そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)3.7 < chapter.5 >
心を込めて発した言葉には『言霊』が宿る。
同じ「おはよう」という挨拶でも、込めた思いが親愛、情愛、労りや喜びの感情ならば、相手を癒し、励まし、絆を深めることができる。また逆に、侮蔑や嫌悪、怒りや嫉妬を込め、相手の心情を害することもできる。
現場の五人は、巨人の発する『呪いの言葉』を至近距離で浴び続けていた。彼らは日常的に『このクソ』『おい馬鹿』『そこのクズ野郎』とスラングで呼び合う部類の人間だが、その声には間違いなく、仲間に対する信頼や友愛の気持ちが込められている。使う言葉は悪くとも、誰ひとり、それを悪意と感じていない。
けれども、この巨人の言葉は違う。
巨人の『材料』になった数十万人の罪人たちは、心底他人を見下し、自分の不幸を他人からの妨害のせいと考える人間だった。彼らは自己を省みて、言動を改めることができない。『そういう性格』と言ってしまえば簡単だが、実際には脳機能に問題がある者も多い。それは投薬で一時的に改善しても、根本的には治療できない『生まれ持った性質』なのである。
そんな人間たちの集合体、『闇の巨人』から吐き出された言葉には、そのすべてに呪いの言霊が乗せられていた。浴びせられる罵詈雑言の数々が『風と闇属性の攻撃』として作用する。
「なんつー破壊力……クソ! またか!」
闇をはらんだ《黒い衝撃波》を受け、ディオの《防御結界》にヒビが入った。あわてて結界を張り直すディオだったが、この作業はもう十七回目である。新たに結界を構築しても、嵐の如く吹き荒れる悪意の暴風によって、あっという間に耐久限界を迎えてしまうのだ。
ディオは頭と首に乗せた二匹の猫に声をかける。
「シアン! ナイル! 大丈夫か!?」
「一応、まだ……」
「今のところはね……」
「でも、そろそろヤバイな。わけの分からん、どす黒い感情が浮かんできやがる」
「どうしよう。ニャんか、俺、震えが止まらニャい……」
「ターコイズ、俺が発狂して暴れ出したら、その場で殺してくれ」
「俺も。おかしくニャってみんニャを攻撃するニャんて、俺、やだよ……」
「しっかりしてくれよ! お前たち、そんなこと口走るようなキャラじゃねえだろ!?」
「すまない。だが……」
「これ以上は……」
「く……ラピ! さっさと決めてくれ!! シアンとナイルが持ちそうにない!!」
ディオはラピスラズリに向かって呼びかけるが、ラピスラズリには聞こえていない。彼はこの『言葉の刃』から身を守るため、自身の周囲に風の結界、《空墟》を構築している。圧縮空気と真空層から成るこの『空気の城』なら、外界の音声を完全に遮断できる。
ディオも同じ魔法を使いたいところだが、残念ながらこの魔法は消費魔力が大きい。底抜けの魔力値を誇るフェンリル族のように、余裕を持って発動状態を維持することはできないのだ。
そしてそのフェンリル族も、この敵のタフさには舌を巻いていた。
「嘘だろおい……なんでまだ倒れねえんだ……!?」
これは独り言ではない。自身の内に存在する『神』、フェンリル狼への問いである。
フェンリル狼は心の声で答える。
「こちらの攻撃力は十分足りている。それでもこの『闇』を浄化しきれないということは、我々の心が曇りすぎているのだろうな」
「あ? なんだって!?」
「心が曇っている、と言ったのだ。純粋さとか、清らかさとか、そういう要素が足りないということだな」
「はあ? 俺ほどピュアな仲間想いはそうそういないぜ!?」
「自分で言い切れるあたりに胡散臭さを感じるな?」
「知るかよ! 具体的に教えてくれ! 何すりゃ勝てる!?」
「己の生き様を振り返り、深く考え、悪しき行いを懺悔せよ」
「ヤなこった!」
「言うと思った。だがな、二号。大切な話だからよく聞くがいい。あの巨人に正義の拳を叩き込むには、まず、こちらが日頃の行いを悔い改め、清く正しい心と明るい未来への展望を持たねばならないのだ。なぜなら『心の闇』を照らせるのは、同じく人が生み出す『心の光』だけなのだからな」
