犠牲×仲間
「我心?」突然、現実に引き戻された。
「お前、泣いてんのか?」そう言われて気が付いた。頬を雫が伝う。雨じゃないかと疑うくらい、それは無縁なもので。
「分からない」ポツリと呟く。それをじっと見つめた。
「悪い。つい殴っちまって……避けると思ったから」
「思ってないっしょ?思ってたら、こんな強く殴らないんじゃない?」
「お前、痛くて泣いてんのか?」
「まさか。痛かないって。あれ?あ、違う。痛いけど、痛くて泣いてるわけじゃないってこと」
「んなもん分かってるって。なんで泣いてんだって聞いてんだよ」
「泣いてるんじゃないって。目に塵でも入ったんじゃないの?」
「嘘つくな。はっきり言って、そんなことどうでもいいんだよ。隼都が言ったことが本当かどうか聞いてんだ」
「本人に聞くなんて反則じゃない?」
「コントしてんじゃねーんだけど?」そう言うと、我心は始めたばかりのニヤニヤ笑いをやめた。少しは真剣になったらしい。
「その話が本当だとしたら……あんたは何をしに来たわけ?」
「止めに来たにきまってんだろ」
「罪人と善人を同じ秤にかけるのか…くっ…笑わせる」
「罪人…てのはお前のことか?ってことは善人は隼都のことだろうな。確かにそうかもって言いてぇけど……」そこで一度言葉を切る。
「目の前から消える命と生きている命を同じ秤にかけるような奴に言われたかねーよ」
「あのまま、隼都が目覚めなかったらどうするつもり?」試すような口ぶり。いつもの我心だ。
「隼都は生きる」
「証拠もなく言う…それが友情か」我心は人格が変わったかのように冷たく吐き捨てる。こうなった我心は怖い。しかし目の前で命が散るのを見るのはもっと怖いに決まってる。
「そう言われたところで、今さら俺の決意が変わることはないね。沢山の人を苦しめるために生まれたのならば、いっそ斬り捨ててしまえばいい」
「そのためならば自分の命も厭わないと?」我心のように聞き返す。
「この異力を無くしたいと言いながら、犠牲を出したくないっていうのはあまりにも甘い考えだよ?」
「我心、それは……」
「甘いよ、桐生。角砂糖を蜂蜜につけるくらいに」そして一呼吸置く。
「……もしかしたら、あんたの仲間ってのになりたかったのかもな」
「は?」我心の言う言葉と思えなくて目を疑う。驚いて何も言えない。
「友情、知らないって言ったけど……本当は知ってる」何も答えず耳を澄ます。
「本当に人を傷つけたくない。俺の言葉とは思えないだろうけど」
「……だったら何で始めからそうしなかった」
「は?」
「何で始めから俺と会わずに死ななかったって聞いてんだ」
「桐生、それは俺に死んでほしいと思ってるって捉えていいわけ?」
「それとは別の話だ。何でかなんて簡単なことだろ。自分の心に問いかけてみろよ。仮面なんかつけずに。本当は知ってんだろ」
「……」チッと舌打ちする。
「心の中では望んでたんだ。ありえないことだ、諦めろって抑えながらもどこかで期待してた。そこで言葉を切り、我心が話すのを促す。我心、自分で見つけろ、そう心の中で念じる。我心は顔を上げ、困ったように笑った。初めての心からの表情だと思う。仮面も何もない、しかし辛そうな笑顔。『今までの苦しみを、解放してくれるの?』とでも言うように瞬きをして頷いた。
「……期待してた。仲間が欲しいって」こんな状況じゃなければ、美しい顔の少年の表情に感動していたかもしれない。少なくとも、クラスの女子の大半は惚れ惚れしてしまっていただろう。柘榴は知らないふりでもするように明後日の方向を向いた。
「俺はお前を仲間なんて認めねー」
「言うと思った。だから…」
「今から死ぬような奴を仲間なんて認めねーよ!!」我心の言葉を遮り、吠えるように言った。我心は目を丸くする。
あーあ。目の前にいる奴のせいで心変わりしそうになる。ポケットの中のナイフを持て余す。なんでそんなに俺を追い詰めるわけ。お前の将来弁護士?……なんてね。こんな時でも冗談言えるんだな、俺。そもそもこの世に居ちゃいけないのにね?ほら、日も沈もうとしてるじゃん。このままじゃ埒があかない。ポケットナイフを日の下に晒す。
「俺を止められるならね」ニヤリと笑う。そうだこれだ。これが一番性に合ってる。最後くらい悪役でいさせてよ?
「させるかよ!!」我心の力は思ったより強かった。細い腕に、どれだけの筋肉が備わってるのか。それでも……
「お前を死なせるのは!!絶対にいやだ!!」そう言ってナイフを叩き落とす。それでも我心は顔色一つ変えない。ニヤリとした笑みは刻み込まれているようで。我心はこうなることを予測していたに違いない。突然ポケットにずっと突っ込んでいた手を出したかと思うと、人差し指と親指を立てる。
そしてその手に生えている鋭く長い爪が我心の胸を貫いた――――――――――――




