理王(1)愛とは理解ですもの
長い夏休みがそろそろ終わる?
森がドカーンと爆発すると同時に花火が、ばんばん~ぱふぱふ~。こうして第五百三十七回、理王がはじまった。
「司会のオジョウサマノシツジです。通名です」
「わーい」
一同、わーい。観客席の森の動物たち、わーい。執事、うぇーい。
「こちらが参加者の皆さんです」
なんか後ろにある大きなモニターに参加者がアップで映し出された。
左の席から
『自称親友の佐藤健司』なんか顔色が悪い。二三カ月前に買ったまま忘れ去られたジャガイモみたいになっている。
『今日も麗しい霞京子様』うふふと微笑んで手を振ってる。気のせいか、モニターが輝いて見える。美しさのせいか、いや、違う、サブリミナル霞京子なだけだった。モデルみたいな色んな写真がちかちかする。
『なんかカリスマらしい浦嶋理』モニターをずっと見ていて顔が映らないイケメンそうな少年が映っている。「あれ、俺か? え、理王に理が出ていいの?」と困惑しながらカメラと目が合った。ちなみに薬が効いて若返ってた。
『隣りの席の美少女、渡里天音』恥ずかしそうにぺこぺこしている。「美少女なんかじゃ~」と照れている。そして俺にドヤ顔をしてきた。そんなに嬉しかったのか?
『美食王大野金太郎』真っ白なコックの服とまん丸い眼鏡、あとふさふさの髭を付けて腕組みしている。まるで一流ホテルの料理長みたいな見た目だ。美食家ではないらしい。
どうしてかなぜか、俺も出場者の一人になっているが、誰もそんなことお構いなしに執事は進行していった。
「では審査員の方を紹介します。これが彼女の棘上筋です!」
「……」
シーン。か弱い棘上筋の持ち主はメイド美少女。さっき散々イチャイチャしていたメイドだ。執事のギャグのせいで恥ずかしく不機嫌になっていた。
「えー、将来の夢はお花屋さん、審査員の佳華海月さんです」
「おい、執事! なんか私が滑ったみたいじゃんかぁー!……ご、ごほん。京子お嬢様の専属メイド、佳華海月です。どうぞ、よろしくお願いします」
「わーい」
わーい。メイドちゃん、可愛いー! 俺の声援でした。霞が横からものすごい目つきで睨んできた。おお、怖い怖い。
「えー、将来はお兄ちゃんのお嫁さん? 審査員の浦嶋樹希さんです」
「お兄ちゃんは絶対に渡しません!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
観客席の動物、うおおおおおおおおおお。勝手に俺の妹に興奮しやがって。あとで駆逐してやる。
「えー、将来は人類滅亡屋さん、最新型AIのセイギ君です」
「ハイドウモー、セイギ君デス~。人間に代わって誰でもできる公平な審判をする最新型AIです。人類って愚かですよねぇ~。ヨロシクデス~」
「わーい?」
なんかモニターには『※KASUMIから開発された試作段階のAIです』って書いてあるけど、もう不良品に決まってるだろ。って思っていたらどうやらそうらしい、霞が「昨日徹夜で作ったせいかしら。壊れてるかも」と小声を漏らした。ちなみに某スーパーのKASUMIとはなんの関係もありません。
「うん? あれ、霞が製作者? 公平じゃなくね?」
「はい、ちょっと、理さん。黙ってくださいね。失格にしますよ」
「ダメよ、理さん! きゃっ」
執事に罵倒されてぶん殴ってやろうと思いましたが、霞が腕に抱きついてきてモジモジして可愛いのでどうでもよくなりました。
執事はごほん、と気を取り直しまして、ルール説明に入ったようだ。
「浦嶋理に関する問題が全部で九問くらい出題されます。参加者の皆様にはお手元にあるホワイトボードでこれに答えていただいて、審査員の厳重な審査の元、正解すると10ポイントを獲得。第三問、第六問まででそれぞれポイントの低い参加者は脱落します。脱落すると第七問目からの決勝戦には出られませんので、はじめからガンガン正解していきましょう。決勝戦で多くポイントを獲った方が優勝です」
おいおい、浦嶋って誰だよ! なんだよ、ただのクイズ番組じゃねえか、ふざけんな! 浦嶋って誰だよ! いつ婚約破棄すんだよ、ブラウザバックしよ! 浦嶋って誰だよ! と暴れまわる観客席の野獣たち。待ってましたと言わんばかりに執事が「まぁまぁ」となだめると、
「なんと、今回の理王、優勝者には賞金千万円と世界一周旅行、それから浦嶋理の所有権が贈られます!!」
