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1、 百合姫と黄金の王子


「まあ、ご覧あそばせ麗しのオフィーリア様よ!」


「相変わらず百合のごとき、清らかさとお美しさね〜」


 いつからか周りからそう言われるようになり、私は完璧な淑女像を求められるようになった。

 ええ、わかってる。

 これは素晴らしいことなんだわ。うん、きっとたぶん……。


「そりゃあ、国の防衛の要たるモンディスカ辺境伯家の一人娘ですもの」

 

「あんな素敵な七人の兄君に大切にされてお育ちになったんですもの……まさに生まれながらの姫君ですわ!」


「………………」


 へっ、と思わず自嘲気味な笑いが漏れた。

 大切……? 

 ……イジられる。あるいはオモチャにされる事をそう称するのなら……もしかしたらそう言うのかしら?


 そんな男兄弟七人に揉みくちゃにされて反抗し、自ら剣を持ち銃を習い、泥んこで殴り、蹴り合った日々は意外なほどごく最近まで起きていた出来事だというのに……!


「オフィーリア!」


 周りの勝手に理想化される自分と現実の自分のギャップに打ちのめされながら、ニコニコと耳をそばだてていたら急に名前を呼ばれた。


 振り返るとそこにはディアベルゼ殿下がにっこりと微笑んで佇(たたず)んでいるではないか。


「これは、ディアベルゼ殿下……ご機嫌よう。お久方振りにございます」


 私は教科書ね見本のような完璧な社交の挨拶をする。

 行儀作法は母の姉である伯母上の元へ二年ホームステイして、みっちりと仕込まれた。

 それは不自由で辛かったけれど……おかげでこの外面だけは一流に磨かれている。


「今日の宮廷茶会に君も来ていたとは知らなかったよ。どうだろう。良ければ僕と一緒に回ってくれないか?」


 え゙っ……やだそんな。

 私はウロウロと好きなケーキやパンだけ食べて、一人さっさと御暇(おいとま)して、都の武器屋をハシゴしてそのまま帰るつもりなのに!?

 だって今日には都を出て次の町の宿に泊まる予定で……いられる時間はそれこそ分刻みなのよ!?


「まあ……そんな私がお美しい殿下を独りじめにすれば、麗しき花々がしくしくと泣いてしまいます。……遠くから来たからと、どうか私ばかりにお気遣いなさらないで結構ですわ、ディアベルゼ殿下」


 だけどディアベルゼ殿下はそんな私の言葉に引くどころか、一日にして麦を黄金に実らせると言われる……まさに“陽”の笑顔でさらに一歩、私へと近付く。


「花もかの百合姫には席を譲るさ。さあ、行こうか!」


「まあ…………何という身に余る光栄」


 クソっ……届けこの想い!

 私はしぶしぶ殿下の差し出した腕にそっと手を置く。

 しくしくしく……あっちに見えた素朴なバタークリームケーキやジャムケーキに、ぶどうパンたちよ、さようなら!

 我が実家の食卓は兄たちに合わせるように肉ばかり並び、子供っぽいバターのきいた小麦粉菓子のたぐいは無慈悲にも麦で出来たアルコールに場所を追いやられてあまり食べられないのにぃ。


 君たちも私の胃に収まりたかったよね? 

 ウンウンわかるよ……わかる! 

 ああ……相思相愛の私たちを阻むのはこの責任と無駄に名の知れたお立場だわ。くぅ……これぞ悲劇!


「オフィーリアは……やはり婚約の申し込みが、日々、後を絶たないのだろうか?」


「そんな……買いかぶり過ぎですわ殿下。でもまあ古くからの家名のため、付き合い程度には……申し込みもございますけど」


「そうか。……なら、僕もうかうかしていられないな」

  

 え、うかうかって、何をうかうか?


「……あ! 殿下、あちらのケーキで作ったお城をご覧になりまして……人間技とは思えない素晴らしい出来でしてよ! 私……近くに行って見とうございます」


「オフィーリアは僕が口説こうとするたびに、毎回のらりくらりと躱(かわ)すんだね。ねえ、そろそろ真剣に考えてはくれないかな?」


「まあ……何のことですやら……?」


 いやいや王子様なんて本当に無理無理無理っ!

 あと、都会暮らしも遊びに行くくらいならまだしも……暮らすだなんて無理だから!?


 私は領地で馬に跨(またが)り、地獄の高笑いを上げて猟銃を構え、猟犬百匹放して爆速で獲物を乱射するのが趣味な気狂いなのよ!?

