68話 決戦前夜
明朝、そろそろ春鳥が鳴き始める刻にチトセを先頭に私たちはそれか飛騨の都を見下ろせる山を目指して進んだのは良いものの、飛騨の都自体山に囲まれた陸の孤島の様な場所で、もし敵が周りの山々を占拠し、道を塞いでいたら都に入る手段はなくなる。
そしてついに後三つの山を越えたら、都を囲む山の境を越えるところでチトセは動きを止めて触手を横に出して足を止める様に言ってきた。
アマさんは少し不思議そうにチトセを見る。
「チトセ殿? どうかしましたかな?」
「ここから奥に行ったら敵がうじゃうじゃいるね。無理に通ろうとしたら一貫の終わりかも。それにあと十歩前に出たら匂いでバレちゃうよ」
その言葉にこの場にいる全員が少し背筋を凍らせて息を呑む。
飛騨の都は意外と広かった。それを取り囲む山中のそこらにいるなら敵の数は尋常じゃないはずだ。
私はチトセの背中を触る。
「チトセ。策はある?」
「あるにはあるよ。ここからずっと迂回してきたから来る高志からの援軍と合流。そこにツムグがいるんだ。て、その話はしたでしょ」
「ツムグさんが……。そうでしたね。なら尚更合流して一緒に突破が早いです」
チトセは私のその声が聞こえたのか笑みを浮かべる。
私としてもツムグさんの安否が分かってホッとできたから間違いない。にしてもツムグさん。どうやって逃げれたのかは知らないけどここまで積極的にするあたりツムグさんも私たちのことを本心で仲間と見ていてくれたんだろう。
私がそう思っているとチトセが私を後ろに押す。
「とりあえず迂回だよ。ツムグには僕の指定する場所に皇子を誘導する様に話しているからうまくいけばバレずに合流はできるけど。バレていたらまぁ、ごめんということで」
最後の千年の言葉に蛙人たちは一斉に脱力して地面に倒れるもアマさんは尻餅をつきながら笑う。
「ダハハは! なら、一踏ん張りですな! お前たち!」
「ゲーロゲーロ!!」
アマさんの言葉に康応する仲間たちに私は少し笑うも、チトセは初めてだから呆れ笑いを浮かべた。
————。
それから私たち大きく都の北へ向かって迂回する。刻も空がだいぶ明るくなり太陽も完全に顔を出した頃。
敵にも下手をすれば見つかりやすいからより一層慎重に動かないといけない。
私はあたりを警戒して千年の後ろに続くと道らしい道が見えた。
詳しい場所はずっと山の中を歩いていたせいで分からないけど体感ではまだ北にはいないはず。
「チトセ。この道は都からどこにある道? 東西南北でならだけど」
「あの道は東の道だよ。都に入る道は四つしかない。それもちょうど綺麗に東西南北にある。僕たちが合流するのはここで別働隊とだよ」
「二手に別れて? なら援軍の数は多いんですか?」
私の言葉にチトセは首を横にふる。
「数は二手合わせて500人。ギリ包囲を突破できたら良い具合だけど——」
チトセがそう口にした頃合いに、私たちは東の道に到達し、近くの空き地に人を構えるように待機していると数人の兵士が道の奥から駆け足でやっててきて私たちを見ると手を振った。
そして私の前に来るとその場でひざまづく。
「その白銀に赤き目。源マカ様でよろしいでしょうか?」
唐突の出来事に固まっているとアマさんが背中を軽く叩くと私の前に出てきた。
「えぇ、この方がマカです。ところであなた方は?」
アマさんの言葉に数人の兵士は立ち上がると、中でも髭が濃いあたかも大将らしき男が話した。
「はい。私どもは高志にウガヤの命で駐在しておりました飛騨王家、高志飛騨高山彦様が氏人。高後鶯健と申します。本来であれば馬でお迎えするところ、時が時で用意が間に合わずこのような軽薄な対応となりますがご容赦を」
「えーとマカ様。豪族たちのやり方ってこんな感じ?」
アマさんはウグイタケルの言葉にそう反応しながら私を見てくるけど私も分からないし……。そしてチトセに蛙人一同とともに視線を向けるとチトセはマジかこいつらと言いたそうな反応を一瞬だけするとウグイタケルの顔の前に来た。
「軽薄でもありがたい。けど数が少ないけどもしや王家だけど高志に越したばかりでまだ一族が盤石じゃなかった?」
「えぇ、現氏上様で3代目ですが疫病で子を多く亡くしまして、なんとか近隣のと話したいのも山々ですが、とりあえず本体とこ合流しましょ——」
ウグイタケルは急に言葉を止めると腰にかけた鞘に手をつけて立ち上がり周囲を見渡す。その行動に後ろの二人の兵士も警戒し、アマさんたちも気づいたのか息を呑む。
気のせいじゃない。今私の体がこの近くに何かがいると騒いでいる。胸は激しき揺れ背筋には寒気が走る。
ウグイタケルは剣を抜くと私の肩に手を置く。
