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恋の見出し方  作者: ユキノト
番外編【うちの姉さんが結婚することになりました】
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第6話

 姉さんが「無駄だらけ」と愚痴る結婚式まであと2ヶ月という時のことだった。クフマード連合王国の王子が非公式にうちの国を訪問してきたんだ。

 滞在は十日ほどということで、連日あちこちで彼を招いての夜会やら茶会やらが開かれ、姉さんは「ただでさえ忙しいのに」とやはり連日呪詛を吐いていた。

 そうして中日も過ぎた今日、迎賓宮の一角で催されている会は、殿下主催の私的なもの。けれど、一国の王族を迎えるというだけあって、会場は惜しげのない装飾に盛りの花々を加えた美しい色合いに満ちていた。


(あれ、すっごく不機嫌っていう時のお顔……)

 非公式だからおいでと殿下に呼ばれてひっそり会場に入った僕は、会場の中央で周囲と歓談していらっしゃる彼を見つけて、思わず顔を引きつらせちゃった。

 盛大に灯されたガラス燭台の光の下で見る紫の瞳は相変わらず神秘的で、滝のように流れる青銀色の髪も普段と寸分違わず神々しいばかりに眩い。いつもどおり余裕のある微笑みを顔に浮かべていらっしゃる……ように見えるけど、微妙に違うんだよ、うまく説明できないけど。


 その殿下がちらちらと視線を飛ばしているのが人垣の向こう。隣国からのお客人クフマードの第1王子殿下と話しているうちの姉さんだ。

 姉さんの瞳は赤みの強い光の下で今は緑に見えて、今晩もしっとり潤んでいる。白い磁気のように透き通った肌の頬は薄く紅潮していて、はにかみながら第1王子に相槌をうっていた。

 抱きしめれば折れそうという身体は白と淡い紫のドレスで包まれていて、『彼女を熱愛するミドガルド王太子が、薄幸の身の上のか弱い彼女の心労を除かんと自ら万難排し、苦労の上に婚約を整えた』と諸外国が信じている可憐な婚約者そのもの――言うまでもないことだけど、もちろん事実無根だ。

 中身は伝説のドラゴンだって魔女だって高笑いして手のひらで転がせそうな人なのに、あの見た目にみんな騙されるんだよね。


 で、その被害者? が、今熱心に姉さんに話しかけているあの王子さまだ。なんでも以前姉さんがクフマード連合王国に出張した時に、姉さんに一目ぼれしたらしい。

 同じく姉さんを気に入ったクフマードの王さまを拝み倒して、「是非結婚して欲しい」とミドガルド王宮にもうちの家にもしつこくしつこく打診してきていたんだけど、今回姉さんと殿下の婚約が整ったのを聞いて、押しかけてきたんだ。あの手この手で(姉さんが知らないうちに)断ってたっていうのに、執念深いったら。

 もちろん彼の訪問の名目は、婚約成立を祝うクフマード連合国王からの親書を手渡すこと。だけど、そんな人だから彼個人は……、

「ああ、可哀相な囚われのアンリエッタ……っ。私が真実の愛についてカイエンフォール殿下を目覚めさせ、君を解放してあげよう」

 ……だそうで。


 それを聞いた姉さんが「思い込みの強い楽観バカほど鬱陶しいものはないわね」と呻いていた通り、今日の会場も異様な雰囲気になっている。


「我が愛しのアンリエッタ、君の理想の楽園に貢献するべく、私は新しい堆肥を開発したんだ! さあさ、褒め称えてくれたまえ、尊敬でもむろん構わない、愛ならなおのこと良し!――そう、私は飛竜の糞をわざわざ入手して加えたのだよ!」

「あの野蛮な飛竜使いのジャガンド族との交渉はひどく骨が折れた、というか、文字通り2本ほど腕をポッキリンっと折られちゃったんだけどね、うっはっはっはっ。だが、すべては君のため! そうさ、愛しい君のためなら、骨折の痛みさえ至上の甘露、僕は幸せのあまり失神しそうだった! どうだい、僕の愛にそろそろ痺れちゃったかな?」

「そうそう、ただ飛竜の堆肥というのでは芸がないから――どどんと! 君の名を冠して、アンリエッタ肥と名づけてみようと思うんだ! もちろん肥と妃とかけてある――どうだい、僕の洒落たセンス!」


「……どこをどう突っ込むべきなんだろ……」

 ます楽園じゃなくて農園。堆肥、は百歩譲るとして、ひりゅうって、魔物の飛竜のことだよね……? 骨折もすごいけど、そう、痛くてもいいんだ……。

「……痺れてるのはあの人の頭だとしか思えない」

 失言中の失言をぼそりと呟いてしまったが、聞いている周りの誰も僕を咎めようとしない。どころか、頷いている人がたくさんいる。

(てか、アンリエッタ肥……)

 ああ、うん、突っ込むのにも疲れてきた。

 それ、喜ぶ人間、この世にいる? いくらミミズやよく出来た堆肥を喜ぶ姉さんでも、限界ってもんがあるような……。

 そう思っているのは僕だけじゃないようで、周囲のみなもドン引きしていて、やたらと静かだ。


「まあ、そうでしたの、腕の2本と言わず首もご一緒ならよろしかったのに。ちなみに飛竜の消化液は強毒性ですのよ。その消化物を堆肥にいれるなんて、私にはもちろん大地に対する冒涜です。するのはよほどのバカ!だけですわ、うふふふ」

