第113話 友の幸せを願う
生誕祭前日。
準備が大詰めな時にもかかわらず私は以前にソラさんと来たお店にルチアと二人でいた。
店内の話し声が響く中。
呆れたように眉をひそめるルチアが話を始めてくれる。
「それでさ。またどうしたの? 『教会じゃちょっと……』なんて言うからここに来たけどさ」
「ごめん……」
「いやいやごめん。じゃなくてさ……はぁ」
ルチアのため息の後にお店の人がお茶を運んできてくれた。
私はそっとそれを手に取って一口飲んで落ち着いて続ける。
「ソラさんが……」
「また。ソラさんね?」
「うん」
「ソラさんがね」
「うん。ソラさんがどうしたの?」
「キャロルの事を……」
「……キャロルの事を?」
「好き……かもしれない」
ゆらゆらとお茶から立ち上る湯気をただただ私とルチアは見ていた。
私が修行をしたり生誕祭の準備をしたりしている間に……ソラさんの心はどこかへと行ってしまっていたのだった。
するとルチアは「は?」と答えた。
驚くルチアに私は事の経緯を話した。
4日前、教会の正門でソラさんがどこかへと行こうとしている時に声をかけた所から始まる。
「この時間にどこかへお出かけしている見たいですけどどちらに?」
「ああ、きし……いやちょっとそこまで散歩だよ」
「散歩……ですか?」
「ああ、散歩」
「私も一緒に行っても?」
「えっとそんな大した所をまわるわけじゃないしリィナも生誕祭のお手伝いと修行で疲れてるから悪いよ」
「え、そんなことはないですけど……」
でも正直に言うとなかなか体はつらかった。
レイーネ様が午前中に直々に修行をつけてくださっているのだけれど新しい奇跡の扱い方や伸びた魔力と力の扱い方について教えてくれていた。
毎回魔力が底を尽きるまでずっと修行を付けくださっているため午前中は気を失ってばかりだったし……
「リィナがずっと頑張ってるのは知ってるよ」
「え?」
「朝、レイーネさんからみっちり修行を付けられてるんでしょ?」
「知ってたのですか?」
「ルチアさんから教えてもらったからね」
「そう……ですか」
「ま、俺もそれと似たような……散歩って感じだよ」
「似たような散歩って……わかりました。私はゆっくりと休むことにします」
「ああ、ゆっくり休んでね。それじゃ行ってくる」
「はい。行ってらっしゃい」と、この日はそのままソラさんを見送った。
出会った頃のことを思い出す。
曖昧な感じで答える時やはぐらかすような仕草をしているのは何か隠している。
ソラさんは結構、嘘が下手だ。
そして私は次の日もまた同じ時間にどこかへと行こうとしているソラさんを見かける。
けれど聞いてもやっぱり散歩としか教えてくれなかった。
そして……ルチアとこうして話している日の前日に私は決定的な瞬間を見てしまった。
それは生誕祭の日にいろんな人達に配るお菓子の材料を買いに出ていた時だった。
その買い出しをしている最中に装飾品の露店が立ち並ぶ通りでソラさんを見かけた。
私は声をかけに行こうとした。
けれど私は声をかけるのをためらうことになる。
なぜなら、その隣にはキャロルがいたからだ。
そのことをルチアに伝えるとルチアは信じられないとでも言わんばかりの表情で答える。
「え、あのキャロルが?!」
「うん……キャロルが」
「いや、たまたま一緒にいたってだけじゃないの? ほらキャロルって騎士の仕事で巡回してるし……」
「そうなんだけど……それがね」
「それが……どうしたの?」
「装飾品の露店の前で何かを二人で楽し気に選んでいたの」
「な?! それは……ちょっと擁護できない……かも」
「でしょ? もう私どうしたらいいのかわからなくて……」
「ちょ! ちょっと待って? いや待って! 泣こうとしないでリィナ」
「え?」
気が付くと涙が溢れそうになっていた。
「それで……ソラさんにはそのことを言ったの?」
「……言ってない」
「あぁ……それしっかり言った方がいいよ? 『何してたの?』って」
「でも……もし、キャロルとデートしてたらって思うと……」
「んんん……まあでも二人で楽し気に選んでたってだけだとね。まだちゃんとそう言うことだって決まったわけじゃなくない?」
「でも髪飾りをキャロルに付けたりなんかしたりして……なんだか楽し気だったし……」
「んな?! まあ夕方どこへ行くかも言わず、ただ散歩ってだけリィナに伝えてどこかへ行くって言うのもねぇ……それにリィナが一緒に行こうか? って聞いて断るっていうのも。まあ……なんというか……黒よね?」
「そう思う……よね?」
「はぁ……英雄は色を好むって聞くけどリィナにこんな顔させて……しかもキャロルまで……よし! 私が一言、言ってやる」
ルチアは立ち上がる。
そしてどこかへと行こうとする手を私はつかんだ。
「待って!!」
するとルチアは私の手を振りほどいて振り返る。
「ちょっと!! リィナは悔しくないの?!」
「悔しい……?」
「そうだよ! 思わせぶりな感じでいたソラにも腹が立つし、それ以上に友達だと思っていたキャロルがリィナの気持ちを知っていながら横取りをしていただなんて!!」
「でもね……貴族の立場ならしょうがないと思うの。キャロルだってソラさんはとても魅力的だと思う」
