第二話:どうしましょう
「はぁ…」
……どうしましょう。
「おいおい、田中ちゃん。飯こぼしてるぞ?!」
「田中、…田中!」
「は、はい!?何でごさいましょう?佐藤さん」
あら、いけない。
食事中だと言うのに意識が浮遊していたみたいです。
「日野の言ったことを聞いていなかった様ですね。食べ物を服にこぼしていますよ」
「あぁ!私としたことが…失礼いたしました」
せっかく伊藤さんが作ってくださった、おいしいうな重ですのに…。
「なぁ、田中ちゃん。ここの所調子悪そうだな」
「いえ。ごはんもおいしくいただいていますし、風邪などは引いておりません。元気ですよ?」
「確かに今日のうな重は特別美味いけど、そうじゃないっつーか…なぁ?伊藤さん」
話をふいに振られた伊藤さんは表情が少々驚いていらっしゃいましたが、口の中のものを飲み込んでから落ち着いて口を開かれました。
「おいしいとごはんが食べられるのは良い事ですが、確かにここのところ田中さんのおかわり率が少ないのが気になっていました」
「ぶはは!確かに田中ちゃんよくおかわりするよな。ってか伊藤さんってそんな所で健康状態把握してたんだ。新事実!」
「こら、日野。食事中に馬鹿騒ぎするものじゃありませんよ」
げらげらと笑う日野君を佐藤さんがピシッと嗜められました。
「はーい。すいやせん…」
ペロッと舌を出して答えた日野君は軽くそう答えます。
日野君を見ていると時々、私の弟を思い出してほんの少し気分が明るくなります。
「さ、みんな。今日は十九時に桜様が藤堂様とお帰りなって夕食をご一緒するそうです。
楓様は二十一時のお帰りです。軽めのお食事を希望していらっしゃるので、伊藤と日野はその様に」
「はい」
「坊ちゃんはまーた保健室異次元化に勤しんでんのかよ」
楓様はこの春、私立高校の保健室の先生におなりになられました。
最近はその空間の改造に力を入れていらっしゃる様で、話を聞いた日野君はそれを異次元化と呼んでいます。
「こら、日野。口が悪いですね」
「へーい。すいやせん」
「さ、皆さん午後もお願いしますよ」
佐藤さんの一声で皆さんお顔が仕事モードに切り替わりました。
「はい」
「へーい」
「かしこまりました」
+++
私、元気なのですが悩める事がひとつ。
発光が未だに見えないまま、一週間が過ぎてしまいました。
あれから桜様、楓様と何度かお話させて頂く機会がございましたが、やはり見えるはずの物が何も見えず落ち込むばかりです。
「はぁ…」
それでも私に与えられた黄色の間でミシンを動かしております。
何かしていないと気持ちが更に沈んでしまうので…。
「田中」
「は、はい、佐藤さん何でしょう?」
驚きました。ミシンを挟んで私の前に佐藤さんが突然現れました。
「一応ノックはしたんですが返事が無かったので勝手に入らせてもらいましたよ」
「あら…すみません」
どうやらまた、意識を浮遊させていたようです。
佐藤さんは苦笑いしながら口を開かれました。
「おいしい緑茶を手に入れたんですが、手を休めて一緒に飲みませんか?」
お茶?あら、もうそんな時間なんですね。
時計は十五時を指し示しておりました。
「はい。ご一緒させていただきますわ」
「では、執事室で待っていますからその縫い物をどうにかしてから来てください」
「どうにか?…あら!」
一ヶ所をなんとも言い難い具合にぐちゃぐちゃに縫い続けていたようで、酷い有り様の布と糸の塊ができていました。
あぁ…新作のメイドエプロンの候補、試作その三が…。
メイドの皆さんが楽しみにしてくださっていたのに、完成が延びそうです…。
+++
「はぁ〜。美味しいです」
私も実家では長年緑茶を飲んでおりましたが、何をどうすればこんなおいしい緑茶が淹れられるのでしょうか。
ほっこりした幸せため息が出てしまいます。
このお屋敷における私的、七不思議のひとつです。
「それはなによりです」
佐藤さんは穏やかに微笑まれて、中身の無くなった湯呑みにお茶を淹れてくださいました。
「お茶菓子もどうぞ」
「ありがとうございます、いただきます」
可愛らしい紅色のお皿の上に和菓子。
これは苺大福ですね。
白くて丸みのある形がとてもかわいいのです。
和みますねふふふ…。
「田中、明日から十日程休みなさい」
「へ…?」
あら?
