理王(2)何も知らないヒロイン
前回を投稿したばっかだけどもう投稿しちゃうぜ。
『安心と安全のAI技術。効率を追求したい! 未だにファックスなんて使って白山羊さんの餌やりばかりして、もううんざり! 古臭いヤハフェと経済低迷に喘ぐより、AI使ってみませんか!
でも不安? わからない? もう着いていけてない? 大丈夫!
これからの時代をサポートするAIコンサルタント、KASUMI。あなたとお客様の個人情報を大切に扱います』
と胡散臭いCMっぽいのがモニターに流れていたのはおいておこう。「これからは科学の時代よ!」とホワイトボード17を眺め誇らしげににやにやしている霞も気にしない。ついでにトントンバンバン! とモニターを叩いて、「案外丈夫だなぁ」となぞの動作確認をしている天音も気にしない。
執事も案の定、気にしないから理王は進行していった。
「では休憩も終わったところで。だんだんとこの理王、問題が難しくなってきますからね。次の脱落は第六問です。賞金千万円と日付変更線世界一周旅行がかかってますからね、ここをクリアして、決勝そして優勝を目指していきましょう。では第四問! デデドン。浦嶋理の誕生――」
「はい!」
天音が勢いよく元気よく手を挙げた。
「どんどん?」
「あの、早押しじゃないですよ」
「あっ、ちなみに私はほっともっと派です」
「それは知らないですけど」
どうでもいい工程を挟んで、執事は仕切り直した。
「では第四問。デデドン。浦嶋理の誕生日はいつでしょうか? この問題は友達以上でないとなかなか覚えていないでしょう。あるいは恋する乙女でしょうか。好きな男の子の誕生日を教えてもらったり、学校で配られる紙の中から探して、決してあたってる訳が無いお金を取りたいだけのくだらない占いサイトに生年月日を入力して、一喜一憂するという――」
らしいが、なぜか霞が赤面して、さっきから書く文字がまとまっていない。珍しく天音と大野のほうが先に書き終えてしまった。俺もさっさと書いてと。霞を煽ろう。
「なんで赤くなってんだよ?」
「あっ、あ、な、なんでもないわ! べつに占いなんて! どっかの愚かな豪族みたいに星占いが外れたからって一族を追放したりなんかしないし、そんなくだらない占いなんて非科学的で信じないわ! 信じないわっ!! ふん!」
真っ赤なまま俺に訴えてきた、近い、顔が近い、ほんやりした熱気が伝わってきた。天音が「霞さんがこんなどこにでもいる人を好きになるなんて……占いでも予想できないよ」となぜか、占い師差別をしたので、俺はハーバードに行って是非とも抗議したい。そもそも学力が足りなくて平和を訴えられなかった。
ともかく自分の郵便番号がわからなくとも、生年月日がわからない人間はいない。執事がスタッフ(陽キャ)に「この問題はテレフォンが使えると言い忘れてしまいましたが、どうしましょう」とスタッフが「尺が無いんで、誤魔化しましょう」と審査員のAIの険しい視線を乗り越えようとしていた。
「では回答をどうぞ!」
執事がそう云うと、左から、霞が『20XX年3月30日午前3時53分4秒』と当たり前そうに平然として、俺が『3月30日』と左向いてオドオドと悚然 と、天音が『3月24日』と口をポカンと開けたまま茫然と、大野が『3月3日』と頭を押さえて「0つけ忘れた!」と悔然 とした。
「審査員! お願いします!」
執事は進行する。モニターには左から、〇、〇、×、×と表示された。
「ということでお嬢様と浦嶋殿に10ポイント。残念ですか、友人方二人には得点はあげられませんね」
