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第104話 絆の形

 その声の主は以前にルクサリア教会の前でリィナを賭けて決闘をしようともめた……確か名前はデニス・シルベスだったか。


 そういえばこの人も王都貴族か。


 しかしキャロルといいシルベスといい貴族という偉い家の出なのになんで町で働いているのだろうか。


 とりあえずその疑問は置いておくとして波風立てないように挨拶を返そう。


「いえ、皆さまの支えがあっての事です。シルベス様も騎士として────」


 そう言いかけたところでシルベスは俺の言葉を遮る。


「勇者ソラ! ……殿 失礼は重々承知している。しかし……しかしだ。私は、あなたが何者であれアメリア嬢をあきらめる気は毛頭ない」


 急に何を言いだすかと思いきや……まさかこのような場で言うとは。


 周囲の目線が刺さる。


 けれどそんな周囲の反応をさしおいて俺はシルベスのにらみつけるような視線を受け止めた。


 険悪なムードが漂い周囲にいたお嬢様方はここを離れていく。


 するとこの空気をなんとかするために俺とシルベスの間にキャロルが入った。


「あはは、申し訳ございませんソラ殿、非礼をお許しください」


「あぁ、問題ないですよ」


「な、何をするジュベール」


「いいから来い」


 キャロルはシルベスを連れて少し離れた所へと行ってしまった。


 キャロルの行動は正解だろう。


 結構近いところで女王陛下もこの騒動を聞いているのだから……


 だが連れて行ったはいいものの。


「このような席でもお前は、そのように突っかかる事しかできないのか?」


「だ、だが!」


「だがじゃない!」


「し、しかしだな!」


「しかしでもない!!」


「すまない。わかってはいるんだ。だが……相手が勇者様だからとてあきらめることなどできるわけがない。私は……私はアメリアを」


「お前のその気持ちはわかっている。けどそういうことではない。場をわきまえろと言っているのだ」


「そうわきまえ社交の場だからと偽りの言葉を交わす程私は!」


「だから……ああ、もういい。シルベス……もうすぐ舞踊が始まる」


「あ、ああ。それがどうした?」


「……きっと見たらお前も少しはわかるだろう」


 全て筒抜けだが大丈夫なのだろうか。


 どうやら話を終えたようでキャロルとシルベスは戻ってきた。


「申し訳ないソラ殿。デニスの奴は熱くなると周りが見えなくなるのだ」


「俺は大丈夫です」


「それで唐突に申し訳ないのですがソラ殿は舞踊の心得はございますか?」


「ああ。少しだけリィナに教わった」


 俺はふとリィナの方へと視線を向けるとリィナもなにやら不安げな様子でこちらをみていた。


 加えてなぜかリィナは少しだけ悲しそうな顔をしていた。


 さっきまであんな感じだったのにどうしたんだろ。


「それはよかった。このあと演奏が始まります。指揮する者が順繰りに舞踊をする者を入れていきますので途中でも構いませんのでリィナと踊ってはくれないでしょうか?」


「踊る?」


「はい……よろしいでしょうか?」


 俺は少し考えてリィナにどうするか視線を送る。


 するとリィナはうなずいてくれた。


「わかった」


 なんで踊らなくちゃいけないんだ?


 キャロルは、なにやら考えがあるような素振りだけれども……聞くべきか。


 いや、いい機会か。


 せっかくリィナが頑張って教えてくれて練習まで付き合ってくれたんだし。


 それになにより……リィナと踊ってみたい。


 しかしだ。


 踊るったって……どうするんだ?


