表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/4

春薔薇《レダ》

はじめましての方も、お久しぶりの方も、ご覧いただきありがとうございます。


まずは前作『私見えてます?』を応援してくださった皆さま、本当にありがとうございました。


皆さまのおかげで、初めて日間ランキング50位以内という、とても嬉しい景色を見ることができました。

たくさんの応援が、この新しい物語を書く力になっています。


そして本日より、新連載

『白日の石刻 ーClaris Epitaphー』

をスタートします。


前作とは雰囲気が変わり、「死者が遺した最後の想い」を描く物語です。


この作品が皆さまの心に少しでも残るものになれば嬉しいです。


それでは、『白日の石刻』の世界をお楽しみください。



蒸気機関車が、長い汽笛を鳴らした。


白い煙が、薄曇りの春空へ溶けていく。


濡れたレール。

石畳の駅。

遠くで鳴く鳥の声。


ペンローズ村へ向かう列車の窓際でーー


《クラリス・エピタフ》通称クラルは、流れていく景色をぼんやり眺めていた。


窓の向こうでは、春の花畑が風に揺れている。


黄色。

白。

淡い紫。


柔らかな色彩とは裏腹に、車内にはどこか静かな重さがあった。


ーーこの世界では、人が死ぬと稀に《石版》が残る。


高さ三十センチ、幅二十センチほど。

閉じた本のような形をした、白く滑らかな石。


何も刻まれていない。

けれど、そこには確かに《誰かが生きていた痕跡》だけが残る。


人々はそれを、《石版》と呼んだ。


通常、その石版を《石本》へ変えるには、国家資格を持つ《書記官》が必要になる。


死者の記憶。

感情。

人生の欠片。


書記官は石版へ触れ、数日から数週間をかけて少しずつそれを読み取り、《石刻》して一冊の記録として編み上げて一冊の《石本》となる。


当然、費用も高額だった。


国家書記官の派遣費。

記録保全料。

閲覧管理税。


今や《石本》は、貴族や富裕層だけが残せる《死後の記録》になっていた。


そして最大のネックは一度読むと石本が砂になってしまうこと…


だから多くの人々は、故人の空白の石版を大切に保管したり飾って置いている。


読まれることなく。

語られることもなく。


けれどーー


クラルは、誰にも読まれないまま眠り続ける想いを、見過ごすことができなかった。


残された人へ、死者の想いを届けたい。


彼女には、その想いを紡ぐ力があった。


ただ、それだけ…



クラルにはなぜか

《白日の石刻》(リトグラフ・ヴェリタス)という加護を授かっていた…


神から授かった。と昔から伝えられる奇跡の力。



彼女の涙が石版へ落ちた瞬間、それは一冊の《石本》へと変わる。


文字を書くわけではない。


石本を手にした者へ、そこにいる者達に故人の記憶そのものが流れ込むのだ。


風。

匂い。

温度。

声。

景色。


映像として、まるでその人の人生を追体験するように…


だからこそ、《石本》は危険だった。


真実は、ときに人を壊す。



「書記官じゃないんだけどね私は!」


クラルは小さく呟く。


「なる気もないし…」


年齢的に18にならないと国家資格を取れないのもあるが、クラルにはその気も無いらしい。



白い蒸気が窓の向こうへ流れていく。


その先で、春の花畑が静かに揺れていた。


ーー


向かいの席に座る老婦人が、新聞越しにちらりと彼女を見た。



十五、六歳ほどの少女。


淡い亜麻色の髪を左右二つのおさげに編み込んでいる。

黒い外套を羽織り、透けるほど白い指先が覗く。

膝の上には、大きな斜め掛けの鞄。


国家図書館の所属ではない。

書記官候補ですらない。


それでもクラルのもとには、人づてに依頼が届く。


誰にも読まれないはずだった石版を、この少女だけが一瞬にして本にできるからだ。


がたん、と列車が揺れた。


「……あなた」


ふいに老婦人が声を掛ける。


「書記官さんかい?」


クラルは少し考えてから、小さく首を振った。


「違います」


「でも、少しだけ読めます」


老婦人は「そうかい」とだけ言って微笑んだ。


それ以上は聞かなかった。


クラルはなんで私が本を綴れると分かったんだろう?少しだけ疑問に思った…


この国では、石本の話を深く聞かない人が多い。


死者の言葉は、ときに生者を傷つける事があるからだ。


ーーやがて列車が止まる。


ペンローズ駅は小さな駅だった!