「敵の見張りが恐らく近くに。早いところ移動しましょう」
その時、嫌な予感が的中した。ゆっくり周囲を警戒して下がっている所に目の前の草藪からにょろりにょろりと人の顔に近い蛇の頭が出てくると私たちを見ると私たちの死を予見するかのように瞳孔を広げた。
私は咄嗟に剣を抜くと次の瞬間蛇の後ろから夥しい数の骸兵が雄叫びを上げながら道の脇より走ってくる。
「一旦引きましょう!」
そうウグイタケルが声を荒げると私を後ろに押して「早く!」と叫んだ。
私はその言葉を信じて剣を鞘に戻すとアマさんたちやチトセと共に一旦この場を離れた。
————。
謎の蛇が現れてとりあえずこの場を引き、大きく迂回するように本体がいる北側に向けて移動する。
あの蛇はしばらくは追いかけてきたけどしばらくして骸兵と同じくとうとう追うのを止めたようだ。
そしてウグイタケルの案内でしばらく山のギリギリ一人が通れるぐらいの険しい道を辿りながら北側にいる本隊が構えているのか遠くから人の声が聞こえ始める。
そして崖端の曲がった道の先に着くと大きめの館がありそこには兵士がたくさん駐在していた。
ウグイタケルは彼らを見ると声を上げる。
「お前たち! お仲間を連れてきて参った。氏上様は?」
その声に見張りの兵士はが一瞬私たちを見たあとウグイタケルに視線を戻す。
「氏上様は館他の将兵と館の奥で軍議をしております。ウグイ様もお早く」
「うむ。皆様、こちらに」
私たちは一言も喋れないで珍しくそのまま館に向かって歩いた。
————。
そして館に入りそのままお広間に進むと中央に飛騨の地図だろうか、それを大きく広げ、その上に石を置いてその周囲に立派な角子を結った若い男とその周囲に歴戦の老兵や顔に傷を作ってる若い武者など合わせて8人がいた。
その一人の若武者がウグイタケルと私たちに気づくと声を出し、その声に反応するように他の将も顔を上げた。
「父上! 後ろの方は?」
「お仲間だ。氏上様。例の赤毛の女子が申した源マカをお連れしました。そして、そのお供たちも」
ウグイタケルの声に、若い男はふっと鼻で笑う。そして顔を上げると少しなんとなく猿に似た顔つきだった。
けどこの余裕さと気高さを感じる仕草。もしやこの人がというか絶対この人が高志飛騨高山彦に違いない。
私はその場に膝をつくと頭を下げる。
「高志飛騨高山彦。この源マカ。只今参りました」
「え、あそうか。お前らあの鼻笑い男が皇子かもだからも一応頭下げるぞ」と後ろからアマさんの声が聞こえガザガザ音がする。正直それ言ったら怒られそうだからやめてほしい。
しかし当の若い男——タカヤマビコは気にしてないのか「気にせんで良い」と声を出すと立ち上がると地図を跨いで私に近づくとその場で胡座で座ると私の顎に手を当てるとゆっくり持ち上げ私と視線を合わせた。
——近くで見るとよりお猿さんに見える。
そんな私の気持ちを知らずにタカヤマビコが「美しい女子じゃな」と声を出す。
するとチトセが間に入るとタカヤマビコと私を引き離すとなぜかタカヤマビコを睨むと顔を近づけた。
「あの、皇子さん? このマカは許嫁いるし宇賀やのお偉いさんだからコテンパにされるよ。そんなことより軍議やって貰っていいですか?」
「チトセ、失礼すぎ!」
私がチトセを叱責するもタカヤマビコは怒るどころか口角をあげゲラ笑いを始めた。
「くははは! 少し調子に乗ったがなかなかいい妖怪じゃねぇか。のう、ウグイタケル?」
唐突に話に入るように言われたウグイタケルは呆れたように首を振るとため息をついたけどその仕草をしながら彼は緊張が抜けたのか笑みを浮かべていた。
————。
その後、ようやく軍議に入るとウグイタケルが現在どこまで決まっているのかをタカヤマビコ含めて他将兵たちからも聞きながら話をまとめていく。そして地図に目を下すと飛騨の都の上に石を置く。
「とりあえず、マカ殿。話が錯綜してわかりにくかったと思いますが現在ご存知だと思いますが飛騨の都は数多の骸兵包囲されており、残念なことに包囲を崩すことは断念。あそこにいる者どもは助てけ都は放棄するしかありません」
その冷徹な言葉に私は何も言えない。その時、タカヤマビコは真剣な眼差しで私とアマさんたちを見る。
「少なくとも、今この国に災いの神がいると知った時点で父上たちが死んだのも理解はしておった。だからここで無駄に兵を使うより臆病ながら近くの里に陣を作りそこを新たな都にする方が早いとワシは思っている。が、次の王になるものがそれで良いのかと言われたら違う」
「——では、タカヤマビコ様はどうされたいと?」
