野獣の天音に背を向けるな!
あれからまた一週間くらい経った。
俺が図書室にやってくると、ムクムクと俺のほうを見て、まるで子犬のように見て、Switchを欲しがる。
勿論渡す。
いつの間にか俺より椋木のほうがトモコレにハマっていた。
おかげで弁当を普通に食べられるし、椋木の原稿が進まないし、良いことばかりだ。
無論、俺のトモコレはカオスになっているわけだが。
「理君。見てください。見てください……ムクノキがぁ……」
「恋人でもできたのか?」
「ち、違います! ムクノキがお腹空いたって言ってます!」
「インゲンでも食べさせとけ」
「インゲンとか、理君ってそういう人だったんですね。失望しました」
何が。そんな変態を見るような目で。お前だろ、変態は。
あれ、これも語録にあった? 語録からは逃れられない?
「べつになんでもいいから食べさせとけばいいだろ」
「そうじゃなくて、私、ゲームの中でも人に迷惑をかけてます……私ってやっぱりどうしようもない……」
「あーもうめんどくせーなんかウインナー沢山あるから渡しとくぞ」
「ああ~オサムとキンのウインナーがぁ~」
言うつもりはなかったが、なぜか椋木は男のキャラには皆、ウインナーかいなり寿司を渡している。なぜかな。
「ところでなのですが、理君のおかげで、友情がわかった気がします」
「あーそれはよかった。うん」もごもご。
「この、オサムとキンがなかなかくっつかないモドかしい気持ちが”友情”なんですね」
「あーそうだよ」適当。
どうやら椋木は俺との間に友情を感じていないようだ。
俺もあまり感じていない。
どちらかというと霞とはべつのうねうねした恐怖を感じている。俺の日常が汚いもので埋めつくされるような恐怖を。
これ、ラブコメだよな。いつ俺はラブできるんだ。
「それと。そろそろ霞京子さんを作ってみます。今日はいける気がします。だからその、、楽しみにしてくださいね?」
椋木が艶らしく俺に目を輝かせていた。腐女子のものでもなければ、友達のものでもない。
かといって恋心と言うには穢れすぎている。が、ちょっとだけドキッとした。
そうだ。これが霞と似た恐怖という意味だ。妙な魅力が俺を下品の奈落へ落とし込む。
この子に恋をしたら俺はホモになるんじゃないのか? 何それ怖い。
「霞さんをできるだけ可愛く描きますから!」
「椋木ならあの完璧な美しさを表現できそうだな。見てみたいが、やめてください。お願いです」
「理君が言うなら私、頑張れるかも……」
「頑張るなって言ってるんだよなぁ」
きっと俺はさっきの椋木みたいに青ざめて、こう言うことになるだろう。「俺、ゲームの中でも霞京子にストーカーされてる」とかね。
ゲームの中くらい自由にしてやってくれ。ほんとに。
そうやって椋木が健気に前髪を描くのを眺めていると、何か鋭い視線が俺の背中を刺した。
もしかして霞にバレたか? 色んなところから冷たい汗が出てきた。俺、今日死ぬかも。椋木には悪いが、お前も。
「そんなに怖がってどうかしました? 理君」
「いや、なんでもない。でももしも何かあって椋木が死んだら、そのときは俺のことを恨んでいいからな」
「どういう意味ですそれ?」
しかし俺の背中に突き刺さるこれは、霞のものにしては少し柔らかい。人間味がある。
というか野性味がある。まるでライオンが獲物を狙うような感じの。
だからホッとして、それにしても十分恐ろしいはずの眼光の筋を辿る――本棚の横から真っ赤の目で俺を睨みつける、茶髪の女がそこに立っていた。
うわ。こっちきた。
「そんなに怖がってどうかしました? お・さ・む・君?」
久々の登場。筋力カンスト系Vtuber女子、渡里天音だ。
鬼神のごとく覇気を漂わせている。
逃げたい。その足も震えすぎて動きません。
「あひゃ! 渡里さん!?」
「こんにちわ。椋木さん」拳をボキボキ。
「こ、こんにちわ。あはは。あはあしゃしゃしゃぁ~?」キョドり過ぎだろ。
「な、なんでそんなに怒ってんだよ。天音」
「怒ってませんよ?」
「血管が身体中に浮き出てるって」
「怒ってませんよ。怒ってないですよ? 理君がなんかが、昼休みにべつの女子とイチャイチャしていても怒るわけないじゃないですか」
全部言った。俺が椋木と恋愛関係だと勘違いしているらしい。
「私と理君はそういう関係じゃ! わ、私なんかが、彼氏なんて。いるわけないじゃないですか、か、か、アラララァ!」
「ウェカピポ?」俺がツッコむと、
「ヘイヨー!」椋木がこう返すノリ。あります。
「なにそれ。ずるい……」ウェカピポで嫉妬する系ヒロイン。
殴られる前に。俺はとにかく天音を向こうの椅子に座らせる。
「ひゃぁ! 触らないでください!」
「いいからちょっとこっち来い」
椋木がブルブルと顔を振っている。それどういう感情?
