66話 過去のしがらみ
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マカたちが丹生山に夜襲をしけかに行っているのと同時刻、安雲の狛村の徳田神社にてチホオオロは夜番をしていたタキモトの隣に立つ。
タキモトは神社の鳥居の前で見張りをし、本来ならいないのが当たり前である天川村の族長であるチホオオロがいることに少し悩むも、気にせずその場でお役目を続ける。
そんな時、チホオオロは尻尾を地面に向けて垂らす。
「あの、タキモトさん。マカさんにまだカグヤさんのことを伝えれていないんです」
チホオオロはタキモトと同じ方向向きながら告げた。タキモトはその言葉にどう返せばいいのかが咄嗟に思いつかなかったものの、かつてマカとのやりとり不足で関係が四年間壊滅的になったことを思い出し、落ち着いて話す。
「——一月。経ちましたな。チホオオロ殿であろう方がとは言いませんが。マカは勘の良い子です。察してはいそうですよ」
「そうですよね。だとすただれば私は本当に最低な人です。今更なんて声を掛ければ……」
「某は今しかないと思いますがな。マカは心が弱い子だ。今に進みたくても、心はまだ10歳のまま。某は気づけなかった。あの子は見て欲しかった。誰かに愛して欲しかったことを。まぁ、最初は怒ると思いますが怒らず話を続けてください」
「——」
チホオオロはカグヤから託された勾玉を握る。
そして、何も言わずしばらく空を見つめた後、神社の境内にある屋敷に戻って行った。
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夜の飛騨は山を登った先にある国なだけありかなり冷え込み毛皮を羽織らないと立つのもやっとなほど。
けど必ず戦いに勝たなければ禍の神を封印できたとしても新たな禍の神がすぐに君臨してしまうという世の不条理を繰り返してしまう。
私はそう心を言い聞かせながらアマさんたちと丹生山へ向けてヒヌカンのぼんやりとした光を頼りに進んでいる。
既に時は夕日を過ぎて月が空で一番高い場所に近づきつつある。
子供たちは高志にアマさんの一味の護衛のもとで向かっているから大丈夫なはず。
私は当初は月との戦いに備えてきたけど、今戦っているのはもう月ではなく地上の禍の神と、地上に落ち延びた天人たち。
早く、禍の神を倒さないと。
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それからしばらく歩き、月が西へ傾き始めた頃合いにようやく丹生山に到達した。
山道から外れ、獣道を歩く中で、林に隠れて人の手が入った道を見ると慌ただしく数人の兵士が間隔を空けて見張りとして配置されている。
アマさんはそれを見ると少し難しそうに唸る。
「うーん。ここまで見張りがあるとは。マカ殿が話したアカバネヒコがここをしっかりと塞いでいるのでしょうな」
「けど、アカバネヒコがアハバを倒せるなんて思っていません。なんで彼はここまで倒そうと躍起に?」
アマさんは少し考えると、誰からか聞いたのか思い出したような顔をする。
「そういえばここに向かう前に高志に立ち寄ったのですが、そこでこの国の王子と出逢いまして、王子が言うには裏王とアカバネヒコは幼馴染で親友だったようなので仇討ちをするつもりでは? で、さらに聞けばこの国の王族の庶流。もし、表王も死んでいましたら両面宿儺として即位するつもりなのかもしれません」
「王子がいるのにですか?」
「王子がいても、もしアハバを彼が倒したら皆彼に王を担って欲しいはずです。それが世の面倒臭いことですよ」
アマさんはそう言いながら周囲を見渡した後、先行で山頂まで行っていた二人の仲間が戻ってきた。
「アマ! 山頂に飛騨の将軍らしき人が指揮をとってる。このまま行けばコイツらと戦う羽目になるぞ」
「え、まじか」
アマさんは呆気に取られた声を出すと私を見る。
「全力で押し通っても良いです?」
私はほんの少し考える。
恐らくアカバヒコの考えでは自分の手でアハバが倒せる自信があるからの行動なのは間違いない。だけど、私に屈辱を与えた国の人である彼らに手柄を取られたくない。
「アマさん、そのまま行きましょう。私を辱めた国の人間が禍の神の手先を倒しても嬉しくありません」
「ん? マカ様、辱められたのですか?」
「あ」
アマさんたちを見ると目をきょとんとしている。
そういえばアマさんたちには辱められた話はしなかった。だって恥ずかしいことだったから隠していたけど、つい安心してしまった。
けど私の予想に反してアマさんたちの目には怒りの炎が微かに感じる。
アマさんは背中を向け仲間たちを見る。
「よし、この国滅ぼそう」
「「ゲロゲロ!」」
「そんなことはいいですから早く山頂に行きますよ」
けど私はこんな状況でも落ち着いていられる。
