第112話 忙しさに紛らわせて
臨天の指輪は想い合う二人の絆にルクサーラ神様から愛ある恩恵を賜わることのできる神器。
その温かい光を賜わることのできた信徒は真の護りの加護を宿すとされている。
私達にとって憧れのものだ。
いつか私もこれを指にはめる時が来るのかな? とか聖女となって私は誰かと一緒に同じ道を歩むことができるのかな? なんて小さいころに考えたっけな。
形だけでは成り立たず、見せかけだけでは答えてくれない。
そして今……その指輪が付きつけた現実は、あまりにも残酷だった。
ルクサーラ神様の温かい光がない。
つまり、それが何を意味するのか……ソラさんは────
「リィナ。そこにある物も裏に運んで……って何ボケっとしているの?」
「え? あ、ごめん」
作業の途中でルチアから注意されてぼーっとしていたことに気がついた。
私は考えていることを忘れるように重い装飾品の数々をすぐに裏へと運んだ。
ソラさんは、どういうわけなのかはわからないけれど魔法が使えない。
噂に聞く修羅人……ザンカさんはどちらの人種なんだろ。
でもソラさんは修羅人ではないみたい。
魔法が使えないのだから臨天の指輪が絆を示さないって理由もわかる。
わかっている。
でも……
私たちの憧れの指輪が付きつけた現実の重みは容赦なく私の心を押しつぶした。
そういえば指輪のお伽の話に貴族の戦士が町娘の聖女に想いを寄せるというお話があったっけ。
紆余曲折あって二人を阻む身分差や法の障害を乗り越えて結ばれた二人が指輪を通して気持ちを確かめ合った。
なんてお話を小さい頃に『ロマンチックで良いお話だなぁ』なんて思ってたな。
でも今は違う。
絆なんて目に見えないくらいがちょうどいいんだって思い知った。
指輪をはめたせいでソラさんが私の事なんてなんとも思っていなかったんだって感じてしまった。
そんなはずないのにね。
だって絆や愛の形って恋慕だけじゃないんだもの。
この臨天の指輪は男同士でも女同士でも誰でも等しく恩恵を与えてくれるのだから。
歳をってもとらなくっても、ちゃんと結ばれている二人に光を届けてくれる。
そんな優しい指輪だ。
ソラさんの目を見ればかわるのに……そんなはずないって。
でも私は……そんなソラさんを前になんて言って良いかわからなかった。
今もこうしてソラさんとの関係を有耶無耶にして教会の手伝いをしてしまっている。
聞くのが怖い。
『私の事をどう思っているの?』って……
生誕祭も近い。
ソラさんに贈り物も渡したい。
これが初めての……大切な人へと贈る物だから。
今まで家族や友達にしか渡してこなかったもの……ソラさんはどんなものなら喜ぶのかな。
するといつのまにか横に来ていたルチア。
「リィナ……大丈夫?」
「え? 大丈夫……だよ?」
するとルチアは眉をひそめながらすぐに「だめじゃん」と答えた。
ああ、ルチアにはばれちゃってる。
「……ごめんね」と答えたものの、こんなやり取りなんてルチアとしたことはないのに私の事を見る目はいつもより真剣だった。
「もう! そうじゃないでしょう? まったく……ソラさん達といるリィナはさ?! なんかこう!……んん。張り合いがなくなったよね?」
「……そうかな?」
「そうだよ……なんかさ。一人で大人になっていっちゃったなぁって……そんな気分」
「……ごめん」
「別に謝る事じゃないわよ。私がまだお子様なだけ。っでソラさんとなんかあったんでしょ?」
「……うん」
「やっぱり……儀式をした後からおかしいもん。あんまりよくなかったの?」
「良くなかったって言うより……何も感じなかった」
「は?! 何も感じないってあなた……あの人詐欺師か何か?!」
私は首を横に振った。
「元々魔法が使えないからもしかしたらそのせいかもしれないって、ソラさんの指輪は反応しているみたいだから何かがあるのかもって……」
「ふーん。なんだか複雑ね。あの勇者様魔法がつかえなかったんだ」
「……うん」
「期待外れとかじゃないよ? 正直あの現場をなんとかしちゃったんだから魔法が使えなくてもとんでもない人だって言うのはわかるよ」
「隠してて……ごめんね」
「別にいいわよ。まあ……それよりも臨天の指輪ってさ。みんなの憧れだもんね。互いに認め合う人と一緒に同じ道を歩み護りあうだなんてさ。私は正直リィナの事ずるいなぁって思ったけどさすがは勇者様だわ。一筋縄じゃいかないね?」
「ずるいって思ってたんだ」
「そりゃそうよ? 私より先に聖女になってさ。勇者様と想い合っちゃったりしちゃってさ。とんでもない奴よあんた」
「想い合うって、まだそんな……ごめん」
「はぁ? まあいいわ……ちょっと休んで来なさい」
「でも……」
「大丈夫よ。そもそもうちらいなくてもちゃんと皆やってくれていたんだから」
