第28話 剣を交えた先の心
心臓を貫くような衝撃が轟き爆炎が周囲を飲み込む。
どうやらとんでもない大きさの爆発だ。
ひびが入りボロボロの光の壁が辛うじて俺を包んでいる。
危なかった。
リィナの光の壁が無かったら……死んでいたかもしれない。
まさか至近距離であんなとんでもない爆発を起こすとは思わなかった。
目の前にいたはずの黒いローブの男がいない。
爆散……したのか?
それとも逃げたか。
周囲を見渡しても煙でまったく見えない。
「ソラさん!! 大丈夫ですか?!」
リィナの声が聞こえる。
声を出そうとしたが黒い煙で視界が悪いため一旦気配を探る様に耳を澄ませた。
聞こえるのは爆発音だったり怒号と悲鳴ばかり。
足音……ダンテが近くにいる感じはなさそうだ。
しかし、この状況で近くにいることなど考えられるだろうか。
俺はリィナの光の壁で守られたからなんとかなったが……
「ああ! 大丈夫だ!」
そう声を発した時だった。
煙の流れが変わる。
いるのかよ。
俺はゾッとした。
大剣が空を斬る音。
一瞬の出来事だろう。
だが俺に届かんとする剣の速度はゆっくりに見える。
音が聞こえない。
咄嗟にかがむ。
けれど間に合わない。
そして大剣は俺の背を斬った。
「っな?!」
背中が熱い。
敗けるわけにはいかない。
斬られた衝撃を利用した。
振り向き渾身の一撃をダンテへとぶつけた。
刃をかえせてない。
最悪のみねうちがさく裂する。
しかし、みねうちは想定以上に力を発揮し首元へと直撃。
ダンテを地面へと強く叩きつけるのだった。
鈍く声をあげるのと同時に転がるダンテ。
次第に煙がはれるとリィナ。
「ソラさん!! 血が!! 今すぐ治療を!」
リィナがこちらへ駆け寄ろうとするところ俺は左手を突き出して制した。
息が荒い。
少しくらくらする。
血が滴っている。
それから俺は足を動かして確かめる。
足の感覚はしっかりある。
背中が熱いだけだ。
完全に斬られてはいないようだ。
咄嗟にかがんだのが功を奏したんだ。
あぶなかった。
そして地面にたたきつけられたダンテを見て俺は震えた。
護りもかなぐり捨てて……この一瞬の隙を狙うため爆発の中を耐えきっていたのだ。
ボロボロだった鎧はほぼ吹き飛び火傷のあとがちらほらと見える。
氷の鎧ももう砕けて満身創痍といった様子だった。
そしてダンテ。
「……敗け……た。うっぐ……」
ゆっくりと立ち上がろうとするもまた倒れてしまう。
俺も刀を杖にしてようやく立てている。
そして俺は容赦なく切っ先をダンテへと向けた。
「ここで……終わりにしよう」
「終わり……か。ふふふ」
笑うのと同時に咳き込むダンテ。
「ああ、そう……だな。まさか……葉っぱ一枚を身に着けた……ふざけた剣士に敗けるとはな……戦場も……変わったものだ」
「本当に……あんたの剣すごかったよ。幾千、幾万と努力を重ね続けた剣と魔法だ。とても見事だった。あんたを倒したのが……こんなふざけた格好の奴で悪かったな」
「いや…………お前で……よかったのかもしれないな」
ダンテはゆっくりと顔を上げて俺を見る。
「本当に……ひどい姿だ。しかし……その純粋な剣。守るためだけの意志を感じた……綺麗だった」
「そんなふうに……感じてたのか」
「ああ……懐かしかった。俺も……そんな心があれば……祖国を……裏切らずに済んだのかも……しれないな」
「どうしてこんなことを……あんただって、ここの領の人達がどういう人達なのかわかっていたんじゃないのか?!」
「ああ……ほかにやりようはあったのかもしれない……だが、ここは攻めるに固く守るに易い要衝だ。アメリア家が衰退した噂があった……生中ではとれぬと思っていたが……こうもあっさりととれたはいいものの……お前のような人間がいるとは運が悪い」
「……本当にな」
徐々にうまくしゃべれるようになってくるダンテ。
時間をおいて回復したのかその場に正座をして目を閉じる。
「思えば……あの時、俺は戦場で死んでいたのかもしれない。まさに亡霊だ……強者に敗れるのも騎士の栄誉。俺のような裏切者には勿体ないな」
そして俺をまっすぐに見つめて言うのだった。
「さあ……殺せ!!」
首を差し出すダンテ。
生唾を飲み込む。
殺す。
ここで、一人の男の人生に引導を渡す。
斬られ体がボロボロ以上になってるやつに止めを……俺は……
手が震える。
今更……殺しをためらっている?
