70話 終わりの始り
ハルメが乗る祠の両端に鎮座し、荒ぶる雄叫びで大地を揺らした二体の巨大な鬼人の骸兵私めがけて走ってくる。
それも大きな棍棒を手に、地面に僅かな黒ずんだ肉片を落としながら走る。彼らは生前はどこかしらの国、いや、この飛騨に住んでいた鬼人の戦士だったのかも知れない。
私は鞘から剣を抜き、振り下ろされた棍棒を受け流すと背後に回り込むと、反応する前に胸に一突きする。骸兵は一つ声を上げる前にチリとなった消えたのを見届けると背後から同じような攻撃を仕掛けてきた骸の攻撃を避ける。
骸は何度も棍棒を振り上げるとまるで猿の威嚇のように私に向かって振り下ろすばかりでそれ以上の攻撃はしない。
彼らはこの体格、そしてこの大きな棍棒を見るとハルメが操らず。生前であればチッパナ戦士なのは間違いない。だけど、ハルメによって殺されたがためにこんな情けない戦い方をする亡者と成り果ててしまった。
「——っ! ごめん」
私はそう呟き、棍棒が振り下ろされた瞬間スラリとかわし、棍棒の上に飛び乗ると骸が棍棒を振り上げたのに合わせた再び飛び上がり骸の頭を剣で力一杯叩き割った。
叩き割られた骸は一瞬こちらを向くと笑ったようなそぶりを見せて消えていった。
後ろを見ると全部私が片付けてしまったせいかアマさんたちとチトセは唖然としていた。アマさんはケロケロ笑う。
「マカ殿! とっても強くなられましたな。で、ハルメ殿。降参するなら今ですぞ!」
アマさんの言葉にハルメはきょとんとする。
初戦が終わり、あありが静寂に包まれるとハルメは祠の上で笑う。
「この二人は父上お気に入りの兵士。だけど、彼らは粗暴で稽古を嫌う私を無理やり恵子じょに連れて行きました。ふふ、そこで二月前殺しました」
ハルメは悪びれず語る。
チトセはゆっくり前に出るとハルメを悲しい目で見る。
「ハルメさん? だよね。君はすでに禍の神と同じだ。だけど違うのは君は現人神。だから殺さないといけないんだ。神は神のままでなくてはならない。人と混ざったらそれはただの厄災なんだ」
チトセの言葉にハルメは目をトカゲのようにギョロリと動かす。
「えぇ、最初からその覚悟でした。が、それはあなたたちの勝手。私は死ぬ気など毛頭ありません。あなた方がむしろお死に下さいな」
その言葉にチトセは苦笑い——とは違う。初めて見るチトセの表情。目は笑っておらず口角だけが上がっている。
そう、侮蔑。
「ハハっ。そう。なら勝手にしなよ。僕的にはここで潔く死ねば丁重に祀ろうとしたけどこの時点で君はまつろわぬ者。飛騨の獣として悪名だけが残る。良いんだねそれで」
「チトセっ!」
ついチトセの言葉に声を出してしまった。チトセも不本意だったのがすぐに私を見ると「あ、ごめん逆鱗触れちゃってた?」と言いたげな焦った目で見てきた。
次に瞬間。全身がビリリと震え、動悸が起こる。この苦しい感覚——。
恐る恐るハルメ視線をに戻すと彼女は祠から飛び降りる。そして自らの胸元を両手で力一杯握りしめた。着物に皺が寄る。
「マカさん。あなたは言いましたよね? 絶望そ乗り越えたって。けど、所詮その絶望はただ孤独なだけ。私の絶望とは違うんです。。似ているけど、違うんです……」
ハルメは一瞬俯き、ほんの間を置いて再び顔を上げると顔は最初に出会ったときのような私になんとなく似た感じの少女の顔だった。
「私は! あなたと違い人をやめさせられた! あなたは里から孤立しただけ、しかし、私は人、妖、神からも拒絶された身!」
ハルメは半狂乱に叫ぶると力一杯着物を引きちぎる。
そして、彼女の裸体を見た私は口を押さえチトセとアマさんたちはただ黙ってみるしかない。
——彼女、ハルメの裸体は一言にまとめるなら朽ち果てていた。もはや体は人に似た何かとしか表現できないほど黒ずみ、ところどころ穴が空いている。
そして服の下の皮膚はドロドロと黒ずみ一部ハラワタらしきものが穴から見え、呼吸をする度に膨らむ赤黒い臓物がチラッと見えていた。
私が黙っているとハルメは両手を広げると手のひらに光に粒を集める。
「これを見て分かったでしょう? 私は父に禍の神になるように無理強いされてきたのです。えぇ、父はウガヤからの戦略を跳ね除けるために私と、私の大切な妹を禍の神にしようと飛騨の王族たちと共謀したのですよ」