天音はさらに怒っていた。
「べつにあっちで話せばいいじゃないですか! 絶対、やましいことがあるんだ!」
「違うって。て、なんだこれ、俺が浮気したみたいじゃないか。べつにお前と付き合ってないだろ」
「そうですけど! 理君なんかがぁ、私を置いて彼女を作ることが許されると思いますか? 私は許しません!」
嫉妬じゃないのはなんとなくわかってた。いつもの逆恨みだ。
「天音。まずは話聞け。これはだな――」
と事の成り行きを説明した。
「なるほど。霞さんから逃げるためにここに。そうだったんですか。でもなんで図書館だと霞さんが追って来ないのでしょうかね」
「まぁそれはいいだろ。これでわかっただろ」
「わかりました。でもまだわかってません」フンフン。頭から何か出てる。トモコレかよ。
「何がだ」
「だから、その、二人はどういう関係なんですか?」
恥ずかしげにチラッチラッと俺のことを見ながら聞いていた。
「友達……だな?」
「なぜ疑問符。やっぱり怪しいですね」
「怪しくねえだろ」
椋木がキョロキョロとたまにこっちを気にしてる。
なんかキョロキョロするたびに顔が赤くなったり、青くなったり、黄色くなる。黄色?
アシュラマンみたいに顔が変わってる。何その芸。
「あーとにかくもういいだろ。あ、そうだ!」
「うわっ! 何するんですか!」
天音はなんだかんだ面倒見がいい気がするから、椋木の友達になれるかも。
そう、健全な友情を知れば、椋木の腐女子なところが少しは治まるかもしれない。
俺は天音の手を引っ張って椋木の隣に座らせた。
途端、椋木は嘘みたいに椅子から転げ落ちた。まるで椅子にロケットがくっ付いてるのかってくらい、勢いよく。
「だ、大丈夫? 椋木さん?」
「びびびびびびびっびびびびび、美少女だぁ。目がぁああ。目がぁあああ……」
「えへん。そうです。私は美少女です。最近、茨田さんと遊ぶようになって少しだけ美容に詳しくなってきています」
「夏休み明け、金髪デビュー。ぶはっ!」笑い過ぎて腹痛い。
「理君? 殺されたい?」腹パンの構え。
「ごめんなさい」恐怖過ぎて腹痛い。
天音は椋木を起こした。椋木はなおもギョロギョロしていた。
これは無理ゲーかも。
「あわわわわ。あわっ! あわわわわ!」
「魚を釣った気分」天音は戸惑った。
「まぁそうだな」
俺はそれとなく机の上に広がる椋木のBL原稿を隠した。
しかし天音はすぐ気付いた。これが女の嗅覚なのか。
「何隠したの? ねえ?」
「何も?」
「あ、あの、渡里さん!」
椋木が勇気を出した!
そうだ! 頑張れ。魚寒をBLから開放してくれ!
