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第5話 出発の時

 夜明け頃に起きるのはいつぶりだろうか。


 朝日が夜の空からうっすらと染め返していく光景。


 綺麗だった星々はもう見えない。


 澄んだ空気を吸い込み一呼吸置いた。


 身支度を整え教会の正門前へと行く。


 そこには白と赤を基調とした修道服姿のアメリアがすでにいた。


 左手には金色の錫杖。


 大きな斜めがけのかばんを持っている。


 顔を合わせると笑顔を見せてくれたが少し疲れているかのような印象を受ける。


「おはようございます。昨夜は眠れましたか?」


「変わりはないな。アメリア様はどうだ?」


「はい……私はあまり眠れはせんでした。ですが今日からよろしくおねがいします!」


「ああ、よろしくな」


 それからは街中を歩いた。


 早朝だというのに人通りは多い。


 静かな住宅街から段々と賑わいのある露店や出店が立ち並ぶところへと向かった。


 ところどころまだクローズドの看板。


 訳されているのでクローズドと書いてあるわけではない。


 訳されているのも語弊がある。


 なんとなく理解できるだけだ。


「ここは王都の旧商業区画なんです。本当は商業区画でお買い物をするのですが今はボロボロになってしまってそれどころじゃないので旧商業区画で大半の商いが行われてますね」


 普段見慣れない光景。


 店主だか従業員かわからないが大きな箱をよいしょよいしょと運んでいる様や商品を並べて行く光景。


 仕入れてきたのか荷台いっぱいの木材の箱や樽。


 それからアメリアと二人で並びながらアーグレン国のことを教えてくれた。


 王都は中央のアーグレンを中心に6つの区域に分かれているのだそうだ。


 北のローゲン、北東のカエリル、東のドルダン、南のレラデラン、西のオルドベラリス、北西のノグラン。


 その中でも南は物資の流通、交易の要となっているのだそうだ。


 理由は北から東にかけて山脈となっており流通の便が悪いのだと。


 商業区画自体はそれぞれの区域にもあるのだけれど中でもここレラデランでは多くの露店と出店が立ち並んでいるんだそうだ。


 道行く人たちと挨拶を交わしているアメリア。


 知っていそうな人もいれば無関心な人もいる。


 これだけ人がいれば知ってる人とか知らない人がいてもおかしくはないとは思うものの貴族への対応ってこんなものなのだろうか。


 そして目的地へと到着した。


「旅の荷物をそろえるならまずはここです! よかった……」


 アメリアは、ほっとした表情で肩を落とす。


 訪れたのは少しボロい店構えの場所だった。


 看板になんて書いてあるのかわからないはずなのになぜか読めてしまう異世界召喚特典効果。


「ジルバード商店……これ店はやってるのか?」


「やってますよ! ここは良いお値段で良いものがそろっているんです」


「クローズって書いて────」


「さあ入りますよ!」


「クローズって────」


 言い切る前に手を引かれお店の中へと入ってしまった。


 ドアに取り付けられたスズがチリンチリンと鳴る。


 すると奥よりのっそりのっそりと背の低い太った老齢の男が歩いてきた。


「なんだいなんだい。こちとら復興の品の手配で忙しいってのに、まだお店は開いて────」

 