「あー、うっぜえなあ、そういう説教! つーことは何か? オフィスの冷蔵庫に入ってたプリンを勝手に食いましたゴメンナサーイ! とか言えばいいのか!? そんなモンで攻撃力が……」
上がるわけねえだろ、と続けようとしたラピスラズリだが、下の句を詠みあげる前に効果があった。
ラピスラズリの胸から、光の粒が飛び出した。
蛍のように緩やかに点滅する、優しい若草色の光。それはたった一粒で、とても小さいものだった。けれども不思議なことに、その光は真昼の陽光のようなあたたかさでラピスラズリを照らしている。
驚きに目を見張っていると、フェンリル狼は呆れたような口調で言った。
「何を阿呆のような顔をしている? これでも私は『神』のはしくれだぞ? さあ、どんな些細な罪でも遠慮なく懺悔せよ。神は人間の悪行に裁きを与えるが、悔悛の言葉を聞き届け、許しを与えることもできる。私の『審判』は激甘だ。臆することは無い。私が君のすべてを受け入れよう」
「えーと、それなら……ついこの間、ラブホのコンドームにこっそり穴開けました! 安全ピンで!! 潤滑液が漏れてこないように、穴開けた面全体に綺麗に透明フィルム貼って偽装工作もしましたーっ!! ごめんなさーい!!」
「あー……まあ、許しがたい行為ではあるが、許すと言った以上は一応許そう。二度とやるなよ!」
フェンリルがそう言うと、ラピスラズリから二つ目の光の粒が飛び出した。一つ目とはやや異なる色合いで、今度は淡いピンク色だった。
「おっ! なんか眩しいのが増えた!」
「これが君の『心の光』だ。『希望の星』や『天啓』、『さとり』、『ともしび』などとも呼ばれるが、本質は一つ。これは『心の闇』を照らし、打ち消す力を持つ」
「そんな強いのか? これが……??」
「奇しくも、君に与えられた偽名はこの光と同じ意味を持つ。ケント・スターライツ。君に『星々の光』の名が与えられた日、私はこの奇跡に歓喜した。その名前はとても良い。そして、その後につけられたコードネームも最高だった。ラピスラズリは『満天の星空』、『天空の覇者』、『夜空の欠片』とも呼ばれる石の名だ。それらの『言霊』は、君の光を何倍にも、何十倍にも強化してくれた」
「いや、けどさ。何十倍っつー割には、こっちの攻撃効いてねえぜ?」
この会話の最中にも、ラピスラズリはピーコックの出す合図に合わせて炎や爆発の魔法を連射し続けている。だが、その効果が上がったようには思えない。
するとフェンリルは、面白そうに笑った後でこう言った。
「まだまだ、君自身の心に余計な『汚れ』が溜まっているということだ。さあ、告解を続けよう。難しいことじゃあない。懺悔とは心を洗濯することなのだからな」
「えー……いや、他に、何かあったかな……」
「良く思い出せ。己に問え。たとえ一度は闇に呑まれても、自己を省みて悔い改める限り、人は何度でも、いくつでも新たな光を生み出すことができる。自分で使いきれない光は誰かに分けてやれ。自分の心を洗い清め、救い、『希望の光』を抱くこと。それは結果的に、他者をも救うことになる」
「んー……? なんか難しい話だな……えぇ~っとぉ……?」
「気負うな。日頃の何気ない『悪さ』を話すだけでいい」
「あー、じゃあ、そういうことなら……ナイルが落とした一万ヘキサ紙幣をこっそり拾って自分のモノにしました。ゴメンナサイ」
「そうでちゅかー。よく思い出せまちたねー。ゴメンナサイが言えていい子でちゅねー」
「俺、もしかして馬鹿にされてる?」
「何を言う。私ほど優しさと包容力に溢れた神はいないぞ」
「本当に?」
「本当だとも。その証拠に、私はこんな話にも許しを与えてやるのだ。どうだ、激甘だろう? 感激したか? その金で度数のバカ高い酒でもおごってブッ潰してやれ。では、次!」
「えーと、シアンの着用済みパンツをコード・レッドの薔薇族オジサンに五万で売りました! マジでゴメン!」
「その後の使い道を考えたくは無いな! 許す! 忘れてしまおう! 次!」
「同じオジサンにピーコの部屋から回収したゴミを一万で売りました! カピカピに干からびた若干生臭いティッシュです!! ごめんなさい!!」