「理君に少し、厳しくないですか。その、べつに理君は悪い人じゃ。ないと、思います」
「――はっ!」
――天音の脳裏に今までの理との思い出が目まぐるしく巡った。
一泡吹かせようと天音にちょっかいをかけるも返り討ちにされる理。
茨田さんに変態的快楽を覚えている理。
霞京子とイチャイチャしている分不相応に気付かない愚かな男、理。
――やや理不尽では?
と俺が思うのも思うだけ。
天音はそっけなく言った。
「椋木さん。悪いこと言わないからこの男はやめておいたほうがいいよ」
「あの、だからべつにそういうのじゃ」
「もしも彼氏とか探してるならぁ、私が、もっと良い人を紹介してぇ~」
「良い人? ぜひ、理君に紹介してあげてください!!」迫真。
「え?」
天音が戸惑いながら俺のほうを見てきた。
安心しろ。俺のほうが戸惑ってる。
椋木がもじもじと腰を振りながらあわあわ変に笑っている。
この意味を天音はまだ知らない。
俺は原稿用紙を背中に隠し、絶対にこの真実を隠したい。
この日から天音が図書室によく来るようになった。
本を借りに来たとか言って、俺と椋木を本棚の陰からじーっと観察して。
バレバレなんだよな。
「椋木が緊張するからいい加減、やめろって」
「だって私がいたら邪魔なんだよね?」ぷいっ。
「まぁたしかに――」
――また天音を椋木の近くに座らせてみたんだけど、そのときにまた椋木がひっくり返った。今度は泡を吹いた。やっぱり天音程度の美貌でも椋木の劣等感を刺激してしまうらしい。
かといって椋木の筆がブルブル震えて、BL原稿が進まないと、焦りに焦りまくって怖いんだよな。
だったら俺が図書室のべつの席にいればいいって? もしも霞京子が図書室のそばを通って、ドアの窓越しとかに俺を見つけたらどうするんだ! 俺が死ぬんだ!
この席しかない。
ゆえに結論。
「天音。あんまり図書室来るn――ぐわぁっ!」
天音の渾身の一撃。
俺は久々に宙へ待った。
なんだろう。この痛みは。ちょっとだけ気持ちいいかも。
地面に強打。
「うぶごわっ! やっぱ痛い!」
「やっぱり私が可愛すぎるのがダメなんだよね。でもこれってどうしようもないし?」
「化粧じゃなくて顔に墨でも塗って来いよ――うぶごわっ!」
「わかりました。私、頑張りますよ」
「お? 下方修正か?」
「最初はぐー……」
「これは俺の家にあったハンターハンターを読破した者だけが繰り出せる構え!?」
とりあえずもう一発殴られた後、俺は席に戻った。
椋木が俺の顔を見て「げっ」と溢した。
天音の作戦は見ての通りだ。
本棚の陰からゆっくりと椋木のほうへ近づいていく。
「ほら、怖くないですよ?」
「渡里さん……野生の渡里さんだ……」
「大丈夫ですからねぇ?」そろりそろり。
「むむぐ。むむぐ……渡里さんは噛まない。喧嘩を売らなきゃ、大人しい動物……」
どっちかというと椋木が動物側だと思うんだよな。
「あと少し。あと少しぃ」
「でも逃げるときは絶対に背中を見せちゃいけない。それにお腹を空かした渡里さんはかなり狂暴。うわぁっ! 今日、スプレーも鈴も持ってない!」
え。スプレーと鈴があれば天音に襲われないの? なにそれほしい。
天音と椋木の距離二メートル。いけるか?