執事が意味ありげにポカン天音と大野に告げた。依然として天音はポカンとしていたので、大野もポカンとした。その一方で霞は「私は4月4日だから、実は私のほうがお姉さんなのよ」と耳元で囁いてきた。
そんな艶めかしい声は置いておいて、俺は天音にがっかりしていた。
「ん? 理君、どうしたの? そんな怖い目して。あはは」
「いや、べつに。誕生日なんか忘れててもしかたないよな」
「あれ、理君の誕生日ってどっかに書いてあったっけ? あはは」
「そうか、この半年間結構な割合で会っていても誕生日を知らなかっただなんて、そういうこともあるよな」
「あっ、私は11月24日だからね!」
「あ~うん」
「なんか忘れそうなんだけど」
そろそろ霞の眼光が怖くなってきたから俺は何も返さなかった。天音もなぜか少し不機嫌になった。
「ほほほ、では五問目に参りましょう。ででん!! 浦嶋理の血液型は?」
「……?」
神妙な間が流れた。あまりに問題文が短かったからだ。
俺の血液型か。また執事が占いがどうとか言って、また霞が恥ずかしそうにしているのは置いておいて、血液型は意外と自分でも自信ないな。あまり使わないし。
いや、ほんとうにわかんないな。たしかB型だった気がするのだが、どうだったかわかんないな。こうなったらここにある鉛筆で、ぐさりと、そう出てきた血を舐めて――あっ、やっぱりB型か。
「なにしてるの?」
「《◎》な目をするな」
「――ではいいですかね。そろそろ回答をいきますよ。いいですか! いいんですよね! テレフォン使えますよ! 使いますか! 使いませんか!! あっ、使いませんね。使いませんよね……」
俺たちは突然しょんぼりとした執事を無視した。天音が「使ってあげようよ」と言ってきたが、「あんなジジイの介護なんてしてられるか」と毅然に振舞った。AIが「私のさっきの審査に狂いは無かった!」と嬉しそうに蔑んできたのは無視した。
「それでは回答にいきましょう!」
左から、霞が至ってふつうに『B型Rh-』と、俺が血塗れの口で『B型』と左向いてオロオロと、天音は堪えきれない苦笑いで『A型』とスクリーンを確認してまた魂が抜けたようになって、大野は『V型』と仏のように笑っていた。
「では審査員の方々! どうぞ!」
左から○、〇、×、×と表示された。
「ということでお嬢様と浦嶋殿が正解で、他二人は不正解。テレフォン使ってもよかったんですよ――」
「ふざけるなぁ!! 不正だよ、こんなの!」
そう叫んだのは大野だった。頭に血管が浮き出るほど憤慨している。
「どうなされましたか?」
「どうもないよ! こんなの不正だよ! 僕はたしかにB型って書いたよ!」
「書いた? 回答のことですか?」
「そうだよ! Vなんかどう間違っても書いてないよ!!」
「う~む、そう云われましても」
ざわつく会場。意味不明な言語で顔を見合わす動物たち。ちゃっかり隣りの兎を食べようとした熊を制止した虎。それをメイド少女は「やっぱり野生じゃない! どこが動物園よ! あんなの檻に入れるべきだわ!!」としゃがんで怖がっていた、我が妹の後ろで。妹は「大丈夫、噛まないから」と返すと、メイド少女は「貪られるからでしょ!」と勢いよく返した。
それはそうと――そして、ついに動き出したAI。
「感情的になったら何も解決できないことを学習できない人類は愚かです。それにワタシの審査を甘く見ないでください」
スクリーンに映像が映った。あれは回答していたときの大野だ。それがズームされていくと何を書いているのかがはっきり判った――『V』
