第29話 とっておきの報酬
────静かな灰色の世界。
鉄のような匂いが充満していてとても気持ちが悪い。
足元を見ればどす黒い池が広がっている。
そんな状況に俺は鳥肌を立てていると目の前に人がぽつりと立っていた。
刀を持って赤黒い羽織を着た不気味な男。
すると男はゆっくりとこちらへと振り向いた。
それなのに顔がよく見えない。
何かを言っているようだがなんて言っているのかわからない。
けれどなぜかわかることがある。
悔しくて、辛くて、悲しくってどうしよもない気持ちと全てを血に染めてもまだ足りなかったと……愛する人を守れなかったと。
俺は自然と涙していた。
すると「お前は……護れよ」と一言だけ聞こえた。
そして段々と言っていることが聞こえはじめる。
「俺の────のため編み出した技。けれど守れなかった。肝に銘じておけ。その時に自身の中でくすぶっている鬼は……勇者ではなく魔王へと姿をかえるだろう」
歩き出そうとする男。
俺は走りその手を握る。
とてもごつごつとしていて冷たい手だった。
瞬間、俺の中に何かが流れ込んでくるのを感じた。
そして男はその手を払いどこかへと行こうとする。
俺の足は動かない。
「待て!! この刀は一体なんだ?! お前たちは────」
そう言いかけたところで俺は光に包まれていった。
目を開けると綺麗な天上。
そしてふかふかなベッド……
異世界へ来て味わうことなどなかった心地の良い感触だ。
綺麗なシーツに窓辺にはゆらゆらと揺れる上品なカーテン。
部屋の隅には本棚があり木彫りのテーブルの上には綺麗な装飾のある燭台、そんな綺麗な部屋に俺はいた。
どうしてこんなところにいるのか……記憶がない。
確かリィナの首に手を当てて光がゆらゆらとして……それから……
だめだ。
体中がばっきばきになってる。
思うように動かせない。
ゆっくりと体を起こして周囲を改めて観察する。
そうしているとガチャリと扉の開く音がした。
中に入ってきたのは黒を基調としたメイド服に白いエプロンを身にまとった本物のメイドさんだった。
俺は驚いて二度見する。
だが惜しいことにそこそこお年を重ねられた女性。
こういうことを考えるものではないのはわかるがとてつもなくリアルって感じがする。
女性はこちらを見て目をカッと開き驚いた表情を見せた。
「お……」
恐る恐る俺もオウム返ししてしまう。
「お?」
「お嬢様ぁぁぁぁああああ!!! ソラ様が! ソラ様がお目覚めになりましたよ?!!!」
心臓が飛び出るかと思った。
こりゃまた何という慌てっぷりだろうか。
メイドはとても大きな声で叫び慌てふためくと扉をガンっと開けてバンっと閉めて勢いよく飛び出していくのであった。
え、俺が起きたのってそんなに驚くことだったのか?