 何か特別な挨拶とかいるのだろうか。


 結局リィナからは踊り方は教わっても踊りをするためのマナーまでは教わっていなかった。


 こういうのって実際目の当たりにしないと知らなくちゃいけないこともわからないものだな。


 どうこう言ったところで始まらない。


 周りの目もあるしこういう社交の場って誘うにもそれ相応の形が大事だよな。


 それならば……


 俺はリィナのところへと歩く。


 それから俺はあの日、騎士の誓をたてた時と同じようにリィナの前ににひざまずいた。


「俺と踊って頂けませんか?」


 一瞬戸惑った様子をみせたリィナはすぐに笑顔で答えてくれた。


「はい。よろこんで」


 リィナの手を取り立ち上がる。


 そして俺は周囲の反応を目にしてたじろいだ。


 皆、俺達のやり取りに釘付けだったのだ。


 俺は小声でリィナに言う。


「めっちゃ注目されてる」


「ふふ、まだ曲も始まっていないのにそんなことするからですよ?」


「いやだって、そうするしかないようなタイミングだったからつい……」


「もう……ソラさんらしいですね? さっきはすみません」


「え?」


「いえ、なんでもありません」


 ぷいっとそっぽを向くリィナ。


 しかし、なぜかさっき見た時より重い雰囲気はなくどこか晴れやかな感じだった。


 そんな時だった。


 楽団の演奏が止まり会場は静かになる。


 そして一人の男が中央へと出た。。


「これより、恒例の光天舞踊こうてんのぶようを演奏いたします。今宵指揮を勤めますは私メルエッサ。皆々様の想い思いのままに楽しい時間となることを心よりお祈り申し上げます」


 するとメルエッサは何故か俺たちのところへとやって来たのだった。


「お初にお目にかかります。勇者様、そしてお久しぶりでございますね。アメリア様」


「え?」


「メルエッサさんもお元気で何よりです」


 戸惑う俺に対して笑顔で平然と返すリィナ。


「勇者様のアメリア様への熱きお誘い……とくと拝聴いたしました。どのように踊られるか私は興味が尽きません」


 これは誰かが躍っているのを見届けてから俺達も入る流れじゃだめなのか?


 なんでこんなに期待されているんだ?


