表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末保管局のリボン付き遺失物―落とし物に宿った感情が見える私が、先輩の喪失を受け取るまで―  作者: 明石竜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/22

第十四章 忘却指定案件

 翌朝、真壁さんから連絡が来た。

 私宛てではなく、依子さん宛てだった。依子さんからその内容を転送されたのは、登校中のことだった。

「今日の放課後、支部に来るように。高槻も連れてくること」

 それだけだった。

 短い文章だったけれど、読んで、何かが来る、と思った。

「ルチル」

「読んだ」

「上に報告した結果が出た?」

「そうだろう。覚悟しておけ」

「何の覚悟ですか」

「止められる可能性がある」

「止められても動きますよ」

「おまえがそう言うのは知っている。ただ、話を聞いてから判断しろ。真壁は合理的な人間だ。感情で動かない。それは、話が聞ける相手だということでもある」

「珍しくフォローしてますね、真壁さんのことを」

「フォローではない。事実を言っている」

「でも珍しい」

「うるさい。学校に遅れるぞ」


 一日、授業が終わらない気がした。

 実際にはいつも通りの時間だったけれど、体感が違った。木乃葉に「今日なんかぼんやりしてる」と言われた。「少し考えごとがあって」と答えたら、「また言えないやつ?」と聞かれた。

