異力(イリョク)×why
「オッス柘榴!」
「オス」
「おはよー柘榴ん」
「おー」
「お早うございます柘榴先輩」
「ああ」いつものように挨拶に囲まれる俺。でもその中に、俺をざっくんと呼ぶお馴染みの姿はなかった。
「隼都は?」隼都の隣の席に座っている高田俊平に聞く。みんなからは高俊と呼ばれているが、隼都はタッシーと呼んでた気がする。
「え?知らないぜ?来てないんじゃね?」
「そっか」それもそうだろうな。人に触って気絶するなんて、夢にも思わないだろう。たとえ、それに気づいてなくても、あの健康第一な隼都が倒れたんだ。1日くらい休んでも不思議じゃない。
「隼都が休むとか珍しーよなー。小学校の時にも休んだ記憶ないぜ?」
「そういえば、高俊同じ小学校だったんだな」
「そだね。休んだ理由知ってる?」
「なんで俺が…」
「いつも一緒にいるじゃん」いつも一緒か…。そういえばそうだったな。休んでる理由、知ってたって言う筈がない。実際、昨日見舞いにさえも行ってない。どんな顔で行ったらいいか分かんないし。寧ろ迷惑じゃないかと何かに囁かれてるようで、行こうとも思えなかった。ただ人を傷つけたことを悔やんで1人歩きしてた気がする。チャイムが鳴る。いつもと同じ筈の1日が、苦痛に紛れて自問自答の繰り返し。英語の時間、いつの間にかWhyという単語を目で追っていた。何故起きた?事の発端は?何故こんなことに?隼都を傷つけた?
知ってたんだ。自分が悪いんだってことくらい。でもそう考えると辛くなって、闇に押しつぶされるような痛みがのし掛かる。それはまるで死の呪文のように、時間が経てば経つほど、俺の命に喰らいついている気がした。
「ナイス!我心」
「あざーす」考え事をしていたせいか、どんな球を投げていたのかも覚えてない。確か、ナックル(無回転球)だった気がする。小さい頃、プロ野球の試合で魅せられた、一番好きな投げ方。小さいうちに変化球とか投げるのは肩を痛めるからやめた方がいいっていう周りの声も聞かないで練習に没頭してさ。世間の驚嘆の目を見て楽しんでいたのかもしれない。どうせ忠告なんて聞いたところで、俺は周りの人間と違う。普通じゃない。だからと言って、凄い力だとも思っていない。こういうものは、持っているものから見れば欠点しか見つからないのに、持っていないものから見れば羨ましく感じるんだ。だからか、俺は平等な世界に憧れ、追い求めていた。だけど、桐生は違った。あいつは1位に固執している。だからこそ面白いと感じたのかもしれない。自分の世界には考えられない人間…。友達なんて必要ないという考えを捨て去って、もっと知りたいと思うくらいに興味がある。人間を農作物と例えるなら、この力は不作物としか言いようがないけど。俺に上なんて必要ないから、この不作物を無くしたい。でもあいつは、犠牲を払ってでも上に立ちたい。その違いに魅力さえ感じる。
「我心、休憩するか」キャッチャーの津川が手を止める。
「まだ投げれるけど」
「お前さっきの、ナックル投げたつもりだろ。いつもより、回転微妙にかかってたぜ?あと、先輩にはタメ口聞くなって、前言わなかったか?」
「言った?あ、言いましたっけー」我心は、聞いたふりをしながら、視線を流す。しかし、その視線の先に、思いもよらない者がいた。
「宮城…ちょっと来いよ」苛立ちと息苦しさが混じった喋り方だった。どうやら走ってきたらしい。確か、桐生の中学校からは、10キロ近くあった気がする。そこから走ってきたわけ?
「…誰だっけ」目の前にいる相手に向かって言う。確か、昨日桐生の隣にいた3年だった気がする。
「そんな…ことより…」酷く息づかいが荒い声で訴えようとする。言葉が途切れ途切れになっても話したいことがあるのだろうか。まあ、宛なら色々はあるのだが。
「お前、柘榴に何があったか知ってるのか?」やはり異力のことか。確かに今まで、自分より遅かった奴が、いきなり速くなったり、人が倒れたりしたら誰でも不思議がるよな。
「練習したんじゃない?」
「は?何言ってるんだ?柘榴の様子が変なんだよ!!」
「変?」
「アイツ、部活で俺が話しかけたら、いつもと違ってて…」
まだ部活やってんだ?だろうな、あの陸上バカは。俺なんかに負けたくらいで、あんなに凹むような陸上バカが止めるはずない…か。それは人を犠牲にしてもか、柘榴?我心は峰里に話しを促す。
「アイツ、俺に何て言ったと思う?…お前みたいな遅い先輩に話すことなんかない。そう言ったんだ」我心は頭の中の霧が晴れたように、峰里を見る。
「アイツ…」我心は言い終わらないうちに駆け出していた。