「うぎゃあああああああ!!」天音が椋木に飛びついた。
「うわあああああああああああああああああ!!」椋木はひっくり返った。
三回目。椋木が泡を吹いて倒れた。
「あばばばあばばばばあばば……」
「どうしてこうなった?」
「やっぱり可愛いって罪ってことですよね」
「うん。なぜ襲い掛かったんだよ」
「だって逃げられると思ったから」
そういうところだろ。
俺が椋木の手を掴んで起こした。椋木はハッと頬を赤くして、俺とも距離を取って。そわそわした。
「だ、大丈夫です。もう慣れましたから。はい。次はちゃんとスプレー持ってきます」
「俺の分も持ってきて」
「スプレーって何?」
「あいたたた……」
椋木が頭をぶつけたらしい。
俺はどこだどこだと頭を撫でた。
「大丈夫か?」
「たんこぶがちょっと……でもちょっと痛いだけですから。だからその、そんなに触らなくても」
すると天音の目つきが変わった。まさしく野獣だ。
「理君。なんかやっぱり変ですよね? 友達同士でそんなことしないですよ」
「え。しないんですか!?」椋木のほうが驚いた。なおその意味は(ry
「しないですよ! するわけないですよ!」
「いやこれは。椋木が痛がってたから」
「え。なんでですか。やっぱり思いました。ずっと監視していて妙だと思ったんです! 友達にしては仲が良すぎるって!」
問題。ここまでの文章で俺と椋木が恋人関係だと示唆される表現を書け。
無い。
はずだが。
一方。天音の解答。
「だって普通友達同士で、しかも男女でウインナーがどうとか! インゲンがどうとか! というかあんな言葉をぉ!」
なるほど。天音、そういう語録わかるタイプの女子だ!
なんで知ってんだよ。
「それに椋木さんがたびたび女の子の顔をぉしてr――」
「ふがあああああああああああっ!!」
椋木の顔が瞬きする間に真っ赤になった。何か恥ずかしがっているみたいだ。
天音が何か言おうとしたところを、今度は椋木のほうから襲い掛かった。
椋木が天音を倒し、口を塞いだ。
「むがむがががががっ!」
「ダメです。ダメなんですぅ!」
「むががが! ちょっ指が! 指が入ってるからぁ!」
「ダメなんでうぅ!!!」
ふぅー。
これが百合というものなのか? ちょっとだけ興奮している自分がいる。あれ、これ失恋? いや、違うな。
ひょっこりやってきた。図書委員の大野にも聞いてみた。
「大野。これ見てどう思う?」
「ちょっと迷惑かな。ちょっと! ここは図書室だから静かに。天音さん! 女の子に押し倒されないで!」
「なんで私が怒られてるの?!」
「いいから静かにしてね!」
「むっ! 今、理君、物凄いことを言いましたよねっ!」
椋木が目を輝かせて俺のほうに来た。
背伸びして俺を見上げて、少女のような純粋な顔で。真丸い顔を可愛らしく――まぁ腐女子なんですけど。
俺は顔を背けた。
「やっぱり二人ってそういう関係なんですね。わかりました。だったら私だって、そろそろ本気出しちゃおうかなー!!」
天音が勢いよくそう叫ぶと、俺のほうに駆け寄ってきて、ほんのりと俺の手を掴んだ。
天音の手は震えていて、こっちまで伝わってきたそれが、俺の心臓をドキドキさせた。
「どうだ! 私がちょっと本気出せば、理君なんて!」
「ふひひ。ここで魚寒が青いベンチに座ってぇ……」
それどころじゃなかったので俺は天音を置いて椋木の原稿を取った。
椋木が返せ返せと、背伸びして、手を伸ばすも絶対にそうしない。これ以上、魚寒がグロくなって堪るか。
天音はそれをまた勘違いして、俺の腕を引っ張たりするも完全無視。
さてここで問題。こういうとき、どうなると思う?
そうだ。天音がキレて、俺をぶっ飛ばして終わる。
「おりゃあああ!」
「いやそれは違く――ぬぇええええあ!!」
「ぐへへ。公園のベンチ。ベンチぃ……」
「成敗! ふん!」
こうして魚寒は青いつなぎを着ることになったのでした。
なにこれ。
なおこの日から、なぜか天音が俺に積極的にアプローチしてくるようになった。
ありがた迷惑だ。
今回、椋木が可愛くなっている気がする。
理がちょっとはラブコメ主人公みたいになってきた。
なお内容(?)