「一手必勝。それしかない。敵の本陣をお前たちに奇襲して俺たちはその間に包囲を崩して都の者たちを助ける。禍の神の僕なら特に源マカ殿。お前が頼りになるはずだ。都をここまで耐えたのは恐らくアカバネヒコが指揮をしているからに違いない。だから存分に暴れてくれないか?」
タカヤマビコ長々と言葉を連ねながらお守りだろう勾玉を外すと私に投げて渡す。それを受け取るとウグイタケルは呆れた目でタカヤマビコを見る。
「氏上様。その勾玉は許嫁に献上致すお呪いの宝。無関係な人に渡さないでください」
「禍の神の僕の呪いに耐えれるかもしれないじゃないか。せめて何か守ってくれているものがあるとありがたいだろ? の、マカ殿?」
タカヤマビコの健気な笑みはどこかそこ知れぬ恐ろしさを感じた。
——————。
軍議の後、作戦は今夜決行のため休むように言われた後適当な部屋を用意された。
アマさんたちは蛙であるが人ゆえか近くの沢で待機すると良い、結局部屋にいるのはチトセと私だけ。外は今昼間だけど異様な静けさに近くでは飛騨の都を巡る戦いが起きているのに対しての陳内はどこか穏やかな空気に包まれている感じがして逆に休めない。
チトセは私に近づくと隣に降りた。
「マカ。タカヤマビコだけど警戒しなくていいよ。ツムグに聞いたけど良い人だって。なんなら自分で自分の容姿を弄るみたいだし」
「——いい人なのは分かりますけど」
そんな時、急に後ろで部屋の戸が大きな音を立てながら開き、何事かと振り返ると目に涙を浮かべた特徴的な赤毛の少女、ツムグさんがそこにいた。ツムグさんは私を見るとハヤブサのお湯な勢いで飛びつくと私は胸で受け止めるたせいでそのまま後ろに転んだ。
「つ、ツムグさん!?」
「良かった。本当に無事だ。ねぇ、酷いことされてない?」
ツムグさんの声を聞いてか、自然と私の目も熱くなる。
「はい。大丈夫です。ツムグさんもその——」
「ごめん。ナビィさん守れなかった。だけど聞いて! ちょっと気になる話を!」
ツムグさんが前のめりになって目に紡ぐさんが顔いっぱいに映ると一旦引き離すとツムグさんはごめんごめんと言って座り直して息を整えた。
「タカヤマビコ様と歩いている時ね、列を成した神官の不審な一団を捕まえてね今隣の集落に一旦収容しているんだけどその中に何人か女性がいて中でも一人古風な巫女がいるみたいなの。僕は確認していないんだけど直感でね」
ツムグさんは徐々に声を小さくする。
ツムグさんの言いたいことはわからないこともない。だけど今は生きていると信じたくない。もし生きていなかったら全てが嫌になる。
チトセは急に静かになった私たちを見かねてか間に入る。
「まぁ、君らが再会出来て良かった。けど、今はこの戦いに集中するんだよ」
「はい。で、ツムグさん。チトセからは聞いたんですけどタカヤマビコは本当にいい人そうなんですね。安雲にいる蝦夷のオトシロさんと言いツムグさんの人を見るめはすごく当たるので信頼できます」
私の言葉にツムグさんは頬を赤く染めて背中を叩いてくる。
そんな談笑をしている時、一人の兵士がやってきて私を一人館の裏に呼びつけた。
————。
兵士に案内されて館の裏に回ると何やらタカヤマビコが一人おり、気づけば案内してくれた兵士もいなかった。
「あ、えーと」
私がそう声を出すとタカヤマビコは笑みを浮かべると手招きしてきた。
「マカ殿。気になさるな。此度呼びつけたのはそこまで重い話でもない」
タカヤマビコは私に背中を向けると肩から息を抜いた。
「禍の神の僕の名前は。聞いてなかったわ」
「——ハルメと申します」
「不思議だな。予想はできていた。幼馴染で昔の許嫁が妹を甦らそうと変な呪いを学び始めた時から何かをする気ではないかと」
タカヤマビコの言葉に私は固まった。
「い、許嫁だったんですか? あの人そんなこと!」
「気にしないでくれ。それと、これからいうことを胸に入れてほしい」
タカヤマビコの異様な落ち着いた声に私は固まることしかできない。そしてタカヤマビコは振り返って私と目を合わせると私が手に握る勾玉に指を指す。
「その勾玉は、禍の力を封じるものだ。それをアレに中に入れよ。さすれば……殺せる」
その時のタカヤマビコの目は哀愁と、うっすらと潤いが隠れていなかった。
裏話:
タカヤマビコは高志飛騨王家の大兄。
高志のいくつかの集落を治めており、さらに領民たちに慕われる名君で身分を問わず宴会を開き和気藹々と話す人たらし。
人を見る目があり時には冷徹な判断を下すことがある。
そのため母国である飛騨国が禍の僕に襲われている話をツムグから聞いた時許嫁のハルメによる事件ではないかと即座に考えを働かせ飛騨の秘宝である禍の力を封じる勾玉を持って飛騨に帰還した。