今、佐藤さん休みなさいとおっしゃいましたか…?
もしや、昼食時のお話を気になさっているのでしょうか。
「佐藤さん、私健康ですので…」
「三十回」
「はい?」
佐藤さん一体何のお話をなさっているのでしょう?
「一昨日、田中が桜様と楓様の前で浮かない表情をした回数です」
な、なんて事でしょう。
よりにもよって桜様と楓様の目の前でそんな粗相を。
「申し訳ありませんでした」
「そうですね。そう思うなら田中、明日から十日ほど休みなさい」
十日ですか?
「どういう事でしょうか?」
「浮かない表情の理由は分かりませんが、気持ちを切り替えるなり切り捨てるなりする時間にしなさい」
「しかしその様な些細な理由で十日も休みは頂けません…」
「大丈夫です。日野なんて強引に休みを取っていますし。それと比べたら今回は楓様・桜様からのご提案ですから、気兼ねなく休みが取れるわけですし」
「楓様と桜様が…」
「あなたは些細な理由と言いましたが、お二人は田中を大変心配していらっしゃいましたよ。
”田中の作るモノはデザインが良いだけではなく、なにより着る人の事をきちんと思った温かさがあるから好き”だと言ってくださる私たちの仕えるあの方々を、あなたが心配だと悩ませたいのですか?」
あぁ、桜様・楓様。
私はなんて素敵な方々に仕えさせて頂いているのでしょう。
悩ませたい?答えはもちろん”いいえ”です。
どうしましょうと頭を抱えているだけでは解決しませんものね。
と、いたしますと…
「佐藤さん、十日間お休みいただいてもよろしいでしょうか?」
ゆっくり頷いた佐藤さんは微笑んでいらっしゃいました。
「ようやく少し田中らしくなりましたね」
「私らしくですか?」
「ええ。一つ決めた事に向かって迷わず歩み出す。…少々向こう見ずな所もありますけどね」
「ふふふ」
その例えは間違っていません。
そうでした。私は自分を見失っている場合ではありません。
見えなくなったと嘆くより、前を向いてまた創作へのヒントを探しに行かねばなりませんね。
+++
「田中ちゃん、居るかー?」
そう言いながらノック音と共に黄色の間の扉が開き、勝手知ったると足音が私の居る作業台へと近付いて来ました。
「はいここに。どうかなさいましたか?日野くん」
今は夕方ですからパティシエである日野くんもいつもは調理の準備をしている時間のはずですが、何かあったのでしょうか…?
「いやいや、俺はどうもしてないけどさ。田中ちゃん、こんなの好きか?」
目の前に差し出されたのは一枚の紙。
そこには有名画家の絵。そして展覧会入場券の文字が印刷されていました。
これはつまり、チケットではありませんか!
「はい、好きです。大好きです!」
「ぶはっ!」
私の勢いが凄まじかったのでしょうか?
日野くんはなぜか床に膝と手をついて爆笑されています。
「あー、ウケる。セーのヤツ損してやんの」
バシバシと床まで叩いて居ます。
私そんなに面白い表情でもしていたんでしょうか?
それに…
「日野くん、なぜここで長谷川さんのお名前が?」
「え?…あぁ、一人言だから気にしなくていいよ。ってかコレ田中ちゃんに渡そうと思って来た訳だし」
はい、と有名画家の展覧会チケットは日野くんから私の手のひらへやって来ました。
「頂いて良いのですか!?」
このチケットの代金、展覧会の中では中々の高値ですよ。
「オッケーオッケー。買い出しの帰りに偶然会ったダチに渡されたんだ。俺は興味ないし田中ちゃん明日から休みなんだろ?行って来な」
「ありがとうございます!」
「いやいや。俺は紙渡しただけだし一円も払っちゃいないから礼は要らないぜ」
「いいえ。紙は紙でも価値のあるものへ続く紙です」
「そこまで喜んで頂けて光栄。あ、確か十二時頃が空いてるってダチが言ってたからそこが狙い目だな」
なんて親切なご友人さんなのでしょうか。
「そうですか。ではそこを狙って明日早速行ってきます」
「おう。んじゃ、俺は仕事に戻るわー」
そう言うと日野くんは部屋から出て行かれました。
明日の予定が決まりですね。
楽しみです!
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