 得意げに胸を張って言い募る王子に、姉さんは可愛く笑った。

 姉さん、そんな顔してるけど、さり気にバカって断定したね、今。うふふふ、てか、そうなんだー、飛竜の糞って毒があるんだね。うふふふ、僕の姉さんってば、ほんと、も・の・し・り。だから首の骨折ったら、普通人は死んじゃうって知らないはずはないよねー。


「照れているのだね、そんな初々しいところも君のみ・りょ・くさ、スイートハニー、そうそんなつれない君に僕はますます首ったけ!」

 でもクフマードの王子さまは気にした様子もなく、姉さんを上回る勢いでにっこにこ。


「ある意味天晴れ……」

 死んでても全然オッケーってにっこり言い切られたのに、なにそのポジティブシンキング……? バカなの? 本当にバカなの? 心底そうなの?

(あ)

 呆れと共に首を振った瞬間、殿下が足でとんとんと床を叩き始めたことに気付いた。

(……あれ、いらいらしてる時の癖だって、姉さん言ってたっけ)

 姉さんは姉さんで、「まあ、夏だというのに寒気が。それ、南国にお生まれになった知恵の賜物ですか?」と再び切り捨ててる。コメカミに青筋立てながら。


(なるほど、本当に鬱陶しいんだろうなあ)

 周囲を見渡せば、皆が皆生ぬるい目で3人を見つめていた。非公式と言えど他国の王族が出る夜会で、イヤイヤと駄々をこねる子供を見守るような生暖かい空気を経験することがあるなんて、僕、思ったことなかったよ……。


 うん、まあ、この人、到着してからずっとこんな感じなんだけどね。

 まずカイ殿下を見るなり、クフマードの王子は「愛のない結婚を身分を盾にか弱いアンリエッタに強いるとはなんたる非道! 酷すぎる!」と抗議したらしい……泣きながら。しかも号泣。

 殿下は、「……か弱いの意味がクフマードとうちで違うのか?」と呟いて、姉さんに背中をつねられていたそうだけど。


 その次の歓迎の夜会でもそんな調子で、隣国の王子の訪問って聞いて、色めき立ってたうちの国の淑女の皆さんも、会が終わる頃にはあきれ返ってた。「お姿は見目麗しく、威風堂々としていらっしゃるのですが、そのう、中身がちょっと……」ということらしい。

「まあ、美しいご婦人を口説くのは社交の儀礼のようなものですし、実行なさらない限り自由といえば自由なんですが、いかんせんユニークすぎるというか……」

とは外交大臣になったムルド伯爵の弁。

「すみませんすみませんすみません」

と真っ赤になっていたのがかの国の外交大臣。

 その横で、

「俺は愛のためなら国も身分も捨てられる……そして2人でお星様になる!」

と意味不明な自己陶酔に浸っていたのが、かのバカ王子。

 バカ、隣国の王子さまに向かってどうなの、と思わなくもないけど、無礼だとはまったく思えないのがいっそ清々しい。


 けど、そうして周囲の空気が呆れと現実逃避に向かう中、2、3日経ったくらいから殿下だけは目に見えて不機嫌になっていった。今も空気を察してだろう、周りの人が徐々に殿下から離れていく。


「我が太陽、いや、そんなありふれた比喩で私のこの胸の高鳴りは伝わらない、そう、我が愛しきトマトの女神――」

「ト、マト、の女神……」

 初耳だよ、そんな女神。いや、何気に姉さん的ツボを抑えてるつもりなのかもしれないけど……。

「アンリエッタ、君さえいれば僕はそれで天にも昇る心地――さあ、すべて捨てて、手に手を取っていざ行かん、めくるめく愛の逃避行……っ」


「正真正銘バカなんだ……」

(ああ、もう、本当に心底馬鹿馬鹿しいや、放っとこう……)

と僕ですら思っちゃったのに、カイ殿下の見解はここでもまた違っていたらしい。

「――失礼、ジャガ殿下、お父上に似られたのですかな? 随分とご冗談がお好きなようで。が、いささか行き過ぎの感がするのですが?」

 つかつかと2人に近寄っていったかと思うと、殿下は凄みのある笑みを秀麗な顔に浮かべて、姉さんをぐっと引き寄せた。

 クフマードの王子の目の前でこれ見よがしに姉さんを背後に隠し、そのまま2人ニコニコと微笑み合う。

 ちなみに、クフマードの王子が「ああ、僕とアンリエッタの真実100%なラブラブぶりにヤキモチを妬いてしまったのだね? 可愛いところがあるじゃないか!」と満面の笑顔の一方、殿下のほうは目がまったく笑ってません。


「……放っとかないんだ、やっぱり」

 そういえば結構嫉妬なさるほうだったっけ? まあ、鬱陶しいのは確かだし、仕方ないのかなあ、と僕は1人納得していて……、


 殿下がそんな顔をしていらっしゃる本当の理由を、僕も周囲も全然わかってなかったんだ。


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