「ということで審議の結果、不正ではありませんでした。ので、大野君は席に戻ってください」
「嘘だ! ほんとだって! 僕は!」
「そう云われましてもねぇ、証拠もあるんだし、これ以上言うなら即刻失格ですよ」
「ぐっぬぅ!!」
大野は不満げに席へ戻った。どう間違えたらVなんて書けるのか、相当緊張していたのだろうか。と、大野の席の上にあるカメラを見つめていたら、びっくり、そこに書いてあったのは『KASUMI』の文字でした。もうなんだかわからねえな。
あと何気にまた天音も不正解だった。たしかに血液型の話はしたことがなかった。だから「理君は臆病だからA型に違いないと思ったのに!」って悔しがるのをやめろ。それとさっきから霞が「私はAB型、私はAB型、私はAB型……」とじっとりと囁いてくるのはなんなんだ。AB型は変な人が多いって聞くけれど、そうじゃなくても霞のせいだろ。
「ではではでは~次の第六問目、ここの正解不正解でまたひとり脱落という形になります。だから皆さん、ここが勝負ですよ! いいですね? ああ、その前にピンチの天音さんと金太郎さんにお伺いしましょう。今のお気持ちはどうですか?」
「えっと、頑張ります!!」ピシッと気持ちを切り変える天音。
「最悪な気分だよ!」不機嫌のあまり動物席の熊を大きな鍋に押し込んでいた大野。
その光景を目の当たりにして我が妹後ろでブルブル震えながら「ニンゲンコワイ」と大野を指さしていたのはメイド少女。それに便乗して「だから選別をする必要があるんですよぉ~」とニタリ笑いするAIはすぐに廃棄したい。なお、責任者らしい霞は「ちょっとあのAI、悪いもの食べちゃったのかしら」とまだ恍けていた。
天音が大野を宥めて、半泣きの熊を席に返したところで、執事は進行した。
「よござんすか? よござんすか? では第六問、デデン!――浦嶋理の癖は?」
癖。わりと難しい問題が出てきた。これはどれだけ他人が俺のことを見ているかでしかわからない問題だ。だからこれはむしろ自分自身、俺が一番わからない。まぁすでに俺はポイント足りてるし、問題は天音と大野だが、ふたりとも俺と過ごしている時間は長い、癖ぐらいなら簡単に答えられ――ふたりとも眉間にこれでもかってくらい皴が寄っている。なんかもう、二人並んで金剛力士像みたいになってる。
その一方で、霞がもう退屈そうに座っているのが怖い。「あっ、カンニングはダメよ」とニヤニヤしながらホワイトボードに手を見えるか見えないかくらいにパタパタしてくる。
「いいよ、もうべつに見ないし――うわっ!」
天音は押しかかっきた。「みえ、みえ!」と霞の手の奥を必死に見ようとしている。痛い、痛い。
しかし見えなかったらしい。俺の首が痛んだだけだった。
「ではそろそろ回答いいですよね」
「はい! テレフォン使います!」
「天音さん。残念ながらテレフォンを使えるのは第五問まででした。第五問で使っていれば今も使えていたかもしれませんねぇ」
含みのあるその爺の眉の波は、決して衰えない妬みを表出していた。仕方がないので天音は自分で回答を書いた。
「ということで回答をどうぞ!」
左から、霞がいつもと変わらず『よく”~だが”って言うところ』と悠然に、俺は『女の子にモテすぎて精神病院に行ってしまうこと』キリッとした笑みを浮かべ、天音は『癖毛?』とポカン通りこして放心状態に、大野は『学校でゲームをするときは椅子を一本足に立たせるような変な座り方をする』と真面目に。
たしかによく”~だが”を言ってる気がするし、女の子にモテ過ぎて酒に溺れた気もするし、変な座り方はしてたな、うん。癖毛? 癖毛?
