゃいませ!」と女性店員の元気な声。


「お席はこちらで、メニューはお決まりになりましたら呼んでくださいね!」とメニュー表の紙を渡し去っていく。


 接客はとてもいいように思う。


 なんだか懐かしい感じがした。


 それから俺とリィナは席に着き一呼吸入れるのだった。


 落ち着いた頃に1枚のメニュー表を互いに見る。


 向き合う席と席。


 俺とリィナは互いに近づいてメニュー表を見る形になる。


 自然と漂うリィナの匂い。


 なんだか緊張してしまいそうになる。


「このお店のおすすめは、ニャーさんが出してくれたクノ茶なんです。王都周辺で栽培されてて市場に入ってきたものを店主が厳選して出してるみたいなんですよ」


「へぇ、それじゃ俺はそれにしようかな。ニャーの出してくれた奴は美味しかったし」


「そうですね。私も久しぶりに、このお店のが飲みたいのでクノ茶にします!」


「知ってるってことはさ。前にも来たことがあるの?」


「……え?! あの……男の方とは来たことはありませんよ?!」


「あ、いやそういうことじゃなくてさ」


 そういうと咄嗟に顔を赤らめるリィナ。


「あ、あのルチアや……騎士のキャロルと来た事がありまして……」


 キャロル。


 初めて聞く名前だがリィナの反応がとても可愛らし過ぎて俺はそれどころではなかった。


「じゃ、じゃあさ。その……お菓子のおすすめとかある?」


「え? そうですね……このギウのミルクたっぷりのフワフワのケーキなんかすごい美味しかったの覚えてます。クロラックってこのお店の名前にもなってるお菓子なんですよ」


「美味しそうだね。それじゃそれにしようかな」


「はい! 私も同じのに」


 そして店員へと声をかけて注文を終える。


 どこかぎこちない様子のリィナは変わりないままに沈黙が続いてしまうのだった。


 沈黙に耐えられない性分ではないのだがせっかくの場なのでいろいろとリィナに聞いてみる事にした。


「ルチアってリィナの友達?」


「え、あ、はい。ルチアが……どうかされました?」


「いや、親しげだったからさ。友達なのかな? って」


「あぁ……ルチアは修行時代の競争相手で何かにつけて私を引き合いに出して常に競い合ってましたね」


「良いライバルってやつか」


「そうですね……思えば彼女がいたから頑張れたのかもしれません。結構、僧侶の修行って大変だったのですよ?」


「へぇ、どんなことをしていたの?」


「昨日、私が立てなくなっちゃった聖天の杖の修行もそうですけれど祈りの力って自分の魔力に大きく影響されるみたいなので魔力を伸ばすためにひたすら治癒の祈りを空打ちして倒れてを繰り返してましたし、体力づくりのために備品を運びまわったり掃除をしたり買い出しに急いで行ったり……思い出すだけで……あぁ」

 

「あはは、そりゃいい修行だ」


「レイーネ様ってひどいんですよ? 倒れたら思いっきり聖天の杖でお尻叩くし……」


 そんなこんなと話をしているうちにクロラックとクノ茶が運ばれるのだった。


 ふとリィナを見ると何故か縮こまってしまっていた。


 なんだかとても面白かった。


 運ばれた甘そうなクロラックはフワフワの卵の匂いのするパンケーキのようなもので以前食べたムーリアに似ているが、それとはまた違ったしっかりとした生地のフワフワさを持っている。


 加えてクノ茶の香ばしくもすっきりとした匂いがまた食欲を掻き立ててくれていて控えめに言って最高だった。


 ニャーが知ったら怒るだろうか。


 そんなランチタイムを落ち着かないリィナと一緒に過ごすのだった。


 

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