「少しだけ言えます。今日、大事な話し合いがあって」

「大人と?」

「上司みたいな人と」

「お疲れ様」

 木乃葉は余計なことを言わなかった。「うまくいくといいね」とだけ言って、弁当の話に戻った。

 この友達で、本当によかったと思った。


 放課後、依子さんと合流して保管局に行った。

 真壁さんは机に座っていた。いつものように書類が積まれていたけれど、今日はそれを脇に寄せていた。机の上を整理してから話す、という意図が見えた。

「座れ」

 私と依子さんが座った。ルチルは私の膝の上に来た。真壁さんはルチルを見たけれど、何も言わなかった。

「記録の確認が終わった」

 真壁さんが言った。いつもの無表情だったけれど、今日は何か別のものがその下にある気がした。疲労、ではないかもしれない。でも、いつもより重い何かがあった。

「結論から言う。今回の案件は、四年前に処理された忘却指定案件だ」

「四年前」

「当時、久瀬ヶ丘中学校で大規模な怪異が発生した。正確には、当時中学棟として使われていた旧校舎棟で起きた案件だ」

 私は黙って聞いた。

「現在、あの棟は学区再編と校舎統合を経て、久瀬ヶ丘高校の旧校舎として扱われている。だから今回の怪異も、同じ場所を根にして再活性化している」

「同じ場所……」

「規模は三級相当。複数の生徒が影響を受け、一人が怪異の核に取り込まれかけた」

「対処した結果、怪異は収束した。ただし、一部の記憶と存在の痕跡を封印する処理が行われた。それが今も有効な忘却指定案件として記録されている」

「封印されたのは、誰の記憶ですか」

「複数名。ただし主要な対象は、榊晴澄の記憶だ」

「先輩の記憶が、四年前に封印された」

「正確には、特定の人物に関わる記憶が封印された。その人物の名前、顔、関わった出来事の詳細が対象だ」

「その人物というのは」

「記録には、仮名として“消失個体A”という表記がある」

 消失個体、という言葉が、部屋の中で重く落ちた。

「消失、というのは」

「怪異に取り込まれた。完全にではないが、存在の大部分が怪異の根として封じられた」

「大部分が、ということは」

「残っている部分がある。どこに、どのような形で、というのは記録に明記されていない」

「記録に明記されていない、というのは意図的ですか」

 真壁さんが少し間を置いた。

「処理した担当者の判断による。当時の担当者の記録には、"詳細を残すことが封印の弱体化につながる恐れがあるため、省略する"とある」

「つまり、名前を書くことが封印を壊す可能性があったから、書かなかった」

「そういう解釈になる」

「名前が怪異の足場になる性質だから。以前も同じ話が出てた」

 依子さんが言う。

「はい。名前を奪う怪異の案件のときに、ルチルが言っていました」

「その解釈は正しい。名前を呼ばれることが怪異の活性化につながる性質の怪異だった。だから名前を封印した。名前を知る者を減らした。記憶から消した」

 真壁さんが言った。

「守るため、という名目で」

「守るため、という判断だった。当時の担当者が、最善と考えた処理だ」

「今も最善だと思いますか」

 私が質問すると、真壁さんが私を見た。

「私の個人的な判断を聞いているのか」

「はい」

「……最善ではなかったかもしれない、と今は思っている」

 それは、意外な答えだった。

 真壁さんが感情的な判断を口にするとは思っていなかった。

「なぜ今そう思うんですか」

「封印が有効な間は、最善だった。しかし四年経って、封印が弱体化し始めている。怪異が再活性化している。これは処理が不完全だったことを意味する」

「不完全だったのはなぜですか」

「完全な封印のためには、存在を完全に消す必要があった。しかしそれが行われなかった」

「なぜ行われなかったんですか」

「当時の担当者の記録に、一行だけ理由が書いてある」

 真壁さんが書類を一枚取り出した。

「"消失個体Aの意志が残存しており、完全消去は不可能と判断した"」

 意志が残存していた。

 完全に消えることを、拒否した。

「それが、今も怪異として残っている理由ですか」

「そうだ。消えることを拒否した意志が、根として残った。その根が四年かけて怪異を引き起こし続けている」

「消えることを拒否した理由は記録にありますか」

「ない。ただ」

 真壁さんが少し間を置いた。

「処理の最後に、一つだけ言葉を残したという記録がある」

「何と言ったんですか」

「"忘れないでいてほしい"」

 部屋が静かになった。

 依子さんが、棒付きキャンディを机の上に置いた。くわえていられない、という感じだった。

「忘れないでいてほしい、と言った?」

「そうだ。その言葉が、封印をかけた記録の最後に書いてある」

「矛盾していますね」

「そうだ。忘れないでほしいと言いながら、記憶を封印した。担当者も矛盾を認識していたらしく、"本人の意志と処理の方針が相反しているが、安全を優先して処理を続行した"という記録がある」