 そう言い切ろうとするもこちらを一目見て一瞬で声色と態度を変えた。


 蓄えられた髭としわが威厳を保たせる風貌であったのに一瞬で柔らかい物腰の優しそうなおじいさんに変わった。


「────ます。これはこれはいらっしゃいませリィナ様。本日はどのようなご用件で?」


「時間外に押しかけてしまい申し訳ございません。タルじいちゃんもお元気そうで何よりです!」


「いえいえ、とんでもございません。アメリア家には代々お世話になっております。少しでもお役に立てるのなら幸いです。あれごときでくたばる玉ではありませんぞ?」


「ありがとう! 早速なのですがこの人の旅支度を整えたくてきました」


「ほほう……見慣れないな。あんたここらの人かい?」


「いや、遠い東の国から来た」


「東か……そういえば前にも東の国から来たとかいうのがいたな。そのコートを見るにあんたリィナ様の騎士かい?」


 髭をさすりながらタルじい。


 間にリィナが割って入る。


「違うの。この人追いはぎにあったみたいで何も持ってなかったのその中で私を魔物から助けてくれたお礼にあげたのです」


「左様でございましたか。真っ裸で魔物を?! ですがのう……一応言うておくがリィナ様に手を出したらあんた。この国で生きていけると思うなよ?」


 ぎろりとにらむ眼光はその身長差を超えるほどの威圧を放つ。


「は……はい」


「タルじいちゃん大丈夫ですよ!」


「ですが得体のしれないやつを信用することはできませぬぞ?」


「わかってます。ですが時間がないの」


「そうですか。お嬢様が一度大丈夫と決めたんだ。その目を信じるとしましょう。このタルじい腕によりをかけて旅支度を手伝いましょう!」


「今は忙しいのにごめんなさいね」


「はっはっは。そんなこと、お嬢様がお気になさることではございませんぞ? ささ、ほらあんた。まずは旅の道具一式かき集めるぞ」


「は、はい」


 すると老人は胸に下げた懐中時計のような見た目の物を握り問う。


「あんた名前は?」


「カタナシ ソラだ」


「ふん。変わった名前だな。だが偽りはないのも事実かの」


「え?」


「まあよい。わしはタルデン・ジルバード。ただの雑貨屋のじじいだ」

 

 自己紹介を一通り終えると先ほどまでずんぐりむっくりと歩いていた男とは思えない機敏さで商品のごった返す店の中から素早くいろんな品をかき集めてきた。


「さてさて、リュックにランタン。調理器具に……あとはナイフの類は持っておるか?」


「この刀なら」


「刀? 聞いたことないの。なんだその剣。すーぐに折れちまいそうだな。そうだな……これを持っていけ」


 手渡されたのは変わった形をしたナイフだった。


 柄の部分はやや丸みのある尖りがある。


 刃は鋭くみねはギザギザしてのこぎりのようになっている。


 鞘の一部分はすこしざらざらしている箇所があった。


「これは?」


「ロンドナイフというもんだ。だいたいの冒険者が持っているぞ? 火を起こすのもよし。叩くもよし。切断にもよし。多用途に使えるもんだ。魔物の解体なんかもそれでやるんだが、おまえさんは冒険者じゃないのか?」