「ゴミの回収当番を悪用するな! だがまあ、今は状況が状況だ。不用品の有効活用と思ってギリギリ許す! 他に懺悔したいことは!?」
「またまた同じオジサンに『訓練棟のシャワーブースで回収したコバルトのアソコの毛♡』を一万で売りつけましたが、実際は俺の陰毛です。しかもそれを入れ知恵したのは、俺の怪しい挙動に気付いたコバルト本人です。口止め料として半分カツアゲされました! なんか色々ゴメンナサイ!」
「どこから誰に何を突っ込めばいいかな?!」
「職場内おっさんずブルセラは団規でも法律でも禁止されてないから、大丈夫だよね? 俺、無罪だよね? 愛を求めるゲイのオジサンに優しく施しを与えているようなものだから、むしろ善行っしょ!? ねっ!?」
「うぅ~む……クソがクソを呼ぶクソ展開だが……まあ、このさい仕方がない。許そう!」
「んっ!? あれっ!? なんか肩が軽くなった!? いやー、悔い改めるって良いことだなぁー! ものすごく爽やかな気分だぜーっ!」
「そうか。それは良かったな。私は少々、自分の『器』の教育方針を誤ったような気がしているのだが……」
「気のせいじゃねえか? 俺、こんなにいい子に育ったじゃん?」
「そうだな。自己肯定感の育成だけは上手くいったと確信している」
この『神』にして、この『器』あり。このやりとりはどちらも大真面目で言葉を発している。そして常にこんな調子だからこそ、どこまで行っても仲間からの評価が『クソ野郎』であることに気付いていない。
その後も攻撃を続けながら、二人は『史上最悪の超絶スイート懺悔タイム』を続行した。フェンリルが許しを与えるたび、光の粒は一つ、また一つと生み出されていく。それは蛍のように宙を舞い、ラピスラズリの頭上に集う。
光が一つ増えるたび、攻撃力は確実に増していった。だが、まだ決定打とはなっていない。
「まだ足りないのか……。二号、もう懺悔すべきことは無いか?」
「って、言われてもなぁ……」
首をかしげるラピスラズリ。フェンリルはその記憶を読み、本当に『もう何もない』ことを確認する。
「だとすると……あっちか?」
フェンリルは巨人のほうに目を向ける。だが、見ている相手は巨人ではない。『神の眼』によって、巨人の背後の人物を見ているのだ。
《幻覚魔法》で姿を消したピーコックはペガサス型ゴーレムに騎乗し、常にカメラから死角になる位置に陣取っている。そしてラピスラズリが攻撃しやすいよう、幻覚、幻聴、洗脳系の魔法を使い、巨人の注意を引き付けているのだ。
ピーコックに幻覚を見せられ、巨人は何もない空中に向かって必死に掴みかかり、噛みつこうと大口を開ける。
このタイミングで口の中への攻撃することも、これまでに幾度か試みた。だが、与えられるダメージは体表への攻撃と大差ないらしい。どこに当てても同じダメージであれば、わざわざ狙いにくい口腔内を狙う道理もない。ラピスラズリは楽に狙える大きな的、巨人の背中に炎の魔法を連射する。
全弾命中、かつクリティカルヒット。今のラピスラズリに出せる最大の攻撃力でダメージを与えることができた。
しかし、それでも巨人は倒れない。
やはり、ともに戦うピーコックにも『罪の告白』と『許し』が必要であるらしい。
フェンリルは『神の声』を用い、ピーコックの心に直接呼びかけた。
「あーあー、テステス、テスト……え? これ本当に音声届いてる? 久しぶりすぎて分からんが、まあいいか。おい、人間。そこのフラウロス族の。灰色の髪の……そう、君だ、君。私はフェンリル。君たちが『ラピスラズリ』と呼ぶ男を守護し、『器』とする神だ。この巨人の倒し方が分かったので、今からありがた~いご神託を授ける。心して聴くように」
と、フェンリルはできるだけ『カミサマらしい声色』を作って呼びかけた。
しかし、ピーコックはこう返す。
「面会予約は前日の午後五時までに情報部の総合受付にお願い申し上げま~す」
これを意訳すれば、『うるうせえ知った事か! 神だか何だか知らねえが外野はすっこんでろ!』ということになるだろう。もちろんフェンリルは『神』の端くれなので、言葉に込められた真意、『言霊』を正確に読み解くことができた。だがそう言われて、『こりゃまた失礼いたしました!』と退散するわけにもいかない。
