67話 進むべき道
中に充満する死臭が今にでも私の身が死を悟る中、鉄同士がが激しくぶつかり洞穴中を轟かせる。
怒り狂うアハバの背中に生えた蜘蛛触手のようにしなり私を襲う。風を切り音しか見えない中、何度も避け続けているうちに地面はボコボコになり、体勢を整えるのがやっとなぐらいだ。
アハバの体は最初は剣を使えば容易に切り刻めたが徐々に石のように硬くなっていきすで剣では太刀打ちできないぐらい硬くなって来ている感じがする。
私はアハバの攻撃を剣でかろうじて受け流した後背後に飛んで避けると足を震わせながら息を整える。
「アハバ! 貴女は本当は認められたかっただけじゃないの? それが狂気に染まっただけ!」
私の咆哮にアハバは目をギロリとこちらに向けると発狂しながら触手を私目掛けて飛ばしながら詰め寄ってくる。
私は息を吐く間も無く剣で受け流し体に掠め血を流しながらアハバに呼びかける。
「私も過去に絶望していた。それは今も変わらない。だけどうだうだしたって前に進まなきゃいけない! 貴女も気づいているはず!」
私の剣先がアハバの顔に刺さろうとした時アハバは咄嗟に避ける。
「間抜けなことを! ウダウダしない割に囚われた後世話をしてくれた娘たちを殺そうとしたじゃないか!」
「——!」
アハバの言葉に動揺するとその隙を突かれ目の前に触手が現れ、咄嗟に盾を構える。
すると盾は触手に耐え切れず鼓膜が破れそうなほどの音を立てて砕け壊れると触手が顔に当たり一瞬前が見えなくなって頭を地面にぶつける。
生暖かいものと痛みが後頭部に広がる気持ち悪い感触に堪え体を起こす。
「焦ったい!」
そう腹の底から声を出して私の腹を突き破ろうと飛んでくる数本のアハバの触手を切り落とす。
その時頭の中にカグヤの声が響く。
『マカ、お姉ちゃんは心臓だけが唯一の弱点。胸を見て。一点だけ光ってる。もしまだ人の心があればそこに禍の力が集まっているはずだから』
カグヤの言葉を信じてアハバの胸を見ると赤く光っている。
『お姉ちゃんはもう言葉では救えない。だからせめて禍の神になる前に殺して』
カグヤがそう言った瞬間アハバはこちらに飛ぶかかって一気に詰め寄ると噛みつこうとしてきた。
「はぁっ!」と声に出して体を曲げて避け、アハバの鋼のように硬い腕を剣で弾いて防ぐ。
アハバは徐々に攻撃を激しくし、獣のように爪で引っ掻いきた。
「アハバ、一体どれだけの憎しみがお前を!」
そして私はアハバの両腕を切り落とすと心臓に腱を突き刺す。次の瞬間アハバは急に光始め辺りは真っ白な世界に包まれた。
そこに写ったのは幼い頃のアハバとカグヤに似た少女——いや、カグヤそのものの姿と二人が仲良く笑い合う姿。
やがて視界が元に戻ると目の前にアハバの憎悪に包まれた悍ましい顔が現れた。
「お前も私のように、過去に縛られながら死ぬだろう。この言霊は永久的にお前の魂を縛り続ける呪縛だ!」
アハバは最後にそういうと光の雫を全身から放出すると私を吹き飛ばす。
私はそのまま温泉の中に吹き飛ばされるとドロドロとした駅が口に入り腹が悲鳴を上げるような感覚になる。
そしてすぐに這い出るとアハバは心臓を突いてもなお生きておりこちらを睨んでいる。
「お前のことは禍の神に全て教えてもらった。どうやらサガノオは兄らしいな!」
アハバは触手を伸ばして私の足を掴むと体を持ち上げた。
暴れるも剣がないことに気づいた。そして温泉を再び見るとぼんやりと青白い光が見えたけどすでに遅く私は持ち上げられ逆さ吊りにされた状態でアハバの近くまで運ばれる。
アハバは私を見ると口角を上げる。
「兄を失い心を閉ざすもカグヤのおかげで広がる。そして甘える対象のカグヤが出てきて己が救われると思った矢先に天人か。実に愉快だな」
「——っ! 何が、言いたい?」
「お前の負けだよ。お前は自分勝手に人に愛されたいと思っておきながら人の愛情を偽者と捉える。そうじゃないか? その首にかけた勾玉でカグヤとすぐに話せる環境でありながらそのほとんど使っていないじゃないか」
「にせ、もの?」
アハバの言葉に胸が痛くなる。
そんなことは一度も考えたことない。愛されたいとは思ってきた。嫌われたくない一心で、兄の真似をすればまたみんなが愛してくれると思ってしてきた。
その時、再び頭の中でまたカグヤの声が響いた。
『マカ。そんなことはない。マカは私が会った時から誰かに甘えたい、甘やかされたいのは見て分かった』
——私、カグヤのこと愛しているのに放置したの許すの? ごめんなさい、あの時私は自分のことで精一杯で余裕がなくて——っ!