「なるほどさすがに割れましたね。これは審査員の判断が重要なようです。では審査員方、評価のほうをお願いします!」
「知らねえよ、こいつの癖なんか」小声を漏らすメイド少女。
「評価のほうをお願いします!!!」
しかし進行は奇跡ではなく強引に海を割るように続くのでした。
左から、〇、×、×、△という結果になった。
「なんで俺の間違ってんだよ!」
「モテるわけねえだろ。お前みたいなやつ」メイド少女の厳しい視線。
「そんな事実は確認されてません」不動のAI。
「お兄ちゃん、私恥ずかしいよ」ドン引きの妹。
もうこれ以上、俺が反抗する理由は無くなった。天音と一緒に放心していることにした。
されど大野は不服だった。△、審議の必要、その判定に不満だった。
「間違いないよ! 理は絶対に変な座り方してたよ! 一日に一回はそれで転んでるし、中学の時はそのせいで頭から血を出して病院に行ったんだよ!!」
「精神病院にですか?」AIの検診。
「違うよ! 外科だよ!」
「そう言われても私は知らないし~」髪をクルクルするメイド少女。
「審査員失格だよ、そんなの!」大野はバシン! と指を差した。
「なっ!!」パタン! メイド少女は衝撃のあまり椅子から転んだ。
さすがに昔のこととなると審査員もお手上げらしい。そこで審査員三人は協議の結果、唯一その真実を知っているであろう男へ電話をかけた。
俺の席である。
「はっ!」
そのとき放心状態の俺の脳内に微かな記憶が過ってきた――二年前、秋、中学校。
俺はその日の昼休み、例にも漏れず俺は教室でSwitchでゲームをしていた。そのときはマリオカートが流行っていたから俺は特にやり込んでいた。ちょうどレースの三周目、決着の場面に差し掛かかり白熱していたとき、ドンドンドン! と廊下から何か大きな音が近づいてきた。
悲鳴が聞こえた。何かとんでもないものが、生き物にクラスメイトの誰もが怖気づいていた。俺はそれを片耳に掴んでいた。だが、そんな場合じゃなかった。この重要な三周目に俺は命を賭けていたのだ。なのだが、その振動はますます強くなってついに俺の足元にまで迫ってきた。そのときだ――俺は宙に浮いた。厳密には浮いていない。ただその振動は俺の椅子を絶妙なバランスに、四つある足の一本だけで立たせた。
俺はしがみ付いた。しがみ付きながら三周目のラストスパート、順位は三位、運よく引いたキノコ三つをコーナーを曲がった、最後の直線で、一つ、二つ、三つ――そう、三つ目を使ったとき、大野のリーゼントが俺の頭を突いて、俺は宙を一回転して床に頭を強打した。
レースには買ったものの、衝撃のあまりSwitchは故障し、俺も頭から血を流し、病院に運ばれた――現在に戻る。
「ということで浦嶋殿……?」
「……なんか、不正解で」
「ということで不正解! 大野さんと天音さんにはポイントなしです!!」
大野の「なんでだよぉ! あってたじゃん!」という叫び声が聞こえたのだが、あんな嫌な記憶を思い出させた大野が悪いのでしかたない。
あれでもこれはヤバいのでは。天音と大野の二人ともが脱落するってことか!
「おい、天音! 放心してる場合じゃないぞ!」
「コメパタクンチョッパタパタ」
「何語だそれ?」
「おい、大野! しょぼくれてる場合じゃないだろ!」
「いやだって君が×にしたじゃん」
「……いや、今の問題合っていても脱落してただろ」
「じゃあ放っておいてよ」
完全に拗ねてしまった。こんなのが中学の時ブイブイ言わせてただなんて信じられない。
ヤバいな、このまま行くと俺と霞の一騎打ちか。なぜか理王なのに、霞に勝てる気がしない。これじゃ俺は一生、霞のものになってしまう! そんなの嫌、嫌、いや、そこまで?