「うおおお!」
わざとらしく観客席の森の動物たち、うおおおっと。霞がこわーい。俺の基本的人権はどこいった? あとそこの烏! 浦嶋はいらないって言わない。
それとなんか隣りの美少女の顔つきが見るからに演技っぽくなった。
「わーい」
「天音」
「わーい」
「おい、天音」
「わーい」
「天音、俺なんかどうでもよくて千万ほしいだけだろ」
「そ、そんなわけないよ。千万円で都内のマンション買おうとか思ってないよ」
瞳の中に映っているのは俺ではなく将来の夢? それっぽいマンションの屋上にあるプールでメロンソーダを飲みながら星座を眺める、サングラスをかけた天音だった。
「サングラスいらないし、千万じゃマンション買えないだろ」
「え? だから思ってないよ。そんなの」
夢と金は人をバカにするらしい。
それは天音以外も例外ではないようだ。ADの恰好をした陽キャがこそこそと天音に近づいてきた。そういう風にしているだけでADはいらないぞ。
「いいか、とっつあん」
「とっつあん?」
「天音のとっつあん、俺が佐藤の坊主をやっておいたから、とっつあんは解答を金ちゃんと妹ちゃんにアイサインするんだ」
「わかった。陽キャ」
一方大野はやる気満々のようだった。天音と陽キャと円陣を組んで気合を入れる。ADさんとなぜ円陣を組んでいるのか、霞が怪しがりつつもまぁいいわとまぁいいわしました。
「よーし、頑張ろうね。皆! 絶対に理を開放しよう!」
「あ、ああ? う、うん?」
いまいちはっきりしない返事をしたのはもちろん天音と陽キャだった。小声で「優勝したら配分は、俺ととっつあんが半分ずつだ。金ちゃんと妹ちゃんは理目当てだからな、金はあげなくていいはずだ」って、聴こえてるぞ。天音も「うんうん、でも理君の三分の一くらいは貰っとこうかな」って変に頷くな。絶対、三分の一もやるかよ。
「霞、絶対にあいつら倒すぞ!」
「え? うふふ、当たり前よ」
「あれ?」
恍ける天音と陽キャはスルー。「え?」と本気で混乱している大野には半分くらいならあげてもいい気がしてきた。あれ、大野のほうがヒロイン?
「ではさっそく始めましょう、第七千二百五十八回、理王を!」
執事が叫ぶと花火があがって『提供、KASUMI』と虹色の形を作った。もうやらせ全開じゃねえか。〇ジテレビかよ。
*
執事は問題を読み上げる。参加者一同は前には特に何もないから、後ろにあるモニターを凝視しながら手元にあるボタンに触れておいていた。これがKASUMIクオリティ。
「それでは第一問。デデン。浦嶋理の好きな食べ物は?」
これはかなり簡単な問題だ。すぐにみんな回答をホワイトボードに書き始めた。
霞京子は中でも一番最初に書き終え「ふふふ」と得意気に笑っていた。俺がその少し変な横顔を観察していると、霞が気づいて「あれ、まだ記憶がおかしいのかしら? わからないなら教えましょうか?」と俺を心配してきた。「そんなわけないだろ」と俺はそっけなく返しつつも、あれ、霞に俺の好きな食べ物教えたっけ? とちょっと混乱していた。
俺は単に自分の好きな食べ物をホワイトボードに書いた。
「はい。皆さま、回答時間終了です。ペンを置いてください。そこ、佐藤さん! ペン置いてくださいね。ペン置けっていってるんです。だからペンを置いて、ペンを置い――では皆さまの回答がこちらです」
ドドン。と俺は自信満々でホワイトボードを立てた。ら、おや? 動物の皆さん共が俺を見てクスクス笑いだした。それに霞も目をパチパチして驚いて、俺は鏡写しのようにきっと同じ顔をしてそれに驚いた。そうしていたら天音がトントンと肩を叩いてきた。見れば、風船みたいに膨らんだ、笑った頬でモニターのほうを指差していた。モニターに全員の回答が映ってました。
「あはは。浦嶋殿、言い忘れていましたが、そのホワイトボードはホワイトボード17、発売されたばかりの新型のホワイトボードでして、書いたものがすぐにモニターに映るのです」
「そうだったのか。てかホワイトボードにそんな機能いらないだろ。作ったの誰だよ」
「安心と安全のKASUMI製です」
これ以上は触れないことにした。霞のにんまりして怖いので。
