第29話 葉っぱの英雄様
日のよく当たる綺麗な部屋。
精工に作られた車椅子に座るのは長い綺麗な白髪に透き通るような白い肌の華奢な少女がいた。
この世界にも車椅子があるのだと驚く。
けれど、そんなことより華奢な少女には似合わない石のように硬質化した肌がところどころ見えた。
左手は動かせなさそうなほどに固まっている。
右手はまだ生身の部分が多く動かせているのだがこれが石化病というやつなのだろうか。
少女は本を膝に置く。
リィナと同じ青色の綺麗な瞳と目があった。
「こんにちは。リィナお姉様」
「こんにちは。ヒナ」
「あ! そのお方がお父様を助けてくださったという葉っぱの英雄様ですか?!」
葉っぱは余計だ。
それに英雄様と呼ばれるのは恥ずかしい。
「そう! 葉っぱの英雄様ですよ」
「おお! 初めまして葉っぱの英雄様。私はヒナ・ルナレ・アメリアです。我が家を助けていただいてありがとうございます!」
「俺はカタナシ ソラだ。葉っぱの英雄様は……なんだか性に合わないからソラでいいよ」
「わかりましたソラ様!」
「様も……つけなくて大丈夫だよ」
「ヒナ、体の調子はどうですか?」
「ん~……特に変わりはないよ。リィナお姉様は心配しすぎです」
「でも……」
「この進み具合なのでまだまだ生きられます! それより葉っぱの英雄様のお話が聞きたいです!」
「お話か? 話と言っても大したことは言えないぞ?」
「無理を言ってしまっていたらすみません」
「いや、無理って程の事じゃないよ」
「私は、この体ですから……なかなか領外の方のお話を聞ける機会がないんです」
「そうか……」
「だから、ぜひ英雄様のお話が聞いてみたいです! どちらからいらしたのかどういう旅をしていらしたのか興趣が尽きません!」
目を輝かせて言われてしまうと心苦しい。
旅という旅も碌なものをしないでここまで来てしまっているからどうしたものか。
それからヒナについているメイドがお茶を運んできてくれてしばらく談笑した。
とりあえずは俺の故郷の話から始めることにした。
まずニホンがどういうところなのか。
ニホンからの旅の道中やアーグレン国までの道のりなど存在しないのだがだいぶ濁しに濁しまくる。
けれど聞いているリィナやヒナからは、その辺についてあまり言及はされなかった。
いろいろな食べ物があり犯罪が少なかったり国は豊だけど心は荒んでるとか。
一部だけ碌な話をしなかったが概ね良いところを話した。
食文化や日本一高い山と建物。文化や伝統。有名な観光地。語れるほどの知識はない。
けれどヒナは、それらを目を輝かせながら聞いてくれた。
リィナも聞き入っている。
そして一通り話し終えたところでヒナ。
「ニホンとはまるで夢のような国ですね!」
「住んでた身からすると豊過ぎて豊かさがあるのを忘れがちになっちまうけどいい国だよ」
「パフェでしたりシューやエクレア。甘いものがたくさんあるというのも驚きです。何よりチョコレートというお菓子食べてみたいです!」
「材料で似たようなものがあれば再現できなくはないと思うがどうだろうな」
「本当ですか?!」
より目を燦燦に輝かせながらヒナ。
そして料理ができることに驚いたようでリィナ。
「ソラさんってお料理できたのですか?」
「リィナよ……舐めないで貰いたいな」
酒好きは極論そこを無頓着に済ませれば塩で良い。
けれどそんなことをしてしまっては、せっかくのお酒が勿体ないだろう。
「酒屑というのは酒にもこだわりはあるがあてにもこだわる。次第に料理というのは自身の好みの極致に到達するものなのだよ」
「サケクズ?」
ヒナが首を傾げリィナにギロリとにらまれた。
「ああ、いや……うん。お酒が大好きな人って意味だよ」
「まだお酒は飲めませんが……おいしいのですか?」
「そりゃもちろん。この世には奇跡や治療で癒せないものがある。酒はそれを癒す唯一無二の絶対的な存在なのだ!」
「お酒ってすごいんですね! いつか私も飲めますか?」
「いや、む、むりに飲まなくても大丈夫。時が来たら飲めるさ。はははは」
リィナの視線が痛い。
「それはそうと……ソラさんの故郷のニホンとアーグレンでは文明の進展が違いますね」
「そうだね。でもここも高い建物とかはなくても芸術やガラスなんかの技術とかすごいと思う」
「へぇ……それにソラさんが腰にさげてる見たことのない形状の武器は刀と言うのですよね?」
「ああ、刀。日本刀……だと思う」
「思う……ですか?」
「ああ、実際のところよくわからないんだ」
リィナは顎に手を当てながら考えるようにこちらを見る。