「いいから聞け! 『闇』の力に対抗するには、君の心に穢れがあってはいけないのだ! 己の罪を悔い改めて清い心を取り戻さねば、『光』を纏って戦うことはできない!」
「へえ? 何? 俺に真正面からそういうこと言ってくるヤツ、まだこの世に存在したんだ?」
「ほかに手は無いのだぞ!」
「無いかどうかは俺が決める」
「何?」
「フェンリルちゃん? 君、ラピの中にいるんだよねぇ? ってことは、一応、この現場では俺の指揮下にあるってことにならない? なるよねぇ? 俺がこのミッションの現場リーダーなワケだしさぁ……」
「っ!? な……これは……っ!?」
「理屈は良く分からないけども、さっきからこの巨人、言葉そのものが攻撃魔法みたいになってるじゃない? 言葉に魔力乗せてる感じ? こんな知能指数の低そうなヤツにできることなら、人間様にできないとは思えないんだよねぇ~?」
「こ……『言霊』を、使いこなしている……だと!? バカな! 私は何物にも縛られることは……!」
「あ、こういうの、『言霊』っていうんだ? ほら、君はどうだか知らないけど、君が入ってる『器』? っていうの? それ、うちの所属だからさ。俺は今、君の存在を『所属隊員の特殊装備品の一つ』と定義して話しかけている。人の心に直接話しかけられる、便利な拡声器……ってところかな? 自分の言葉にそういう『意味』を込めて魔力を乗せれば、『神』も道具の一つにカウントできるかなぁ、なんて思ったんだけど……上手くいったみたいだね?」
「君は……私を使って、何をする気だ?」
「知ってる? 英雄は『なる』ものじゃなくて、『つくる』ものだってこと」
「なに?」
「俺はそーゆーキャラじゃないし、ここはやっぱり、一番盛り上がる場面はラピにやってもらったほうがいいかな。せっかくキラキラしてるしねぇ?」
「だから、何を……」
「ラピ、命令だ。しばらくしたら、タイミングを見計らってカメラに映る場所に出ろ。どうせこのカミサマ経由で聞こえてるんだろう?」
「それでどうなる!?」
「やればわかるさ」
そう言うと、ピーコックは《幻覚魔法》を解除してしまった。それも、きっちりテレビカメラの側に回り込んでからだ。
ピーコックを見つけ、掴みかかる巨人。ピーコックはその手をスイスイと躱しながら、《救難信号》の呪符を発動させる。
この呪符はその他の自然光と見分けがつくよう、派手なネオンカラーが七色に明滅する。
明るい光に照らし出されるペガサスと、それを追って手を振り回す巨人。
その光景を必死に実況する女性レポーターのもとに、ピーコックの放った《雲雀》が飛来した。
女性レポーターが《雲雀》のリボンを受け取った途端、息を切らしながらも、なお凛とした男の声が響く。
「そこは危険だ! 俺がこいつを引き付けている間に、はやく逃げなさい!」
テレビ画面を見つめる視聴者は、たったこれだけの言葉で『あの騎士の声だ!』と理解した。そして同時に、先ほどの派手な光はテレビクルーたちを逃がすため、あえて放ったものであるとも直感した。
しかし女性レポーターは、職業意識か、ジャーナリストの性か、逃げるよりも質問することを選択した。
「その巨人は何者でしょう!? あなたはなぜ、それと戦っているのでしょうか!?」
この問いに、ピーコックはいかにも危機的状況然とした声を作って返す。
「確かなことは分からない! だが、これは非常に危険な魔物なんだ! 人でも動物でも見境なく襲う! 早く逃げてくれ! 俺がこうして引き付けておけるのも……うっ!」
ピーコックはカメラのアングルをよく理解したうえで、わざと巨人の手がかすったように演技した。実際には攻撃の軌道から何メートルも離れているのだが、カメラ、巨人の手、自分が一直線に並ぶ瞬間に悲鳴を上げながら体勢を崩せば、視聴者目線では『攻撃された』ことになるのだ。
思わず悲鳴を上げるテレビクルーたち。その声により、テレビ画面の向こうにはピーコックの負傷が『真実』として伝播していく。