モニターに映っている回答。左から佐藤が『チーズ牛丼』とオドオドしていて、霞が『ステーキ、ハンバーグ、肉じゃが』と未だににんまりしていて、俺が『ステーキ、ハンバーグ、肉じゃが』まぁ正解に違いない、天音が『ハンバーグ』俺のホワイトボードを覗いてほっこりして、大野は堂々として『ハンバーグ(特にさわやか)』と腕組み。
「ほうほう。佐藤さん以外はほとんど同じ感じですかね。ではでは、審査員の方々、お願いします!」
執事が高らかに声をあげるとまたモニターにドドンと、参加者それぞれの回答に〇か×かがぶつかってきた。左から×、〇、〇、〇、〇といった感じだ。まぁ当たり前だ。
「ということで佐藤さん以外の皆さんに10ポイントが与えられます」
一人だけ不正解だった佐藤が脂汗掻いて「くそー! なんであんな見た目なのにチーズ牛丼好きじゃねえんだよ!」と声を漏らしていた。だれが、ネズミの出る店で飯食ってる貧乏人だって? 俺は吉野家しかいかんわ。と内心訴えた。何か察したのか大野が俺を見て何か言いたげにまごまごしていたが、スルーした。
一方で審査員のメイド少女は「こんなの解説することねぇーよぉー」と目をへの字にして頬杖付いて、退屈そうにしていた。
「まぁ一問目は”簡単”でしたから、次はもう少しだけ簡単な問題を出してあげましょう。第二問。デデン。浦嶋理の得意なこと、特技はなんでしょうか?」
あの執事、問題読むとき佐藤のほうかなり睨んでいたな。どうでもいいけど。
この問題も理、通および理、ファンクラブの会員、およびメンバーシップの方々なら簡単に回答できるだろう。現にそうでもないか、そうでもありすぎる霞とかはもうペンを持って一秒で書き終えて、また俺に「わからないなら」と訊いてくるくらいだ。
なのに天音がぼそっと「理君に得意なことってあったっけ? 何にもできない気がするけど、苦手なことなら山ほど思い付くのになぁ」と悪びれず純粋に呟いたので、なんか腹が立った。もうさっさと俺は解答を書いた。
「ではみなさんの回答は!」
執事がそう宣言すると左から、佐藤はうな垂れ『地球儀を回して言動をこじつけること』、霞はふふふと笑って『ビデオゲーム』、俺は『ゲーム、ラブレター破り』と見栄を張り、天音は俺のホワイトボードを覗いて「ラブレター破り?」不満げになりながらも『ゲーム』、大野は『優しいところ』とちょっと嬉しくなった。霞がそれを目にして「はっ!」と回答を変えようとしたが、執事が「ダメですよ。お嬢様」と止めた。そうでも霞は書こうとしたが、霞の腕を掴む執事の手は断固として動かなかったから、諦めた。筋肉執事。
「ほうほう。ゲームが大半、あとは地球儀? 何を言ってるかわかりませんね。いったいどいつの特技のことでしょうか。優しいところ、これはどうなんでしょうかねぇ? では審査員の方々、お願いします!」
執事がそう叫ぶと左から、×、〇、〇、〇、△という結果になった。△、これは意見が割れたからそうなったらしい。審査員同士の審議に入った。
「お兄ちゃんは優しい人だよ。この前だって、私の失くした靴下探してくれたもん」我が妹は真実を語る。
「えーだけど、さっきさ、私の服脱がせてくすぐってきたんだよ! クソ野郎じゃん」メイド少女は奇しくも真実を語る。
「愚かだねぇ。二酸化炭素だの、ソーラーパネルだの。都合のいい理由をつけては環境破壊を繰り返す、本質的な議論さえしたくない人類の誰一人が優しいのかね」AIはどっちだかわからないような話をした。
「え、ちょっと待って。メイドちゃん、それほんと?」
「メイドちゃんって、わたくしには佳華海月って名前があるのよ!」
「海月ちゃん、それほんと?」
「海月ちゃんって……そんな嘘つく訳無いでしょ!」
「……お兄ちゃん、最低」
おっと妹の眼が冥界の渦みたいに禍々しい。これは言い逃れするしかない! と両頬にも似たような失望の眼光がぶつかっていたから口が出せません。一方で陽キャが「うらしましい」とくだらなく悔しがって、AIは便乗して「はい。これが人類が愚かな理由です」と情報改ざんした。二酸化炭素とソーラーパネルのことをこのAIに訊くと、これから俺の罪が根拠にされるようだ。
そうこうしている間に審査は纏まったようだ。モニターには大きな×が押し付けられていた。俺は優しくなかったらしい。大野は不正解になったのに全く悔しがらず、むしろ「まぁそうだよね」とあっさり俺に失望の視線Xを向けてきた。あれ、なんで俺、こんなに苦しいの?