 そんな前振りを貰ってもリィナはともかく、この踊りについて俺は初心者だぞ。


 一昨日もそうだったが昨日だってリィナを押し倒している。


 いや、この言い方はだめだな。


 そんなことを考えていたら、あれよあれよと俺とリィナは大ホールのど真ん中に二人だけで誘導されてしまった。


 周囲の視線が突き刺さる。


 するとリィナが小声で話しかけてきた。


「ソラさん、緊張してますね?」


「リィナは緊張しないの?」


「いえ、ドキドキです」


「だよなぁ……」


「もちろんですよ。ソラさん」


「どうした?」


「私が前に言ったことを覚えていますか?」


「言ったこと?」


「はい。この舞踊は絆を表現したものだって」


「ああ、とても変わってるけどとてもいい文化だなって思ったよ」


「ありがとうございます。なので上手い下手以前に私達の心が形になるのです」


「でもそれは────」


 この瞬間、それぞれの楽器の音が心臓を揺らすように一斉に響いた。 


 とても静かだ。


「だから想いのままに踊っていいんです。手を」


 ああ、もうどうにでもなるしかない。


 腹をくくろう。


「わかった」


 相も変わらず本当に綺麗な青い瞳だ。


 静かに触れ合う指先。


 そして、まるで二人だけしかいないような世界に綺麗な音色達がそっと添えられた。


 互いが曲に合わせてステップを踏んでいく。


 息が重なり合う。


 触れ合った指先はそのままに……前に、後ろに、右に、左にと曲に合わせて揺れていく。


 不思議な感覚だ。


 俺が前に、リィナが後ろに。


 リィナが前に、俺が後ろに。


 次の事を思浮かべた時にはもう体は答えていた。


 曲のリズムが変わる。


 ここで一回転。


 その瞬間にふわっと光の玉が周囲に飛び出す。


 驚いてしまったがなんとか踊りは継続できている。


 そんな状況でもリィナは動じていない。


 互いの指先は触れ合ったまま二人だけの時間が続く。


 ゆったりと綺麗な音色が教えてくれたリィナの鼻歌と重なる。


 とても心地が良い。


 そんなリィナとの踊りの中で俺は自然とリィナとのこれまでの事を思い出していた。


 突然、異世界に召喚されて訳も分からず勇者だなんてよくわからない存在や召喚しただろう人達に言われて酷い目に合った後にリィナと出会った。


 最初こそ、この出会いを煩わしく思った。


 何故、素性もよくわからない俺にあんな面倒ごとを頼むのかと正直リィナの神経を疑った。


 けどその出会いが自分自身でいっぱいだった世界にたくさんの色を吹き込んでくれた。


 自分だけじゃない他者の痛みを気づくきっかけをくれた。


 そんな日本ではきっとできなかっただろう発見や成長がたくさんあった。


 そしてリィナと過ごしたたくさんの時間、大変だった時間、他愛もない時間、力を合わせた時間、楽しかった時間は、これからの旅でも刻んでいくだろう。


 この舞踊ぶようが互いの絆を表現したものだとするのなら、これはどう皆の目に映っているのだろうか。 


 けれどそんな事よりも俺は、この胸の熱い想いがそのままでいてくれることを願わずにはいられなかった。


 心は変わる。


 愛し合っていた恋人同士が険悪になり果ては憎しみ合うなんてこともある。


 無関心になり互いを想うことを忘れることもある。


 それなのに、この想いというのはとても……とても罪深い心地良さを与えてくれる。


 本当に変わらない絆を作れるのならそれ以上に嬉しいことはないだろうな。


 気が付くと曲は終わり俺とリィナの指先は離れ互いにお辞儀をした。


 あふれる拍手が会場を包み込む。


 そして俺とリィナは周囲にもお辞儀をした。


 それから無事、晩餐会を終えて俺とリィナは一旦夜風にあたるべく大会場の二階にあるテラスで外を眺めていた。


「はぁ……とても緊張しましたね?」


「ああ、まさかあんなことになるとは思わなかったよ」


「本来ならあの場で私達以外の方も次々と入って踊るのにずっと見ていらっしゃいましたからね」


「あの指揮者も人が悪い」


「ふふ。でもソラさんの上達っぷりはすごいですね?」


「そうかな……俺ちゃんとできてたかな?」


「とてもよかったので胸を張ってください」


「う~ん……確かにみんな『素晴らしい踊りでしたね』って言ってくれていたけどさ」


 俺は手すりによりかかり夜空を見た。


 するとリィナも同じように手すりに寄りかかって空を見ていた。


 これからの旅……か。


「そういえばさ。いつ頃ここをたつ?」


「そうですね……生誕祭まではここにいたいと思うのであと10日くらいでしょうか」


「そうか」


 ルクサーラ神を信仰するリィナにとっては大切な行事なのだろう。


「お城での用も済みましたし明日はルクサリア教会に戻りましょう。みんなの事も心配ですし生誕祭に向けていろいろ準備もしなくちゃいけませんからね」


「復興にお祭りの準備と……やることがいっぱいだな。手伝うことがあったら遠慮なく言ってね?」


「わかりました。その時は遠慮なく頼らせてもらいますね!」


「おう」


 それからしばらく星を眺めた。


 あんな踊りをした仲でもリィナとのこの距離は変わらない。


 この国ではどのように距離を縮めるのだろうか。


 いっそのこと……


「リィナ……」


「どうしましたか?」


 ここで言ってもいいものなのか。


 気持ちを伝える。


 ただそれだけなのにこれ以上感じたことの無い重さ


 ふと思う。


 これからの先の旅でそれを口にせず終わってしまうかもしれないなんて。


 未来の事をうだうだと考えてもしょうがないのはわかってる。


 だからこそこの一瞬が全てで大切なんだって実感させられる。


 だからまずは……


「もしよかったらなんだけどさ……」


「はい」


「ソラ様! ここにいらしたのですね!」


 さて、こんな大事な場面で声をかけられてしまうというのはお約束というやつなのだろうか。


 そんな俺の決心をぶち壊し後ろから声をかけてきたのは禁門の書庫の管理者メーゲンだった。

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