どたどたと走る音が聞こえる。
そしてバタン! っと音を立てて扉が開くとリィナが現れた。
いつもの見慣れた修道服ではなく桃色を基調としたロングスカートのドレスっぽい服装の上に乳白色で和服のように袖口が大きいローブというものなのか……それを重ねて着ている。
普段着だろうか。
今まで着ていた修道服より丈の長いスカートがなんだか大人っぽさを感じる。
切れる息を整えるリィナ。
そして「よかった……」と一言ぽつりとつぶやいた。
とても心配そうに見つめるリィナに俺はなんて言ったらいいかわからなかった。
こういう時はただ無難に挨拶をしたらいいだろうか。
「お、おう元気にしてたか?」
「そ、それはこっちのセリフですよ!! あの後2日も目覚めなかったのですよ?!」
「え、ええ?! 2日も?!」
「そうですよ! もう……魔力が枯渇したにしてはおかしいですし、もう……もうこのまま目覚めないんじゃないかと思いました……」
あれから二日。
そんなに寝ていたのか。
「まって、ダンテや……あの戦場はどうなったんだ?」
「あの後、お父様も目覚めて白壁を解いて外にいる兵士達と合流して場を収めました……今は勾留してます」
「あのララナとかいうやつやグラマドって黒いローブの男は?」
「その方達の行方は未だつかめてない状況です。ですが……ですが本当によかった……本当に……目覚めてくれて」
「また心配かけたようだ。すまなかった。だけどひとまず場が収まったようでよかったよ」
「はい。お体の加減はどうですか?」
「ん? んん。なんか思うようにまだ動かないや」
「ずいぶんと激しい戦いでしたからね……無理もないかと────」
という所でリィナの言葉を遮り俺の腹の虫が盛大に音を立てた。
ほっとしたせいだろうか。
「あぁ、あはは、いやぁ……二日も飲まず食わずだったからさ。ほら」
「ふふ、大丈夫ですよ。そうですね。何かご用意できないか料理長に聞いてきますね!」
リィナは部屋から出てしばらく経った頃に食事をここへと持ってきてくれた。
献立はクリームシチューのような煮込み料理だった。
味わいはとても上品でクリーム……牛乳? のようなまろやかな味わいと溶け込んだ具材がとても良い味を出している。
もう朝という感じではないけれど遅めの朝食を軽く摂り終えた。
最初はふらつきも多少あったのだが段々と体の調子も元に戻ってきた頃にコンコンコンっとノックする音が聞こえる。
リィナと目が合い頷くと「どうぞ」と応対してくれた。
「失礼する」
それから中へと入ってきたのは……俺が吹っ飛んできたあの時に下敷きにしたリィナのお父さんだった。
茶色い整えられた短髪にリィナとは全然違う髪の色をしているも青い瞳は同じだ。
加えて貴族の威厳をなんだかひしひしと感じるような姿勢というか貫禄を感じる。
リィナのお父さんということは、つまり領主だ。
リィナとは仲間といった関係ではあるもののいつもの態度ではまずいだろう。
俺はとりあえず立ち上がろうとベッドから出ようとした時、リィナの父親はそのままで問題ないと言うように右手を前に出した。
「突然来てしまって申し訳ない。お加減はいかがですかな?」
「御足労いただきありがとうございます。おかげさまで……えっと」とここでなんと呼べばいいかと迷ったところでリィナ。
「あ、すみません。こちらは私のお父様でアメリア領、領主のレジナード・イル・アメリアです」
すると一礼し「以後お見知りおきを」とにこやかに挨拶をしてくれた。
「それでお父様、この方が護衛を依頼し……そして私達を守って下さったカタナシ ソラさんです」
え、こういう時俺はなんて挨拶をかえしたらいいんだ?
とりあえずミラーリングを……
「い、以後……お見知りおきを」
「カタナシ殿が二日間も寝たきりであったので私も心配をしましたぞ?」
「あ、ご心配を……おかけしてすみません」
「いやいや、カタナシ殿が順調に回復されたのはなによりです。と改めて……この度の件のお礼を言わせてほしい。窮地を救っていただき……家族を……娘を守ってくれて本当にありがとう」
深々と頭を下げる領主。
「あ、頭をお上げください。と、当然のことをしたまででございますですよ? はい」
俺の敬語が空回りする。
するとクスクスとリィナ。
「ソラさんって、そんなに緊張されることもあるのですね?」
「いやいや、だって領主様がいらっしゃるんだよ? それは俺だって緊張くらいするって」
「すみません。戦いの場でも葉っぱ一枚でいられるだけの精神力があるのでてっきり?」
