第63話 愛の女神
威厳のある凛とした目をした人は、リィナのひいおばあさんの弟子でなおかつおばあさんの後輩。
白銀の長髪は、まとめられリィナやほかの僧侶と違い白を基調とした青色の修道服を着ている。
数々の太陽を模したようなネックレスや耳飾りの装飾は煌びやか。
中でも特徴的なのは左手の薬指にはめられた藍色の何とも不思議な見た目の指輪だった。
ここアーグレンでは結婚したら元の世界と同様に左手の薬指に指輪をする同じ文化がある。
一般的にはなにやらシンプルな銀色をした指輪をはめているのを見かける。
なぜならレジナードやネメラもそうだった。
けれど目の前の聖母の薬指にあるそれはなにやら異質な何かを感じる。
夕日も沈み暗がりになった廊下。
燭台に火が灯り、ゆらゆらと周囲を照らす幻想的な光景はいつ見ても美しい。
そして俺はレイーネに言われるがままに付いて行く。
教会の裏手へと出て外へと出る。
花やハーブのようなすっきりとした香りが漂う庭。
そこを通り抜けて以前、俺が入れられた牢獄のある地下があるのが見える。
そしてボロボロの小さな教会へと連れてこられるのだった。
夜だからかより一層気味が悪い。
「ここで少しお話をしましょう。フレイエンテ」
何か魔術を唱え右手をひらりと目の高さで一振りする。
途端に周囲の燭台に火が灯り暗かった小さな教会を照らすのだった。
なにその魔法?! なんて思いながら驚いていると申し訳なさそうにレイーネ。
「わざわざ呼び出してしまってごめんなさいね」
「いえ……俺に何かご用でも?」
「えぇ……まずは、だいたいの成り行きについてはリィナから聞きました」
「だとしたら俺から話す事ってないような気もするけれど……そんな改まるような内容なのですか?」
「はい……率直に用件だけを言いますと私は、あなたがどういう人物であるのか……この目で確かめたかったのです」
「それは……どういう?」
「あなたはルクサーラ神を信仰する僧侶や聖人、聖女、私のような聖母や神父についてどのくらいご存じで?」
はっきり言って何もわからない。
治癒やら光の壁なんて奇跡ができて、みんなを守るようなこの国の中心的な信徒達くらいのイメージだ。
だがどう説明していいのかわからず俺はやらかす。
「えっと……皆を守る光の神様を讃えて奇跡を起こすぞー……みたい……な」
残念そうにレイーネ。
「はぁ……」
「うそ! うそうそ! ちょっと! ちょっと……そんな感じかなぁ……なんて思ってるだです。にわかです」
「そこまで取り乱さないでください。あなたは勇者なのですからしっかりしなさいな……」
「あ、はい。すみません……リィナは俺が勇者だってことを話したんですね?」
「私に知られてはまずいことでしたか?」
「いや、そんなんじゃ……ないですが。それだけ信頼を寄せる師匠なんだなぁってことがわかりました」
「あなたはリィナのことを信頼なさっているのですね?」
「付き合いは短いですが俺の背はリィナが守ってくれると思ってますよ」
「ふふ……そうですか。リィナの話からではそんなことをおっしゃる人のようには聞こえませんでしたけれどね?」
「えと、リィナからは……なんて聞きましたか?」
「あなたはお酒に貪欲で」
「う……」
「すぐに葉っぱ一枚の恥部を隠した姿で現れる変態で」
「ぬ……」
「ほっとくとすぐ酒に潰れて外で寝てる上に肝心な時に私を置いてどっかへ行ってしまうと言ってましたねぇ」
うわぁ。
リィナが聖母様にとんでもないことを話してる。
これは一種の懺悔か。
ここで懺悔をして悔い改めろってことか。
だけど酒だけは止めないぞ。
けれど一貫して事実しか話されてない所がなんの否定のしようもないがとりあえず弁明を試みる。
「あぁ、いや……それはその……」
「ですが……ピンチの時はしっかり助けに来てくれる。困ってる人がいたら力になって、どうしよもない状況でも自分のやれることに最善を尽くし前を向いている。ソラさんは私にとって最高の勇者様だとも言ってましたね」
「……」
それを聞いて呆然としている俺を見て、また笑いながらレイーネ。
「杞憂だったかしらね? よかったわ。あなたなら大丈夫そうですね」
「それはどういう?」
「詳しくはリィナから話しがあるでしょう」
「リィナから話?」
「はい。本来であればそれ相応の身分と鍛錬を積んだ証が必要となりますが……勇者であるのなら話は別です」
「あの、勇者なら別とは何がです?」
「この国のしきたりではありますが……ルクサーラ神は愛の女神様なのです。神との戦争の時代。唯一、人と結ばれた一柱の神……」
「愛の女神……」
すると変なリズムの足音が聞こえるのだった。
しばらくするとおぼつかない足で現れたのはリィナだった。
「ソ……ソラさん!」
「あれ、寝てなくていいのか?」