どうして……さっきまで本気で斬るつもりで戦っていたのにだ。
なのに……なのに刀が震えている。
ダンテは無抵抗だ。
俺は刀を振り上げる。
さっと振り下ろせばすぐに終わる。
反乱の元凶はいなくなりあとはこの大騒動の処理をするだけだ。
だが……
俺はさっと刀を振り下ろすと最後の力を振り絞ってダンテ。
「本当に……悪魔みたいな……やつ……だ」
倒れるダンテ。
「悪いが……むやみやたらに殺しはしない性分だ」
首元にみねうちをした。
これでも骨を折るには十分な威力はあるのだろうがこの程度では多分殺せてはいない。
俺はゆっくりと刀を鞘に納めた。
ダンテは悪い奴じゃない。
私兵のやつらもそうだった。
未来を……国のことを考えていたいい奴らだったんだろう。
誰もが悩んで迷って出した末の惨状……
これが……生粋の巨悪だったらどんなに楽だったか。
こんな反乱を起こさせるほど貴族というのはひどいのだろうか。
駆け寄ってくるリィナの姿を見ると恨まれるほどの貴族というのがよくわからなくなってくる。
リィナは俺の傷を見て血相を変えると俺の体に手をかざす。
本気で心配してくれてるようだ。
「ひどい傷です。今すぐ治癒の奇跡をします! 屈んでください」
「ああ、わかった。ありがとう」
するとリィナは心配しながらも俺に微笑んで言う。
「お礼を言うのは私です。遍く光の主神よ。奇跡を我が手にもたらし、かの者に治癒の恩恵を与え給え。サンテイル!!」
緑色の光が俺の体を包む。
次第に体の痛みがひいていく。
この不思議な感覚はやはり心地が良い。
俺の傷を見て大分落ち着いてきたのを見届けてからリィナは気を失っているダンテの方を見る。
するとやるせないような表情でいた。
怒りや憎しみを持ってもいいものだろうに……
ここまで来てから思っていたが……リィナはやはりどこか優しすぎる気がする。
そんな顔をする必要などなにのに、それにこの出来事は運が悪かったようにも思う。
「やり……ましたね」
「ああ、敵だったけど……気持ちのいい奴だったよ」
「そう……ですね。もっと良い選択肢があれば……国や民を思う気持ちは皆同じなのに戦わなくてはならないなんて……」
「まったく……難しい話だよな」
くらっとした拍子にリィナが俺を支えてくれる。
「すまない。ありがとう」
「気を付けてくださいね。傷は治っているのですが流れ出てしまった血までは元にもどらないんです」
「へぇ。なんでもできるすごい魔法なんだと思ってたよ」
「万能ではないですよ。魔法……じゃなくてルクサーラ様から賜われる奇跡なんですけどね」
「ああ、そこは大事なところか。それでだ。この惨状をどうするかだけど……」
「……はい」
俺とリィナは、この出来事を起こした張本人であるダンテを倒したにもかかわらず戦いが続いていることに息をのんだ。
誰もが必死に戦っている。
乱戦になっているせいだ。
トップがやられたにもかかわらず皆が皆、自分の中にある正義を突き通すため退けない戦いをしているのだ。
だから……逃げることをしない。
例え命がなくなろうと……そんな誇り高い奴らが揃いも揃って戦い続けているのだ。
「俺が、あの中に突っ込んで終わったことを伝えるとかは?」
「それは……」
「そうだな……今の状態じゃどうなることやら」
正直ふらつきながらじゃ戦いどころじゃない気がする。
なんとか力を振り絞ってやれなくもないかもしれないれど……終わらせられるかどうか。
「一つ……なんとかできそうな奇跡があります」
「そんな奇跡があるのか?」
「はい。ですが今の私では……」
どうやら今のリィナではそれを行使することのできない理由があるようだった。
「ですが……ソラさんのこの魔力があればできるかもしれません」
「俺の……魔力?」
え、俺に魔力がある?