たったこれだけ、ほんの十数秒のやり取りで、ピーコックは『悪い巨人と戦う正義の騎士』になってしまった。情報部で鍛え上げたメディア対策スキルには、この場に居合わせた神々も感嘆の声を溢すよりほかにない。
ピーコックはその後何度か攻撃して見せ、それと同じだけ『間一髪の状況』を演出した。
現時刻、午前三時三十分。こんな時間にテレビを視聴している中央市民は非常に少なかったが、夜通し営業している一部の飲食店、市場、物流センターなどでは、誰もが作業の手を止めて緊急生放送に見入っていた。
「なんだこりゃあ……つーかヨォ、治安維持部隊は何してんだ? いつまでこのあんちゃん一人で戦わせておく気だよ!? まだ応援来ねえのか!?」
「こいつ、巨大ゴーレムとかかね? おっかねえなぁ。あんなもんが、町のほうまで来やがったら……」
「俺は戦うぜ! こんなのが好き放題暴れたらヨォ、うちの女房と子供も、無事じゃあ済まねぇかんな! なにがなんでもぶっ倒さねえと!」
「だよな! みんなでやりゃあなんとかなるぜ!」
「けどよ、あれ、普通にぶん殴れたりすんのか? なんかさっき、魔物とか言ってたべ? ほら、またあれじゃねえか? 古代遺跡とか、そういうのから出て来ちまったっつー……呪われたナントカカントカ、みてぇなよ……」
「あー、かもなぁ。古い時代の封印式ってなぁ、今のと違って、不完全なの多いっつーモンな?」
「機械演算なしでクソ長ぇ術式手書きしてたんだろ? そりゃ書き間違いくらい……あ! また食らっちまった!?」
「いや、まだ大丈夫だ! 立て直した!」
「チックショウ! こいつ、デケエ癖にメチャクチャ素早いじゃねえか!」
「頑張れ騎士団のあんちゃん! いけーっ! ぶっ放せーっ!」
「そこだーっ! やれーっ!!」
「ィヨオオオッシャアアアアァァァーッ! 入ったアアアァァァーッ!!」
これらの声は、この現場から遠く離れた中央卸売市場の、荷受けの男たちのものである。人間の耳では決して聞くことのかなわぬこれらの声を、この場に立ち会った『神』、フェンリルとサーベルタイガーはハッキリと聞き届けていた。
誰かを案ずる声。
自分たちの町を守りたいという思い。
愛する家族を守り抜く決意。
共闘を誓う、仲間との絆。
戦う者を応援する、熱狂と興奮。
他者の成功を率直に喜ぶ、真正直な心。
これらはすべて、巨人が放つ『闇』の力と真逆の性質を持っている。人々の思いを乗せた『言霊』は、非常に純度の高い『光』として神々の元に集結する。
後から後から、国中から集まる人々の『光』。そしてそれは、なぜだか彼らへの『信仰心』としてカウントされているようだ。
戦っているのはピーコックなのに、どうして自分たちに『信仰心』が寄せられるのか。
ほんの一瞬考えてしまった神々は、すぐにこのカラクリに気付く。
自分たちは今、ピーコックの指揮下にある。
これは指揮官の判断で、戦利品を山分けされている状態に当たるのだろう。
フェンリルは笑った。
わざわざ声に出して、『言霊』を乗せて上下関係を確認した意味が分かった。これならフェンリルは、ラピスラズリ本人の力に、善良な市民から寄せられた『光』の力を上乗せすることができる。
そしてそれは、サーベルタイガーとディオのほうも同様だった。
「すまないディオ、ここから先は私が戦う。しばらく体を貸してもらうぞ! フェンリル! 燃料は私が用意する! 合わせてくれるか!?」
「当たり前だ! さあ、小生意気な人間よ! 命令するがいい! 今の私は君の『道具』なのだからな!! 好きに使ってくれたまえよ!!」
「お言葉に甘えまして、こき使わせていただきま~す♪ ってことで、タイミング外すなよ、このボンクラ共!」
「アハハハハ! 良いぞ良いぞ! その不遜な態度、気に入った! 許す! 私は全面的に君を許すことにしたぞ、この人間め!」
「私も君を許そう。懺悔など必要ない。君は君らしく生きているだけで素晴らしい。清くも正しくも無いが、どうやら君には、それが最もふさわしいようだ」
「そいつはどーも! では、この先の作戦を説明する! まず俺が……」
ピーコックの作戦に従い、神々は行動を開始した。