「え、あ。まあ……」


「リィナ様。こやつ本当に大丈夫かの?」


「あはは……腕は確かなのは間違いないと思うんです」


「そうですか。こちとらこんな手合い初めてじゃからますますあやしいのう」


「あははは……」


 乾いた笑いをするアメリア。


 それからかき集めた旅支度の商品一式がそろった。


 リュック、ランタン、小瓶に詰められた燃料、寝袋、調理器具、ロンドナイフ、ロープ。


「そういえばテントとかはいいのか? 数日はかかるんだろ?」


「テントは大丈夫です! 馬車で行くつもりですから」


「なんと! 馬車旅?」


「はい。そうですがどうしましたかソラさん?」


 馬車旅。


 異世界の旅と言えば馬車。


 馬車に揺られ青空の下を旅する。


 各地を巡り、野を超え山を越え谷を越えいろんな冒険をする。


 まさに冒険の代名詞と醍醐味が詰まった馬車。


 とてもテンションのあがる何かを感じる。


 独断と偏見だけれども。


 前やったゲームでは牛車で移動してたな。


「いやぁ、馬車なんて乗ることはなかったし時折走ってるところは見るけど……ど、どうしまし……た?」


「馬車乗ったことないんですか?」


「はい……」


「おぬし……いままでどう生きてきたんだ?」


「馬車に乗ったことないって長距離での移動はどうしてたんですか?」


 地雷踏んだ。


「歩き……かな?」


「そう、ですか」


「ま、まあ早く支度を済ませていこう! 急いでるんだろう?」


「そうですね。私も覚悟は決めてます」


「大丈夫かのう……」


 それから旅支度を済ませ装備一式をそろえた。


 タルじいは俺が一文無しと見るやリィナ様からお金は受け取れんとお代はなんとただにしてくれた。


 なんとか説得をするもアメリアが王都に戻ったら払いに来てという結果に落ち着いた。


 アメリア家とこの爺さんどういう関係があるのだろうか。


 その足取りで南西の大門近くにある貸し馬車小屋へと向かう。


 道中の露店で干し肉やらクロカというパンみたいなものやらの食料を買い込み。


 背負っているリュックに入れながら進んでいった。


 そして馬小屋のある家へとたどり着く。


 どうやらここがこれから馬車を借りられる場所のようだ。


 時折町を行き交うところを見ていたのだが。


 長いたてがみ。


 スラっとした足。


 たなびく尾。


 カツカツ鳴らす蹄。


 馬がいる。


 正真正銘の馬だ。


 まじまじと見るとやっぱり迫力というかなんか違う。


 馬への感想は、どうでもいいのだが馬小屋に並べられている馬を眺めているとアメリアが何をしているんだろこの人、と言わんばかりの視線を俺に向けていた。


「……それでは馬車を借りてきますので、ここで待っていてくださいね」


「お、おう」


 人々の行き交う広場には噴水。


 壊れたり崩れてしまった建物がそこらに見える。


 本来であればとても趣深くきれいな街並みだったのであろう。


 空は青く澄んでいる。


 気温もそんなに高くなく過ごしやすい。


 湿気はなくどちらかというと乾燥している。


 アーグレン国がどういう場所でどういう国なのか全く知らない。


 あの日、「もうすぐこの国は亡びる」なんて言っていた人がいたが今は皆とても強く生きている。


「俺がここの人達の立場だったら生きていけただろうか」


 ふとこみ上げる感情。


 それは尊敬だ。


 悲しみたい気持ちをぐっとこらえ前を向く。


 それができるのはとても強い証だ。 


「おまたせしました!」


 アメリアの声がしたためそちらを向くと馬車に乗ったアメリアが見えた。


 茶色と白の馬だった。


 見た目は簡素な帆馬車だが少し想像していたのとは違っていた。


 車輪は木の枠ではなくしっかりとゴム製のような何かでできており自転車の車輪のようだった。


 スプリングのような緩衝装置もついている。


 これが一般的なものなのだろうか。


「御車は雇わないのか?」


「何を言っているのですか?」


「へ?」


「私はあなたを雇うだけで精一杯なんです! さあ、行きますよ? 護衛は頼みましたからね!」


 荷物を一通り乗せ終わり馬車が走り出す。


 荷台に乗り吹き抜ける風が少し気持ちいい。

 

 横に流れる景色は荒れ果てた畑と奥には壮大な山々が見える。


 奥に浮島があるのも見えた。


 点のような大きさであるが見えた。


 いつか行ける日が来るのだろうか。


 本格的に異世界へ来たのだと悟る。


 エルフとかドワーフとかそんな種族もいるのだろうか。


 そういえばまだアメリアの故郷に向かうとしか聞いていなかったことを思い出す。


 「それで俺はアメリア様の故郷に向かうとしか聞いていないが、それは一体どこなんだ?」


「はい。ここから西に向かったところのアメリア領です。その領にあるルロダンという町に向かいます。それと私のことはリィナと呼んでください。とっさの判断を強いられた時はそちらの方が呼びやすいでしょう?」