しかし執事の面持ちは少し違っていた。
「さて脱落者ですが、天音さんと大野さんが同じポイントで最下位。なので確率で決めることになりました!」
「うおおおおおおおおお!」
盛り上がる会場。スクリーンに映し出された『50』の数字。ありもしないネクタイを引き締め、発声練習を始めたAIセイギ君。
会場の熱気にあてられぼんやりと心が戻ってきそうな天音と、拗ねているままの大野。
「では説明します。今からルーレットをします。出てくる数字は1から100までのどれかです。1から50までの数字が出てくれば天音さんが脱落。51から100まででなら大野さんが脱落です。いいですか?」
「テレフォン?」混乱する天音。
「天音さん、テレフォンは使えません。この数字であなたたちのどちらかの運命は決まるわけですよ」
「てれふぉん?」未だ混乱する天音。
「天音さん、テレフォンは使えません」
「うおおおおおおお!!」
会場は異様なまでの熱気にあふれていた。今から一体何がはじまるのか、ただのルーレットではないのかと俺はスクリーンを凝視した――そして、数が激しく動き始めた。
「ルーレットはセイギ君が担当します。大丈夫です。AIにこころはありません。公平な判断をしますよ」
「うおおおおおおお!」
「会場の皆さんが持っているボタン、その中のどれかが押されると、セイギ君が数字を決めます」
「うおおおおおおおおおお!」
「さてさてまだボタンは押されていませんね? いませんね? いったいいつ止まるのでしょうか!」
「うおおおおおおお!!」
果たしてボタンが必要であるのか。この熱狂の中ではそんな疑問も些細なものだった。動物って騒げれば何でもいいのでした。
踊るように飛び跳ね、叫ぶ、兎、猿、熊から虎まで。揺れる会場、荒熱に臭う空気、理性を越えた集団狂気。ルーレットは回る、回る。ボタンをそれぞれ潰さんばかりに押して、押したのにまた押す野獣共。その光景にセイギ君がついにため息をついたとき、数字の流れはゆっくりになっていった。
20からだんだんと26、29、30――静まっていく会場の動物たち。ぼんやりとしたままの天音。それから32、36、39、40――光が戻り始めた天音の瞳、同時に拗ねてもいられなくなってきた大野。あと10。あと10の差が、二人を分ける。いや、すでに二人は分け隔てられている。その心境においては。
42、44――複雑な心境。仲間である二人の間にあるのは、互いの身の安全、それによる裏切りだった。数字が進むごとに天音はもっと進めと祈り、大野はすぐに止まれと懇願する。自分が生きるために仲間同士で蹴落とそうとするその感情は、直前の恐怖から妬みに似た悪意を生んでいた。互いに二人はその数字に互いの末路を強く望んでしまっていたのだ――46、47――焦る二人を至ってつまらなそうに眺める主催者、霞京子よりも。
数字は動く――48、49、5…――0の文字が非常にゆっくりと上から降りてくる。この瞬間、ここにいる誰しもが確信した。天音もまた蒼白になった。大野は強く喜びをその手に握りしめようとした。きっと止まると、ただそれよりも大野は残酷だったらしい。喜びを噛みしめようとする太った顔のよくできた皴と一緒にその手を解いた。
「天音ちゃん。こういうのは良くないよ。やっぱり。僕たちは仲間だよ。理を助けるために僕たちはここに来たんだ。だからお互いにこうやって妬みあうのは違うよ」
「金ちゃん……」天音は不安そうに大野を見上げた。
「だからあとは僕に任せてくれよ。絶対に理は僕が助け――」
「金ちゃん……スクリーン見なよ」
天音の蒼白はスクリーンの色に映ったのか、だんだんと鮮やかになっていった。というか勝利を噛みしめる堕天使のような笑みを浮かべていた――51――数字はなんと51で止まり、それから微動だにしなかった。それを見た大野の善人じみた顔つきは一転、剥がれ落ちると恐怖にやつれ、げっそりと、気味の悪い皴を浮かび出していた。
「金ちゃん! あとは私が頑張るから!! 絶対に一千ま――じゃなくて、理君を救い出すよ!!」