『良いの。寂しかったけどマカの周りにいる人を知っているからあまり気にはしなかった。マカには辛くもそれを支えてくれる人がいるからって思ったから時折しか話しかけなかったでしょ?』
カグヤのその言葉に今まで私の胸に引っかかっていたものが取れた感じがする。
気持ちよく、まるで己が罪の鎖から解き放たれた感覚のように。
——あ、そうか。
「ふふ」
「何がおかしい」
私はアハバの間抜けな顔を見てつい笑みが浮かぶ。
そうだ、兄の真似をしたのは確かに兄が帰ってきて兄の存在をみんなが思い出しても違和感がないようにしてきたのもあるけど兄になればみんな違和感なく愛してくれるんじゃないかって思っていたんだ。
思い返せばカグヤが来る前、あの時の私が耐えれたのは誰かに愛されている。そばにいてくれている温もりが守ってくれていたからだ。
私はそれに気づかず兄の喪失に憂い死にたいと感じてきたけど今はそんな気持ちが湧かない。
「カグヤがそばに居たから。短い間だけどそばに居たから愛されているってことに気づけた。うん、私は愛されていないんじゃない。私が勝手に目を背けていたんだ」
「何を言って!」
その時、アハバが一瞬息が止まったような声を出すち触手が急に斬られて私の足から離れた。
黒い液を飛び散らせているのが見え私の体は地面に吸い込まれていくようにゆっくり落ちていった。
すると見覚えのある赤いタコに似たあたりを自由自在に飛び回る妖怪が視界に入る——。
「チトセ!?」
「話は後!」
チトセはそういうとそのまま落ちる私を小さい体で受け止めるとゆっくり地面におろした。
アハバを見るとすでに触手を復活させている。
チトセは私の前に立つと温泉に落ちていたのを拾ってきたのか太平の剣を渡す。
それを受け取るとチトセは私を見る。
「マカ、アハバは禍の力を溜めすぎている。あれは既に禍の神より弱いけど同じ存在だよ。よく持ち堪えた」
「勝ち目は?」
「確実ではないけど一つだけある。その胸の勾玉をアハバの口に捩じ込ませて飲ませれば何とかなる。噛まれたくないなら顎を落として喉に突っ込めばいい」
チトセはそう言うと後ろのアハバが肩から息をしてこちらに飛びかかってきたのを見ると私を突き飛ばしてギリギリで避ける。
「マカ! 一刻の猶予もないから急ぎで!」
私がすぐに起き上がるとアハバは隼のように触手を私目掛けてとばす。
——このまま放置はできない!
息を呑み、アハバの攻撃を時折体に掠めながら回避して後一歩までのところに来た時首に掛かった勾玉を取る。
そう言えばこれはナビィさんの形見。だからこれで仇を取れるなら!
私はそうしてアハバが口を開いたのを見て勾玉を無理やりねじ込むと口を抑え込んだ。
その時、アハバが抵抗してむしゃくしゃに右腕を引っ掻き激痛が走るも我慢し、しばらくするとアハバが飲み込み手を離す。
右腕を見ると感覚はあるけど血で傷も分からずあまりの声が出ない激痛に体が震える。
「マカ!」
どこかに避難していたであろうチトセは直ぐに私にかけよると次の瞬間アハバの全身が燃え盛った。
「アァァァ!」
アハバの悲鳴が洞穴中に響き渡る。
その炎はヒヌカン!?
