32、モンディスカ家、再びの晩餐
《今回の登場人物》
父 オノレ辺境伯
母 カタリナ辺境伯夫人
祖父 ルドルフ前辺境伯
ディアベルゼ・グランディオス……国の第三王子。黄金の王子。異能についてはまだ不明。
長兄 ブラッドフォード次期辺境伯……(無呼吸・不眠・不排泄のリミッター)
長兄妻 エメライン次期辺境伯夫人……(迷路のロード)
次男 ギデオン(炎のリミッター)
三男 グエン(気化・液体化のリミッター)
四男 ジャレッド(双子1)……(高速ジャンピングボールのリミッター)
五男 ジェフリー(双子2)……(ジャレッドと同上)
六男 レスター……(フェロモン人間のリミッター)
七男 ヴァージル……(未来脳・完全記憶のリミッター)
末っ子長女 オフィーリア(主人公)……(ヒグマのリミッター)
ガスパール……モンディスカ家の城代。城主《※辺境伯》が不在の際に、その代わりとして城の管理や周辺の警備、政務を行う役職。
剥げていていかついヒゲだが、意外とチャーミングな性格で甘い物にも目がない。
レミ……モンディスカ家の家宰。
家長に代わって一家や一門の事務や財政などの家政全般を取りしきる人物。
ただ財務に関しては主人に事細かに確認してもらっているもよう。長髪長身で物腰柔らか。中年女性にもみえる風貌。
「ディアベルゼ殿下。先ほどの礼儀知らずで無礼な態度をどうかこの場を借りて謝罪させて下さい」
ギデオンは私と夕餉の席に一緒に来てくれて、まずはそうディアベルゼ様に謝った。
それにディアベルゼ様はひどく驚いていたが、すぐに席を立ち上がり、左胸に手を置いて腰を折って応える。
「いいえ……いいえ! ……謝るのは僕の方です。軽弾みな発言をしたことをどうか心よりお詫びさせて下さい」
そう頭をスッと下げるこの人は本当に傲慢さとは程遠い方だ。
こうして二人は無事に和解した。さらに……。
「それと図々しいのですが……大切な妹をこれからも宜しくお願いします。王族の器には程遠いですが、それでも根性だけは人よりもズバ抜けておりますので」
な、なんと婚約を仄めかし祝福するようなことまで言い出してるんだけど、この人!?
それには他の家族も椅子からざっと立ち上がり驚愕する。
「いや、いやいやいや! ……謝罪は分かるとしてギデオンたら落ちてるサンショウウオでも食べておかしくなった!?」
「ひ、ひどい熱があるのではありませんか!?」
「誰か! 誰か主治医をー?!」
超ド級のシスコンであるギデオンが、正気だと思っている人間がモンディスカに誰一人存在しない事実。
そんな部屋全部がドヨドヨと慌てふためく中、唯一、殿下だけがそんなギデオンの両手を取り静かに仰った。
「オフィーリアが僕を“いらない”とその手を振りほどこうと……手放す気は毛頭ありません。例え岩に齧りついてでも彼女と添い遂げるつもりです」
って、え……? ちょっ、ちょっと待ってください!? それ、ほぼプロポーズでは?!
「ああ確かに……オフィーリアはすぐに“いらない”“邪魔よ”“あっち行け!”“大嫌い”と言いますからね……」
あとちょっと待ってよ、ギデオン。
ディアベルゼ様に余計なこと言わないで!?
私の乙女猫かぶりが〜!
「だけどそこまでコイツに言わせたら、もう大丈夫です。……信頼してない人間には絶対にいいませんからね。この人は絶対に離れないと、心から信じているからこそ、そう言って甘えるんです。……悪い癖でしょう?」
なっ、な、な……!
「それは……すごく有益な情報です。ぜひ参考にします!」
殿下はそう言い頬を少し赤らめた。
何これ……何か知らないけど、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど!?
「オフィーリア……お前、ギデオンに何言ったの? すげー変わりっぷりで、こえーんだけど……」
グエンがそうツッコむが、そんなの私も知らないよ! 普通にギデオンの部屋で話しただけだもん……。
「うふふ……とはいえ、ギデオンが陥落したということは、本格的に二人の婚約話を進めてもいいのかしら?」
一方、エメライン義姉上がツヤツヤと上機嫌だ。
「私はまだ認めておらんぞ!」
あれ、しかも今日の食卓にはお祖父様もいるわ?
