第19話 両親
対イリセンス日本支部にある十畳ほどの簡素な客間。
既に日は落ちているが、強すぎる蛍光灯は目の奥を刺すように明るい。
「旅行中にもかかわらず、ご足労いただきありがとうございます」
総司令官である桐谷勇人は、机を挟んで座る沫時夫妻に警戒心を抱かれないよう、普段の穏やかさをそのままに話しかけた。
桐谷の右側には副司令官の笹原律花、左側にはイリセンス研究者の影井麻美子が座っており、笹原に関しては鋭い目つきを何とか隠してパソコンと見つめ合っている。
桐谷の言葉に「大丈夫ですよ」と答える夫婦だが、妻である有紗には少しの疲れが見受けられた。
「では、早速ですが5年前の沫時真さんのことから教えていただけますか」
「昨日、お話した通りです。真は『天使』を見に行ったあとも特に変わった様子はありませんでした」
真の父親である沫時悠介は、対面でも変わらず落ち着いた様子で受け答えをする。背が高く切れ長な目元をしており、50代とは思えない若々しさと、画面越しより直接伝わる威厳は桐谷と並ぶほどだった。
「学校の成績や生活態度など、何か学校側から言われたことはありませんでしたか?」
悠介が左を向くと、有紗は小さく頷いてか細い声を発した。
「成績は高校も大学も常に上位でしたし、褒められることはあっても問題はありませんでした…。部活には所属していませんでしたが、友人と遊びに行くこともありましたし、周囲とも仲良くしてたと思います」
薄く笑みを浮かべる彼女は華奢で線が細い。
黒い長髪は艶やかで、バランスよく配置された顔のパーツ。全体的にどこか庇護欲を煽るような雰囲気があり、真の容姿はどちらかというと有紗に似ていた。
「では、真さんと仲の良いご友人を教えていただけますか?」
その質問に有紗は黙ったまま笑みを消して、悠介も首を振った。
「…そうですか。では、真さんは家で何をされていることが多かったですか? 趣味などはご存じですか?」
昨日も話したとはいえ、あまり時間は取れず夫婦が事件に関与していないかを取り調べただけで、具体的な家族の関係性は明確ではなかった。
夫妻は二つ目の質問にも答えられず、なんだったかな、と顔を見合わせる。
隙をついて桐谷と笹原がアイコンタクトをすると、今度は笹原が口を開いた。
「失礼な質問かもしれませんが、お二人はどれほどの時間息子さんと関わっておられましたか?」
話した時間が短いとはいえ、同居する家族にしては曖昧な回答が多く、違和感を抱いていた桐谷たち。
子どもたちが思春期だとか、夫婦が息子を庇ったり、共犯であるため他人のふりをしているというより、本当に他人のようだと感じていた。
「そうですね…、年間でいうと4分の1くらいは家にいました。あぁ、もちろんいないときは家政婦を雇っていますし、真が14歳になるまでは5歳上の兄であるが光いましたよ」
夫の言葉に有紗はコクコク頷いて、そうですよ、と胸の前で優しく両手を合わせた。
「光なら何か知っているかもしれません。二人は昔から仲が良いんです」
有紗の提案に、笹原は首を振った。
「…いえ。私たちは昨日、光さんにも連絡を取りましたが、何も知らないと言われました。今日もこちらに来ることはできないとのことですが…ご存じありませんでしたか?」
「えぇ。あまり頻繁には連絡を取らないものですから」
何もおかしいことはないでしょう、というような悠介の態度。
―――自分の息子が、兄弟が犯罪者になったのに?
今、口に出すべきではない疑問が笹原の喉まで出かかるが、あくまで態度は変えず質問を続けた。
「真さん…、いや息子さんたちに反抗期があったり、喧嘩したことはないんですか?」
「ありません、優しくて素直でいい子たちなんです」
ね? というように、有紗は可愛らしい笑みを浮かべて夫を見る。
悠介は優しい声でそうだね、と同調すると「そう言えば…」と何か思い出したような素振りをした。
「趣味かは分かりませんが、真は美術作品が好きですよ。誕生日でお願いされたことは今回が初めてですが、小さいころよく光と美術館へ行っていました。兄の方は仕事も美術関係に関係についているみたいですし…。兄ほどではないにせよ、真も好きだと思います」
その言葉に、桐谷は光について質問した。
「お兄さんが何の仕事をされているか、ご存じないんですか?」
「具体的には知りません。海外で仕事をすると6年前くらいに家を出たので」
「そこから連絡を取られてないんですか?」
「まぁ、もう光も大人ですからね」
夫妻の態度から、段々と沫時家の関係が分かってきたとき。
「では、私からも質問を」
やけに明るい声で話す影井の口角は、にんまりと上がっていた。