アハバはあたりを走り回りながら苦しみ呆気なく灰になると空気に溶けるようにして消えた。
炎はやがてヒヌカンに戻るとヒヌカンは私の元まで飛ぶと右腕を炎で飲み込むと右腕は徐々に痛みが引いていき所々見るのも辛い傷跡はいくつか残った。だけどまだ右腕の感覚があるだけマシ。
私は右腕に触れるとチトセを見る。
「今のでアハバは本当に死んだ?」
「そうだと良いけどね。無理でもかなり弱体化しているはず」
次の瞬間温泉の水が不自然にうねる。まるで巨大な生き物のように。
やがて温泉が大きく泡立つと轟音を響かせながら中から巨大な頭がゆっくりと出てきた。
髪はほとんどが抜け落ち一部は骨が露出し目玉は無くあるのは窪みだけ。
そして口からは蛆虫を出していた。
その顔はまさしくアハバが殺した飛騨の裏王にそっくりだ。
それを見てチトセは苦笑いをする。
「やっぱり、殺しきれなかった。一旦ここから出よう!」
私たちは咄嗟に王が吐き出した炎をかろうじて避けると洞穴の入ってきた方に向かって逃げる。
王の攻撃から逃れながら入り口に戻るとそこには桜色に輝く籠目の紋様が地面でくるくると回っており、そこに乗ると一瞬暗転したかと思えばあたりがまた明るくなるも、その明かりは月の光だと気づく。
あたりを見渡しここは開かれた場所そしてそばにアマさんがいることに気づいた。あ、丹生山の頂に戻って来たんだ。
チトセは杭に何かを唱えると杭は黄金色に一瞬だけ輝いた。
するとアマさんはようやく気づいたのか私にびっくりして尻餅をつく。
「どわ! どこにいたんです!?」
その驚き方に私もびっくりするも事情を説明した。
しばらく説明した後、アマさんは納得するもチトセをじっと見る。
「マカ殿。やっぱりこのタコさん何者です? ここに入る際も何も言わず私を突き飛ばしたんですが」
「あ、あ〜」とチトセを見ると申し訳なさそうな顔をする。
「ごめんて。僕はチトセ。マカとは旅仲間というか神様みたいなものだと思って。で、今の状態を説明してくれる?」
チトセの言葉にアマさんは呆れながら話し始めた。
「まぁ、簡単に言いますとマカさんを助けに飛騨に行った後、マカさんと丹生山に封じられたというアハバという禍の神の使いを討伐することになったんですよ」
「なるほど。大方、ツムグが知らせてくれた事と整合できるよ」
それからチトセはここにくるまでどうしていたのかを話してくれた。
まず、クナの町で別れた後チトセは狛村に行くとカグヤを狙った天人が襲来していた。
それを見てチトセは一旦カグヤを祠に封じて天人による被害を抑え、その後は一度吉備にいるユミタレさんの元を訪れ伊予に調査に向かってすぐにツムグさんからの助けが来てこちらに向かって来た。
私は胸を押さえて呼吸を整えるとアマさんが背中を撫でてくれた。
大丈夫、チトセにも考えはあるはず。
「チトセ。カグヤを封印した話だけど、カグヤが望んだの?」
私の言葉にチトセは間を作る事なく頷く。
「うん。それだけでも信じて。カグヤが望んだんだ。マカが戻ってくるまで封印されるって」
その言葉に私は胸に手を触れる。
ここにあった勾玉はアハバを倒すために使ってもうない。だから話すことも声を聞くことも禍の神を倒すまではできない。
「——不思議です。昔なら絶対我を忘れていた。なのに、こう安心できてしまうのは私なりにカグヤが無事でチトセや他の人を信用できているからなんですか?」
私の言葉にチトセが何か伝えようと前に寄るもアマさんが私の方に手を置いた。
「マカ殿。人はそんなもんです。では、早く仲間と合流しましょう。アハバも飛び出すか分からないなら早めに一旦退散で」
アマさんの言葉で私は少し勇気を貰い丹生山を後にした。
————。
飛騨の都、そこはすでにアカバヒコが手中に治め、高志につながら道で捕まえた神霊を迎える準備をしていた。
アカバヒコは王宮に入りまず気づいたのは表裏の王、即ち飛騨の王たる両面宿儺が既に何者かによって殺害され成り代わられていたと言うことだ。