「いや、だからそれは俺のせいじゃないって」
まあ緊張するというのもそうだけどこの世界、アーグレンでの権力者ってどういう感じでどういう物の考え方をしているのかがわからない。
言葉一つとっても非礼だと言われ断罪されてもおかしくないのだからそりゃ慎重にもなるだろう。
しかし、そんな領主様が身分もないような俺に深々と頭を下げるだなんてな。
リィナがこんな感じだからよくわからないけれど案外、堅苦しい感じではないのだろうか。
するとレジナード。
「ははは。リィナと仲も良いのだね? いや申し訳ないかえって気を使わせてしまうとは……」
「いやいやそんなそんなそんな、とんでもございません」
日本人としての性が出てる気がする。
「ソラさん、そんなにかしこまらなくても大丈夫ですよ?」
「と……とは言ってもだよ?」
「お父様も今日はなんだか固い感じがしますからね?」
「それは命の恩人のカタナシ殿に非礼があってはならないだろう? お父さんだってちゃんとする時はするんだぞ? だが……だがな? ふぅ」
レジナードもなぜか緊張しているようで呼吸を整える。
なんだか親しみがいのある領主でよかったと思った時だった。
「リィナ。レイヴェインから話は聞いているぞ?」
「あら、レイからですか? ん? でも特に何かお話をした覚えはないのですが……」
「ソラ殿の報酬の件だ」
「報酬ですか?」
「ああ、私は命を助けられ大切な家族を救われた身だ……この件に反対することなどできるはずがない……」
え、報酬を反対?
どういうことだ?
「え? あのお父様?」
リィナも何を言っているのか理解できないでいる様子だった。
そして拳を強く握りしめていたレジナードは続けた。
「だが、むしろ未来のため……ソラ殿のような方に、ここを任せるのも良いと思うのは事実だ」
「え?」
「はい?」
俺とリィナは何度か目を合わせた。
任せるって何をだ?
「あの……その任せるとは……なんのことでしょうか?」
「それは、もちろんアメリア領、次期領主だ」
「は?」
「え?! お、お父様?!」
俺は何を言ってるのか半ば理解できず固まってしまっていた中レジナードは続ける。
「娘二人……嫁に行ってしまっては跡継ぎをどうするか悩んでいたのだが……ソラ殿、後生の頼みだ。せめてアメリア領のために!!」
「え? あ……え?……あ、はい。え?」
とてつもなくぎこちない返事をしてしまった。
「けれど、このような提案は命を助けてくれた身として恥知らずと言われても仕方ないかもしれない。だが……せめて、せめてリィナを嫁にではなくリィナの婿として────」
「ちょ、ちょっとまって?! お父様?!」
「どうしたリィナ?」
「ソラさんが婿? え? どうしてそのようなお話を?!」
「レイヴェインからお前がソラ殿に《《とっておきの報酬》》としてソラ殿の嫁となると約束したことを聞いたのだが?」
「わ、私がソラさんのお嫁さん?!」
頭を抱えるリィナ。
あの時かー。
俺がとっておきの報酬って言ったせいでこうなったのか。
だがとっておきの報酬って言っただけでそんな勘違いするか普通。
それとリィナの反応だよ。
地味に傷つくな。
まあ、わかるよ?
確かに命の恩人とはいえさ。
よくわからない変な奴がいきなり婿になるのは俺もどうかと思う。
けれど少ししてなぜか顔を赤くしてリィナ。
「え、えと……ええ?! ソラさんが私の旦那様?! よ、よく考えてくださいお父様! 葉っぱ一枚で戦場を駆け巡る変態さんですよ?!」
「変態さん?!」と俺は反射的に言ってしまった。
しかしレジナード。
「確かに……葉っぱ一枚で戦場に出るなど正気の沙汰ではない。だが、その姿でも問題なしという気迫を感じる。まさに武を極めし者の極致とも言えるだろう」
なんてポジティブな解釈なのでしょうお父様。
体を伝う冷汗は心の涙なのか正直わからなくなってきた。
それから感心するようにレジナードは続ける。
「防具の重みを捨て単身、葉っぱ一枚のみで勇猛果敢に戦場を駆け巡る……私もそのような武勇溢れる現場を見てみたかったものだ」
頭パーで戦場駆け巡るあほでごめんなさい。
するとリィナは呆れた顔をしながら言うのだった。
「男の方って皆そうなのかしら……」。
それは違うと思うぞ? と俺は心の中でつぶやいた。
そんなこんなと親しみやすいリィナの父親と報酬の件で相互の認識に違いがあるため擦り合わせることにする。
いかに命の恩人であるとはいえ、さすがに報酬がリィナの婿というのはダメだろう。
いやファンタジー的な異世界ならありなのか?