光り輝く天音の表情はさっきの大野と同じことを語っているのに、大野の感情は決して満足のいくものではなかった。
舞台裏から現れたツルツルの灰色の小さい人型が二人、「うおおおおおおおお!」と湧き上がる会場の動物たち。灰色の小さい二人はとても大きな大野を倒し横にして、倒した石像を運ぶがごとく、えっさほいさっと運んでいく。
でも大野はまだまだ不満げだった。
「こんなのおかしいよ! 不正だよ! だって50じゃんあれは!! それにさっきの回答だって!!」
「大野さん。落ち着いてくださいね。そういうルールですから」
「でも!」
抵抗できず慌てふためく大野を執事は無慈悲に笑う。そして最大限の皮肉を込めてこう言い放った。
「大野さん――占い師によると、こんなに怒る人は”V型”らしいですよ」
その一言が大野の気概に止めを刺したのだろうか。大野はそれ以上何も言わず、舞台裏に連れ去られてしまった。
この一連をじっと眺めていた俺は、いや、大野を助けるべきだとも思ったが、霞の妙に冷たい視線がぶつかってどうしようもなかった。
「浦嶋君。あの人はほんとうにあなたの友達なのかしら? だってあなたのこと――何も知らないじゃない?」
きっと霞の言葉は真実だっただろう。そうでもなければ身震いするほどに俺が怯える理由がそこにある気がしなかった。いや、そう自分を納得させなければ、この会場の熱気に雰囲気に、俺は押し殺されてしまう気がしてならなかった。
すると霞は嘘のように美少女のように微笑んだ。
「そんなに怖がらなくてもいいわ。そんなに不安にならないで。心配しないで、私があなたのことを一番わかっているから。あの友達も、あとで開放されるわ。きっと」
人の温かさとは、その優しさとは、その熱が差によって生じるように、俺は彼女の優しさを凍えた自分を温める彼女から感じた。彼女の冷たさから知った。あまりにも酔いしれるほど、彼女は俺の心情を悟っているから、俺はその心情の道理に従って彼女の恩恵を受けたくなる。が、一方その仕組みに今、気づいてきて、受け入れてしまうことへの不平があって止まず、しかしそれ以上にこの道理から離脱することで生じるであろう不快感、またその予想から来る強い不安が俺をまた酔わせた。
こう激白するあまりに俺は大概、天音のことに無頓着になっていた。というか、そんな無頓着の中に純粋さを求めた。その純粋さがこの混乱した俺の心情を忘れさせてくれることを願った。そしてその望みは容易く叶うのであった。
「最悪、あのAIをエラーさせれば私が勝てるかもしれないのかな? うーん? あはは……」
天音は自信なさそうに苦笑いしていた。見るからにそれはどこにでもいそうな女子の独り言だった。
俺は天音の緊張感のあるようでない言葉にホッとした。霞の洗練された温度感が俺を縛り付けたのなら、天音の自然なあふれる気象は俺を自由にした。解けさせた。
しかし、天音はたじたじな崩れた顔をする。
「理君、私もうここまで来たらお金も世界旅行もいらないんだ。とにかく生きて帰りたいです」
「正直だな。実は俺ももう――」
「あっ、理君ともちろん出来たら一緒に帰りたいかなぁ」
「……やっぱなんでもない」
この天音、この期に及んで俺を捨てるつもりだ。なんで来たんだよ。大野の犠牲はなんだったんだよ。
そうこうしているうちに執事がスーツを着替えて、大道芸人みたいなカラフルなスーツでやってきた。
「ではついに決勝ラウンドです! これからの第七問から第十問でついに決着が着きます! 理王! 賞金千万円! 地球一周! あと浦嶋理。さぁ、どちらの手に渡るのか! 理王、決勝ラウンドついに開始です!!」
会場にまた花火がパシューンとあがった。観客の動物たちが「うおおおおお!!」と一層、熱くなり出した。スクリーンの提供に『KASUMI』の文字が浮かぶ。ADの陽キャがよくわからんコードをグルグルと巻き始めた――ついに理王、決勝がはじまるらしい。
まだ次回を書いてないからできないぜ。