「うん……じゃあ、ありがと」
ルチアに話してなんだか落ち着いてきたような気がした。
ちゃんと見てくれている友達がいるっていうのは本当にありがたい。
それにあの時、ソラさんは動じているようには見えなかったな。
指輪をはめた後でもいつもどおり平静を装っているような感じだった。
葉っぱ一枚でいられるような図太い神経を持っているからなのか私には今のソラさんが一体何を考えているのかわからない。
あの時……ちゃんと私の騎士として誓った気持ちに嘘はないって言ってくれた。
でも……やっぱり不安になっちゃうな。
これは私がまだまだ未熟だからなのかな。
それともソラさんを信頼しきっていないからなのかな。
こんな時……お母様やおばあ様ならなんて言うのかな。
教会の中庭を眺めながらぼーっと歩いているとニャーさんが馬車の手入れをしていた。
「ニャーさん。おつかれさま」
「ニャー、リィニャもおつかれさまにゃ……ニャ? リィニャなんだか元気ないにゃ?」
ニャーさんにも言われている。
本当に私はダメだな……ちゃんとしないと。
「ちょっといろいろありまして……ソラさんは?」
「ソラにゃらどこかへ出かけたにゃ」
「お出かけですか。どちらへ行ったのでしょうか?」
「さあにゃ。いろいろ思い詰めていたからにゃぁ」
「そうなのですか?!」
ニャーさんはうなずいてからそのまま続けた。
「いきなりニャーの剣を教えてほしいって言ってきてにゃ? それで教えてみたはいいものの……」
「いいものの?」
「ソラは呑み込みがわるいのにゃ」
「あはは。そうでしたか」
「そうにゃ。腰つきがおかしいのにゃ。あれじゃうまく騎士の剣は振るえないのにゃ」
「うーん。でもソラさんの剣って騎士の剣じゃないですよね?」
「リィニャの言うとおりにゃ。でも何を思ったのかニャーの剣を教えてほしいって言ったにゃ。どうしたんだろうにゃぁ」
「きっとタマさんの事と何か関係があるのでしょうね」
「魔力を使えるようにするっていうやつにゃ?」
「はい」
「どういうことだろうにゃぁ」
「どういうことなんでしょうね……」
ほんとどういうことなんだろう。
こんな感じにソラさんの事はよくわからないことが多い。
なのに私は想っていないだなんて決めつけているのだから私は私自身がどうしよもないって思う。
本当に最低だ。
きっとソラさんもわからないから手探りでいろいろやっているんだと思う。
それなのに私は……
生誕祭は、気持ちを込めてソラさんに贈り物を渡そう。
今の私にできることってソラさんを信じることだと思う。
でも、ソラさんって何を貰ったら嬉しいんだろう。
思えばソラさんとそういうお話をしてこなかったような気がする。
どういうことをしたら喜んでくれたりとか嬉しい気持ちになったりとか楽しい気持ちになったりとか……
指輪の事を気にしている場合じゃなかった。
何もない以上に私は……ソラさんの事を知らなかった。
「ソラさんの好きな物ってなんでしょうね?」
私は自然とニャーさんに聞いてしまっていた。
しまったと私は口を抑えるもニャーさんは呆れながら答えてくれる。
「リィニャはソラと会ってどのくらいだにゃ?」
「え? えっと……2カ月程でしょうか」
そうだ。
そっか……まだ2カ月の付き合いなんだ。
「その長さならソラの好きな物くらいわかるにゃ? ニャーだってわかるにゃ?」
「え?……それは?」
「酒だにゃ」
「あぁ……」
お酒だ。
いや、知らないなんてそんな……そういうことじゃないんだけど。
うん。
彼は間違いなくお酒が好きだ。
呆れるほどに。
といっても生誕祭に……お酒をプレゼントする……かぁ。
うーん。
そういえば生誕祭で贈り物をするなんてこと……ソラさんはきっと知らないはず。
かといって私から何か欲しいなぁなんて言えないし。
うぅ……どうしよう。
でも、彼からなにかほしいって……それも気持ちの形の一つとしてほしいだけだ。
ソラさんはこのことを知らない。
今こうしてソラさんが魔力の事をなんとかしようと頑張っているのに私が水を差すようなことはしたくない。
もらえなくても……ちゃんと気持ちがそこにあるなら私はそれでいい。
指輪のことも……
うん。
そうだ。
頑張っているソラさんが喜んでもらえる物を選ぼう!
「ニャーさん。ありがとうございますね」
「にゃ? ニャーはなにもしてないにゃ?」
「いえ、なんだか私いろいろ考えていましたけど……すっきりしました!」
「変なリィニャだにゃぁ」
「お手伝いがんばってきますね!」
「いってらっしゃいにゃ」
こうして私はルチアのところへと戻った。
そんな気持ちの落ち着きを取り戻した日の翌々日の事だった。
ソラさんは決まって夕方にどこかへと出かけるようになっていた。




