side 01 練炭店
この世界には神がいる。
氷に閉ざされたこの世界で、常に神は天から私達を見下ろしている。
これは私がおばあちゃんから、耳にタコが出来るくらいに聞かされていた童話の一部だ。
「ライカー? ちょっと手伝ってくれ! 重くて敵わん!」
「あ、はーい!」
店の外からガッドおじさんに呼ばれ返事をする。
私は急いで上着を二重に着て厚手の手袋を装着する。
「うわぁ、これまた大物だね、おじさん」
息を切らしたガッドおじさんの傍らには巨大な木炭があった。
ここに来るまでずっと引き摺って来たのだろう。
氷の地面に延々と白い跡が続いている。
「連合会の面々で一斉に作ったからな。グランの所とべゼウスの所にもこれと同等のモンが2、3本は行ったぞ」
満面の笑みでそう言うガッドおじさん。
グランさんもべゼウスさんも、うちと同じ『練炭店』を経営している主人達だ。
この街の中央にある教会を中心に、ちょうど三角形の形に配備されている私達練炭店。
氷に閉ざされた世界である《アースガルド》で、暖を取れなくなる事は即ち『死』を意味するのだから当然のことだ。
私は巨大な木炭の端を持ち、ガッドおじさんの掛け声で同時に持ち上げる。
「お……重、い……」
「はは、ライカは女の子だからなぁ。しかしライカの練炭術は主教様も太鼓判を押すくらいだし、グラン達にも羨ましがられちまったぜ」
「えへへ。そうかなぁ」
ガッドおじさんに褒められ、つい照れてしまう。
「おいライカ! 急に手を放すんじゃない!」
「あ、ごめんなさい! つい……」
照れたついでに巨大木炭から手を放してしまった。
こうやってたまにボーっとしてしまうのが私の悪い癖なのだ。
もう一度しっかりと木炭を持ち上げ、店内へと運ぶ私達。
「ふぃー。ここまで運んで来るのは骨が折れたぜ……」
「うん。後は私がやっておくから、ガッドおじさんは休んでて。ホットウイスキーも用意してあるよ」
私が『ウイスキー』という単語を漏らした瞬間、ガッドおじさんの顔が輝いた。
こんな重いものを一人でここまで運んで来たのだ。
あとはお酒を飲んで休んだって、神様は許してくれるだろう。
ルンルン気分で部屋に戻って行ったガッドおじさんの後姿を見送り、私は一本の小刀を取り出す。
柄の部分に紋章が刻まれた小さな刃物は、私の呟きに乗じて光を放って行く。
本来は大きな斧か鉈を使って細かく砕き、そのまま木炭として使用したり練炭として加工して行くのだが。
「……よし!」
素早い手つきで巨大な木炭をぶつ切りにして行く。
まるでバターを斬るかの様に、等間隔に切り分けて行く。
輪切りになった木炭を今度は八等分にする。
そのまま木炭として使用するのであればこれぐらいの大きさで十分だ。
ものの数分で巨大な木炭を手頃な大きさにカットした私は小刀を仕舞い、今度は小さな鉄鎚を用意する。
私の手にもすっぽりと収まるくらいの小さな鉄鎚。
小刀と同じ様に柄の部分には小さく紋章が刻まれている。
「半分くらいは練炭の材料にしちゃおうかなぁ。最近はこっちの方が良く売れてるし……」
ぶつぶつと独り言を言いながら切り分けた木炭を数個ずつ鉄桶に入れて行く。
そして鉄鎚に力を込めると同じ様に紋章が輝き始める。
ガッドおじさんによると、これも『技』の一種なのだそうだ。
普通はモンスターと戦ったり戦争により使われる『武』の一つ。
私は生まれたときから『技』の才能があったらしいのだが、女の子として生まれた私にそれを使う機会などほとんど無かったのだ。
だから私は両親に頼んで家を飛び出し、ガッドおじさんの所で働かせて貰っている。
自分の力を世の中の役に立てたい――。
そして選んだ『練炭師』という仕事。
「えい! えいえい!」
掛け声と共に鉄鎚を振り下ろす。
その度に刻まれた紋章がより輝きを増す。
まるでクッキーを砕いているかのように、あっという間に粉々に粉砕される木炭。
そこに別の鉄桶に用意してあった様々な種類の入った石炭を混ぜ込む。
「ええと、今日は気分的にこっちにしてみようかな」
満遍なく混ぜ込んだ後、消臭効果のある特製の香り粉末を気分で混ぜ込める。
試作用にいくつか作ったものも、街の住人には好評だったし、今日は新しい香りに挑戦してみよう。
混ぜ終えた私は小さなお玉の様な圧縮器具を用意する。
これで適度な大きさに『技』の力で圧縮させ、練炭は完成だ。
私は黙々と作業を進めて行く。
◇
「お、もう出来たのか」
