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修復士と代償

ベルカ駅でクラルが出会う、一人の青年。


壊れた石版を修復する、修復士 バインダー


その力には、ある代償がありました。


ぜひ最後までお楽しみください。


「誰か、石版を直せませんか!」


男の震える声が、ベルカ駅のホームに響いた。


ベルガ駅のホームに沈黙が落ちる。



「……僕が綴じます」


静かな声だった。


けれど、不思議とよく通った。


人々が振り返る。


クラルも思わず視線を向けた。

そこに立っていたのは、一人の青年だった。


煤で汚れた工具鞄。

首元には古びたゴーグル。

少し癖のある髪。

そして、どこか眠そうな目。

青年は人混みを抜けると、割れた石版の前へしゃがみ込む。


「本当に…?」

持ち主の男が顔を上げる。


「ありがとうございます!お礼なら何でも…」


しかし青年は、その言葉には答えなかった。


視線はただ、砕けた石版へ向けられている。


そっと手をかざす。

次の瞬間。

石版に淡い碧色の光が灯った。


「……!」


クラルは目を見開く。

光はゆっくりと広がり、まるで炎が紙の上をなぞるように、割れた断面を辿っていく。


碧い光が断面をなぞるたび、砕けた石は、まるで最初から一つだったかのように吸い寄せられていく。


欠けた部分が埋まり、ひび割れが消え、やがてーー


最初から壊れていなかったかのような姿へ戻っていた。


「すご……」

誰かが呟く。


その声が合図だったかのように、

周囲から拍手が起こった。


「すげぇな兄ちゃん!」


「初めて見たわ、バインダーさんね!」


「本当に直るんだな……」


様々な歓声が上がる。


クラルも驚いていた。



《修復士》バインダー


壊れた石版を綴じる者。


名前だけは知っていた。


けれど、実際に見るのは初めてだった。



石本を読む者はいても、壊れた石版を元へ戻す者は滅多にいない。


男は修復された石版を抱き締めた。


涙ぐみながら何度も頭を下げた。

「ありがとうございます……」


震える手で金貨を一枚差し出した。

「これでどうでしょうか?」


青年は受け取ると軽く頭を下げる。

「ありがとうございます」


そして、少しだけ笑った。

「直ってよかったです!大切にしてください」


男は何度も礼を言いながら去っていった。


それを見送る頃には、

観衆も少しずつ散り始めていた。


やがてベルカ駅は、元の静かな空気を取り戻す。

青年は工具を片付け始めた。


クラルは少し離れた場所から、その様子を見ながら凄い人だな‥


そう思っていたのだが…

「……?」

何かがおかしい。

青年がキョロキョロしている。

右を見る。

左を見る。

また右を見る。

駅舎を見る。

空を見る。

そして首を傾げた。


「……?」

クラルも首を傾げる。

どうしたんだろう。

しばらく様子を見ていたが、

あまりにも挙動が怪しい。

気になって声を掛けた。

「あの……どうされました?」


青年は振り返った。

「あ」

そして少し困ったように笑う。

「ごめんね!」

「僕、帰り道が分からなくなってしまったみたいで…」


「どちらへ?」


「それが分からないから困ってます」


クラルは思わず瞬きをした。


「……迷子ですか?」


「そうですね」

即答だった。


ついさっきまで、

壊れた石版を見事に修復していた人物である。


なのに。「迷子ですか?」


「迷子ですね」

妙に納得した顔で頷かれた。

「……」

「……」


クラルは少し考えた。

(帰ろうと思っていたのに…でも放ってはおけないか)


