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朝のフォルナは、白い。
どこを見ても白くて静かで、まるで世界ごと寝坊しているみたいだ。
鳥は鳴かない。人も歩かない。音がないのがこの村の“霧の日のルール”だった。
そんな中で唯一、金属のかすかな軋みが店の奥に響いていた。
裏通りの武具屋《ヨルブ商具》。
ライクはその倉庫で、使い古された帳簿と格闘していた。
祖父が寝込んでからというもの、店の仕事はすべてライクの肩に乗っている。
売れるかどうかもわからない在庫に、誰が書いたか定かでない走り書き。
今日も彼は、曖昧な数字と向き合っていた。
「革鎧と短刀は減りが早いけど…って、なんだこの薬瓶。道具屋じゃないってば」
棚の奥に違和感を見つけた。伝票の記録と中身が、微妙に噛み合っていない。
一箱だけ、“用途不明”と書かれた古い木箱が紛れ込んでいる。
蓋には“旧型装甲”の文字。年代は不明。
ライクは眉をしかめながら、蓋に手をかけた。
軋む音が、白い空気に吸い込まれていく。
中から現れたのは、漆黒の鎧だった。
革留めは傷んでいない。
くすんだ装甲の隙間には手入れされた跡が残っている。
装飾も銘もない。けれど、ただの飾り物ではないことは、一目でわかった。
「……誰がこんなもんを隠してたんだよ」
まるで人が座っているようだった。
その身体が、ただ“そこにある”ことに、妙に納得できてしまう。
戻ってくる主をずっと待っていたみたいに。
ライクは無意識に、肩の装甲へと指を伸ばした。
ほんの、軽い気持ちで。
けれど、指先が触れた瞬間。
空気が変わった。
冷たくない。温かくもない。
ただ、鋼が呼吸したような気配が、肌をかすめた。
90年代の文体を再現したそうです。