 私はしばらく黙っていた。

 ルチルが膝の上で、動かなかった。尻尾が止まっていた。

「真壁さん」

「なんだ」

「忘却指定案件の処理について、確認させてください。関与禁止になりますか、私たちは」

「原則として、そうなる」

「原則として、ということは例外がある」

「例外の適用には、上位機関の承認が必要だ。申請から承認まで最短でも一週間かかる」

「文化祭まで一週間もない」

「そうだ」

 私は真壁さんを見た。

「申請していただけますか」

「申請自体は可能だ。ただし承認が下りる保証はない」

「承認が下りなくても申請してください」

「理由は」

「申請の記録が残るから。この案件に対して、誰かが再処理を求めた記録が残る。それだけでも意味がある」

 真壁さんが私をしばらく見た。

「……申請する」

「ありがとうございます」

「礼は要らない。ただ、承認が下りない場合は」

「関与禁止の指示に従うとは、今は約束できません」

「そうだろうな」

 真壁さんが書類を戻した。

「高槻」

「はい」

「一つだけ言っておく」

「どうぞ」

「この案件に深く関わるほど、おまえ自身の過去にも触れることになる可能性がある」

「私自身の?」

「四年前の怪異は、久瀬ヶ丘中学校で起きた。当時、その学校に在籍していたか確認したいんだが」

 私は少し止まった。

「私が当時、久瀬ヶ丘中学校にいた、と言うんですか」

「記録に、影響を受けた可能性がある人物のリストがある。氏名が並んでいる。その中に、高槻という名前がある」

「私の名前が」

「高槻という姓は、珍しくない。同一人物かどうかは確認できていない。ただ、可能性として言っておく」

 私は黙った。

 感情が、ざわついた。感応ではなく、自分自身の感情が。

「それは、私も記憶を封印されているということですか」

「可能性がある。リストにある高槻が同一人物なら」

「感情だけ残って、出来事が見えない、ということは」

「封印の影響で記憶が抜けている可能性がある」

 私は手を見た。

 感応で他人の感情は受け取れるのに、自分の過去だけは霧の中にある。

 それが封印の影響だとしたら。

「ルチル」

 膝の上のルチルを見た。

 ルチルは私を見た。

「知っていた?」

「……可能性は考えていた」

「可能性、というのは?」

「確信はなかった。ただ、おまえが"失くした記憶がある"と言ったとき、関係があるかもしれないとは思った」

「なんで言わなかったの」

「確信がなかったから。あと、おまえが自分の過去に触れることを、準備なしに強いたくなかった」

「準備のために、感応の訓練をつけてくれていた?」

「……それだけではないが、それも含む」

 私は少し黙った。

 怒る気にはなれなかった。ルチルなりの、ルチルにできる範囲の、守り方だったと思ったから。

「私の記憶の封印を解くことはできますか」

 真壁さんに聞いた。

「技術的には可能だ。ただし、感応持ちの封印は通常より複雑な場合がある。慎重に進める必要がある」

「先輩の封印は?」

「榊晴澄の封印は、より深い。本人の同意が必要だ」

「本人が望んでいます。先日、話を聞きました」

「聞いたのか」

「はい。先輩は、忘れさせられたとしても、思い出したいと言っていました」

 真壁さんが依子さんを見た。

「接触を許可したのか」

「厳密には、接触を止めなかった」

 依子さんが言った。悪びれていなかった。

「止めても止まらないと判断したので」

「冬月」

「はい」

「次からは報告しろ」

「します」

「今後の動きについては、申請の結果が出るまで待機が原則だ。だが」

 真壁さんが書類を一枚、机の上に置いた。

「文化祭当日の警戒配置については、独自に動いていい。あくまで警戒であり、封印への直接干渉は承認後とする」

「警戒の範囲で、できることがあれば?」

「その判断は冬月に一任する」

 依子さんが「ありがとうございます」と言った。

 私も「ありがとうございます」と言った。

 真壁さんは「礼は要らない」と言った。それから少し、視線を下げた。書類を見ているわけではなかった。

「高槻」

「はい」

「四年前の処理は、間違いではなかったと、今も思っている。当時の状況で、あれ以外の選択肢はなかった」

「はい」

「しかし、正しくもなかった、という可能性は認める」

「分かりました」

「その上で言う。今回の動きが、より良い結末につながることを、私は否定しない」

「それは」

「期待する、とは言わない。ただ、否定しない」

 真壁さんらしい言い方だった。

 でも私には、それで十分だった。

 旧校舎は、ずっと高校のものだと思っていた。けれどあの場所は、名前と所属だけを変えながら、四年前からそこにあり続けていたのだ。


 保管局を出てから、依子さんと並んで歩いた。

 夜の久瀬の街だった。ルチルが肩に乗っていた。

「真壁さん、思っていたより話してくれた」

「そうだね。あの人、感情を出さないけど、正しくないことが嫌いな人なんだよ。だから今回の案件が正しくない可能性があると気づいたら、自分の中で整理せざるを得なかったんだと思う」

 依子さんが言う。

「整理した結果が、今日の話し合いですか」

「そうじゃないかな。あの人なりの、謝罪と協力の表明だったと思う」

「謝罪、というのは?」

「四年前の処理に対して。組織として関わったことに対して。直接言えない人だから、こういう形になる」

 私はそれを聞いて、少し、真壁さんへの見方が変わった。

「依子さん」

「なに」

「私の記憶の封印、解いてもらえますか」

「技術的には私でもできるけど、ましろちゃんの感応があるから慎重にやりたい。時間を取って、安全な状況で」

「文化祭の前に?」

「……できるだけ。ただ、封印を解いたら何が見えるか分からない。それに耐えられる準備が必要」

「どのくらいかかりますか」

「一日か二日あれば。ただし」

「ただし?」

「見えた後、どう動くかを考えておくこと。封印が解けたら、あなたは今より多くのことを知ることになる。その上で判断が必要になる」

「判断とは」

「先輩をどう守るか。るりという名前の人を、どう回収するか。自分自身の記憶をどう受け取るか。全部、見えてから判断しなければならない」

「準備してきたこと、役に立てたい」

「役立つよ、絶対に」

 依子さんが微笑んだ。棒付きキャンディをまた口に入れながら。

「ましろちゃんは、本当に成長したね。最初の定期入れの案件から比べると」

「まだ足りないことばかりですが」

「足りないことが分かることも、成長だよ」

「依子さんはいつもそういう言い方をしますね」

「本当のことだから」


 帰り道、ルチルがずっと静かだった。

 黙っていた。私も黙っていた。

 しばらくして、ルチルが言った。

「今日の話、受け取れたか」

「受け取りました」

「重かっただろう」

「重かった。でも知らないよりよかった」

「そうか」

「ルチル」

「なんだ」

「四年前の怪異に、私もいたかもしれない」

「そうかもしれない」

「るりさんと、会ったことがあるかもしれない」

「……そうかもしれない」

「記憶が解けたら、分かりますか」

「分かることもある。分からないことも残るかもしれない」

「それでいいです」

「いいのか」

「全部が分からなくても、今より多く分かれば、できることが増える」

 ルチルが尻尾を揺らした。

「……強くなったな」

「褒めてますか」

「事実を言っている」

「ありがとう」

「礼は要らない」

「言いたいので言います」

 ルチルが短く鼻を鳴らした。

「一個だけ聞いていいですか」

「なんだ」

「ルチルは、るりさんのことを、どう思っていますか」

 長い沈黙があった。

「……大切に思っている」

「それは感情ですか」

「感情かどうかは分からない。でも、大切に思っている、と言える」

「るりさんが消えることを拒否したのは、ルチルのことも関係していますか」

「……あたしだけのためではないだろう。でも、あたしも含まれているかもしれない」

「ルチルが今の形で存在しているのは、るりさんと関係していますか」

「……今は言えない」

「今は言えない、は今日で何回目ですか」

「数えていない」

「私は数えてます。今日だけで五回」

「……やめろ」

「やめません」

 ルチルが「うるさい」と言った。でも声に力がなかった。

「ルチル」

「なんだ」

「るりさんが正しい形で終われるように、私が手伝います」

「……おまえに言われるまでもない」

「でも言いたかった。約束みたいに」

 ルチルが静かになった。

 長い沈黙の後。

「……受け取った」

 小さく言った。

「ありがとう」

「礼は要らない、と言った」

「言いたいので言います」

「……勝手にしろ」

 夜道を歩いた。街灯の光の中を。

 文化祭まで、六日だった。

 忘却指定案件。消失個体A。忘れないでいてほしい。

 それが全部、一人の、るりという名前の女の子のことだった。

 そしてその子は、四年間、消えることができないまま、学校の怪異として残り続けていた。

 忘れないでほしい、と言いながら。

 「なかったことにはしない」

 私は歩きながら言った。

 誰に向かって言ったのかは、自分でも分からなかった。でも言葉にしたかった。

「必ず、拾いに行く」

 ルチルが肩の上で、一度だけ、深く息を吐いた。

 それが答えだと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