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第1話 あなたの運命に祝福があらんことを

 気が付くとひんやりとした硬い床の上で俺は横になっていた。


「冷た」


 どのくらいこうしていたのかわからない。


 しかし、その異様なまでの冷たさの理由を知る前に目の前の光景に俺は驚いた。


 なぜなら修道服のような見慣れない恰好をしている人達に囲まれていたのだった。


 そんな異常な状況を前に俺はとんでもない違和感があることを意識することができずにいた。


 そしてその違和感は次第に大きくなっていく。


 迫る地響き。


 焦げ臭い匂い。


 空気を介して伝わる異常な熱感。


 鉄が溶けだしてしまっているかのような不気味な匂い。 


 けれど目の前の人たちはそんな混乱している俺をおいていくかのように口々に言うのだった。


「や、やった……」

「勇者様だ!!」

「勇者様の召喚に成功したぞ!!」

「あぁ! これで、この国はたすかる!!」

「まて葉っぱ一枚しかみにつけておられないぞ?」

「あの召喚の光りは、まごうことなき勇者様であるぞ?!」


 それを聞いて俺は理解した。


 床が異様に冷たく感じたのは股間にへばりついている葉っぱ一枚しか身に着けていなかったからだ。


 俺の横には奇妙な刀もある。


 これではまるで……。


 そして、この状況を整理する時間もなく迫っていた地響きの主が大きな扉の前へ立ったのだろう。


 地響きが止んで風を切る音がした瞬間。


 広間の奥手にあった頑丈そうな大きな扉を一瞬にしてボロボロに吹っ飛ばしてしまうのだった。


「は?!」


 どうしてこんなことになってしまっているのか。


 

────今日も仕事を平坦にこなして帰路につく。


 自分の家へとついてちょっと古いアパートの重たい扉を開ける。


 誰もいない部屋に『ただいま』と言う毎日。


 生きていけるだけの給料をもらってそれで手にした酒が唯一の楽しみな俺は、いつもどおりにパソコンの電源をいれる。


 食事は一旦置いておく。


 疲れて胃が食事を受けつけてくれない。


 パソコンの起動時間の間に着替えを済ませて丁寧に洗ったグラスに氷を入れ酒を注いで準備万端。


 それからパソコンの前についてデスクトップにあるちょっと見慣れたアイコンをクリックすると不気味なオープニングが流れるのだった。


 これから始めるのはダンジョンアクションロールプレイングゲーム。


 このゲームはとても長くやり込んでいて俺のアイデンティティだと言ってもいいほどに楽しく遊ばせてもらっている。


 常にやるかやられるかの切迫した鬼気迫るアクションが主体となっているところに魅力があった。


 操作は易しくなくちょっと敵との攻撃を受けてしまえば死んでしまうようなそんな主人公を操作する。


 しかし戦闘においてはかなりリアルだ。


 ぶつかりあう剣と剣はとても美しい。


 どう攻略するかどういう戦略をとるのかは自分次第で自由度も高い。


 少しでも油断をすればあっという間に地面とオトモダチ。


 それに魅せられた。


 苦労して練習を重ねてから何度も何度も敵を倒した先に到達する喜びは何度味わっても味わいつくせない。


 故に何度死んだかもわからない。


 最初はどうしてこんな苦行をしているのかもわからなくなるほどに死んでいた。


 けれどやればやるほど異次元にでも迷い込むような戦闘は、とてつもない没入感を演出し無限の喜びと成長感を与えてくれる。


 そんな俺は敵とのやり取りの1コマ1コマに喜びが生じるようになり、いつしかそれらを快感と感じるようになってしまっていた。


 そんな中毒プレイヤーの逝き着く先はエンドコンテンツ。 


 けれどエンドコンテンツもクリアしてしまう。


 もうその感動をまた味わうことなど叶わないだろう。


 そんな俺は、より苦行を科せばより大きな達成感を得られるのではないかと考え今に至るのだった。


 装備品は葉っぱ一枚で武器は扱いの難しい刀一本と脇差。


 葉っぱ一枚と刀を持った情けないキャラクターが出来上がる。


 どこからかヤッターなんて聞こえてきそうだ。


 こうして俺は難しい侍職の初期武器と無装備の状態でこのゲームをクリアすることに挑戦するのだった。


 しかし、残念なことに挑戦は順調に進んでしまう。


 現在の進行度としては後半のあたりでこのゲームの最高峰たるアルデン山脈と呼ばれる廃城塞を守護する巨兵を倒すといったクエストをやっているのだ。


 体力ゲージも二分の一を削った。


 巨兵が振りかぶる大斧。


 一撃、二撃、参撃と連撃を繰り返す。


 地面を掃除するかのように右に左にと流れる大斧。


 このアクションの後に流れるようにつながった振りかぶられる大斧。


 それが地面に勢いよくぶつかる。


 刹那、一呼吸だけの隙がうまれる。


 しかし刀を振ろうとしたところで不愉快なノイズ音と共に「新たなクエストが発生しました」という文言が響くのだった。


「は?」


 その言葉を発して間もなく巨兵の大斧が直撃してしまう。


 無残にも葉っぱは真っ二つ。


「うおおおおおおお?! あ、ああ、ああとあと!! あと!!! ゲージも3分の1まで削った! 削ったはずなのに。なんでだぁぁぁああああ!!」


 取り乱し7:3の配合比を誇るハイボールをいっきする。


 炭酸とアルコールで喉が焼かれる感覚が心地いい。


「俺の肝臓が丈夫なうちに勝たなければ」


 いやなに飲まなきゃいい話ではあるのだがやめられないとまらない。


「でだ……なんだこのクエスト? それにクエストが発生しましたって……」


 こんなイベントは見たことがない。


 なんなら日々ダウンロードコンテンツは配信されているもののすべては有料だ。


 アップデートもなにもしていないはずなのに知らないクエストが発生したことに違和感を覚える。


 それにクエストはキャラから受けるものだし、こんな不自然に発生なんてしたりしない。


 そっとインターネット先生に頼るも情報はなし。


 とりあえずクエストタブをクリックし内容を読むことにした。


「えっと……遥か昔に召喚されし勇者の唄。お伽に現れし者の道に立つ覚悟はあるか? この世界は穢れで満たされ祖となる生命の王は嘆き自ら命を絶った。その根源たる災厄を討ち世界を救え。報酬は富と名声。敗北はあなたの命。はい。いいえ」


 クエスト名は召喚されし勇者の唄とある。


「意味わからねえ……なんだこれ? とりあえず見逃したクエストがあるのならやるっきゃないが」


 そんな安直な覚悟で始めてしまったのが運の尽きであったのだろう。


 次の瞬間、不愉快なノイズが頭の中を侵食していく感覚に襲われる。


「へ? おいおいおい?!」


 おもわず身に着けていたヘッドフォンを投げてしまった。


 けれど、そのノイズは止まることはない。


 そんなノイズに交じって不気味な声が俺の耳元でささやくのだった。


「あなたの運命に祝福があらんことを」


 その言葉を最期にまるで首と胴体が切り離されたかのような感覚に陥り暗転した。

隔週投稿となっておりますがほとんど私の気分次第になってます!

よろしければ最後までお読みいただけると嬉しいです。


ブクマやレビュー、批評などは自由にしていただいて大丈夫です。


お読みいただいた皆様に面白いと思っていただけたのならそれだけで幸せです。ごゆっくりとお楽しみください!

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