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第4話 不覚のダウン

 崩れた建物、焼け焦げた道、踏み荒らされたお店。


 そして石造りの舗装された冷たい道路に転がっているのは、ここの住民と思しき遺体。


 子供や老人、男女関係なくそれらは静かになっていた。


 しばらく歩くと道にしゃがみこんでいる鎧を着ている人の背があった。


 ここの兵士だと思われる。


「大丈夫です……か?」


 しかし、その背は何かを語ることなく小さな子をかばうように絶命していた。


 鎧の中は真っ黒でかばったと思われる子の亡骸も半分だけになっていた。


「すっごい……ハードモードすぎる」


 こんな光景を見れば叫ぶなり気が動転して転げたりするのだろうか。


 しかし一瞬だけ見てゾッとするだけで終わってしまった。


 そこからは、この日がなければ生きていたであろうそれらが静かになっているのをただただ眺めるばかりだった。


 ほっぺをつねっても夢から覚めることはやはりない。


 異世界召喚と言えば綺麗なお姫様やら威厳ある王様から「世界を救ってください」だの「魔王を倒してください」だの言われるものだろう。


 それに比べてこれは一体何なのか。


 召喚された瞬間にPTSD発症必須物の光景が待ってるし死体が四散したり今まで見たこともないようなでっかい二足歩行の牛に襲われるし。


 ゲームの中やフィクションではたくさん戦ったりグロ表現は見ているもののこれは現実だ。


 そこには誰かの魂があって、これから起こるであろう誰かの幸福がある。


 データじゃ表現はできない人生があるんだ。


 「はぁ……もう散々だ」


 考えてみればあのでっかい牛もそうなのかもしれない。


 確かあの名前の長い奴が言っていたのを思い出す。


「ムルって言ってたな……」


 名前があるということは知性があるということだろうか。


 つまりそいつは俺となんら変わりないそれなりの人生があったのだ。


 魔物生と言うべきかどうかはわからないけれども。


 そんな奴らを俺は一方的になぶり殺していた。


 冷静に考えてみれば俺はどうかしていた。


 こんな棒切れと葉っぱだけを身に着けた人間があんなのに勝てるわけがないだろ。


 なんで戦おうと思った俺。


 どうしてやれると思った俺。


 実際なぜかやれてしまったのが不思議すぎる。


「考えても仕方ない。とりあえず歩こう」


 とりあえず荒廃した城らしき場所を出る。


 城というより要塞のような場所だった。


 古風な風情あふれる要塞の城門と思われる場所を潜り抜けて見渡す限り綺麗な石や木材で作られたであろう町々。


 この城塞は守るところを間違えてる気がする。


 けれど死んでる人もそうだが死んでる魔物の数も相当なものだった。


 ここに何かあったのだろうか。


 思えば俺が殺した魔物の数は500を超えたところで数えるのをやめていた。


 なんせ湯水のように来ていたし。


 それからはひたすら歩いた。


 想像したくもない燃える何かを横目にしばらく歩くと男の声が聞こえた。


「おーい!!」


 振り向くとここの国の兵士らしき人間が走ってきたのだ。


 とりあえず言葉はわかりそうだ。


 こんな惨状で誰かに出会えるというのはとても安心する。


 けれど鉄でできたような甲冑はところどころボロボロで怪我もしている。


 兜の隙間から力強い青い瞳が見えるがその兵士も不安な表情だったのが見えた。


「大丈夫か?」 


「あ……あぁ」


「追いはがれてるな。火事場泥棒か……」


「火事場泥棒?」


「ああ、卑しい奴らだ。戦場にはつきものだがな? すべてを失ってもなお命があっただけよしというものだ!! 今は衣服はないがルクスリア教会で救護所を開いている。そこへ行くといい」


「ルクスリア教会?」


「ん? ああ、あんた旅の人か? ここらじゃ見ない人種だな。災難だったな……ここをまっすぐ向かって右の路地が近道だ。だけど建物が崩れそうで危ないから、もう一つの道がいい。その先の路地の階段を下りて水路を辿ればいずれ教会が見えるだろう」