 どうして都会なんかで暮らせると思えるの??

 

 というか、やだやだ〜結婚なんか……嫌だよ~! いっそ猟師になりたいぃ!


「いつになったらその菫色の瞳に僕を映してくれるんだろう? 僕の心はずっと前からオフィーリアのその瞳に捕らわれているのに……」


「あ、あそこにいるのはグエンお兄様だわ。……グエン〜!」


 いよいよ本格的に口説かれそうになって赤く警報が点滅したその時……タイミングよく兄その一が目に止まった。

 いつも余計なことばかりする兄だけど、タイミングの良さだけは相変わらずピカ一ね?

 チッ……しょうがないなぁ。……今度、私の肉を一欠片あげるわよ!


「ああ、なんだじゃじゃ馬……じゃないオフィーリアか。あ、それにお久しぶりです。ディアベルゼ殿下!」


「お久しぶり、グエン殿」


 兄グエンとディアベルゼ殿下は歳が近いためか親交があり、他に比べて幾分か気楽な様子で……友人のような間柄だ。

 そんな兄が殿下の顔を見て片眉をあげる。


「あれ? ……でも殿下、何だか顔色が優れませんね。具合が悪いんですか?」


 ……これは、相手が機嫌を害していることを鋭く察知した時の兄の独特な言い回しだ。

 それからその気分を害したのは恐らく私……。

 だって口説きに乗るわけにはいかないじゃない!


「そ、それよりも、お兄様。あの話を殿下にして差し上げてはどうかしら? ほら、例のあの崖崩れの……!」


「ああ〜あれは確かに傑作だったな!?」


 さあ、そうやって殿下と尊い男同士の友情を育んでちょうだい。

 よーしよしよーし……そこに暫く待機よ待機。

 その間に妹はさっさと帰るからね!


「……では殿方同士のお話を淑女としてお邪魔するわけにはまいりませんので……私はお先に失礼致します。本日も素晴らしい催しにお呼び頂き、誠にありがとう存じます」


「はあ? え、オフィーリア。お前もう帰るのかよ?」


 チッ、ここはちゃんとスルーしてよグエン!? 

 使えない兄め!


「伯母様方におつかいを申し使っているの……今日中には都を発(た)つし……早めに済ませないとでしょう?」


「え……今日!?」


 ディアベルゼ殿下の声が裏返る。

 あ……はい、すみません。本日帰りまーす。


「はい……祖父の具合が近頃あまり芳(かんば)しくなく、少しでも長くそばにいたいのです」


 因みにこれは本当の話。

 ……あの最強といわれていた祖父が最近はベッドから出られなくなり……。

 それで私はできるだけ祖父の側にいて何かと世話やお節介を焼くようになっていた。


「オフィーリアは祖父にひときわ懐いていましたからね。……殿下、今回はどうか大目に見てやってください!」


 お、今度はナイス・パスよグエン。

 やれば出来るじゃん!


「そうか。ならオフィーリア……せめて君の出発の見送りをしたいな」


 え゙、いいよ。


「なんて有難(ありが)きお言葉。……ですがお忙しい殿下のお手を煩(わずら)わせたくはございません。どうか、そこまでお気になさらず……」


「…………」


 はあー、いい加減に諦めて! 

 私より可愛くて、素直で、裏表のない女の子なんていっくらでもいるでしょうに!?


 とはいえ私はにっこり正式な挨拶をして、ちゃっちゃとその場を後にした。

 後にしたらこっちのもんよ。


 さあ、ここからが都での本番ですよー!?


 ぶっき屋〜! ぶっき屋〜! ルルンるん〜♪

 あ、お菓子も買っていこうー!


 そうしてご機嫌に買い物を済ませて無事に都のモンディスカの別邸に戻ると……まあ、何ということでしょう?


「いや〜〜〜! ディアベルゼ殿下が一度うちの国境沿いの辺りを視察したいとおっしゃってさー?」


「………………」


 にっこりと微笑む黄金の笑顔。

 え、何それどゆこと? 


 そうして何故か別邸から辺境伯領に向かう馬車に殿下が私たちと一緒に同乗する運びとなった。


 席は向い側真正面。

 いや、しかもよりによって何でこの配置?


「オフィーリアの祖父……かの英雄ルドルフ卿にもご挨拶したいな」


「まあ……祖父も喜びますわ」


 ガッデム!! ああ、馬車の中で大口開けて寝るつもりだったのに……絶対に無理じゃないの、こんなの!?