ホームへ降り立つと、春の風が頬を撫でた。


甘い香りがする。


見上げれば、駅前のアーチには薔薇が咲いていた。


赤。

白。

薄桃。


薔薇の咲く季節なんだなぁーと何気なく思った…


すると、その下で一人の女性が立っている。


深い紺色の服。

少し緊張した顔。


「……クラリスさん、ですか?」


女性は小さく頭を下げた。


「私はエルナと言います」


「本当に若い書記官さんなんですね」


「いえ、資格はないので……」


クラルは少し困ったように返した。


駅から十五分ほど。


丘へ続く舗装されていない柔らかな坂道を歩く。



こういう時間が、クラルは少し苦手だった。


本当なら、故人の話を聞いたり、気の利いた世間話をした方がいいのかもしれない。


でも、《これから死者の想いに触れる人》と何を話せばいいのか、クラルには今でも分からない。


たった十五分が、永遠みたいに長く感じる。


辿り着いた家は、丘の中腹に建つ古い家だった。


緑色の屋根は、ところどころペンキが剥げている。


家へ通され、温かい紅茶が置かれたあとでエルナは、小さな白布をテーブルへ置いた。


「この父の石版を……お願いしたくて」


声が、少し震えていた。



クラルは静かに布を開く。


掌サイズの白い石版。


まだ何も刻まれていない。


死者の想いを待ち続ける、空白の石。


「お父様は、どんな方でしたか?」


クラルが尋ねると、エルナは少し懐かしそうに笑った。


「優しいけど、厳しい人でした…」


「母が早くに亡くなったので、ずっと必死に働いていて……」


「でも、季節の移ろいを静かに眺めるのが好きな人でしたね」


「何か良い事があった時に咲いている花の名前を覚えておきなさい。とよく言っていました…」


「私は実際のところ全く実践していませんが」


そこでふと、困ったように笑う。


「ただ……薔薇は嫌いだったみたいです」


窓の外では、庭の薔薇が風に揺れていた。


甘い香りが、部屋へ流れ込む。


「薔薇を見るたび、苦虫を噛むような…嫌そうな顔をしていましたから」


クラルは黙って石版へ触れた。


冷たい。


けれど、その奥には微かな熱が残っている。


消えない故人の想い。


この世界へ置いていきたい記憶。


「……石本は、一度しか読めません」


クラルは静かに言う。


「読み終えたあと、石本は砂になって消えます」


エルナは小さく頷いた。


「それでも知りたいんです」


「どうして父が、石版になったのか」


迷いながらも、確かな声だった。



ーークラルは白い指先を石版へ重ねる。


そして石版をそっと胸へ抱いた。


その瞬間だった。


胸の奥へ、誰かの感情が静かに流れ込んでくる。


懐かしさ。


愛しさ。


どうしようもない喪失。


その温かさに胸が震えた。


ぽたり。


一粒の涙が石版へ落ちる…


その瞬間ーー。


じわり、と石が淡く光り始めると、クラルの重い黒の外套がふわりと風をはらんだ。


そして優しい風の渦がクラルを一瞬包んだように見えた…



空白だったただの四角い石版がゆっくり本のような形が浮かび上がっていく…


まるで、眠っていた記憶が目を覚ますみたいに。


ふわりと風が吹いたと思うと、あたり一面優しい光に包まれた…


甘い香り。


赤。

白。

桃色。


部屋いっぱいに、薔薇の花弁が舞う。


少なくとも、クラルとエルナにはそう見えた。


クラルは静かに目を閉じる。


ーーこれは、ある春の日の記憶?!


若かった父親。

その隣には、一人の女性。

そして、小さな女の子。


一面薔薇の花園の中を、三人で歩いている。


静かに…


幸せな暖かさがエルナとクラルにも伝わってくる!