「ということで佐藤と大野さん以外に10ポイント。簡単な問題はこれから少ないですし、次の問題を不正解になると、佐藤と大野さんの二人のどちらかはここで”脱落”の可能性もありますから、ね?」
佐藤に凄まじい圧をかける執事であった。佐藤は震える小声で「くそー! なんであんな見た目なのに地球儀回してないんだよ!」と漏らしていた。そんな見た目じゃないだろ。
「さてまだ助かるかもしれません。第三問。デデーン。浦嶋理の住むマンションの部屋、それは何号室? これはちょっと難しいかもしれませんね」
たしかに交友関係が無ければこの答えはわからない。まぁ友達未満のやつが理王に出ているわけないんだから誰でも答えられるよな。ほら、霞ももうすでに書き終わってる。案の定、俺に「わからないなら」と言ってきた。わからないわけないだろ、帰れないだろ、わからなかったら。俺はさっさと書いた。
「では時間ですので。回答!」
モニターに回答が表示された。左から佐藤は血の気の退いた顔で『493』、霞は『404、606』となぜか二つ書いて二つ分のにっこり、俺は『404』、天音は『606』と戸惑って俺のホワイトボードをぎょろぎょろ覗いて、大野は『404』なのに首をかしげていた。
「さて、審査員、お願いします!」
執事がやけに楽しそうに声をあげるとモニターに左から、×、〇、〇、〇、〇と表示された。あれ、606でもあったのか。そんな不思議なこともあるんだな。
「ということで佐藤以外の四人には10ポイントが与えられます。さて、この第三問目回答時点で”脱落”があります。一番得点の無い、0点の佐藤が脱落になります!!!」
「うおおおおおおお!!」
観客席動物一同盛り上がる。やけに盛り上がる。威圧感すらある。それも本人となると非ではないのだろうか。佐藤はガタガタ震えながら真っ白の顔で汗を掻きまくっていた。
「脱落するだけなのになにをあんなに」
「ふふふ」
「霞?」
執事は手をあげて何かサインをADのほうへ飛ばした。すると舞台裏から何か二足歩行の爬虫類みたいな生き物が二匹? 二人? やってきて、震え、抵抗する佐藤を掴んだ。
「やめろおおおおおおおおお! やめてくれえええええええ!! 借金なら返す、どうにかして返すからぁああああああああああ!!」
そのまま佐藤は悲鳴とともに舞台裏の暗闇の彼方へ引き摺られていった。
ものすごく胸がざわざわした。なんかこの理王、ただの理王ではないのか? 脱落したらもしかして命の危機が?
俺が真っ暗な舞台裏を伺っていると、霞が呟いた。
「いらない人材はせめて物質以上の価値ではあるべきだわ。じゃないと勿体ないでしょう」
そうして向けば、霞はその暗闇とは対称的に輝いていた。純粋に嬉しそうに「どうしたの?」と俺に伺ってきた。なんでもあるが、なんでもない。とにかく適当に底知れない霞を躱そうと答えようとしたら、その前に霞が「あなたは心配いらないわ」と、そして
「愛は理解ですもの」
と微笑んだ。その意味がよく掴めなかった。
ぼんやりとその意味を考えていると、未だ舞台裏のほうを眺めていた天音が「あんなの小指一つで倒せるでしょ」と平然と云っていたので、なんかもうどうでもよくなってきた。
脱落者一人、どっかの佐藤がやられたが、どっかの佐藤なので、炙られようが食われようがどうでもいいか。ともかく俺はこの理王、ともかく臨むようだった。脱落だけはしないようにしよう。