 で、それからの私は外面をフルで使いこなし、馬車のなかでとにかく話題を振りまき、色恋の話になりそうになるたびに……あらよっと! と舵を切りつつ……何とか今日泊まる宿へと到着した。


 く、の、喉が痛いわ!


「つ……疲りた……!」


 町外れの隠れ家的なホテルの手続きを済むと、壁に手をつき、思わずゼーハーと肩で息をする。


 いや、何で私がこんな目に?


 ……だがそんな私の身体を覆うように、さらに背の高い影が上に覆い被さった。


「なら……もう諦めて捕まったらどう、オフィーリア?」


 耳もとで爽やかなのに熱を帯びたその声が……私の鼓膜を震わせる。


「ディ……アベルゼ殿下。まあ、何のことでしょう……? 私はただ長時間の移動について申し上げておりますのに?」


 ヤバい。背中の汗がドレスを濡らすほど噴き出しているわ!?

 というか、さすがに貴方近くない?!


「そうか」


 そう言って私を見て細められる黄金の瞳。


「オフィーリア……君が好きだ」


「…………」


 そんでもって唐突すぎる告白ぅ……。


「わ、私も殿下を心より敬愛しておりますわ」


 私は尻すぼみになりながら必死に返す。


「そうか、……だけど僕はもう一段深く、君を女性として非常に惹かれているんだ。とくに最近は、……君とどうにも離れ難いと思うほどに」


 殿下が穴が空くほど私を見つめる。


「………………」


 どうする? ……どうやってこの状況を抜け出す?

 だが……ああ、神よ。

 天は私をいまだ見捨ててはいなかった。


「キャーッ、賊よーーー!? 早く逃げてーー!」


 そう叫ぶ女性の声と、ガシャン、パリーンと乱暴に物が壊され、破壊が連鎖する音が、突如ホテル内に鳴り響く。


「……賊っ!?」


 殿下がその声を聞いた瞬間。女、子どもである私の腕を引いて逃げようと動く。

 それは自分の身を第一にしつつ……騎士道にも沿った王族としてマニュアルに載るような正しい判断。

 ……だけど私はその手をパシンと払いのけた。


 その意外な行動に、殿下は驚きに目を見開く。

 そこへ兄グエンの私を呼ぶ声が続いた。


「オフィーリアーーーッ! いるかーー!?」


「!! ……私ならここよ、グエン!」


 私はスカートをたくし上げてダッシュする。すると、ちょうど一人目の賊が前に立ちはだかった。


「……おお〜! まさかの上玉がお出迎えかぁ?」


 相手の手には……武器。―――使える!

 

「いま可愛がっ……グフッ!」


 さっそく顔を殴り、鳩尾(みぞおち)を殴り、裏拳で殴り、力の抜けたタイミングで手刀で相手の武器を落とし……。

 そのまま踵落としで倒しデカい体を踏みつけ、彼の武器を足で蹴り上げキャッチすると……そのままその銃口を眉間にグリグリと押し当てた。


「貴様、誰の命令だ! 名を名乗れ!!」


「は、はぁ? 何だコイツ……ハッ、だ、誰が……っ」


 パァン! と無駄口を叩いたので賊の左肩を撃ち抜く。

 それに賊がギャッと汚い悲鳴を上げた。


「次は脳ミソ……」


 そうメリメリと眉間にめり込むほど銃口を当てると、男は涙目になり、さらにジョーッという音がした。

 これは失禁したかかな? 

 まあ……するか。


「は……お、俺たちは雇われただけで……す」


「で、人数は?」


「え、あ……三十……人か……な?」


「統率の取れてない三十人か……ちょっと面倒ね」


 くっそ~全員、捕縛は難しいかなぁ?


「うおーい、オフィーリア何処だ〜……って、そこにいた!」


 そこにさっき私を呼んでいたグエンがタイミングよく登場する。

 ……本当にタイミングが良いわねコイツ。


「……グエン。馬車に最新式の武器が積んであるわ。帰って試し撃ちするつもりだったから弾はすでに装填済み。鎖につないで鍵が掛かっているから……まだ賊の手にも落ちてないはずよ!」


「へーで、鍵は?」


 グエンにそう言われ私は首にネックレスのように掛けていた鍵を投げるとグエンは見事にパシッとキャッチする。


「私は他の子どもや女性が襲われる前に……数人やってから後で合流する。あと、ディアベルゼ殿下を一緒に連れて行って……兄さんといるのがきっと一番安全だから」


「りょーかい! ……ヘマるなよ〜?」


「はあー? それ、誰に言ってるの?」


 とりあえずムカつきながらも空中でパァンと互いの手を打ち鳴らし、互いの健闘を祈る。


 そこで私はまた走り出した。


 というかドレスだと戦いにくいな……そう思っていたら、ちょうど細身の賊とエンカウントしたのでぶちのめして服を奪い、着替えることが叶った。

 

 うーんこれぞ言霊(ことだま)かしら?


