整形美人2<1>
「真田。一緒に帰ろう」
勢い込んで立ち上がった松平の鼻先で、俺はバタンと扉を締めた。
さっさと家に帰るために、大股でキャンパスを横切る。
グラウンドではラグビー部のデカイ掛け声が響き渡っていたが、その大声にも負けないくらいの声で、松平が俺を呼び止めている。だが、俺はきっぱりと無視をかまして歩き続けていた。
「真田! 待ってくれ」
背中に突き刺さる学生や教授連中の視線が痛い。
最近では無視をして歩く俺を、松平が追いかけるのは、毎日恒例の光景になりつつあった。
いつから。といわれれば…。
「こんにちは、真田さん。今、お帰りですか?」
大学通りのコンビニに前を通りかかると、コンビニの店員がにこやかに声をかけてきた。
何処と無く作り物めいた、博多人形のような貌は整形の賜物であることを俺は知っている。
一時期、うちに居候をしていたコイツが、俺をレイプしたとき、一緒にいたのが松平だ。
狡猾な奴に騙されただけだと云うのは、長い付き合いの俺には判っていたし、そんなことで責任を取るといわれても困る。
「ああ。何か用か?」
まったく無視をしてもいいが、それはそれで俺のプライドが邪魔をする。コイツを見ると足が震えるなんてみっともないことは知られたくない。
「いいえ。何も。ただ挨拶したかっただけです」
「真田!」
ようやく俺に追いついたらしい松平が、俺の前に立つ。
「神楽くん。何かな?」
「いえ。じゃ、また。真田さん」
育ちの良さをうかがわせる品のいい仕草で頭を下げると、神楽くんは店の中へ入っていった。
「大丈夫か?」
俺の顔色を伺うように振り向いた松平の横をすり抜ける。
松平はそんな俺を咎めるでもなく、後ろをただ淡々とついて歩き続けている。
今までは、いつも隣を歩いていた。
たわいの無い会話を交わして、肩を叩き笑い合う。
アレ以来、松平は俺の隣に並ぶことはしない。
半径一メートル以内に近づくなと云い渡したそれを、キッチリと守っている。
大学通りを入った住宅街の中にある俺の家は、一人暮らしにはデカ過ぎる。
女房と別れて以来、詫びしい家には夕飯なんてものは無い。
家の前のコンビニで買い物をして、家に戻った。もちろん、松平も一緒だ。
コンビニで買ったあげとネギを適当に切って、味噌汁を作る。
俺が出来る唯一の料理だ。
俺の元女房は古い言い方で云うなら、キャリアウーマンと云う奴で、俺が勤める帝都大を優秀な成績で卒業した。大学の研究室に残る俺とは違って、一流商社に就職を決め、ばりばり仕事をこなしていた訳だ。
大学時代から友人だった俺と結婚した後も、それは変らず、残業で遅くなった女房に味噌汁を作るのは俺の役目だった。
女房と別れた今でも、時折作りたくなるが、松平が家に来てからはなんとなく頻繁になった気がする。
味噌汁を作っている間、松平は大人しくコンビニの弁当に手をつけずに、ソファに寄りかかって座っていた。
俺が椀を片手に向かい側に座ると、松平は台所から味噌汁をよそって戻ってくる。
勝手に食うなとは思うが、結局残ったものは捨てる羽目になるのだから、残飯処理だと割り切ることに決めている。
「美味いな」
一口食った後に、松平はそう云って笑うが、俺はどう返せばいいのか判らない。
ひたすら黙って弁当をかき込んだ。
さっさと寝室に引きこもり、持って帰って来た学生のレポートに目を通す。
最近の学生は適当に上手く整えることだけは上手いが、いざ、自分の考えを書けといわれると、途端にグダグダになる。
目を通すのにも結構手間と時間が掛かるのだ。
以前は家に持ち帰り仕事などする方では無かったが、居残り仕事などすれば、松平も一緒だ。
今は共にはいたくない。
遠慮がちに寝室のドアが叩かれた。
「何だ?」
開けないまま、声だけを掛ける。相手が誰かなどわかりきっているからだ。
「真田。話があるんだ」
「俺には無いな。忙しいんだ。お前だって俺に付き合ってるなら、同じだけ仕事は持ち帰ってるだろう」
俺と松平は同じ教授の下で働いている。ということは俺と同じだけの仕事を松平はこなさなければならない筈だ。
「判った。でも、俺の気持ちだけは判ってくれ。お前が…好きだ」
どきりと心臓が跳ねる。
ドア越しの告白は、何も今夜が初めてと云うわけではなかったが、それでも何を求めているか知っているだけに、俺にどうしろと云うんだと、困惑するだけのものでしか無かった。