「オフィーリア。ほら、私の隣に座りなさい!」
そう、隣の椅子をぽんぽんと叩くお祖父様……。
「私、お祖父様から一番遠い席に座ろうっと!」
だけど、私はまだヒグマをディアベルゼ様にバラしたことを根に持っている。
そのためその提案をガン無視した。
「な……オ、オフィーリア!? お前まで結局は若い男がいいのか?」
「変な厄介な元彼みたいなこと言わないで下さい。だって私、まだバラしたこと怒っておりますから!」
「そんな……オフィーリア、許しておくれ! それにこれでも罰は受けている。さっきまでマッドサイエンティストな孫に死の拷問を受けていたんだ!」
え? 何それ?
「でもジイ様、丈夫すぎて参考にならなかった。……使えないジイ様だったよ!」
「おい、ヴァージル。人の命を弄んでおいて何だその言い草は!?」
何だか知らぬ間にヴァージルが何かしたみたい。
いったい何をしたんだろう……。
ただ、ろくでもないことに違いない。
「それに僕もオフィーリアとディアベルゼ殿下の婚約には大賛成だよ」
え、え! まさかの……あのヴァージルまで!?
「だってディアベルゼ殿下がさっき下で話してくれたんだ」
うっとりとヴァージルが語り出す。
「……僕のリミッターの才能を見込んで、可能な限りの資金援助と優秀な人材……工場、流通、それらに関わる全てを優遇してくれるって……!」
「…………」
あら?
ディアベルゼ様……。我が兄を知らぬ間に買収しておりませんか??
「現金な奴だなっ。買収されとるじゃあないか!?」
お祖父様がもっともなことを言っている。
だけどそれにヴァージルは……。
「――うっさいな! ディアベルゼ殿下のバックにはマリー妃ひいてはその母国の……莫大な資金と世界へのネットワーク! ……そこから得られる人脈、技術者、資源がもれなくついてくるんだよ!」
さらに続けて……。
「それらがあれば、科学にとって出来ることは無限大なんだ!?」
そんな風に拳をフリフリ熱弁を振るう、我が末の兄。
「これらが無くて、どれだけ辛酸を舐めてきたことか!? ……言っとくけど、それで僕のリミッターが百パーセント活かされれば、モンディスカの地を百年文明の進んだ土地にできるんだ!」
だけどヴァージルのその熱意に対する周囲の反応は……。
「……それって果たして幸せなのか?」
「言っておくけど、人は思うようには変わらんぞ?」
「これだから前時代の野蛮人は!?」
グエンとお祖父様の素朴なツッコみに、ヴァージルが吠えている。
「それに……じゃあ逆に聞くけど、顔良し、頭良し、性格家柄、財産も文句無しのこれ以上の相手をどう望むっていうのさ?」
「貴族の結婚は政治が絡むんだぞ!」
お祖父様がそう言うと、ヴァージルが呆れた様に肩をすくめる。
「でもその政治を複雑にしてるのって、結局は人の感情と価値観と欲でしょう?」
そう、ヴァージルは人間関係にあまり配慮しない。
「その感情や価値観や欲にしたって時代の指針が変われば簡単にグラグラと揺らぐ。そもそも測りきれない。……なら、あんまり周りを気にしすぎるのって無駄だと僕は思うな?」
それは未来脳のリミッターである実にヴァージルらしい価値観だ。
「ぐぬぬぬぬぬ……生意気なことを言いおって!」
「……というか、それで問題が出たら周りの大人がフォローするべきなんだよ。オフィーリアが……末っ子が背負うことじゃないだろ!」
「ヴァ……ヴァージル兄さん!」
え? 何それ……急に感動しちゃうんだけど!?
「あらあら……何だかんだ、ヴァージルもやっぱり重度のシスコンですね?」
エメライン義姉上が機嫌よくそう言うと、ヴァージルがまた肩をすくめた。
「というか結婚で相手を完全に縛れると思う……旧時代の不合理には前から疑問だったんだよね?」
「私だって合理的とは思わないさ……」
だけど、お祖父様はそれに対してひときわ渋い顔をする。
「……けれどヴァージルよ。世の中はしぶとい慣習と理不尽と無駄が……そこら中に縫い込まれ織り込まれ、社会の血肉を構成しているのも事実だ」
お祖父様はそう、いつもの豪快さやふざけた調子ではなく真面目に言う。
「私にだって若い頃は反骨逞しい時期もあったんだ……。だがヴァージル、千年先を知るお前であろうと……千年続く知恵を操る老獪の相手は骨が折れるぞ?」
お祖父様はそう何かを噛み締めて飲み込んだ。
「……それについてはやってみないことにはデータや数値が揃わないし、分からないよ。それが正しいか、正しくないのかも」
「若いな。まあ、無鉄砲は確かに若者の特権か」
「………………」
二人の言葉はどちらもきっと間違ってない。
(でも、ヴァージルの言葉にはハッとさせられたわ。怖がってばかりで変わらないとやってもみないで現実から目を背けていたのは私も同じ……)
ヴァージルの言うように複雑に見えてしまうのは、色んなものが絡んでその正体が見えないからだ。
ならまずは分けて整理をしないと。
え〜と、結局はマリー妃の財力とモンディスカの武力が合わさると強すぎるからいけないのよね?