「ありがとう!」


 さらに前から二人、後ろから一人賊がやってきて挟まれる。

 そして後ろからいきなり抱きつかれたが、その瞬間

相手を背負い投げで前方にぶん投げ、ドカンと二人にクリーンヒット。

 さらにこの三人の急所を外しながら、足や利き腕を撃って戦闘力をもぎ取る……いや~相変わらず無駄の無い自分の仕事ぶりに惚れ惚れしちゃうわ!

 

「ふっ……自分が天才で怖い」


 思わず白い歯が光っちゃう。

 兄たちが自分の立場が一切揺るがないのは、ひとえに私が女だからね? ……感謝しろよ、野郎ども!


 その後も数人やっつけ、救出した女性や子どもと共に兄たちのいる自分たちの馬車へと無事に帰還した。


「ただいま〜!」


「えーやっと終わったのかよ。仕事が遅いぞオフィーリア、雑魚ーい」


「えへへ、ごっめーん! ……グエン。帰ったら殺す」


 で、揃った賊の数を数える。

 いちにさんし……おお、何とか私たち兄弟やディアベルゼ殿下の護衛で三十人を捕まえたみたい。

 よしよし成果は上々ね!

 

「……オフィーリア?」


 あれ? ……でも何か大事なことを忘れているような。


「オフィーリア」


 ああ〜……でも宿も駄目になったし今夜は野宿かなあ……お風呂入りたかったなー。


「オフィーリアっっ!!」


「って、きゃあぁあ、で、殿下!?」


 そ、そうだった。

 ディアベルゼ殿下が一緒だったのをすっかり忘れてた!

 そんな慌てる私を椅子に腰掛けた殿下が訝(いぶか)しげに見ている。や……ヤバい。


「これが……百合姫と呼ばれる君の本来の姿かな?」


「ええと、そのぅ……」

 

 どうしよう!? 全然言い訳が思い浮かばないよ!

 っていうか何を爆笑でウケてるんだグエン!


「ゆ……百合姫? 辺境の家族に“女ヒグマ”と言われたうちのオフィーリアがですか!?」


 ちょっと! そうやって言わないでよ!? 恥じらいある清らかな乙女なのに……しばくぞ!!


「あ、あの、殿下……先程は貸して下さった手を打ち払い、申し訳ございませんでした……」


 とりあえず、先程の無礼を詫びておく。


「いやそれが結果。最適解だったわけだし……構わないよ」


 ほ……お咎めなし。よ、良かった〜。


「――だけど」


 あ、あれっ?


「何で男の服を着ているの、オフィーリア?」


「え、あ、これは……ドレスだと戦いにくいので現地調(ちょう)た」

「それは、どういうこと?」


 殿下が食い気味で聞いてくる。


「いや、たまたま動きやすい格好をした敵方が現れたので……あらあら失礼とのし……こ、交渉して譲っていただきました」


「じゃあ……今、着用している服は、その男が直前まで着ていたものだってこと!?」


「えーと、まあふるぎ……そう、古着! なので確かに厳密には……そう言えますわね!?」


 というか殿下が機嫌が悪いのはわかるけど、何で人の服なんかにそんなにこだわるわけ〜!


「……服とはいえ、男のものが君の肌に触れるのは許せないな。悪いがお願いだ。着替えてもらいたい」


「は、はい、承知しました!」


 そう命じられ、私はよっこいせとその場で上着をまずはガバっと脱ぎはじめ、ベルトを外そうとカチャカチャと手をかける。


「……って、ぅわーーーーーっ!? な、何をしているんだ。オフィーリア!?」


「え、何って着替えを……」


 そう口にして私はサーッと血の気が引いた。

 そ、そうだった……ここは国境前線ではなく、殿下がいる時点で社交界!!

 ……国境には気軽に着替える場所が無いから……覗きは亡き者にして着替えるのに慣れていたから、ついそのクセで……!?


 戦闘脳が抜けきってなくて……うっかりしていたよ〜!