「だけど俺は魔法なんて使えないぞ?」
「そうですね。ですがソラさんには確かに魔力があるんです……それもとても大きな魔力がです」
「大きなって……」
まさか魔法の魔の字も使えない自分に魔力があるだなんて思いもよらなかった。
しかし、魔力があるだなんてどうやってわかったんだ?
そんな疑問を考えてる間もなくリィナ。
「なので私に魔力をくださいませんか?」
「くださいませんか? って言われてもな。俺が俺自身に魔力があるなんて信じがたい所だったのに……使える物ならすぐに使ってくれ」
「ありがとうございます! こちらについてきてください」
そう言うとリィナは屋敷の中へと誘導してくれた。
立派な階段を上る。
こんなに荒れてなければとんでもないお金持ちの住んでいる屋敷なのだとわかるような様式をしている。
それから古めかしい木材でできた扉を開けると周囲を一望できるバルコニーへと出た。
「ソラさん……立てますか?」
「ああ、大丈夫だ」
「私の首に手を当ててください」
「こ、こうか?」
「はい」
どうして俺の魔力を使うのにこんなことをするのかと疑問に思っているとリィナ。
「すみません。魔力の流れを汲み取るには直接肌を介した方が効率がいいんです」
動揺している俺に何かを察したのかリィナはちゃんと解説をしてくれた。
「お、おう」
「では……これから行使する奇跡は上位の奇跡です。普通なら聖母様や神父様、数名の方が必要なほどの奇跡です。聖女や聖人が行使できるようなものではありません……」
「え? ……聖母? 神父? なに?」
俺の無知にどうしようかと戸惑うリィナ。
いやほんとごめん。
そういう知識ないんだ俺。
しかし一刻を争う事態にリィナは俺の疑問を置いといて続ける。
「なので……魔力の消費はとんでもないものになります……覚悟をしてください」
「よくわからないけど……わかった!」
「では始めます!」
そう言った途端に急に体の底から何かを吸い取られるかのような感覚に襲われる。
「な?!」
「命ありし全ての者よ。かの者らは我が宝。子の宝。今こそ我が御心を聖なる光にささげ我らの大切な子らを守り給え。イージス・ウル・ルミニス」
瞬間、とてつもない光が周囲へとこぼれ魔法陣のようなものが形成される。
それが天へと上ると幾多の巨大な光の輪となり温かい光が降り注いだ。
それから光の輪は幾重にも重なり大きく回転する。
次第に光が強くなり戦場となった広場全体に神々しい黄金のカーテンが顕現したのだった。
そこから燦燦と煌めいて天使の羽でも舞い落ちるような丸い光が無数にしんしんと落ちて行く。
するとそれらは全ての兵士達に降り注ぎ傷はみるみると良くなっていくのが見えた。
けれど動かなくなってしまった者はそのままだった。
一方で、それでも戦いを止めようとしない兵士。
背後から切りつけようとするも光のベールに阻まれる。
あるものは魔法を撃つ。
しかし、光がそれを飲み込んでしまう。
戦いの一切を飲み込んでしまうとんでもない光が顕現したのだ。
しばらくして金属音一つすることなく戦場を包んでいた怒号や悲鳴は次第に消えていった。
静まり返った広場に向かいリィナは宣言する。
「みなさん!! 争いの首謀者であるダンテを捕らえました!! 反乱を企てた方。加担した方は速やかに武器を置いて投降してください! もう争いは終わりました!! 無駄な血は流さないでください! 繰り返します────」
兵士達はこちらを見ている。
まるで神の使いでも舞い降りてきたような光景を目にするように。
「ああ!! ルクサーラ神よ!」
「おお、女神よ!!」
「……終わった。終わったんだ」
「ダンテ様が敗けた……」
「聖なる光に祝福を」
「なんだあの神々しい葉っぱは……」
それぞれが武器を置いて祈りを捧げる姿勢をとり始めるのだった。
俺は、その光景を見て安心した途端、急に気が遠くなる。
「これでようやく……おわ────」
世界が暗転する。
どうやらここまでのようだ。
酒に溺れて寝ることはたくさんあった。
けれど、それと違うとても気持ちのいい感覚だった。
体が溶けて落ちて行くような……そんな────
「え?! ソラさん?! ソラさ────」
リィナが俺を呼ぶ声を最後に俺の記憶は途切れてしまった。