「だからって友達の気持ちを踏みにじるのは違うと思う。リィナのそのやさしさで許そうが私は許さないわ!」
「でも私、あの晩餐会で思い知ったの……」
「……何を?」
「一領主の娘が……本来勇者様という絶対に手の届かないような人と一緒にいる時点で……不釣り合いだったんじゃないかって」
「は?! そんなわけないでしょ?! 思い返してみなさいよ。リィナがソラと一緒にやってきたことを! その絆を……それで騎士として、聖女として!! 臨天の指輪を交わし合ったんでしょ?!」
「……うん」
「なら!! んんんん!! もう……はぁ。それでリィナはどうしたいの?」
「どう……したい?」
「そうよ」
キャロルは良き友人だ。
私が聖女を目指していた修行時代にキャロルは騎士として、私は聖女として……互いに進む道は違うけれど一緒に切磋琢磨した仲だ。
そのキャロルが……今幸せを手にしようとしているのなら。
私はそっと身を引くべきなんじゃないかと思う。
こんな気持ちを……
それもソラさんにぶつけたとしよう。
そんなことをしても別に向いてしまったソラさんに振り向いてもらえるはずがない。
むしろ心を引くどころか……その反対の結果になってしまうと思う。
形はどうであれ友人の幸運を喜べないような人に私は……なりたくない。
「私は……身を引くべきかなって……」
するとルチアは本当に怒っているように続けた。
「はぁあ?! リィナ……あなたねえ!! 頭の中まで聖女になっちゃったんじゃないでしょうね?!」
私は何も言えなかった。
沈黙が続く。
そしてルチアは立ち上がった。
「いいわ。もうお店をでましょ」
「あ……うん」
「生誕祭終わったら……また付き合うわよ」
「ルチア。ありがとう……」
私は本当に良い友達を持ったと思う。
それから冬の訪れも近い曇り空の下。
寒い心に重い足どりのまま教会へと辿りつく。
そして後ろから「リィナ」と聞きなれた声。
振り向くとそこにはソラさんがいた。
私はソラさんを直視できず目を背けてしまった。
「ん?……どうしたんだ?」
なんともないように何気なくソラさんは私に語りかける。
私は首を振って答える。
「なんでも……ないです」
するとルチア。
「ちゃんと話しなさいよ?」
私は静かにうなずいた。
そのままルチアは教会の奥へと歩いて行く。
「あれ、ルチアさん行っちゃったけどいいのか?」
「……はい」
「しかし、生誕祭ってめでたい日なのに物騒な奴らっているもんなんだな?」
「たくさんの信徒が教会の外にでますからね……」
「まさか護衛をレイーネ聖母様から頼まれるとは思わなかったよ」
ルクサーラ教の反対勢力なのかメールヴァレイの工作員がいるのかはわからないけれど信徒が生誕祭の日に狙われた事件があった。
それ以来生誕祭は国を挙げて騎士から兵士の一人一人が護衛についてくれることとなっている。
確かに信徒は国の防衛の要になるのだから狙われるのも当然の事なのだろう。
まさかソラさん達にそんなお願いをレイーネ様がしていらしたとは思わなかった。
「すみません……」
自然と私は謝ってしまった。
するとソラさんは首を傾げながら答える。
「いや、どうってことはないよ。しっかりと役目を果たすさ。俺はリィナの騎士だからね。それじゃ!」
そう言ってソラさんはまた出かけに行ってしまった。
結局、私は呼び止めることもせず、何も言い出せずに彼を見送ってしまった。
「ソラさんは……何を考えているの?」
気が付くとそうつぶやいていた。
『俺はリィナの騎士だからね』と言ったその言葉が本当の事なのか私は半信半疑になってしまっていた。
そして生誕祭当日の朝。
朝早くに起きて夜に寝かせておいた焼き菓子のカルタルムを次々と教会の調理場に備え付けられた窯で順次焼いていく。
とても甘そうないい匂いがする。
昔からこの匂いはとても大好きだ。
この焼き菓子は子供たちにも大人気のお菓子で家庭料理のおやつとしても出される一般的なもの。
前日に生地をこねてから寝かせて朝に焼く。
そして今日、配り歩きながら各家に光を灯すのが生誕祭での私達がやることだ。
するとトボトボと歩いてくる小さな影。
「いい匂いだにゃ」
「ニャーさんおはようございます」
「おはようだにゃ。これがみんなで頑張って作ってるって言うお菓子かにゃ?」
「はい」
「手伝わなくて大丈夫かにゃ?」
「大丈夫ですよ。これは私達が祈りを込めることが大事なのでニャーさんはゆっくりしててくださいね」
「そうかにゃ」
そこへとソラさんが姿を見せる。
「リィナおはよう」
「お、おはようございます……」
「ん? リィナ元気ない?」
「あはは……疲れてるのかもしれないですね」
「そうか。大丈夫?」
誰のせいで元気がないと思っているのやら……。
こんな事を思っていても言わなきゃ何も伝わらないのだけれど……言う勇気がやっぱり私にはない。
「はい……大丈夫です。今日はよろしくおねがいしますね」
「ああ、無理はしないようにね?」
「……ありがとうございます」
それからお菓子も無事焼がり朝の鐘の音が鳴り響く。
そして私達はカルタルムをカゴにたくさん入れてから一斉に街中を歩き回るのだった。