「いえ! ソラさんに話すことが……」
しかし壁伝いに歩くリィナはそのままぱたりとへたりこんでしまう。
レイーネはそっとそんなリィナの所へと歩きすれ違いざまに一言。
「あなたの好きになさい」
そうささやいてボロボロになった教会を出るのだった。
俺はリィナのもとに駆け寄る。
「おいおい、大丈夫かよ。こんなになるまで何してたんだ?」
「前に言いましたが……レイーネ様との聖天の杖の修行です……もう! 容赦ないんですよあの鬼! おかげで足がもうプルプルです……僧侶としてあなたに足りないのは力だって怒られちゃいました……もう僧侶じゃなくて聖女なのにです!」
「お……おう、そうか。元気そうで何よりだよ。まあ今日は飯食ってゆっくり休もう。話はそれからでも大丈夫か?」
すると浮かない顔をするリィナ。
「そう……ですね」
「立てるか?」
「はい! なんとか……」
俺の手を取って震える足で懸命に立とうとするもどうやら難しいらしくよろけてしまう。
「あ────」
「あぶな────」
さらりと俺の肌を撫でる金色の髪。
自然と抱き寄せるようになってしまい顔を赤らめているリィナ。
とことん乙女な性格をしている。
リィナは汗だくになっているはずなのに汗の匂いらしい感じもない。
しかし俺は、なぜかかなり冷静だった。
こんな美女と二人っきりでこんなシチュエーションであるのならなびかない男はいないだろう。
俺は俺がわからない。
するとフリーズしているようにリィナ。
「あ、ぁあ……あのソ、ソラ……さん?」
普通はこのような反応をするのだろうか。
「はぁ……一旦抱えて食堂? とやらに行くか?」
「は……はい」
人生初のお姫様抱っこだ。
けれど互いにぎこちない。
俺は俺がわからないなどと思っておきながらリィナから直接見られているのがとても恥ずかしい。
それ以上にリィナは緊張しており黙ってしまっている。
まるでラブコメのような体験だ。
静かな廊下に冷たくふきぬける風。
それに反するように暖かな体温と柔らかい感触。
こんなに近いのなら俺の鼓動までリィナに聞かれてしまいそうだ。
そして食堂へと着く前にすれ違う僧侶達が俺とリィナを見て騒ぐ。
たまらずリィナ。
「あ、あの! 抱えてくださって……そ、その……ありがとう……ございます」
「あ、ああ……」
「……すみませんが肩を貸していただくというのは……だめですか?」
「いいけど大丈夫か?」
「え……その、はい! がんばり……ます」
とんでもなくぎこちないリィナ。
まあお姫様抱っこされてる姿を修行仲間に見られるのはさすがに恥ずかしいと俺も思う。
未だプルプルと震える足のリィナに肩を貸す。
こんなになるほどに修業させられるのだから相当厳しかったのだろう。
「すみません。この修行ってどうしても魔力で足りない力を補わなくてはならないので……私の魔力がもう無くて体にも力が入らなくて……ソラさんに迷惑を……」
魔力で力を補うとはどういうことだろうか。
だがそんな疑問を考える暇はない。
「迷惑とかは別にいいよ。仲間だし……ただ僧侶も大変だな。リィナは頑張ってきていたんだな」
「はい……ありがとうございます」
席について間もなくルチアが来てくれた。
料理を持ってきてくれたのだ。
「ほら、リィナの分だよ」
「ありがとうルチア」
それから俺を見てルチア。
「ソラさん……でしたでしょうか? リィナのことありがとうございます」
「お、おう」
「ソラさんの分もお料理の用意がありますのであちらに取りにいらしてくださいね。私はリィナといろいろお話したいことがありますので」
そう言ってリィナの隣に座るルチア。
どうやら俺はちょっと邪魔者らしい。
「ありがとな。それじゃ俺は適当に……」
行こうとした途端に俺の袖を掴んでリィナ。
「あの……ソラさんも一緒……ではだめですか?」
とんでもないくらいにエモい光景がそこにはあった。
隣のルチアもなんだかその光景に驚いている様子でいる。
ここで俺の思考は冷静ではいられなくなった。
「え?! あ、その……えと……リィナが……いいなら?」
「はい……」
こんな状況どうあがいてもおかしくなってしまうだろ。
「じゃ、じゃあ……ちょっと取ってくる」
「はい。いってらっしゃい」
「お、おう」
隣に座っているルチアはとても唖然とした表情でリィナを見ているのだった
それからは食事も美味しいのだが、ちゃんと味わえたような感じがしない時間を過ごす。
会話らしい会話もあまりできず俺は居る意味があるのだろうかと思う。
加えてルチアも思うようにリィナとあまり話せないでいる。
リィナからの話があるというのはとても気になるがそれと何か関係があるのだろうか。
食事を終えてからはリィナをルチアに任せて俺は食堂を後にした。
特に何もしてないが、なんだかとても疲れる一日だった