けれど。


女性は泣いていた…


別れだった。


舞い散る花弁の中、男性は何も言えず立ち尽くしている。


香りだけが、ずっと残った。


毎年春が来るたび。

薔薇が咲くたび。


忘れたくても、思い出してしまうほどに。


「ねえ、あなた」


女性が涙を浮かべながら笑う。


「悲しまないでよね!」


「笑って送ってよ?」


「死ぬ前に泣くのは私の特権よ」


「……」


「エルナのこと、お願いね」


春風が少し強く優しく吹く…


花弁が舞う。



「薔薇って、毎年絶対この季節に咲くでしょ?」


「だからね、この花が咲いたら……私、また会いに来れる気がするの」


「この薔薇の名前、覚えてる?」


「……レダだっけ?」


「そうそう」


「あなたがこの薔薇の名前を忘れない限り春にいつも来てあげるから…」

彼女は、涙でぐしゃぐしゃになりながら笑って言った


「ほら、もう忘れられないでしょ?」


「そうだね」


「エルナもレダの事好きな子に育っといいなぁ…」


…そこで本の光は消えていった……



――記憶が終わる。


静かな部屋。


エルナの頬を、涙が伝っていた。


「……そっか」


小さな声。


「お父さん、薔薇が嫌いだったんじゃなかったんだね……」


クラルは静かに石本を差し出す。


エルナはそれを胸へ抱き締めた。


「石版になるぐらいなら生きてる間に言ってくれればよかったのに…」


すると石本は、さらさらと白い砂になって崩れていく。


消えていく…


役目を終えたみたいに。



「お父さん……ずっと、お母さんを想ってたんですね」


クラルはほんの少し微笑んだ。


「普通、想いはここまで綺麗には残りません」


「きっと、不器用で……優しい人だったんですね」


窓の外で、春の薔薇レダが揺れている。


甘い香りが、風に乗った。


「これからは、この季節に薔薇を見れば…」


クラルは静かに言う。


「お父さんとお母さんに、会えますね!」


エルナは泣きながら笑った。


「……はい、会えますね!」


「今更なんですけど、私、今日から薔薇が1番好きな花になりました!!なんかいい加減ですかね?!」


エルナが涙でぐしゃぐしゃの顔で少し悪戯にクラルを見た。


「…きっかけなんてそんなものだと思います」

クラルはそう返した。


…好きになったり、

…嫌いになったり、


想いや記憶はオバケのようなものだから…


その季節が来て花が咲くたびに大切な人を思い出す…


それだけで、きっと人は生きていける。



窓の向こうで、春の薔薇が優しく揺れていたーー





「白日の石刻 (リトグラフ・ヴェリタス)それは、死者が最後に綴る、生者への手紙。」


第一話、春薔薇レダ終ーー


第一話『春薔薇レダ』を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。


ここまで読んでくださった皆さまに、心から感謝します。


この作品は、一話ごとに誰かの人生や想いを描きながら、少しずつ大きな物語へと繋がっていきます。


…ですが、毎回しんみりしたお話というわけではありません(笑)


次回は、そんなクラルの日常をご紹介します。


石刻をしている時とはまるで別人(?)な、彼女の姿を楽しんでいただけたら嬉しいです。


そして、「続きを読んでみたい」と思っていただけましたら、ブックマークや☆☆☆☆☆で応援していただけると、とても励みになります。



また、前作『私見えてます?』も完結しておりますので、こちらも楽しんでいただけたら嬉しいです。


これからクラルたちの旅が始まります。


どうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
国家資格を持たない少女クラルが、自身の涙をきっかけに死者の記憶を呼び覚ますというファンタジックな美しさ。 そして、真意が明かされる切ない愛の結末まで、一編の美しい映画を観たような素晴らしい読後感です。
美しくも儚い気持ちになりました。 五感を通して広がる情景に重なる心。 そのどれもがまるで映像に流れるようで、夢中で物語を追っていました。 人を巡る想い。ときにどうしようもない喪失感に襲われたり、辛く…
白日の石刻、投稿お待ちしていました!! 【私見えてます?】も楽しくて最後までどうなるのかワクワク読んでたので今回も展開も含めて今からドキドキです。 クラルちゃんの神からの加護がとてもステキでこれからの…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