「その刀はどちらで手に入れられたのですか? あの大剣を受け止めてたりされてましたのですごい業物のように思えるのですが……」
まずい異世界召喚された時になんかあったなんて言えない。
「まあ、その……あれだ……我が家に代々受け継がれてきたなんとかだ。たぶん」
するとヒナ。
「家宝でしたか。それはとても大切なものですね」
「ま、まあな」
苦しい言い訳が続く。
そんなこんなと話していると午後のひと時はあっという間に過ぎていった。
リィナとヒナ。
姉妹の笑い合う姿はとても仲が良いのが伝わる。
石化していく妹がいるというのは、とても心がつらいと思う。
だがヒナはもっとつらいだろう。
ヒナの反応を見ている限りもっと外の世界を見てみたい。
いろんなところに足を運んでみたい。
そんな願望があるのを目で訴えている。
だが、その足はもう石となり歩くのもままならない。
王都に届いた妹の石化病が悪化した一報はダンテの私兵であるドレッドが送ったとのことだった。
リィナが聖女の修業のため王都にいることを知って呼び戻すため虚の内容の手紙を出したんだと。
リィナとヒナは定期的に手紙を出し合っていていると言っていた。
水面下で動いていた反乱の種もリィナに知れてしまえば王国軍が動くのだとか。
それを防ぐための一手だとしても妹の容態が悪化したというのはあまりに酷なことだろう。
日は沈みかけ夕食時となる。
そのためいったんヒナの部屋から退室することとなった。
ヒナは名残惜しそうに言う。
「ソラさん……たくさんお話ありがとうございます! また聞かせてくださいね」
「碌なことは言えないけど……また話すよ。ちゃんと大人になったら一緒に酒を飲もうぜ!」
ヒナは少し悲しそうな顔をする。
けれど、そんな表情を隠して答えてくれた。
「……はい!」
強い娘だ。
夕日が沈みかけて綺麗な夕焼けが見える。
ゆっくりと廊下を歩いているとリィナ。
「ソラさん……今日は病み上がり早々にありがとうございます」
「いや、体はいたって絶好調だよ。お礼を言われるようなことはしてないさ」
「いえ……ヒナの明るい顔が見れてうれしかったです」
「石化病……残酷だな」
「あの子、本当はもっと外の世界を見たいはずなんです。でも体がああなってしまって……いつか旅に出て世界を回ってみたいって昔……」
貴族の家柄で、そんなことはできるのか疑問だ。
でも好きなことがもう叶わない夢のようなものになってしまっているのは悲しい。
「本当に興味津々だったもんな」
「はい……それでですね。王都での私の修業も一区切りついたんです。近々旅に出ようと思ってます」
「桃源郷の果実を探す旅……か」
「はい……覚えていてくれたのですね。どこにあるのかはわかりませんが私は絶対に桃源郷の果実を見つけます」
リィナの目からはまっすぐに揺れることのない決心と覚悟を感じる。
そして恐る恐るこちらを向き改まるリィナ。
「それで……ソラさん」
「改まってどうした?」
「宛てのない旅になります。徒労に終わってしまうかもしれません。報酬が十分に期
待できるものじゃないかもしれません」
最初に会った時と同じような雰囲気。
「また私の護衛、いや……パーティとして来てくれませんか?」
不安げな表情に差し出される右手。
アーグレン国でも握手をして了解を得たり慣れ合ったりする文化がある。
もともと何のために召喚されて何をして生きるのか。
答えのないまま終わりそうだった異世界生活だ。
異世界の酒を飲みまわるのも悪くない。
でもそれ以上にリィナやヒナの笑顔を見て思った。
この笑顔を守るのがきっと勇者の努めなんじゃないだろうかって。
「合縁奇縁ってやつだな。俺は元々宛てのない旅をしてたし……それに徒労で終わるなんてことはないだろ」
「……それでは?!」
「桃源郷の果実を探しに行こう。絶対見つけようぜ」
「ありがとうございます! あなたに出会えて……良かったです」
「泣いてるのか?」
「泣いてません! ちょっと目にゴミが入ってしまっただけです」
葉っぱ一枚と刀一本で始まったどうしよもない異世界召喚生活。
召喚された時に6番目の勇者と謎の機械音声に告げられたのを思い出す。
その時は「私の世界をどうか」とか言っていた。
それが何を意味するのかはどうしてほしいのかわからない。
このことはリィナには伝えた方がいいだろう。
勇者と呼ばれる存在が少なくともこの世界に6人いる。
協力しあえるのか。
はたまた殺し合うことになるのか。
その答えは桃源郷の果実を見つけに行く旅路で見つかるだろうか。
────第二章 ナヴァルタスの亡霊編 完。