そして林から再び獣道に戻り音を出さないように気を配りながら頂を目指した。
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そしてついに頂に上がると、少し明かりが見えた。一旦ヒヌカンを勾玉に戻るように仕草をして、灯を消して草藪に隠れながらあたりを見渡すと松明を持った兵士が厳重にあたりを警戒している。
このままここから動いたら見つかってしまう。
「アマさん。これどうします?」
「うーむ。下手に敵対したくはないですし、マカ殿が脱走したのが広まっていると余計に厄介ですね。マカ殿、この国に未練がなくばそのまま突っ込んでアイツら気絶させます?」
「——まぁ、今ハルメが動いていないこの時しかないですしね。ですが将軍なんています? 見張りだけですけど」
私の言葉にアマさんの中は「あれ? 変だなさっきまでいたはずなんだけど」とどこか抜けたようなことを口にする。
現に今兵士は10人だけ。私たちが飛び出してもすぐに制圧できる程度な。
「じゃ、行きますね」
アマさんはそういうと草藪から先に出ると仲間たちも続々と出ていった。私が置き去りにしたまま兵士たちはそれに気づくと、驚いたように振り返るもただの蛙妖怪と気づくや否やため息をついた。
「おいおい。妖怪たち。ここは今危険だ。離れてくれないか?」
その言葉にアマさんはニヤリと笑う。
「えぇ〜ここ普段は人がいないし快適なんですよ〜 むしろあなたたちの頼み私どもが聞いてあげましょか?」
「——」
アマさんの言葉に一人の兵士が黙ると、隣にいた兵士に何かボソボソと話す。
そして二人の兵士は松明を地面に叩きつけると剣を抜く。
「おかしいな。この山は神官が常駐で人がいるはずなんだがな?」
「——やっちゃいました」
私はアマさんのその言葉に呆れながらも重い腰を上げて草藪から出る。するとアマさんの前にいる兵士が驚いた顔をする。
「——っ! なるほど銀髪の女が逃げたと聞いたがあんたか。目的はわからんが復讐か?」
「さぁ、どうでしょうね。あんな辱めを受けたら誰だってしないと変ですよ」
私は剣を抜く。それを見てかアマさんたちも矛を兵士たちに向ける。
私が深く息を吸うとそれに合わせるように二人の兵士が大きな声を出した。
「敵発見! こちらだ!」
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それからは意外と流作業のようにことが進んだ。
山頂にいた兵士は10人ほどだったのもあり、私とアマさんの相手ですらなく難なく全員気絶させることができた。
よりあえず目が覚めた時が厄介なため、一箇所にあつめて縄に縛った後、アマさんの仲間たちに見張りを任せ、祠には私とアマさんの二人だけで向かった。
ヒヌカンの光を頼りにあたりを探したけどなかなか祠は見つからない。
確かに兄は祠はここにあるとは言ってだけ道中それらしきところなんてどこにもなかった。
その時、あたりを見渡して遠くを見ていたアマさんが声を出す。
「あ、この道の下っぽいですよ!」
「え、道?」
アマさんのところに行くと、大昔は石造りだったけど今では苔に包まれて階段だったかもしれない程度に痕跡がある道があった。
アマさんは少し間下をじっと見る。
「嫌な匂いですな。おそらくこの道の先です。2度も同じこと言いましたけど」
「——いえ、ここじゃないです」
気づけば私は不思議とそんなことを口にした。
分からないけどこの胸騒ぎ何か変。
アマさんは隣で不思議そうな顔で見る。
「えーとマカ様? と言いますと?」
その時、頭の中に兄の声が聞こえた。
『マカ、祠はこの山頂の中央にある。山頂中央の土を少し掘れば紋様が入った翡翠の杭がある。それに触れるんだ』
「——山頂中央?」
私はその言葉にアマさんの精子の声を無視して背中を向けた後山頂に中央に行くとすぐ土を掘る。
すると兄の言葉通りに太陽の紋様が描かれた翡翠の杭があった。後ろからアマさんがくるとアマさんは驚きの声を出す。
「あ、これ隠し封印祠! 呪いの国らしくこれほど高度な呪いを難なくこなすとは……」
「アマさん。多分ここにアハバが」
「そのようですな。ちなみになんで気づいたんです?」
「——天の声ということにしてくれませんか?」
私の言葉に、アマさんは少し不思議そうに見るもうんうんと頷き「マカ殿がそういうなら」と気にしないでいてくれた。
そして、悔いの先端に描かれている紋章に触れると一瞬当たり魔真っ暗になり気がついたら洞窟の中にいた——。
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あたりを見渡すと洞窟の中なのにぼんやりと明るい。
まるで狛村の祠の中みたいな感覚。どこかカビ臭く居心地の良さを感じさせない雰囲気。
「あれ? アマさん?」
あたりを見渡してもアマさんがいない。どうして?