ならその強さを別方向に逃がしたり、間に緩衝材のような存在を置いてやんわりすることは出来ないのかしら?
(だけどその役目は、この国でマリー妃やモンディスカに匹敵する力が無いとまずは成りたたない……)
さらに問題なのは、それだけの実力者が信用に値する相手かどうか……。
(うーん、宗教の公爵家。外交の伯爵家……)
モンディスカ辺境伯家は貴族でもかなり特殊な立場だからなあ……そもそも実は本当は嫌われてたとかはない??
「何だ……随分と騒々しいな?」
その時ちょうど、お父様、お母様、一番上の兄のブラッドフォードが食堂に入ってきた。
「オフィーリア……心配していたのですよ」
お母様にそう言われて、そうだった心配をかけていたんだったと改めて思い返す。
「殿下ご滞在の中……勝手な振る舞いをして申し訳ございません。お父様、お母様」
「それで……殿下とお話は出来た?」
「はい」
「それなら、あとのことは二人でお決めなさい。それとギデオン。……城の壁の修理費は貴方がお出しなさいね? それと、もう済んでいると信じていますが、殿下を大変驚かせたことについても謝ること!」
「はい……母上」
ギデオンが気まずそうに返事をして頭をかいて、殿下をチラリと見れば、殿下はそれに笑って頷き返した。
「でも……食卓のこの様子的にほとんどの問題は解決しているようね。……ならば、私達からはこれ以上特に申し上げることはありません。……ねえ、あなた?」
「ああ、腹ペコだし早く食事にしよう!」
そうしてようやく皆が食事の席に着いた。
「――ん? ジャレッドとジェフリーとレスターはどうしたんだ?」
……ただし女の子と出かけている兄たちは除く。
「デートだってさ」
「まったく! 殿下がご滞在中に何たる不敬な!? たるんでいるぞ!」
「まあまあ、アイツラは野生動物と一緒だから……」
「僕は気にしてませんよ。辺境伯閣下。むしろ気負われずにいるのは大変気楽で有り難い」
「そんな……殿下に気を遣わせてしまい、ただただ恐縮してしまいます」
「ははは、いいえ本当に。……正直、僕はオフィーリアを目で追っていて、それだけで十分忙しいですから」
なっ…………!?
「あらまぁ〜! お熱いこと!」
お母様が顔を赤らめ叫ぶ。
「稀代の色男には敵いませんな!?」
お父様もそう言ってワインをあおった。
「オフィーリアは幸せ者ね?」
そしてますます双眸を細めてニヤニヤするエメライン義姉上。
「……も……も……本当に、やめて……」
思わず声が蚊の様に小さくなる……。
嬉しいけど……恥ずかしくて死んでしまうわ?!
イヤ〜! 家族のこの空気……本当にイヤ〜。
こんなの公開処刑よ〜!?
私は堪らず自分もワインを飲み始めると、殿下が本当に私をジッと見つめてくる。
やめて……こんな姿おもしろくもない……。
なのに、どうしてそんな蕩けそうな顔でずっと見ているの!?
誰か……助けて!
――だけどこの家はある意味、タイミングが昔から良すぎるのだ。
扉の向こうがザワつき、ドアを開けて城代のガスパールが入ってくる。
「何だ騒々しい。殿下のおわす晩餐の席だぞ?」
「失礼を承知で緊急にございます。閣下!」
「……いったい何があったんだ?」
父が見つめる中、ガスパールが深刻そうな青い顔を上げて震える唇で報告をする。
「坊ちゃまたちが乗っていた馬車が馬車ごと消え、行方をくらましました。……なお、直前まで一緒にいたであろう女性は全員死亡しております」
主に悪い意味で。