そして現在、深夜この都を松明を片手に赤く目玉を輝かせた夥しい数の骸兵が包囲していた。
アカバヒコは大広間で王の代理として部下に指示を出しながら国内の状況を把握して行っているところだ。
アカバヒコは一人の兵士の報告に汗を拭う。
「で、今この都を包囲しているのは表王の骸だと?」
「はい。骸兵がここを包囲してはや二日。高志より来ているお味方が来るまで耐えれるかも怪しいです」
「ここまで統率が取れているとなると……禍の神の手先か?」
その時、大広間に背中に矢が刺され衣をボロボロにした神官が飛び込んでくるとアカバヒコの前にひれ伏した。
「た、大変です! 先ほど丹生山を見張っていた妖より蛙人とそれを指揮する銀髪の女が攻め入った模様です!」
「なんだと!」
その言葉にアカバヒコは立ち上がると上座から降りて神官に近づくと息を荒くして顔を近づける。
「もしやマカ殿か?」
「わ、分かりませぬがお味方は皆捕まり、丹生山の頂に放置されていた模様です!」
「マカ殿、血迷ったか……っ!」
アカバヒコは苦渋の顔を浮かべると己の太ももを強く殴った。
そしてアカバヒコは落ち着きを装って声を出す。
「で、あの神霊は? マカ殿のお付きの」というと神官は応える。
「予想通り逃がされていたみたいなので捕らえこちらに向かっております」
「なら良い」
アカバヒコはそう立ち上がり宮殿から見える都を包囲する災禍の者どもを見る。
「ハルメの奴。どこに行ったのだ?」
誰にも聞こえない声で静かにそう呟いた。
————。
月が西の空に沈もうとしている時、とりあえず私が囚われていた丹生山の北にある小屋の中に潜むことにした。
ヒヌカンの灯りのおかげでなんとか
予想より早く着けてよかった。
小屋の中はアマさんとその仲間たち。それから私とチトセでぎゅうぎゅうとなっている。
アマさんは仲間に今後の作戦を話し合っている間、チトセは暇そうに私の頭の上に乗る。
「ね、マカ。ツムグだけど高志との国境で保護されて今飛騨の王子の飛騨の都に向かう先導役をしているみたい。ナビィはその、分からない」
「多分殺されました」
「そう、なんだ」
チトセの声が小さくなる。もちろんだけどチトセもなんだかんだ一月も共にいて仲も良くなっていたから辛いのだろう。
するとアマさんは私に近づく。
「あ、マカ殿。次なんですがそのままハルメ行っちゃいます? それかアハバ再戦か」
「えーと」
私が悩んでいるとチトセが私の頭から降りてアマさんの前に来る。
「アハバはもう虫の息だよ。どうせ禍の神が食べるからアハバは捨ててハルメにしよう。二人を禍の神が吸収したら手がつけれないけどアハバ一人ならまだマカの鍛錬次第でなんとかなる」
チトセは話の主導権を握りそう口にする。
——そういえば、チトセ封印の話何も。
聞くのが怖いという感情をなんとか抑えチトセに震える声をかける。
「ねぇ、チトセ。禍の神の封印はどうするの」
私の言葉にチトセは軽く笑ったまま固まる。やっぱり言えないことがあったんだ。
「ねぇ、禍の神あのままでも強いけどアハバの力が加わったら鍛錬次第って。無理じゃない?」
私の問い詰めにチトセは目を背ける。しかし、私はチトセの体を掴むと無理やり私と視線を合わせさせる。
「教えて。封印はどうするの?」
「……封印は天人のやり方しかない。けど嫌でしょ君は」
「もしや月神に聞いたの? 封印の策?」
私がそういうとチトセは思い腰を上げるように話し始めた。
「とりあえず、知りたいんだったらこれだけは言っておく。マカ、話しても逃げないって誓って。けど話すのはこの戦いが終わってからでいい?」
チトセの言葉に私は息を整える。
私はその真剣な眼差しに頷くことしかできなかった。
そして私たちはここでしばらく休息を取ったのち夜明けを迎えたのと同時に飛騨の都に移動を始めた。