「ちょっと入り組んでるな。ありがとう」


「こんな時だ。お互い強く生きようぜ! なんだかお前見て安心したよ」


「は?」


「いや悪い悪い。だがしかし……その葉っぱはどうやってくっついてるんだ?」


 言われてみればそうだ。


 これどうやってくっついてるんだ。


 イチモツ様を隠すにはちょうどいい大きさだ。


 だが後ろから見られると玉が光りそうなほど心もとない。


「どうなっているんだろうな……」


「きっと魔力装具というやつなのかもしれないな。珍しいが葉っぱだけじゃ値段は低いだろう」


「魔力装具なんてものがあるんだな」


「え? あ……ああ、なかなかにいい値段はするぞ? でも……あんた物好きだな」


「は?」


「いやいや、まあ……そのなんだ。趣味は人それぞれだ。一人で行けるか? 俺はしばらく生存者を探したい」


 少し腑に落ちないがついてきてもらう必要はないだろう。


「大丈夫だ。問題ない」


「よかった。ルクサーラ神の光のご加護があらんことを!」


 そう言って兵士は走っていった。


 ルクサーラとか魔力装具とか一体なんなのか。


 ルクスリア教会もそのルクサーラの信仰の場所なのだろうか。


 舞い上がる黒煙を追うと天気の良い空を見ながらながら歩ていった。


 結構な数の生きていたはずの何かがあった道中は少し目をつぶった。


「ここを……曲がるのか」


 しばらく歩いていると突然女性の悲鳴が聞こえてくる。


「きゃああああ!! 来ないで!!」


 ひっ迫した声だ。


 その声の主へと急いで向かう。


 すると路地の行き止まりで二回りは大きい骸骨が大剣を引きずり歩いているのが見えたのだった。


 その奥には金色の長髪の修道服っぽい服装をした女性。


 修道女か何かだろうか。


 白と赤を基調としたローブとスカート。


 手には銀色の錫杖のようなもの持ってそれを骸骨に向けている。


 そして彼女の後ろには子供が横たわっていた。


 まずい状況のようだ。


「我が祈りを捧げ御神の奇跡を顕現せよ! ルクロル!」


 錫杖より円状の魔法陣のようなものが出現し光の球のようなものが勢いよく飛ぶ。


 なんだかあの時戦ったやつと違って神へと祈りを捧げた感じの詠唱をした。


 この世界の人は普通に魔法を使うのだろうか。


 そんな悠長なことは言ってられない。


 刀を手に取り駆け付ける。


 光の球が勢いよく飛んで見事骸骨へと命中した。


 少しの爆発音とともに衝撃が骸骨の鎧を落とす。


 しかしその程度の威力では骸骨は止まらなかった。


「ルミニ・マルスを……でもあいつの一撃じゃ強度を作るのに間に合わない。どうしたら……」


 さあ、少女と少年が悪鬼に襲われている。


 助けてあげるというのは異世界召喚の王道というべきシチュエーションだろう。


 ぎゅっと足に力を入れる。


 このまま走り込んで骸骨の足を切り落とす算段だ。


 けれどその算段でいたはずが予想以上に飛んでしまった。


「うおぁぁぁああああ!」


「へ?!」


 勢いのまま骸骨の足にあたり自分も転んだが骸骨も勢いよく転がした。


 そして転んでいる隙に首へと刀を振り下ろす。


 すると頸椎が折れる音と共に骸骨は動かなくなった。


 計算通りだ……たぶん。


 それから俺は態勢を立て直して刀を鞘へと納め振り返って一言。


「大丈夫ですか?」


 その言葉をかけたが無慈悲にも。


「きゃぁぁああああああああああああああ!!」


 彼女の盛大な悲鳴と共に錫杖で思いっきり葉っぱをド突かれ悲痛な悲鳴と共に力尽きてしまった。

 

「うおおおぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああ!!!!」


 きっと彼女より数倍大きい悲鳴をあげたことだろう。


 気が遠のき視界が歪んでいく。


 ララバイ異世界召喚生活。


 思えば俺は葉っぱ一枚だったのを忘れていた。

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