奥の部屋からほろ酔い気分のガッドおじさんが覗きに来た。
既に手に持ったウイスキーボトルは半分ほどが空になっている。
「うん。木炭が200本と練炭が500個かな。評判だった香り付き消臭剤を使ったのが450個で、残りの50個は新作にしてみたけど」
後片付けをしながら私は笑顔でそう答える。
練炭室には様々な香りが充満していて鼻がおかしくなりそうだ。
「もうご飯にする? 今夜はシチューとグラタンにしたよ」
「ああ、もうペコペコだよ。頼むよ、ライカ」
「うん。すぐに用意するね」
仕事道具を片付け終えた私はおじさんと共に練炭室を出る。
今夜もまたご飯を食べたらすぐに寝ちゃうな、これは。
連合会の人達とどんなお話をしたのかとか、色々と聞かせてもらいたいんだけどな。
台所に向かった私は用意してあったシチューを火に掛け、グラタンをオーブンへと入れる。
せっかくだし木炭と一緒に出来たばかりの試作の練炭も入れてみようかな。
一旦台所を出た私は練炭室へと試作品を取りに行く。
再び台所に戻って来た私は練炭を火に投げ入れる。
しばらくすると微かな香りが部屋を包み込む。
うん。配分もちょうど良さそうだ。
これなら街の住人も喜んでくれるはず。
「ライカは本当に働き者だなぁ。べゼウスの所の倅が嫁に欲しいとか言っていたが……」
「やめてよおじさん! 私、まだ子供なんだから結婚なんて出来ないよ!」
顔を真っ赤にしながら振り向きざまにそう答える。
「鍋! 鍋が火を吹いてるぞ!」
「ああー!」
またやってしまった……。
どうして私はこんなにドジなんだろう。
慌てて火を消し、シチューをお皿に盛る。
少し照れ笑いをしながら私はガッドおじさんの席へと提供する。
「まったく……。ライカはもう少し落ち着いて人の話を聞いた方がいいな。慌てて練炭の調合を間違えでもしたら大変な事になるからな」
「はい……」
ショボンとした表情で残りのグラタンの様子を確認する私。
よく今まで大きな事故も起こさずに働けて来たものだ。
自分でもそう思ってしまう。
「そうそう、明日は隣町の収穫祭だろう? 今年も人手が少ないらしいから、手伝いに行って来るぞ」
シチューを頬張りながらガッドおじさんがそう話す。
収穫祭といえば1年に1度しか行われない一大イベントだ。
おじさんは毎年手伝いに呼ばれているが、恐らくこの街の大部分の大人は応援に借り出されてしまうのだろう。
「うん。お店の方は大丈夫だよ。……うわっちっち!」
ついグラタン皿を素手で掴んでしまい涙目になる私。
おじさんがジト目で私を見ている。
私は乾いた笑いで応対する。
「……まあ、そういう事だから。悪いが一日店を空ける。何かあったらグランの所に行ってくれ。もう話はつけてあるから」
残りのウイスキーを空けながら、ガッドおじさんはシチューを平らげてしまった。
空いたお皿を下げ、今しがた出来上がったグラタンを代わりに置く。
「何か欲しいものはあるか? 土産くらいは買ってくるつもりだが」
「本当! じゃあ新しい鉄鎚が欲しい! もうそろそろ紋章が擦れてきちゃって、上手く『技』が伝わらなくなってきちゃって……」
武具に『技』を込めるには『紋章師』による紋章の刻みが必要になる。
当然『紋章師』にも腕の良い人悪い人がいるので、名の知れた紋章師が作る武具はそれだけ高く付くのだが。
「……はぁ……。俺が行くのは収穫祭だぞ?」
「あっ……。えへへ」
私の照れ笑いに溜息を吐くガッドおじさん。
でも新しい鉄鎚が欲しいのは本当のことだ。
今度またおじさんの機嫌が良さそうな頃合を狙ってねだってみよう。
(収穫祭かぁ……。みんなお洒落して参加するんだろうなぁ……)
なんたって一年に一度のビッグイベントなのだ。
行きたくないと言ったら嘘になる。
でもお店を空にするわけにも行かないし、そういう日はどこの練炭店も閉まっちゃうから余計にお客が多くなるし。
もしかしたら遠方からもお客さんが来るかもしれない。
(まあ、おじさんが帰って来たらお土産話でも聞かせて貰おうかな)
グラタンを綺麗に平らげたガッドおじさんは覚束ない足取りで立ち上がる。
「ご馳走様。俺はもう寝るから、ライカも夜更かしとかするんじゃないぞ」
「はーい。お休みなさーい」
フラフラと部屋を出たおじさんを見送り、私は食器を台所へと下げる。
そして鼻歌を歌いながら、明日の留守番でどんな新作を作ろうか考えていたのだった――。