ハルメはそう言いながら手のひらに貯めた光の粒を集めると一度握って再び手を開くと光の剣となりそれを握る。
笑いながら構えると私に向かって歩き始めた。彼女は何も言わず真剣な眼差しで私だけを見ている。
私はチトセの前に出ると後ろを向きアマさんとチトセとみる。
「すみません。ここは私が。いえ、私が戦わないといけないと思うので。私が戦っている間は骸兵がこちらに来ないようにお願いできますか?」
私の言葉を聞いてチトセは頷く。
「分かった。大丈夫。彼女は禍の神と同じ存在だけど武術は多分——うん。これ以上はやめとくから」
「ありがとうございます」
チトセはそう言うとこの場から離れ、それを追うようにアマさんたちも移動するも一度みんな仲間達も私を見て武運を祈ってくれた。
そして私とハルメ以外ここからさったのを見届けた後振り返る。
律儀なことにハルメはじっと待っていた。
「——いつも卑劣なのにここでは守るんですね」
「貴女は本当に私と違うんですね。心から信頼されている」
「踏み外した道を正すならもう今だけです。どうします? もし、正すなら私が——」
私は自分の船にかけてある、出陣前にタカヤマビコが禍の呪いを使えなくするとくれた勾玉を見る。
そして再びハルメに視線を戻すとハルメはにっこりと笑う。それを見てか胸が軽くなった。
「うん、心変わりしてくれなくて良かった」
私は再び剣を握ると必要以上の息を吸わずにハルメの剣を足に力いっぱい注いで縦で塞ぐのと同時に辺りに閃光が走り残酷で美しい音色が鳴り響いた。
————。
剣と剣がぶつかり合うたびに目の前を走る閃光の中にほんの一瞬だけで田園、それも黄金の稲穂の中にいる二人の姉妹の人生らしきもが垣間見える。
中のいい姉妹が小太りの父親に何かしら祈祷を強要され、まず初めに妹が死に、次に姉も死にそうなところで禍々しい女性、アハバだろうか?
彼女から力を授かり巫女となった。
私はハルメの剣を受け流し、腹を力一杯蹴り後ろに突き飛ばすと背中から倒れた。
「ハルメ! お前たち飛騨の者は禍の神を望んだ理由は!」
私の言葉にハルメは露骨に苛立ちを見せるも落ち着いた口調で話す。
「ウガヤが、ユダンダベア悍ましいのですよ! 古来より西方諸国を率いて東に攻めてくるその侵略の志が! 私もユダンダベアによる侵略の被害者だ!」
「だからと言って禍の力を扱う呪いを扱い理由にならない!」
私は詰め寄るハルメの剣を盾で防ぐも、盾は一瞬で粉々に破壊され、かろうじて体を逸らすも肩に剣が掠めた。
そして少し距離を取りハルメを睨む。
「ならば恨むのは飛騨にいる己の父と王を恨むだけでいいはずだ。それなのに領民を殺していい理由にはならない。結局ハルメ、お前は同類だ。私は、世を恨みはしてもここまでのことは考えてすらなかった!」
「それでよく勇者が名乗れますものですね! 結局貴女はなんでもない人。自分が良ければそれでいいと思うのですか?」
「うん、私の根本がそれなのは否定しない。けどそれでも私が信頼している人も私にとって、私が私である理由。自分を見失ったことがあるからこそ今の自分を受け入れてくれる人を守りたい」
私の言葉にハルメは口を開き、瞳孔を震わせる。
この反応だけで彼女、ハルメという少女がはっきりと分かった。
——カグヤと出会わなかった私。
たったこれだけが彼女を表すものだろう。
ハルメは目を潤わせながら私に向かって剣をおおきく振りかぶって切りかかる。
そして横にそれて交わし、ハルメの片腕を切り捨てると背中から心臓に目掛けて剣を突き刺す。
「グポォっ!?」
ハルメが言葉にできない音を漏らし血を吐く。そして剣を抜き横に切り裂くように抜くと上半身と下半身を真っ二つに切り分けた。
そしてハルメの肉塊が地面に生々しい残酷な音を鳴らしながら落ちたのを見届けると落ちた場所には血溜まりが出来る。
あまりにも情けなく、唖然とした顔のハルメが脳裏に焼きついた。戦慣れしていない動き、足取りも悪い。彼女は戦さを知らないのに戦さを望んだんじゃない。本当にただこの国を滅ぼしたくて暴れただけなんだ。
私は全身真っ赤に染まったのを確認し、顔についた血を袖で拭う。