「これも日常なのか……?」


「いや……ちが! あくまで戦場っ、普段はちゃんと身を隠しっ」


 あああ……私、ますます墓穴を掘っている気がするう。


「あはは、大丈夫ですよ〜殿下! コイツの着替えを覗けば……文字通り蜂の巣か、城壁に裸で吊るされるんで、おっそろしくて誰も覗こうだなんてしませんから!」


 グエン……こ、このぉ、余計なことを!? 物騒な新情報を殿下に提供するなあ!


「…………」


 殿下がついに黙ってしまった……うう、仕方無い、とりあえず、あっちで着替えてこよう。

 というわけで数分後、着替えましたよっと、ドレスにっと。

 そして、ディアベルゼ殿下の従者さまが何とか近くの宿を確保したため……野宿は何とか免(まぬが)れられそうだ。ほっ。


「モンディスカ家の皆様、殿下をお守りくださって……本当にありがとう存じますっ!」


 また殿下の側近の皆々様には、こちらに対して大変感謝されてしまった。


 いや、まあお互い様だし、その点は別に気にはしていないんだけど……うーん……それにしても妙だわ。


 殿下の従者さまはともかく、お忍びとはいえ……もともとの護衛があまりに少なすぎるような?


「次の宿は朝まで寝られそうか?」


「はい、ディアベルゼ殿下。……ただその」


 そう殿下と言葉を交わし、言葉を濁す殿下の従者さま方。なぜなら……。


「わ、わ、私とディアベルゼ殿下が同室……ですかっ!?」


 襲撃の雷がピシャーンと落ちる。


「いやさぁ、他は全員雑魚寝部屋なんだよ。お前は一応嫁入り前の娘だし……見知らぬ野郎共と一緒に雑魚寝をさせるわけにいかないだろ? 一応……百合姫、だ、し……?」


 おい、グエン。何ふき出してるんだ……しばくぞ?


「あ……あの、女性の雑魚寝部屋についてはどうでしょう!?」


「それが……三年に一度のパレードで観光客がごった返していて……女子部屋は足の踏み場もない状態なんだそうです」


 そう丁寧に説明する従者さま。……そ、そんな〜!


「ある意味、女はオフィーリア一人だけで良かったよ。……ガサツの勝利だなオフィーリア!」


 私は拳を戦慄(わなな)かせる。

 どうしよう、今夜、血の雨が降るかもしれない。


 とはいえ……都の屋敷や辺境伯領には当然、侍女たちがいるけど、道中は楽な格好で林檎でも齧ろうと連れてこなかったのは、令嬢としては完全にアウトだが確かに結果的に運は良かったかも……。


「オフィーリア、大丈夫だ。君の評判には一切傷がつかないことを僕が約束しよう」


「で、殿下……!」


 な、なんて紳士な……さすがはロイヤル!


「……それに、もしも何か手違いがあったとしても、その時は必ずその責任は果たすと誓おう」


 わー……ん?


「その時の証人を頼む。グエン殿」


「はい、はーい! 承知しました、殿下!」


 おい、何を元気に承諾してるんだ、グエンんん!?

 さすがにこれには文句を言おうとグエンにズンズカと近付く。

 だけど先にグエンが私の肩をガシッと掴み、ボソリと囁いた。


「……というわけで朝まで殿下を必ずお守りしろ、いいな? オフィーリア」


「!? ……え、何よそれ」


 小声で囁かれたので、思わず同じくヒソヒソ声で返す。


「……詳しくは辺境伯領に着いてからだ。頼むぞオフィーリア。お前は本当に強いからな」


「…………」


 く、悔しいっ。

 いつもふざけているくせに……こんな時、真剣な声でそういうこと言うのはさ、ちょっとずるくない?


 くそー……頷(うなづ)かないわけには、いかなくなるじゃん!?


「借り……ひとつだかんね。バカ兄貴!」


「へいへい」


 そういうわけで……。


(いやいやいや……流れでつい殿下と相部屋に承諾したけど……やっぱりあり得ないでしょう!?)


「オフィーリアの部屋でもあるんだから楽にしてくれ」


 そう襟元を緩めベッドに腰掛ける殿下。

 で、できるかぁああ!?


「あと、着替えはどうか衝立(ついた)ての奥で頼みたい」


「……………………もちろんですわ」


 殿下……いま笑っていたし、ちょっと私を誂(からか)っておいでですよね??

 くう……うっかりいつものノリで目の前で着替えようとしたためにぃ!

 ふんだ! もういいもん! それなら開き直っちゃうもんね!?