「私はクラリス・エピタフです」

「クラルでいいですよ。よかったら一緒に宿泊している宿を探しましょうか?」



青年の顔が少し明るくなる。


「ありがとう、僕はシグと言います」

そう言って頭を下げた。

「《修復士》です」


「やっぱり」


「え?知ってるの?!」


「さっき見ましたから」


「あ、そっか!!」

シグは頷いた。


そのまま二人は歩き始める。


話を聞けば、シグは師匠と共に旅をしているらしい。


各地の石本や石版の修復依頼を受けながら、町から町へ渡り歩いているのだという。

「師匠さんは?」


「いるよ!」


「どこに?」


「分からないなー」


「分からない?」


「気付いたらいなくなってた…」


クラルは呆れた。

「それ、シグさんがいなくなったんじゃなくて?」


「そうとも言うね!」

シグはけろっと言い放った。


「ここさっきも通りましたよね?」


「そう?」


「あのパン屋さん、三回目です。」


クラルは思った!私も方向音痴だったと言う事実…


「これだけあちこち回っていると今私は迷っているのではないか…とさえ思った」



ようやく一軒の宿屋へやってきた時のことだった。


入口の前で、白髪交じりの老人が腕を組んで立っていた。

深い皺。

鋭い目。

使い込まれた古いが手入れされた外套。

見るからに頑固そうな老人である。

老人はシグを見るなり眉間に皺を寄せた。


「おい」

低い声。


「また記憶が消えたのか?」


シグが足を止める。

「あ!!」


「あ、じゃねぇだろ」

老人が即座に返した。


「二時間前にパン買いに行って村一周して帰ってくる馬鹿があるか」


「今回は3周だけどね」


「誇るな」


「褒めていいよ」


「ぶん殴るぞ」


「怖いな!」


クラルはそのやりとりがおかしくて、吹き出しそうになった。


どうやらいつものことらしい。



老人は深いため息を吐く。

「ったく……」

そしてクラルへ視線を向けた。


「すまんな嬢ちゃん」

「こいつを拾ってくれたのか?」


「はい……たぶん」


「迷惑かけたな」

老人は丁寧に頭を下げた


「私はガレフ」

「この馬鹿の師匠だ」


「クラリス・エピタフです」


挨拶を交わした時だった。


ガレフがふとシグを見る。


「それはそうと記憶を失ったということは修復したのか?」


「ああ!」

とシグが返した。


「俺といる時だけにしろといつもあれほど言っているのに…」


「それで、何を忘れた?」


(忘れた?)

クラルは目を瞬いた。



首を傾げながらシグは少し考え込んだ…



「あー!宿屋の場所かな!?」


ガレフは頷いた。

「まあ、軽い方だな」


まるで天気の話でもするような口調だった。


しかしクラルだけは意味が分からない。

「忘れたって……?」


「それが代償なんだよ…」

とガレフが答えた。


その一言で空気が少し変わった。


「バインダーは壊れた石版や石本を修復するんだよ」


「失われたものを元へ戻す力だ」

ガレフは静かに続ける。


「だから対価が必要になる」


「バインダーは修復するたびに、自分の記憶をひとつ失う」


クラルは息を呑んだ。


思わずシグを見る。


だが本人は苦笑しているだけだった。

「だからこんなにむさ苦しいジジイと一緒にいるんだよ」


「一人だと色々忘れるからね」


「むさ苦しいは失礼だろ!!」

ガレフが呆れる。


「昨日は自分の部屋番号忘れてたぞ」


「部屋番号なんてもともと覚えてないし!」


「だから忘れてるんだよ」


「なるほど」


「感心するな」

ガレフは額を押さえた。


そして小さくため息を吐く。


「だからバインダーは基本二人一組だ」


「お互いに失くした記憶を、覚えておく」


「それも仕事なんだよ」


クラルは黙って二人を見た。


喧嘩ばかりしている。


でも不思議だった。


そのやり取りの奥に、長い時間を共に旅してきた信頼が見える気がした。



この日、クラルはまだ知らなかった…


迷子ばかりの修復士と、口は悪いが誰より弟子を想う老人との出会いが、やがて、自分の旅だけでなく、この国に眠る真実へ繋がっていくことを。




「白日の石刻 (リトグラフ・ヴェリタス)ーーそれは、死者が最後に綴る、生者への手紙。」



最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


今回は、新キャラクター「シグ」と、その師匠「ガレフ」が登場しました。


少し天然で迷子ばかりのシグですが、彼には修復士だからこその大きな宿命があります。


この二人との出会いが、これからクラルの旅にどんな影響を与えていくのか、ぜひ楽しみにしていただけたら嬉しいです!


もし作品を気に入っていただけましたら、


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『白日の石刻 -Claris Epitaph-』は、毎週 金・土・日 20時10分に更新しています。


明日もぜひ読みに来てください!ありがとうございます!

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