首にかけていた勾玉を外してハルメの上半身に近づく。
そして、足元までくる。ハルメの目や体はぴくりとも動かない。死んだのか? ううん違う。私が勾玉を口に入れた瞬間に彼女は私の腕を噛みちぎるつもりだ。
それを見越して一歩後ろに下がり地面に膝をつけてハルメを見る。
「ハルメ、生きているんでしょ?」
「——」
声をかけたとき、ハルメは頭をゆっくり動かして私に視線を合わせた。
「えぇ、生きてます。すでに私は死そのもの。恐ろしいもありません。それにしても、貴女相手では白兵戦は勝てるわけない。だからこそ、骸兵を大量に用意したのですが……」
私は手に握っている勾玉を手を広げてハルメに見せる。
「これを貴女に飲ませれば禍の力は封じれる。人として死にたいならこれを飲んで。断っても飲ませるけど」
「——タカヤマビコの勾玉ですか。ふふ、あの人のことですから。きっちり私を殺してくれるんですね。ふふ。ふふふふふ!」
「——くっ!」
突然ハルメが笑い始めたかと思えばハルメの上半身の切り口からドス黒い蛇のような尾が一つだけでなく大量に生えてくるように出てくると腕も異形の物のように伸びる。
私はすぐに立ち上がりハルメから目を逸らさないようにして下がるとは彼女はゆっくりと立ち上がり神木よりも遥かに巨大になっていた。
そしてハルメの肉体も徐々に皮膚が破れていくのが見え、裂け目からは血が漏れ出ていた。
ハルメは空っぽになった目の穴で私を見る。
「マカさん。すでに私は人でも神でも妖ではないただの禍の姿。それが何を意味するか分かっていますか?」
「——禍そのもの?」
私の言葉にハルメはニヤリと笑みを浮かべる。
「すでに、私は——ふふ、禍の神である我に吸収されているのだ」
急にハルメの声が野太くなったかと思えば急に腹が膨らみ、辺りに体液を撒き散らしながら腹が破れたと思ったら中から禍の神、マガヒコノミコトが出てきた。
大柄で腰まである長い神、そしてボロボロになった衣類に赤い眼差し。見間違えることがない。
「——しまった!」
私が声を出した瞬間、宙に浮きながら詰め寄ってきたマガヒコノミコトと私との間に私の兄、今の世ではサガノオの呼ばれるゼロが突如として現れた。
————。
マカとハルメが開戦したのと同時刻、ハルメ率いる骸兵の大軍を潜り抜けた飛騨の王子——タカヤマビコの軍勢は飛騨の都にようやく到達した。
その道中、至って不可解なことが多発した。
まず陣を出てハルメ本陣にマカたちが奇襲をしただろう瞬間と主に敵の包囲に突っ込んだ。最初は蛇、人、兎、ムカデの骸たちが軍勢に襲いかかったが、突如として塵となって消えた。
それだけでもタカヤマビコにとっては不気味だが、今すぐにでも都に行かないといけない。
その気持ちだけで十分この異形の空気を無視することができた。
だが、空が急に赤く染まったことだけは分からない。
——やがてタカヤマビコが都に着いたのと同時に、門の前にはアカバネヒコが兵士たちを連れて出向いてきた。
タカヤマビコは軍勢の先頭にたち、それを見たアカバネヒコは即座にその場で頭を下げた。
「タカヤマビコ様。このアカバネヒコ、不遜の余り情けなく包囲されて誠に申し訳ございません」
アカバネヒコは声を震わし涙を流す。
タカヤマビコは笑みを浮かべたまま馬から落ちると地面に膝をつけてアカバネヒコの肩を叩く。
「良い。よくぞ都を守った。褒美は後で用意する」
「ありがとうございまする!」
アカバネヒコは声をあげて顔を上げるとタカヤマビコは笑ったまま急にアカバネヒコの首を掴んだ。
アカバネヒコは突然に出来事に「——っ!」と声を出せず、そのまま力強く爪を立ててタカヤマビコの腕を掴んだ。
その時になってアカバネヒコはタカヤマビコは口は笑っていても目は全く笑っておらず心の奥底が真っ黒になっていることにようやく気づく。
アカバネヒコは冷や汗をかきながら声を震わせる。
「な、何を!?」
「アカバネヒコよ。お主の娘、どうやら禍の神の手先になっておるようだな? そして、この空の色。知っていることを全部吐け。この俺が高志にいる間、父上とお前たちは何をしていたんだ?」
タカヤマビコは腰にかけた剣にに手をかけたまま、ただアカバネヒコを目を充血させて睨め付けていた。