すると姿は見えないけど再び兄の声が頭に響き渡る。
『マカ。ここは結界の中だがアハバがお前しか入れないように細工をしたみたいだ。心を痛めつけに来るはずだ。俺の言葉も——』
「——アハバ」
兄に声が突然途切れたことで大体状況が理解できた。アハバらしい陰湿な技だ。
——よし、前に進もう。
私は息を呑んでヒヌカンもいない中先に進む。
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一歩、一歩先に進むにつれて頭の中にカグヤの声が聞こえる。
——マカ、憎くないの? この世界はマカを否定しているんだよ?
——人はね、自分の利益になることしか考えない。勝手に人に期待して勝手に人に失望する。それが世の理なんだよ?
——マカだってそうじゃない? 勝手に人に期待され期待に応えようとしても出来損ないって言われるの。辛いよね? 怖かったよね?
その言葉を聞いて私は首を横に振る。
「カグヤはそんなこと言わない」
私のその言葉に、あたりの闇からカグヤと瓜二つの無数の骸が現れると剣を持って私に飛びかかってきた。
おかしな話だけど今全ての動きが遅く見える。
カグヤ、もし安雲に帰ったらまた!
私は剣を抜き、風のように早くカグヤを模した骸を剣で切り刻むとあたりは血潮の嵐のように真っ赤に染まった。
その時。幻聴か知らないけど私が知っているカグヤの声が脳裏に一瞬だけ響いいた。
——お姉ちゃんを救って。
たったそれだけ。
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それからカグヤを模した骸をせいしながら進むと蒸気に包まれた広間に出る。
私は剣を抜いて奥に進むとあたりが急に明るくなると上記の中から女性の後ろ姿が見える。
布一枚も纏わぬ。まるでカグヤの面影を感じる姿。
「アハバ。相変わらず趣味が悪いね。教えて。どうしてこんなことを? ハルメを、あの子をあんな姿にした」
私の言葉にアハバはくすくすと笑う。
「世に絶望していたから。この国を恨み、滅ぼしたい欲求を叶えてあげただけ。けど不思議ね。私はこの国を気に入ってしまった。私をここに封じた国であっても」
「くだらないね。滅ぼすように仕向けたのに滅ぼしたくないなんて」
私の言葉にアハバは体ごとゆっくり振り返ると蒸気から出るといつの間にか衣を着ており、私に近づく。
けど、私の前にいるアハバはどこかおかしい。
私とチホオオロさんの前に現れた時の朽ちた姿ではなくまるで生きているおゆな生気のある姿。その姿がなぜかカグヤと似ていた。
「止まれ。なら、最後に一つだけ。あんた、カグヤヒメと因縁があるようだけど——あの子が言っていたお姉ちゃんてあんたのこと?」
私の言葉にアハバは眉間を震わせる。
「あんたに何が分かるんだ。優れた妹に劣等感を感じるしかなかったこの私のなにが!」
アハバはそういうと月光締めから血を流した。
つもりカグヤの——カグヤヒメノミコトの姉はアハバで間違いない感じか。
けど、この光景どこかで見た気がする。いや、見たんじゃない。私が一番よく知っている
その時、子供達から聞いたハルメの話を思い出す。
大切なものを奪われ、それを取り戻そうと躍起になったこと。
アハバは己の自尊心を否定された過去を忘れられず、ハルメは大切な妹を亡くしたことを忘れられず、過去という鎖に縛られたままその憎しみを晴らすだけの存在になっている。
そして走行している間にアハバは鬼の形相で私を睨む。
「あんな愚妹など興味ない。妹に全てを奪われた者の憎しみを味わうがいい!」
アハバのその言葉はまるで男のように低くあたりに響き渡った瞬間、アハバの背中から蜘蛛の足が血を噴き出しながら生え出る。
そして目玉を落とすとハエのような目玉を生やす。
私はその壮絶な変貌を遂げるアハバを見て息を呑む。
「あなた、私と同じなの? ——貴女も過去に囚われたままなんだ!」
私の言葉に反応してアハバが怒りに任せて私めがけて唾を吐き、それを避けると事件が臭い煙を出しながら真っ黒になったほんの少しだけ溶ける。
そしてアハバは雄叫びを上げた。
それに応えるように太平の剣が青白く輝いた。
その光はどこか誰かを救いたいと言う心が宿っているように感じる。けど、それに私は不思議と共感する。
アハバは許してはいけない。だけど過去に囚われて禍に魅了された人。
私は大きく息を吸う。
「アハバ! 前に進め!」
こうして私とアハバの戦いが開幕した。