「わかったリィナ。それでそのルロダンにはどのくらいで着くんだ?」


「この馬車でだいたい……4日でしょうか」


「4日?! すごい距離だな」


「あはは……偏狭な地にありますからね。ですがソラさんはもっと遠くからいらしているのでしょう?」


「ま、まあ……」


 墓穴を掘ってしまったがリィナはそれ以上は聞かなかった。


 そこからは穏やかな時間が流れていた。


 行く道の隣を流れる川のせせらぎを聞きながら木漏れ日の美しさに浸る。


 酒屑にはない忘れてしまった感性に浸っていたのだ。


 その後周囲を警戒しながら外に出て馬を休めながら歩いたりした。


 夜を迎え満天の星空の下で朝に買い込んだものを食べる。


 とても綺麗だった。


「星が珍しいですか?」


 パンに挟んだハムとタマゴ焼き。


 焚火に照らされたリィナがこちらをじっと見つめていた。


 きっとこういう時はドキドキするような場面なのだろう。


 金髪の美形修道女で貴族の令嬢ときたものだ。


 設定盛り込まれすぎだろう。


 けれどそんなことはどうでもいいほどに空気は澄んでおり星空が綺麗だった。


「珍しいよ。すごくきれいだ」


 王都は町明かりが夜まで続いている。


 星がこんなに綺麗に見えることはなかった。


 いや、見ようとしてなかった。


「珍しいですか。きれいですよね。私も星は好きです」


「もしかしてあれらに名前はあるの?」


「星座ですね? 詳しくはないのですがあの綺麗な青色の星はセライ・エノリスと言うみたいです。セイレン達の崇める神様が象られた星らしいですよ」


「セイレン? なんだそれは」


「……神下の7種族って知ってます?」


「……」 


 黙っていると急にリィナは笑い出した。 


「ふふ。そんなに困った顔をしないでください。本当に知らないことだらけなんですね?」


「世間には疎かったもので、あははは」


「疎いって話じゃないですよ。変わった方ですね」


「よく言われる」


「いいでしょう。すごい遠い昔に神々の戦争があったのです。それら神々は自身の創造した種族どうしで争わせ世界の覇権をとろうとしました。ある日戦いに疲れた種族は互いに力を合わせ創造した神々を打ち倒しました。残った種族はこの世界の創造主を復活させ大地に恵みをもたらし壊し合った世界を元に戻し永遠の繁栄を誓い合ったとさ。って昔話があるんです」


「いがみあっていた者同士で力を合わせるなんて変わった神話だな」


「魔人や魔族なんかともそうできたら今は平和なのかもしれませんね……それで残った7種族の私たちヒト、ビースティア、ドワーフ、エルフ、セイレン、ドラゴナ、ピクシーが神下の7種族と呼ばれています」


「だがアーグレンでは他の種族は見なかったぞ?」


「そうですね。南もそれに北はとくに……踏み入れてしまったら東では無理でしょうね。最悪投獄か殺されてしまいます」


「どうして?」


「人種覇権国家ですので他種族は排斥されているんです。いたとしても北西のノグランという貧民街か先ほどの東の貴族特区で奴隷になっていると思います……」


「そうか……」


 奴隷は異世界あるあるの一つだろう。


 日本じゃ別次元の話だったがどこかの……まあいいか。


 俺も社畜だったしな。


 今まで他種族なんてファンタジーめいたやつは魔物しか会ってこなかったせいで存在をあきらめてはいたがとてつもないファンタジー臭を感じて心が躍る。


 しかし奴隷になってしまっているのは何とも言えない。


 神下7種族とか言われて力を合わせた仲だろうに現代ではうまくいっていないのだろうか。


「さてと。そろそろ休みましょう」


「ああ」


「見張りは4時間で交互にして先に私がお休みをいただいてもよろしいですか?」


「問題ない。ずっと御車で疲れただろう?」


「久々に馬車を動かしましたからね。とても疲れました……」


 それからおやすみなさいと挨拶を交わし見張りを交代して続けた。


 翌日は夜明けと共に起きて目的地へと進んでいく。


 よく見ると初めて見るような植物や花が広がる世界。


 見たことのない木。


 見たことのない空。


 馬車から降りて馬を休めながら大地を踏みしめていく。


 以前、近くの遺跡に行った時は酒瓶片手に行っていたこともありあまり関心はなかった。


 しかし、その感動に浸る心は一瞬の出来事で緊張へと変わる。

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