でも、リィナはどう見ても10代だ。
となると少なく見積もったとしてもほぼ10歳差の歳の差婚。
加えて未成年。
まあ犯罪だ。
ただ、正直リィナ程の娘を嫁にするのは男の夢だろうとは思う。
金髪ロングの青眼の美少女でそこそこの巨乳……いや落ち着かないわ。
まあ、恋に落ちるんだとしたら話は別だろうけどさ。
そもそも領主なんて俺の領分というか……分不相応だ。
普通の人なら美人な貴族の令嬢を嫁にしたいって言うだろうが酒好きは違う。
とりあえず基準は酒だ。
次にあて、そして明日生きる希望。
それが俺の人生の羅針盤だ。
「とりあえず、リィナ様の婿になるという件についてはとてもありがたいお話ですが……俺が約束させていただいた報酬はこちらで作っていると聞くヴァティス酒です」
「へ?……ヴァティス酒?」
きょとんとした表情でレジナード。
「はい。ヴァティス酒です」
何度でも繰り返すぞ?
一応、これが目当てで俺は命を張った結果になったんだから。
「あれで……良いのか? それとも製造の権利? だが功績はそれ以上だろう……本当にそれだけでいいのか?」
「いや権利とかは俺にはどうでもいいです。お酒ください」
それから沈黙が続き咳払いをしてリィナ。
「どうして、そのようなお話に飛躍したのかレイから聞きたいところですが……ソラさんとは最初にそのお話でお引き受けいただいたことになっています」
「いいのか? ソラ殿は領主である私の命を助け反乱という大火から領民を守った。いわば英雄だ。それを酒一本と少しのもてなしだけで……」
「本当は……まあ、俺の心の内をお話しますと結果そうなっただけです」
「そうなっただけ?」
こうしてなんだか平和に報酬について話し合えるのは奇跡だと思う。
「はい。結局、俺はリィナ様をお守りしてここへと無事にお届するということは果たせませんでした」
「そ、そんなことは!」
リィナがそれに反論しようとしたが俺はそれを制して続ける。
「リィナが敵の手に渡ってる上に監禁もされてる。その時点で俺の敗けです。胸を張れるものじゃありません……」
本当にそうだ。
一歩間違えていたらリィナは殺されている。
俺にもっと経験や知識、力があったらこうはならなかった。
こんな笑顔が素敵で優しい令嬢を危険にさらすこともなかった。
そもそもこんな責任感を持つ必要があるのかどうかはわからないけど、それでもだ。
少し強引に受けたとしても受けた以上……しっかりと果たすべきだ。
これがゲームなら笑い話にして運が良かったなぁでいい。
でもここはそうじゃない。
敵だろうと味方だろうと……人それぞれがNPCじゃない人生があって命をかけなくちゃいけない現実があるんだ。
そんなことを考えているとぷるぷると震えているレジナード。
「なんと謙虚な……」
やばい……偉く感動してる顔をしているぞ、このお父様。
「ソラ殿……報酬の件はわかった。だが……もし、よろしければ私の後継者にならないか?」
いやさっきと言ってる事変わらんって。
俺は、しっかりときっぱり断ることとした。
「ご遠慮させていただきます!」
普通の社会人して葉っぱ一枚、刀一本だけで異世界召喚されて無職の勇者から領主ってどういう出世だろうか。
領主は断ったけれどどうやら葉っぱの英雄と呼ばれているようで俺は心底不本意だと思った。




