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三十八日目

ひとときの甘い時間、どこかで見た物語の茶会。

見た目は正常、うちなる狂気。

さて、良い子には褒美を、悪い子にはお仕置きを……与えよう。





「あら、生きていましたの?」


 朝の身支度を調えて食堂に降りてきてみれば、見知らぬ女に生死について言われた。

 高貴な言葉使いの品のいい黒髪の女は煙管をくゆらせ明らかにこちら……俺たちを見ている。

 先に朝食をとっているマーレイに促され席に着くとメイドたちが朝食を運んできた。

 焼いたばかりのソーセージに目玉焼き、サラダにジュース。

 普段と違う食事に隣の姫は目を輝かせている。


「おはよう、アッシュ。朝から不機嫌そうだな。」

「おはようございます、叔父さん。朝から礼儀知らずな女と出会えば清々しさも減ってしまいます。」

「それもそうか……。彼女の主人が私の会社のお得意様でね、今回私たちがこちらを訪れると話したら色々手配してくれたのだよ。あぁ 紹介が遅れたな。彼女はーー」

「ニーナですわ。(わたくし)は愛しい人に言われて伺ったまで、渡すもの渡して伝えるだけ伝えたらさっさとおいとまいたしますわ。」


 手入れの行き届いた肌や髪が、美しい所作でよりはえて、甘美な色香を醸し出す。自らを売るモノにしてはかなり良い所で暮らしているようだ。

 アリスは少し顔を歪めたまま俺に耳打ちした。


(あの人、綺麗ね。)


 何処と無くトゲを含んだ口調なのは知らないふりをしておく。くすりと俺は笑い、アリスに一つ口づけてさっきから得体の知れない視線を投げつけてくる女に視線を戻した。


「今回の招待状、手に入れるのにとても苦労しましたのよ?」

「それに見合う報酬を用意したはずだが?」

「そうですけど、本当でしたらこんな依頼あのお方は受けませんことよ……。この国での大佐の力はとてもお強いのですから。何より、(わたくし)たちの大切なお客様でもありましたのに……。」


 至極残念そうにため息を吐いて見せたが、とても残念そうには見えない。あのお方の命令と大佐、二つを天秤にかけた結果が現在の状況ということなのだろう。

 艶やかな唇に金に縁取られたティーカップがあてられる。一口紅茶を飲み干すと、彼女は話を続けた。


「あなた方はあのお方と最近懇意にしている製薬会社の方とその家族……ということにしていますわ。良いでしょう?その方がボロが出ませんでしょうし。あぁ、そうですわ邸宅の見取り図に私の知り得ることも書き足しておきましたわよ。」

「ほぉ、それは有難い。勿論サービスだろうな。」

「あらあら、報酬請求の時にこの分を上乗せしてありますのよ。私たちはコレも商売の一つですから。」


 フフンと表情を見せる彼女に向かって、マーレイは一瞬──ほんの一瞬苦虫を噛み潰した表情をしたが即座に仕方がないとでも言いたげな顔に戻した。

情報が多いに越したことない。何より彼女たちが仕入れるソレは、時として国をも揺るがす。商売柄、客から聞いた秘密は漏らしてはいけないはずなのだが、恐ろしく図太い神経を持っているのだろう。まぁ機密を漏らす、見せるバカもバカだが。こんな女の世話にならなきゃいけないほど寂しい生き物だな、人間の男は。

 俺にはもうアリスという半身がいる。とても温かいし、乾きもしない。満たされている。俺たちは人間よりもずっと幸福な生き物なのだ。生まれる前から寂しさと無縁なのだから。

 短い電子音が鳴りハンドバックから携帯端末を取り出し確認すると、彼女は傍らにいたメイドの持つ銀の盆にメモリーを置く。


「パーティーにはあのお方も参加されますわ。契約上それなりの支援はいたしますが、そのほかに関して自力で対処なさいな。」


 マーレイは運ばれたメモリーを確認すると、手にした携帯端末を操作し机に置いた。


「確認した、宜しく頼むよニーナ・パトリシア。あの方にも宜しく伝えてくれ。」


 優雅な立ち振舞いに反して、別れの挨拶もせず彼女は帰っていった。

 「明日の朝ミーティングで話す。」と言い残して、マーレイはそのままメモリーと共に自室に戻って行った。

残された俺たちは朝食を済ませて紅茶で一服し、今日の予定を相談する。


(道具の手入れの後にお庭に行ってみましょう?昨日はお部屋を見て回ったのだし。)

(そうだね、そうしようか。今日は天気も良いし少し隣の具合も覗けたら良いね。それに二人でゆっくりすごすのも久しぶりだし。)


 アリスは花が咲いたような笑顔を見せる。ここまでの道中マーレイ(監視)がずっといて久しぶりに二人だけで過ごせたのは昨晩から。束の間の休息とでも言うのか。


──あぁ、これが俗に言うデートって奴か。


 課外授業に必要な一般常識を学んだ時に出てきたな。そんなことを考えながらお茶を飲み干す。俺は白くすべすべした愛しい手をとり、道具の手入れを空いた後に庭へとエスコートするのだった。

大分空いてしまった。


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