「でしたら殿下。衝立ての向こうで髪と身体を洗っても宜しいですか? ……盥(たらい)のお湯はもちろん自分で貰って運んで片付けますし、良ければ殿下の湯浴みの準備も私が致しますわ」


「………………」


 そう申し出ると殿下の顔がみるみる真っ赤に染まり、殿下は顔を片手で隠すとガバっと俯(うつむ)いた。

 え…………キュン…………あれ? 何か、ちょっと今のこの人、かわいいかも。


「君は……もっと危機感を持ったほうがいい!」


「いや……大丈夫ですよ。私、強いもん。ほら見てください。この力こぶ」


 私はそうご自慢の二の腕をプクッと膨らませてみせる。

 

「……力自慢はいいが、人間とは目的のためならどんな卑怯な手だって使うし……悪知恵が働くものだ。相手が君を欲しいと思ったら、それこそ手段を選ばないだろう」 


 そう殿下に忠告されるが……何だろう。いまいちピンと来ない。


「わかりませんわ……だって世の中の半分は女で、理想どおりのご令嬢だって沢山いるのに……なんでわざわざ私を?」


 いや、だってさぁ。

 綺麗な人も、可愛い人も、素直な人も、家庭的な人もいっぱいいる中で……何で私みたいなリスクを負う必要があるのかしら?

 これは辺境伯家令嬢や百合姫のラベリングの問題なの?


「そうか……今のその一言で、君が今まで身を焦がすような恋をしたことがない事が、よ〜く分かったよ。なら証明してあげよう。……オフィーリア、おいで」


 そう言われた瞬間、キーンと頭の奥で耳鳴りがした。

 耳の奥がボワンボワンとシンバルの余韻みたいに反響する。

 それから何故か私はふらふらと殿下のもとまで歩いて行き、私の様子を見て殿下がポンポンと自分の座る横を叩いた。


「じゃあ、オフィーリア。ここに座って」


 言われるままに座る。

 え、なんでなんで?


「オフィーリア……今からキスをするよ。頷いて?」


 コクンと素直に頷き、自分の頬にディアベルゼ殿下の手が置かれた。

 ひんやりとして、何て大きな手なんだろう。

 そう気を取られているうちに、殿下の唇が私の唇に重なった。

 

「……ん、……っ」


 抵抗できるはずなのに力がちっとも入らない。それに何故か……嫌じゃない。

 何度も喋(ついば)む様に口を重ね……。

 気付けば口が僅かに開いて、そのすき間から殿下の舌がしのび込み、私の舌を撫でつけ絡めてくる。


(あ……何で……?)


 そうされると今まで感じたことのない電流が私の背中に走り、ゾクゾクと脳天を貫いた。


 何これ……知らない、知らない。こんなの知らない。

 何だかすごく変。

 これはいったい何?


 だけど、これって……すごく。


「き……もち、良い……っ」


 そう呟くと、殿下の唇が離れた。


「だから……歯止めがきかなくなるから、そういうのは止めてくれないか、オフィーリア!」


 殿下がまたひどく赤くなる。あ、やっぱりこの顔、かなり……可愛いかも?


「あ…………殿下……今の、は?」


 明らかに普通の何かでは無いその正体を、私は殿下に尋ねる。

 それに殿下は苦笑して答えた。


「世の中にある……卑怯な手“その一”だよ。……こういうことがあるから気をつけて。……あと、キスしてごめん」


 何故かしら?

 謝られると、どうしてかモヤリと複雑な気持ちになる。


「あれは……ロードの『催眠』。ですか?」


「似ているかもしれないが、もっとひどく厄介なんだ。……この力に兄上は今、私をひどく恐れている」


 もしかして、それが今回の賊の原因?


「正体は分かりませんが、とにかくすごいお力なのですね。だから護衛も少ないのですか?」


「いいや、護衛が少ないのは目立たないためと、機動力を考えてのことだ。……この力は使うには多少の条件がいるから。それが理由で兄上も精鋭部隊じゃなくゴロツキを使っている」


「ここまで聞いておいて難(なん)ですが、私に話しても宜しいのですか?」


「ああ、君は嘘をついてもすぐにボロが出るからね。……その点の警戒の必要が無い」


「…………」


 ……ムカつく。人を隙だらけの単細胞みたいに。

 

 とはいえ、こんな謎を抱えるディアベルゼ殿下と私オフィーリア・モンディスカは一晩同じ部屋で過ごすことになったのだった。




読んでいただき、ありがとうございました!


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